小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1021回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

これは、良いものだ。新生aiwaが放つ新体感スピーカー「ButterflyAudio」

「ButterflyAudio」装着イメージ

AIWAからaiwaまで

アイワと言えば、オジサン世代には1990年代に一世を風靡した「テレビデオ」を懐かしく思い出す方も多いだろう。ご存じない方のために説明しておくと、14インチぐらいのブラウン管テレビの下部にVHSビデオデッキを内蔵したもので、テレビとビデオデッキを別々に購入する必要がないとして、学生などによく売れた。

筆者は業務用途で購入したが、その理由はPAL方式のビデオも再生できたからだった。テレビとデッキが同期しているので、フレームレートや走査線数が違っても映ったのである。

かつてはソニー傘下のオーディオメーカーだったのだが、2002年に業績不振のためソニーに合併吸収された。2004年には、当時中国メーカーが台頭していたMP3プレーヤー市場にAIWAブランドで参入し、大きなインパクトを残した。ただその後が続かず、2008年にブランドが収束。その後、2017年にソニーからアイワブランドを譲渡された十和田オーディオがアイワ株式会社を設立し、アイワの復活となった。

Bluetoothスピーカー、ラジオほかテレビやネット動画プレーヤーなどを輩出しているが、アイワらしい尖った商品として、2020年にクラウドファンディングのMakuakeにて「ButterflyAudio」こと、「HPB-SW40」が登場した。

考え方としてはショルダースピーカー(肩のせスピーカー)の一種と言えるが、ネックバンドからスピーカーユニットが立ちあがる姿に驚かされた。クラウドファンディングは無事終了し、アイワストアにて、正式に一般発売の運びとなった。価格は21,780円。発売は2月14日からの予定だったが、輸送遅延により2月25日発売に変更されたようだ。

今回は一般販売に先がけて、HPB-SW40のサンプル機をお借りすることができた。アイワの挑戦第1弾を、じっくり聴いてみよう。

強烈なインパクトのある外観

ショルダースピーカーは、テレビの音声を近くで聴くといった用途から、2017年10月にソニーが「SRS-WS1」を発売。一時期は異様な人気のため生産が追いつかず、受注停止となるほどヒットした。他社も違った構造や設計を武器にこのジャンルへ参入し、現在ではパナソニック、シャープ、JBL、オーディオテクニカ、サンワダイレクト、エレコムなどが製品を展開している。

「ButterflyAudio」こと「HPB-SW40」も基本的にはその流れを組む製品であるが、他の製品は鎖骨のあたりから音を上に上げて耳へ届かせるという発想がベースにある。これはベーシックモデルであるソニー「SRS-WS1」がそういう構造だったからだ。

しかしHPB-SW40は、ネックバンドで体に装着するところまでは同じだが、そこから大口径のスピーカーを立ち上げて耳のそばで鳴らすという、大胆な発想の製品である。

アーム部から巨大なスピーカーが立ちあがるデザイン

クラウドファンディング時は、決定していたベージュを加えた6色を候補とし、応援購入時の投票で全3色を決定するという手法が取られた。その結果、ベージュ、ブラック、ネイビーの3色に決定した。今回はネイビーをお借りしている。

落ち着いたカラーのネイビー

最初に届いた時にやたらと大きな箱だったので何事かと思ったのだが、搬送時には横方向に開いて薄型になった状態で箱に収められてくるため、箱の面積がやけに大きくなる。

平たく展開した状態で箱に入っている

製品は、スピーカーとトランスミッタのセットになっている。トランスミッタはテレビ音声を飛ばすためのものだが、スピーカー自体はBluetooth接続なので、スマートフォンなどには直接繋がるようになっている。

さてそのスピーカー部だが、U字型の肩掛け部から、100mm径のフルレンジスピーカーが2基立ちあがる構造。一般のヘッドフォンに使われるスピーカーは40~50mm程度なので、100mmはかなり大きい。ボックスに入れてブックシェルフスピーカーとしても通用するサイズだ。

一般のヘッドフォンより大型のスピーカーを採用

ハウジング部は、カップで包まれているわけではなく、後ろ側にも大きく開いている。元々耳にくっつけるわけではないので、オープン型の中でも超オープン型である。

根元で回転するので、開き具合は自由に設定できる。また縦方向にも動かせるので、耳に対して最適なポジションへセットできるようになっている。別途ストッパーが付属しており、肩掛け部に装着することで、後ろ側にスルリと脱落するのを防いでくれる。

耳までの距離は5cm程度になる
ストッパーで後に滑り落ちるのを防止できる

アーム部分は円筒形で、首に当たる部分のみ合皮カバーが施されており、当たりは柔らかい。左側先端に電源及びペアリングボタンがある。先端のシルバーのキャップ部は少し回るようになっており、ボリュームのアップダウンに対応する。またひねったままでホールドすると、曲のスキップとバックに対応する。

首元は合皮素材でカバーされている
左側は電源とボリューム

右側にはミュートと書かれたボタンは、長押しするとミュートだ。短く押すと、低音のイコライザー切り替えとなり、6段階の設定がローテーションする。初期値は4だが、押すたびに切り替え音が鳴るだけで、どこが4なのかは聴いて判断するしかない。6から1に変わったところは差が大きいのでなんとなく分かるが、4に戻ったときだけ違う音が鳴るなどの工夫が欲しいところだ。

右側はイコライザーとミュートボタン

対応BluetoothコーデックはSBC、AAC、aptX、aptX LL。バッテリーは2時間充電の20時間連続再生。バッテリーは3.7V/700mAhで、大口径スピーカーを鳴らす割にはかなり省電力である。

充電用のUSB-Type C端子が左側にある

トランスミッタ側も見ておこう。外寸約6cm四方の小型で、左側に電源及び入力切り替えスイッチがある。上部にはステータスを示すLEDがあり、今どのコーデックで接続されているかがわかる。

付属のトランスミッタ

背面は電源端子としてUSB-TypeC端子、入力は光デジタル入力×2、アナログのステレオミニの3系統。光デジタルが2系統あるのは珍しい。送信コーデックはSBC、aptX、aptX LLの3種で、AACには対応しない。

背面に2系統の光デジタル入力

低遅延aptX LLが生きるテレビ再生

ではまず、テレビ音声の再生を試してみよう。ショルダースピーカーはテレビ視聴向けに位置づけられることが多いが、テレビ側がBluetoothに対応しないので、多くの製品はトランスミッタとの組み合わせになる。

画面とのリップシンクが課題になる製品も多いが、本機はトランスミッタとスピーカー双方でaptX LLに対応しており、低遅延での伝送が期待できる。なおスピーカーはマルチポイントに対応しておらず、トランスミッタとスマートフォンの同時接続はできない。

トランスミッタと接続すると、最初はaptXで接続されるが、電源ボタンを短く3回押すと、aptX LL接続へ切り替わる。以降は特に変更しない限り、ずっとaptX LLでの接続となる。

まずバラエティ番組を視聴してみたが、aptX LLでの接続では、テレビスピーカーとの遅延は約2フレーム程度。トーク番組でも遅延は気にならないレベルだ。テレビにはオプチカル出力のタイミング調整機能が搭載されているものがある。使用した東芝REGZAにもこの設定があり、タイミングを-2に設定したところ、テレビからの実音声とタイミングが同じとなった。

音質的にも低音がしっかり出ており、テレビ内蔵スピーカーとは格段に違う。低域は距離によるエネルギーの減衰が激しいので、離れた場所まで低音を届かせるにはかなりの出力が必要になる。一方本機は耳から4~5cm程度しかスピーカーが離れていないので、それほど大きな出力は不要で十分な低音となる。

構造上周囲へ音漏れするが、外してみると案外小さな音だ。中音量で聴いていたヘッドフォンを外した時ぐらいの感じ、と言えばいいだろうか。それでも装着すると、十分な音量で聞こえる。同じ部屋にいる家族はちょっと気になるかもしれないが、部屋が分かれたらまず音漏れで苦情が出るようなことはないだろう。

なおトランスミッターの光入力は、リニアPCMのみ対応する。ドルビーデジタル等がデコードできるわけではないので、テレビ側の光出力設定には注意する必要がある。

音楽再生では新しい音像空間が得られる

続いてスマートフォンからの音楽再生で聴いてみよう。トランスミッタの電源を切っておいて、スピーカー側をペアリングモードにすると、スマートフォンと接続できる。

あいにくハイレゾ対応ではないが、いつもレビューで使用しているハイレゾをまとめたプレイリストからDonald Fagen「Morph the Cat」を聴いてみたところ、沈み込むベース音が十分に再現され、とても耳から離れているスピーカーで聴いているとは思えない。低音の量は本機のイコライザーで足せるが、単純に耳との距離を近くすればそれだけ低音が出てくる。

ただ、耳から5cmぐらい離した方が、音像に開放感と立体感が加わる。スピーカー位置はヘッドフォン同様真横でもいいが、若干後ろに倒すとより開放感が強まり、これまでに体験したことがないような音像に包まれる。

面白いのは、空間オーディオのトラックを聴いたときだ。Amazon Musicは昨年9月より、どのヘッドフォンでも空間オーディオ再生が得られるようになっているが、空間オーディオとして提供されているLiam GallagherのMTV Unplugged「Champane Supernova」を本機で聴いてみると、音の球体に囲まれたかのような独特の立体感がある。部屋全体をイメージさせるようなサイズ感はないが、宇宙服のヘルメットぐらいの音空間を被った感じだ。空間オーディオの聴き方としては正しくないのかもしれないが、これはこれで非常に面白い。

非ハイレゾ音源でリファレンスにしている、Tears For Fears「Woman in Chains」を聴いてみたが、イントロの深いエコー空間はわりとドライに再生される。ただ立体感が非常に強く、ヘッドフォンで聴くような頭内定位がかなり解消される。

なお首だけ横に向けると、スピーカー位置は体の正面そのままなので、耳の軸からスピーカー位置がズレる。すると急に音圧が下がるので、音量そのままで首を回して普通に家人とのコミュニケーションも可能である。ある意味ミュート要らずだ。

総論

最初はテレビ関連商品なのかなと思っていたのだが、音楽再生してみると、音像がかなり面白い。むしろ本命はそっちなのではないかという気がする。低音は耳との距離やイコライザーで自由に設定でき、広がり具合も物理的に調整できるなど、これまでにないオーディオ体験が得られる。

音質的にも音楽鑑賞に十分耐えうる再生能力があり、スピーカーともヘッドフォンとも違う聞こえ方で、さらに音楽の深みを感じることができる。これはいい製品だ。

実は発売直前の2月13日まで、オンラインストアで20%オフで予約販売されていたのだが、現在は定価の21,870円に戻っている。しかし、このサウンドで2万円ちょっとというのは、十分納得できる。

昨今は半導体不足で、どんなメーカーも継続的に製品製造が難しくなっており、できることなら初期ロットを手に入れておきたいところだ。特に本機はアイデア面で歴史に名を残す可能性が高く、その点でも価値が高い製品と言える。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。