■ シンセサイザーの限界?
テクノロジーのパワーというのは、音楽、特に楽器と組み合わせるのが難しい。デジタル技術でいろいろできるのはいいが、インターフェイスが複雑になると使えない。逆に簡易にしすぎると使いづらい。人間にとってわかりやすく、その能力が引き出せるのかが重要になるわけだ。 これだけテクノロジーが進歩しても、シンセサイザーはやっぱり鍵盤が付いていて、鍵盤が扱えない人には敷居が高いものだろう。しかし最近は、もっと根底からいろんなものをひっくり返そうという動きが出てきたところは面白い。 例えばKORGがニンテンドーDSにパッチ型シンセサイザー「MS-10」を載っけてみたり、手のひらサイズのシンセを出してみたりといった動きは、興味深い。 一方YAMAHAは、アーティストの岩井俊雄氏とのコラボレーションで、シンセサイザー+シーケンサの機能を面白い形に詰め込んだ。それがTENORI-ONである。16×16のLEDマトリックスが光りながら、曲を作ったり演奏できたりする。昨年9月に英国で参考発売されていたものだが、今月から日本でも発売された。直販サイト限定販売で、価格は121,000円。気軽に買える価格でもないが、楽器としては妥当である。
普段は映像・音響機器を扱うことが多い本コラムだが、今回は新しいインターフェイスを持った楽器を試してみよう。
■ LEDをふんだんに使った大胆なデザイン
ではいつものようにデザインから見ていこう。外側のフレームはマグネシウムであり、この金属的な質感とシンメトリックなデザインが、クールでクレバーな印象を与えている。 フレーム内にある16×16のLEDは一つ一つがボタンになっており、押すことで設定や演奏ができる。裏面にも同じ数のLEDがあり、表側と同じ点滅をするが、こちら側はスイッチにはなっていない。ライブパフォーマンスを行なうときに、LEDの動きを観客に見せるという意図だ。 フレームの左右には各5つのボタンがあり、これを押すことで合計10個の機能を瞬時に呼び出すことができる。押している間はLEDがそのパラメータを示すので、ボタンを押して設定を変更するわけだ。
上部にはステレオスピーカーがあり、本体だけでも音が出る。ただサイズの問題もあり低音までは出ないので、ヘッドホンなどを使った方がいいだろう。センターにはCLEARボタンがあり、シーケンスの設定を瞬時にクリアするといった機能を備えている。
またSDカードスロットも上部にあり、ここにシーケンスデータなどを保存する。SDHCには非対応だが、扱うのはほとんどMIDIデータのようなものなので、それほど容量はいらないのだろう。
フレームの下部には表示部があり、左のダイヤルと右のOK/キャンセルボタンを使って、メニュー操作が可能だ。底部にはヘッドホン、MIDI、ACアダプタの端子がある。 背面を見てみよう。裏側にもスピーカーホールがあるが、背面向けに別途スピーカーがあるわけではなく、後ろにも開口部があるという作りのようだ。また左右両脇がバッテリケースとなっており、単三電池6本で駆動する。底部にあるのは電源スイッチだ。
■ 基本は16分割のシーケンサー
時間軸は左から右に流れ、ループする。ベーシックには、1小節を16分割している。つまり縦一列ごとが16分音符相当である。もちろんもっと長いシーケンスループ、例えば4小節とかのループも可能だが、ボタンは16個しかないので、この4小節を16分割することになる。その場合は縦1列が4分音符相当になるため、細かいリズムのフレーズはできなくなる。 TENORI-ONは、この1枚パネルで表現できる音階とリズムのパターンを「レイヤー」と呼んでおり、全部でこれが16レイヤーある。シーケンスソフト的に言うと、16トラックというわけだ。ループの長さは各レイヤーごとに設定できるので、細かいフレーズの1小節ループ、大きなフレーズの4小節ループなどを組み合わせることができる。 使用できる音色は、全部で253種類。PCで加工すれば、自分でサンプリングした音源も3つまで送り込むことができる。もちろん各レイヤーごとに別々の音色を割り振ることができる。1レイヤー内での音色チェンジはできないようだ。 さてそのレイヤーだが、音を配置してシーケンスできる「Score」モードで動くのは、1~7レイヤーまで。つまり事前に仕込みができるのは、7トラックまでということになる。それ以上のレイヤーは、どちらかと言えば偶然性に支配されるライブパフォーマンス用だ。
左右のファンクションボタンのうち、L1が音色の選択、R1がレイヤーの選択となっている。音色選びは、音のプリセットの並び順を暗記できるわけもないので、結構探すのが大変である。またシーケンスをPlay状態にしないと、単にボタンを押しただけでは音が出ない。このあたりは、単純に「仕込む」といっても、なかなか大変だ。
■ 曲にするのは結構大変
TENORI-ONでは、一小節のループ全体をブロックと呼ぶが、このブロックを16個持てる。基本になるブロックができたら別ブロックにコピーしてアレンジを加えていく。あとはこのブロックを切り替えていくことで、音楽としての起伏を作っていく。 TENORI-ONは、この曲を作る機能が弱い。ブロックを指定してシーケンスを組めるわけではなく、ブロックを手動で切り替えた状態をレコーディングするといった手法をとる。生演奏は音楽の基本ではあるが、手っ取り早さはない。レコーディングしたSONGは、ALL Block形式で保存されたファイルでは演奏のプラスや編集が可能だ。
実際に曲らしきものを作ってみたが、「感覚的」と表現されるものの範囲が、おそらく一般の方がイメージされているものとズレていると思う。でたらめにボタンを押しても、偶然いいものができるわけではない。やはり音楽的な素養が元々あり、過去にシーケンサーなどをいじった経験があれば、まあそこそこマニュアルなしでもいじれるかな、という感じである。 打ち込み中は各レイヤーで鳴っているポイントも光るので、新たな音を置くときに邪魔になる。テンポラリ的に、特定のレイヤーをOFFにできると良かった。 感覚的に操作できるのは、ライブパフォーマンスの部分だ。ここは実験的にいろいろ試してみて、面白いツボみたいなものを暗記するという感じである。操作しているところを客観的に見ると、何をしているのかさっぱりわからないので感覚的にやっているように見えると思うが、実際には機能を把握した上で操作している。見るとやるとは大違いなデバイスだ。 TENORI-ON最大の問題点は、電源を切るときれいさっぱり全部忘れてしまうことである。本体には作業用のテンポラリバッファがあるのみで、保存領域がない。電源を切る前にブロック全部をSDカードに保存しておかなければ、全部パーである。感がいい人は最初からある程度曲がすぐ作れるのだが、まず最初にそこで愕然とするだろう。せめて最後の状態ぐらいは本体内に記憶して欲しいところだ。
■ 総論 音楽制作環境というのは、PC上でソフトシンセを使ったりDAWを使ったりすることで、破格に合理化、そして低価格化した。PCユーザーなら機材など一つも買わずにやろうと思えばいつでもできる状態にあるのだが、案外いつでもできると思うとやらないものである。 TENORI-ONは、機能的にはPC用DAWやDTMソフトには及ばないが、なによりもそれが「ハードウェアである」ということが大きい。手で触って楽しく、キカイ的に動き、見た目も楽しい。そしてまさかこんなことは設計者も想定していないだろうと思われることが、ハードウェアの頑健さなりにできてしまう面白さがある。楽器として使わずに、16×16のドットディスプレイとして絵を描いてアニメーションさせることもできる。 もちろん一人でやっても楽しいが、MIDIを使って数台とリンクすることもできる。部屋を暗くして音楽仲間とシンクロすれば、3~4時間は軽く「トぶ」ことができるだろう。健全かつ危険なデバイスである。 仕掛けはシンプルなほうが遊べる。イマジネーションを刺激するとは、そういうことだろうと思うのだ。TENORI-ONは基本的なことを気づかせてくれたことに、大きな意義があると言えるだろう。
□ヤマハのホームページ (2008年6月4日)
[Reported by 小寺信良]
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