藤本健のDigital Audio Laboratory

第599回:寝ながら聴ける“枕型スピーカー”の仕組みを聞く

第599回:寝ながら聴ける“枕型スピーカー”の仕組みを聞く

元ローランド・大和氏が製品化。帽子型スピーカーも!?

 元ローランド社員が起こしたライト・イアという会社がユニークな平面スピーカーを開発し、現在クラウドファンディングの形で購入者を募っている。「ピロースピーカー」という名のこの製品は、枕の下に敷いて使うユニークなスピーカーで、iPhoneなどのヘッドフォン端子に接続して使えるパッシブ型のステレオスピーカー。先日、都内で行なわれた試聴会に参加し、音を聴いてくるとともに、その仕組みなども伺ってきたので、紹介しよう。

ライト・イアの「ピロースピーカー」

従来とは異なるフラットスピーカーの仕組み

試聴会の模様

 これまでも平面スピーカー、フラットスピーカーというものは、いろいろなものがあった。コンデンサー方式(静電型)と呼ばれるものや、リボン方式、ダイナミック方式、電磁型などいろいろあり、それぞれ一長一短あった。比較的人気の高いものとしては、イギリスのNXT社が開発したNXT方式と呼ばれるものがあり、小型のPC用スピーカーやBluetoothスピーカーなども発売されている。このNXT方式のスピーカーは、アクリル素材などを用いた平面の振動板を振動させることで音を鳴らすスピーカーで、分布振動モードと呼ばれる原理を応用したもの。しかし、今回紹介するピロースピーカーに採用された平面スピーカーはフィルム上のコイル自体が振動することで音が出るという、従来の平面とはまったく異なる構造のスピーカーなのだ。

 その試聴会において、そのスピーカー駆動の秘密を見せてもらったので、iPhoneでビデオ撮影してみたのが、以下のものだ。

スピーカー駆動の解説
ライト・イアの大和誠代表

 ちょっと驚きの構造だが、お分かりいただけただろうか? これを開発したライト・イア合同会社の代表、大和誠氏は「このスピーカーの構造自体は、当社と同じ浜松にあるプロトロという会社が1998年に発明したものです。これまでも、いくつかの製品やシステムに組み込まれて使われたことはありましたが、それをより高音質に、また使いやすい製品へと製品化してきたのです」と話す。

 その平面スピーカーの構造は、いたってシンプル。シート状の磁石に挟み込む形で振動板のフィルムがあるだけ。磁石とフィルムが直接くっつかないように、不織布のようなものが挟まれているが、それだけで音が出てくるのだ。

スピーカーの内部構造

 一般的にスピーカーにはコイルがあるが、このスピーカーに、そうしたコイルは見当たらない。

 「プロトロ方式の平面スピーカーでは、コーンスピーカーのボイスコイルに相当するものが、渦巻き状のコイルではなくフィルム状になっているのです。振動板でもあるフィルムにある導体の間隔も数ミリ程度と狭く、このことによりコンデンサースピーカーのように面全体を駆動することができます」と大和氏。

スピーカーの断面図

 一方、磁石については「振動板を挟むように構成された磁石は多極に着磁され、互いに反発するように配置してあります。スピーカーの断面を見ると、隙間に振動板が浮いている状態となっています。上の図では横向きの磁束を横切る様に前後方向に電流が流れることで、振動板は上下方向に振動します」とのことだが、これは特殊な磁石なのだろうか?

磁石には穴を空けている

 「これはどこにでもある、普通の磁石ですよ。車の初心者マークなどに使われる、シート状の磁石を使っているだけです。ただし、シートそのままではなく、穴をあけているのがポイントであり、ここにちょっとしたノウハウもあるのです。といっても、いま作っているスピーカーはすべて私が手作業で穴をあけているんです」と大和氏。今回のピロースピーカーは、まさにシートタイプの磁石が使われてるが、実はライト・イアが作ったスピーカーは今回が初ではない。

 「ローランドを退職後、2007年にこの会社を作ったのですが、その後すぐに、プロトロからライセンスを買って、EW-500とEW-1000というスピーカーユニットを開発し、発売しました。これらの製造はすでに中止しましたが、在庫に関してはEW-500は79,800円、EW-1000は128,000円で販売しています。ちなみに、このEW-500やEW-1000で使ったのはレアアースのネオジウムを用いた磁石であり、磁力が強い分大きな音量を出せるのも特徴です。またこれらはアンプ内蔵のスピーカーなので、部屋に置く普通のスピーカーとして使うことができます」(大和氏)

EW-500
EW-1000
アンプを内蔵している

 実際、今回の試聴会において、まずはEW-500の音を聴いてみたのだが、確かに非常にクリアな音であり、解像度の高い良いスピーカーであるのはすぐに分かる。が、どうも低域が物足りない感じがするのだ。これは、プロトロ方式のスピーカーの特性ということなのだろうか?

 「実は低音もしっかり出ているのですが、このままスピーカーユニットを置いただけだと、逆相でキャンセルされてしまうのです。プロトロ方式のスピーカーでは、前方と後方の2つの指向性を持ったスピーカーとなっています。しかし、低域の音は反対側に回り込むという特性があるだけに、キャンセルされてしまうのです。だから、後ろの音が回り込んでこないように、バッフル材を入れると、しっかりと低域も出てくるはずですよ」といって2つのスピーカーの間にPCを置いた途端に低域がグッと出てくる。壁に埋め込むなどして、後ろからの音が回り込んでこないようにすると、さらに大きな効果を発揮しそうだ。

様々な形に応用可能。帽子型も?

 ところで、冒頭でも触れたとおり、ライト・イアでは7月15日までの予定でクラウドファンディングを実施して、ピロースピーカーの早期販売やカンパを募っている。そのクラウドファンディングを行なう目的は「量産化に向けた運転資金の調達」。クラウドファンディングのサイトを見ると、投資額の目標は50万円と設定されていたが、7月5日にその目標も達成しており、順調のようだ。このクラウドファンディング終了後の8月末には量産を開始し、9月には製品として発売する予定。その時の予定価格は税別21,600円となっている。

ピロースピーカーの使用イメージ

 それにしても、枕の下に敷くスピーカーとは、なんとも妙な感じだが、実際に使ってみるとちょっと驚く。ステレオスピーカーなのだが、ヘッドフォンで聴くのと違って耳・頭への圧迫がなく、すごく気持ちよく音楽を楽しめるのはなかなか新鮮。頭の下にあったら、音がこもるのでは……と思ったのだが、想像していた以上にクリアな音で感激する。今までにない不思議な感覚のスピーカーなのだ。アクティブスピーカーではなく、ポータブルプレーヤーのヘッドフォン出力で鳴らすスピーカーなので、それほど大音量が出るわけではないが、夜寝ながら聴くには十分な音量といえるだろう。なお、低反発枕や密度の高いフェザー枕は音が通りづらいとのことだが、ソバ殻やビーズ、化繊綿、羊毛、タオルなどには向いているという。

 「今回は、ピロースピーカーという形の製品で発売しますが、プロトロ方式の平面スピーカーは湾曲させることも問題ないし、形も長方形や正方形に限らず、どんな形にでもできるのも大きな特徴です。実際、棒状のものなど、いくつかの形状のものを試作しています」と大和氏。

 中には、ピロースピーカーという製品そのものよりも、スピーカーユニット自体に興味があり、入手したい、という人もいると思う。今回のクラウドファンディングでは、このユニット自体も「ユニット単体コース」として20個限定ではあるが4,000円の支援金で頒布されている。大和氏にクラウドファンディング終了後のユニット販売の予定について伺ってみたところ、一応予定はしているが、価格は数によりけりなので、決めていないという返事だった。

棒状の形なども試作
クラウドファンディングでは、ユニット単体で頒布するコースも用意

 大音量を出すのには向いていないが、薄くて軽くて、非常にフラットで高音質なこのスピーカー、ここまで来るにはかなりの試行錯誤もあったようだ。

 「私がプロトロのスピーカーに出会ったのは2001年秋のことで、ローランドにいたときです。実はハッキリ言ってそれほどいい音ではありませんでしたが、大きな可能性を感じたのです。翌年にはサンプルを入手し、ローランドの仕事でも使ったことがありました。特に、このスピーカーの音が直進する特性から、残響の多い部屋での利用は有効である……といった用途も見えてきたのです。その後、仕事とは別に、個人的な趣味としてスピーカーを作っては、草の根のコンサートに持っていって使ってみるなど、少しずつノウハウをためていったのです」(大和氏)。

 もっと磁石の穴を増やしてみたり、穴を大きくしたり、小さくしたり、また振動板を薄くしたらいい音になるのでは……などと試行錯誤の結果、ここまでの音質を実現するに至ったとのこと。

 あとは、これをどう応用するかだと思うが、これまでもブックスピーカーというピロースピーカーの原型となる小さなスピーカーも出してきたようだが、個人的に非常に気に入ったのがスピーカー内蔵ハット。あくまでも遊びで作っただけというこれは、100円ショップで購入してきた帽子を2つ重ね合わせ、間にスピーカーを埋め込んだだけというのだが、これが気持ちいい。というのも、ピロースピーカーと同様、耳への圧迫がないのに、耳元で高音質なサウンドがそれなりの音量で響いてくるからだ。普通のスピーカーで聴くのとは、明らかに違う感覚であり、ヘッドフォンでの音とも違う。何か新しいサウンドデバイスに出会ったという感じなのだ。

ピロースピーカーの原型となったブックスピーカー
帽子型のスピーカーも作ってみたとのこと

 軽くて、小さくて、しかも高音質というこの平面スピーカー、いろいろな応用もできそうなので、今後どんな製品が出てくるのか楽しみなところだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto