連載開始から半年以上経過しているのに、いまだに反響のあるのが「迷信だらけのデジタルオーディオ」と銘打った、CDとCD-Rの音質に関する記事。これまで理論的な話、実験の結果、またプレクスター、太陽誘電へのインタビューなどを掲載してきた。
そして、今回は現場の声ということで、音楽CDのプレスメーカーである「メモリーテック株式会社」を取材した。
■ プロの現場に聞いてみよう!
これまで音楽CDをCD-Rにコピーしたら音質は変わるのか、という視点で記事を書いてきた。この記事に対しては、本当に多くの意見や質問のメールをいただいているほか、各BBSなどでも話題に取り上げられている。
こうしたメールやBBSでの書き込みを見ると、よく「プロは、○○メーカーのドライブを使っている」、「プロユーザー御用達のメディアは××である」、「プロは、☆☆のほうがいいといっていた」というような記述を見かける。この「プロ」という言葉には、なかなか説得力があるのだが、そもそも、ここでいうプロとは何なのだろうか?
さすがにデュプリケート屋のことを指すわけではないだろうし、闇の音楽CDコピー屋を指すわけでもないだろう。となると、レコーディングスタジオのことだろうか?
私自身も、レコーディングスタジオでレコーディングしたものをCD-Rに焼いて聞くことがある。このように、ミックスダウンした結果をCD-Rに焼いて、CDラジカセやミニコンポなどで聞くということは、今や非常によく利用されている。こうすることで、スタジオでの出音ではなく、一般リスナーの環境で聞いた音を確認でき、それを最終的な判断材料にするわけである。
しかし、これはあくまでも仮のものであって、最終的にリスナーに渡るのはプレスされたCD。レコーディングスタジオでのCD-Rライティングにどこまでこだわるべきなのかは、ちょっと疑問である。
今回、ご協力をいただいた、(左から)メモリーテック株式会社 スタジオ事業部 部長付 主席主査 佐藤和弥氏、営業総括担当補佐 スタジオ事業部 部長 東 良次氏、営業本部 営業二部 営業三課 渡辺 峰郎氏 |
そこで、その作業を実際に行なうプロの方に話を聞いてみようということで、スタジオでのマスタリングから音楽CDのプレスまでを行っているメモリーテック株式会社を取材することにした。
今回は、スタジオでのマスタリングからプレスまでを技術的な視点から統括しているスタジオ事業部 部長 東 良次氏、そしてこれまで長年マスタリングを手がけてきたマスタリングエンジニアのスタジオ事業部 主席主査 佐藤 和弥氏のお2人にお話を伺った。(以下、敬称略)
■ 持ち込みメディアは、ハーフインチからDAT/CD-Rに
藤本:まず、CD-Rに関するお話を伺う前に、メモリーテックがどのような会社であり、このスタジオでは具体的にどんなことをしているのかを教えてください。
東:当社はCDやCD-ROM、またDVDビデオ、DVD-ROMなどのオーサリングからプレスを行っているメーカーです。株主に株式会社ポニーキャニオン、エイベックス株式会社などが入っていることからも想像できるように、音楽CDのマスタリングやプレスも多数手がけています。
藤本:ポニーキャニオンやエイベックスのCDはすべて、メモリーテックがマスタリングからプレスまでを行っているんですか?
東:いえ、そういうわけではありません。確かに親会社にはなりますが、彼らも音楽によって使い分けており、その一部を当社で行なっているわけです。またレコード会社の場合、マスタリングスタジオを自分たちで所有していますから、マスタリングまでしたものをそのままプレスすることになります。
時には、ここのマスタリングスタジオで行うこともありますが……。逆に、当社のお客さんというと、インディーズおよびレーベルメーカーも多いです。そうした場合には、このスタジオでマスタリングから行なうことになります。
藤本:ここへはどういったメディアで持ち込まれるのですか?
佐藤:2chにミックスダウンされたものがスタジオから来るわけですが、ハーフインチ、DAT、CD-Rの3つで99%を占めます。まれにMDということもありますが……。
また最近はDAT、CD-Rの割合が増えてきています。とくにProToolsを使ったデジタルレコーディングをしている場合、DATかCD-Rがほとんどですね。
藤本:なるほど、まずはそうしたメディアを受け取ってマスタリングをこのスタジオでするわけなんですね。
佐藤:はいそうです。実はこのスタジオ、もともとはDVD-Audioを目的としたサラウンドスタジオだったんです。しかし、現在のところ仕事が2chのものがほとんどなので、リアスピーカーなどを取り払って、マスタリングスタジオとなっています。
ここでやるのは、そのアルバムでどういうものをトータル的に表現したいのかというコンセプトを実現させていくことです。もちろん、歌をメインにするか、バックのサウンドに重点を置くのかといったことも、そうしたコンセプトの基本となっています。スタジオでのレコーディングの仕方によって音は本当にさまざまですからね。ベースが大きすぎるとか、ボーカルが小さいとか……そういった部分をすべてここで調整していくんです。とても微妙な作業になります。
■ 一旦アナログにしてからマスタリングしています
藤本:マスタリングは、非常に捕らえにくい工程ではありますが、まず確認しておくと、ここに入ってくる素材は2chのものですよね。しかも、そのほとんどがDATかCD-R。これを元に佐藤さんが、アーティストやプロデューサーのコンセプトに合った作品に最終的に仕上げていくのだと思いますが、ここでの作業はデジタル的に行なうのですか?
佐藤:現在、マスタリングには2種類の方法があります。フルデジタルとフルアナログですね。私も、フルデジタルでいろいろ試して来ましたが、結果的に現在はアナログですべてをやっています。デジタルでここにやってきた素材も、一旦アナログにしてから、マスタリングし、最終的にデジタルに戻すのです。
というのは、デジタルでEQをかけても、無い音は絶対に出てきません。よく「闇夜のカラスが見えるのがアナログだ」なんて言いますけれど、今のところ微妙なコントロールはアナログでないとできないんです。
藤本:となると、デジタルの素材をアナログに変換する際の音質劣化にはかなり注意が必要になりますね。
佐藤:その通りです。普通のプレーヤーで再生したのでは、劣化は激しくなってしまいます。だから、ここにあるような150万円もする高価で高性能なDAコンバータを使っています。
これだと、ほとんどアナログ素材と同じようにデジタル素材を再生できますね。日本でのマスタリングも以前はデジタルとアナログが半々でしたが、現在はほとんどがアナログになっています。このマスタリングスタジオで作り終わると、最後までチェックはなく、それで市場に出て行くことになります。だから結構リスキーな仕事ですし、神経をかなり集中して仕事をしています。
東:そこで一番苦労しているのは、マスターからディスクを作る際の音の再現性です。実際、ここでマスタリングした結果とプレスした結果のCDの音がかなり違うことがあるのです。
私は、元々オーディオメーカーのエンジニアなのですが、技術屋の観点からすれば、“デジタルだからそんな馬鹿な話はない”と思いました。でも確かに音が違うんです。となれば、これはビットが違っているはずだと予想しました。そこで、プログラマに1ビットずつコンペアする検査ソフトを作らせて、マスターとプレスしたディスクを検査してみたのです。すると、これがピッタリ同じになる。
しかし、場合によっては、できあがったCDを2枚比較して違う音になることもありました。たとえばプレスマスターを作るためのカッティングマシンを替えただけで、明らかに違うものが出てくる。ある程度の原因は想定しているけれども、現在も確証は得られない。これはなぜなのだろうか、追求していこうということになったのです。
藤本:具体的にはどのようにしていったのですか?
東:技術的には、納得いかないけれど、聞いてみて音が違うという現象は正しい。だから、これは何かあるはずだ、ということで、この2枚の違うディスクを比べて、できる限りのことをやっているところです。いま、最終的な答が見えているわけではないのですが……。
ただ、これをこう変えたら、音がこう変わったというのことは、これまでのさまざまなテストから実証しています。私どもプレスメーカーの使命は、マスターの音を忠実に最終的な製品のディスクに反映すること。現在も努力を続けています。
そういう意味で、一番の対策として行なっているが工場のカッティングの設備の改良です。たとえば、我々がクリスタル・クリア・カッティング(CCC)という商標をつけている手法です。ビクターのK2や、ソニーが行なっている手法と同じような位置付けです。
■ クリスタル・クリア・カッティングとは?
藤本:もう少しそのCCCについて教えてもらえますか?
東:まず音が悪くなったり、変わってしまう原因はジッターではないか、と見たのです。つまり測定できないゆるやかなジッターがあるのではないか。
このジッターを取り除く目的で、特別のクリスタルを使って、これからすべての機器をコントロールすることにしました。さらにEFM変調機に自社製のものを開発して使うことにしたのです。市販のEFM変調機というとソニーのCDX1しかないと思いますが、それを使わずに自社開発のものにしました。これが「CCC」ということになります。
藤本:それを導入したことで、すべてOKとなったわけですか?
東:CCCによってかなり音が変わりました。しかし、最初はきれいな音になりすぎて、迫力がなくなってしまいました。リミッターのかかったような曲から迫力がとれてしまうのです。
とはいえ、クラシックなどにはとて相性がよく、ちょうど発振器にルビジュームを使ったのと同じような感じでしたね。もちろん、メモリーテックでも、ルビジュームのカッティングマシンも持っています。これもかなりいいのですが、音の素材を選びます。つまり、そういう発振器は味付けの調味料のようなものだと思います。ルビジュームであったり、CCCだったり、これを組み合わせたり、ケーブルを替えてみたり……。お客様の持ってきた素材にもっともいい方法を選んで使っているのです。
実は、いま工場にはカッティングマシンが6台あります。このカッティングマシンそれぞれの特性が違うんです。これまでの経験から、そのカッティングマシンの特性がわかっていますから、ここでマスタリングすると同時に、どのカッティングマシンを使うか、ケーブルをどうするか決めて、工場に指示しています。
藤本:なるほど、マスタリングスタジオでそこまでするんですね。ところで、ここから工場へはどういったメディアで渡しているんですか?
東:ここでマスタリングしたものはCD-Rで工場に渡しています。インディーズとかレーベルメーカーが多いので、CD-Rをマスターにしているんです。CD-R以外にもシブサン(U-Matic―3/4インチテープなので、一般にシブサンと呼んでいる)で渡すこともあります。日本ではシブサンを使うケースがありますが、欧米はほとんどCD-Rを使っているようです。日本でも、今後はCD-Rに移行していくでしょう。
■ カッティングマシンとは?
藤本:CD-Rをマスターに使う場合と、シブサンを使う場合で違いは出てくるんですか?
東:実際のところシステム的には、シブサンとCD-Rを比べるとCD-Rのほうがいいです。シブサンのEIAJのフォーマットは20年以上前の誤り訂正機能でCD-Rよりも弱いんです。ただ、音となると違うんですね。でもシステム的にCD-Rのほうがいいのであれば、われわれもCD-Rでいい音をだせばいいじゃないか、ということで調べていったのです。
その結果、工場で使うカッティングマシンの再生機には安いCD-ROMドライブが使われていることが判明しました。これではうまくいくわけがないと、いろいろな製品を買ってきてテストをしました。
藤本:その再生機というのはカッティングマシン用のものということですか?
東:そうです。市販のカッティングマシンに内蔵されているドライブは、秋葉原で1万円前後で買えそうなドライブが搭載されているんです。それではいい音が出るわけがないということで、専用のドライブを作っていったわけです。
藤本:私自身、カッティングマシンの実物を見たことがないのですが、これはどのような仕組みになっているんですか?
東:カッティングマシンは、CDを焼くための原版を作る装置なわけですが、流れとしては、まずこちらから送ったCD-Rなりシブサンなりのマスターを再生し、それをEFM変調(8 to 14 Modulation)して、CDフォーマットに変換します。その信号をフォトレジストが塗られたガラス原盤にレーザーとして当てて穴を開けていくのです。またその送るケーブルによっても音が変わります。このカッティングマシンの中身に手を入れているわけです。
藤本:ところで、その原盤というのは、どんな形になっているんですか?
東:ガラス板に塗ったフォトレジストに穴が開くわけですが、それに200μmから300μmの薄い導電膜を張ります。これをメッキ液に入れて、ニッケルを析出させます。最後にそれを剥ぐとスタンパーと呼ばれる金属の原盤が完成します。
藤本:なるほど、そうしたスタンパーを作るマシンをいろいろとチューニングしているわけですね。これによって音が変わると。
佐藤:そもそも買ってきたマシンにも個性があるのですが、これをいじって、いろいろと味が出てくるんですね。
■ マスタリングスタジオから工場へ
藤本:では、ちょっと話を戻して、このマスタリングスタジオから工場へ渡すCD-Rについてお伺いしたいのですが、これはどのドライブを使って、どこのメディアに書いているんですか?
佐藤:ちょっとメディアメーカーは言えませんが、まあご想像の通りのメーカーです。いろいろ聞き比べてみましたが、やはりそこしかありませんから。ほかのマスタリングスタジオの人と話しても、結局そこに落ち着いているみたいです。
書き込みドライブは、やはりソニーの「900E」を使っています。これまでのところPMCD(プレス・マスターCD)に対応しているのがこれしかなかったからです。もっとも現在のカッティングマシンはPMCDでなく、普通のCDでも対応しているのでこだわる必要もないんですが。
藤本:以前、別のところで話を伺った際、900Eはすでにレーザーが劣化している可能性があって、あまりいいドライブとは言えないという話を聞いたことがあるんですが、この辺はどうですか?
佐藤:確かに一般の人が使っている900Eはそうかもしれませんね。でもうちは毎年、かなりのお金をかけてオーバーホールに出しており、その際にレーザーも換えてもらっているので、その心配はありません。
とはいえ、今後本当にこれがいいのかは検証中であり、別のドライブも試し始めているところです。どのドライブがいいかというのは、ちょっと言えませんが……。
□メモリーテックのホームページ
http://www.memory-tech.co.jp/
(2001年10月16日)
[Text by 藤本健]
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp