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第20回：日本人の罪と罰を問う 事実をもとに生体解剖事件を描く「海と毒薬 デラックス版」

海と毒薬 デラックス版

価格：4,700円 発売日：2001年12月21日 品番：PIBD-1123 仕様：片面2層 + 片面1層 収録時間：約123分(本編)+38分(特典) 画面サイズ：ビスタ(スクイーズ) 音声：日本語モノラル(ドルビーデジタル) 発売/販売：パイオニアLDC株式会社

　昭和20年5月。敗戦濃厚な第二次世界大戦末期の九州F帝大医学部。学部長の死去に伴ない、第一外科の橋本教授と、第ニ外科の権藤教授が後任の椅子を巡って争っていた。

　しかし、橋本は前学部長の姪の田部夫人の簡単なはずの肺切除術を失敗し、術中に死亡させてしまう。翌朝に死亡したように偽装するが、教授選の劣勢は隠せない。

　そんな時、西部軍(陸軍西部方面)が米軍捕虜8名の生体解剖を委嘱してくる。橋本教授は、教授選の起死回生を狙って、それを受け入れる。第一外科に属する研究生、勝呂と戸田も、手術室に入ることを求められ、手伝うことを承諾する。

　そして、西部軍の将校数名が立ち会い、検診と偽って連れてきた米軍捕虜の生体解剖が開始された……。

■ 実話が元に

　遠藤周作の「海と毒薬」は、事実を元に執筆されている。九州帝国大学医学部出身の軍医見習士官が発案し、西部軍参謀の許可を得て、恩師である第一外科部長に依頼。昭和20年の5月から6月にかけて、米軍捕虜(捕獲搭乗員)8名が、生きたまま九州帝国大学医学部で解剖されたとされている。

　発案した軍医見習士官は、戦中に死亡。戦後になって、第一外科部長は逮捕されるものの独房内で自殺。他の関係者23名は横浜軍事法廷で5名が絞首刑に、そのほかも有罪判決を受けた。しかし、朝鮮戦争勃発による再審と、講和条約発効時の恩赦で大幅に減刑され、昭和33年までに全員が釈放されている。

　ちなみに、「海と毒薬」というタイトルは、遠藤周作が見舞客を装って九大病院の屋上に上り、そこから海を眺めていて思いついたと、あるエッセイで語っていた。

　この小説を読んで衝撃を受けた熊井啓監督は、'69年に脚本化して遠藤から映画化の許可も得る。しかし、題材と内容があまりに衝撃的で、重く、暗いので、スポンサー探しが難航。そのため、実際に映画化されたのは'86年と、実に17年もかかっている。

　でき上がった映画もテーマが暗く、重いと、興行的には成功しないといわれていた。しかし、公開されると、ロングランヒットを記録し、ベルリン国際映画祭銀熊賞や、キネマ旬報日本映画ベストテン第1位など、各種の賞を受賞。「黒部の太陽」とならぶ、熊井啓監督の代表作となった。

■ 主役は対照的な研究生

　この映画の主役は、奥田瑛二が演じる勝呂研究生と、渡辺謙の戸田研究生。考えることからすら逃げて盲目的に生体解剖に参加する勝呂研究生。ニヒリストで罪悪感すら感じなくなった戸田研究生は、むしろ積極的に生体解剖に参加する。

　この2人の研究生がある面で対照的に描かれ、奥田瑛二と渡辺謙はこの難しい役を見事に演じている。対照的なスタンスで生体解剖に参加する、2人の心情を両方とも違和感なく受け入れることができる。また脇も、橋本教授を演じる田村高廣や、成田三樹夫、岸田今日子、根岸季衣と芸達者で豪華な布陣で固めている。

　この映画のもう1つの主役と呼べるのは、公開当時から話題を呼んだリアルな手術シーンだろう。撮影にあたって、ベッドから手術道具に至るまでに、戦時中に使用された医療器具が集められ、現場では外科医が俳優達に指導を行なった。

　特に血液は、作り物では粘度が違い水の中での流れ方がちがうと、スタッフ達が献血した本物の血液を使用。また、手術シーンのアップでは、豚が使われている。ちなみに、本物の血液を使うという提案をしたのは、翌年「ゆきゆきて神軍」を撮ることになる、監督補の原一男だったという。

　15年前の作品だが、あえてモノクロ、モノラルで、演出も抑えている。しかし、美術に木村威夫、撮影は栃沢正夫、岩木保夫の照明によって撮り上がられたモノクロ映像は、カラーよりも緊迫した映画に仕上げていることは間違いない。

■ DVDとしてどうか

　元々映画自体がモノクロ、モノラルなので、DVDもモノクロでドルビーデジタルのモノラルで収録されている。ただ、モノラル音声なのに、PCM収録ではないのは残念なところ。しかし、映像はオリジナル・ネガからニュープリントを起こしテレシネした、スクイーズニューマスターを使用しており、画質は高い。

　ただ、モノクロ映像はディスプレイの性能がもろに出てしまう上、マルチチャンネルでスピーカーを配置しているとモノラルの再生はかなり難しい。そういった意味で、このDVDの実力を出し切るのには、セッティング、設定ともかなり大変になる。

　再生は、最近多くなっている最初にメニューが立ち上がるタイプではなく、ディスクを入れるとすぐに本編が再生されるタイプ。メニューは動画で、チャプターは12個と、124分の映画にしてはちょっと少ない。

　特典の目玉は、今回のDVD発売のために新たに2001年11月7日に撮影された、熊井啓監督と奥田瑛二の対談。38分に渡って、過去の資料を見ながら、映画制作当時を振り返っている。そのほかにも、ニュープリントによる、オリジナル予告編を収録。

　また、静止画ライブラリーとして、撮影風景に加え、外科医が書いた手術シーンの指示書や、それをもとに作成した絵コンテなど40枚が入っている。しかし、その指示書や、コンテの文字がつぶれてしまって判読できないのが残念なところ。NTSCの解像度では難しいことはわかるが、貴重な資料なので、どうせなら読める形で収録してほしかった。

　全体的に、デラックス版と銘打った4,700円のDVDとしては、低価格化が進んでいるDVD市場にあっては、ちょっと寂しい仕様と特典というのが正直なところ。

■ 医者が偉かった時代

　この映画を最初に見始めたときに、ある違和感を感じた。その違和感がなんなのかと考えると、戦中(戦前もだが)の日本と、現在の日本との医療環境の差だと思い至った。

　医学用語だけとっても、当時は基本はドイツ語なので、バンバンとドイツ語がでてくる。しかし、現在の日本の医学教育は日本語と英語をベースに行なわれているので、医療現場でドイツ語が出てくる頻度は非常に低い。そのため、普通の人も病院や、医療ドラマでドイツ語を聞く機会がほとんどない。実際に、初見では何を言っているのかわからない場面もあった。

　言葉以外でも、いわゆる大名行列といわれる「教授回診」の仰々しさは、最近ではほとんど見かけない。患者がベッドで正座して待っているなんて考えられないだろう。もちろん、当時はそれが普通だったのだが、現代の目からみると、まるで異次元の世界に見えた。

■ 買いなのか?

　熊井啓監督は、特典に収録された奥田瑛二との対談の中で、「最初、実験に参加した医者を告発しようと思って撮影を始めた。しかし、撮影が進むうちに彼らと同じ立場に立たされたならば、実験に加わっただろうと思った」と話している。さらに、「手術シーンでは、スタッフや出演者は血を見るのも嫌がっていたが、しだいに慣れはじめ、“もっともっと”という、一種の興奮状態になった。こうやって、生体解剖が行なわれ、参加していったのではないか。生体解剖を行なった医師を責めることが、本当にできるのだろうか?」と思ったとも語っている。

　生体解剖を終え、暗い屋上で勝呂は「おれたち、いつか罰を受けるだろう」といい、それに対して戸田は「俺たちを罰する連中かて、同じ立場におかれたら、どうなったかわからへんぜ」と言い放つ。おそらく、映画を見終わった人のほとんどが、戸田の言葉がすんなりと受け入れられるだろう。

　DVDとして4,700円は、現在では高額の部類に入るだろう。しかし、まだこの作品を見たことがない人は、日本で実際に起こった出来事として、受け入れなければならないではないだろうか。

●このDVDについて
購入済み 　買いたくなった 　買う気はない

前回の「ふしぎの海のナディア DVD-BOX」 のアンケート結果 総投票数882票
[購入済み] 281票 32%	[買いたくなった] 317票 36%	[買う気はない] 284票 32%

□パイオニアLDCのホームページ
http://www.pldc.co.jp/
□製品情報
http://211.5.138.75/pldcgoods/FMPro?-db=pldcgoods&-format=record_detaile-dvd.htm&-lay=data&-recid=12619443&-find=

(2001年12月28日)

[furukawa@impress.co.jp]