■ 待望のインタビューだが…… 3月19日にダウンロード販売開始、そして先月16日には待望のパッケージ販売を開始したMPEG-2エンコーダ「TMPGEnc 3.0 XPress」。エンコーダという比較的地味な製品でありながら、これほどパソコンユーザーに認知された製品も、またないだろう。 前バージョン 2.5xのリリース時に、開発者である堀浩行氏にインタビューを行なったのはもう一昨年の話。次期バージョンへの抱負なども語って頂いた。そして今回のバージョンでもまた、インタビューさせて頂くことになった。
今回のインタビューも、前回同様チャットで行なった。ただし前回とは事情が異なっている。実はインタビューの前々日、筆者が「ギックリ腰」をやってしまい、ベッドから立ち上がることができなくなってしまったのである。そこで開発元であるペガシスの皆様を編集部にお呼びして、インタビュアーである筆者が自宅にいるという、なんとも奇妙な状況でのインタビューとなった。
インタビューにお答え頂いたのは、エンコーダおよびエンジン部分の開発リーダーでペガシス副社長の堀浩行氏、GUI設計担当の吉鷹徹氏、社長の河村保之氏である。(以下敬称略)
■ アルゴリズムを最適化したエンコーダ ―では最初にエンコーダまわりからお伺いしていきます。以前のインタビューでは、エンジン部分は大幅に書き直すと伺っていたんですが、実際にはどれぐらいの規模で書き直したんでしょう。1から書き直しに近い? 堀:MPEGエンコーダなど、すでに固まっている物以外はほとんど新規設計で書き直しました。 ―ということは、エンコーダ自体はそれほど書き直してないと? 堀:MPEGエンコーダの全体図はあまり変わっていませんが、最適化をして高速化したり、画質向上するアルゴリズムをいくつか取り入れています。 ―以前のインタビューで伺ったときには、メモリをもっとふんだんに使えるようなアルゴリズムを考えているとおっしゃってましたが、これは盛り込まれたわけですか? 堀:メモリを贅沢に使ったアルゴリズムは、今回は盛り込まれていません。 ―そうなんですか。ユーザーとしては、劇的な速度アップを期待していたところですが、次期バージョンに持ち越しというところでしょうか。 堀:今、MPEGエンコーダの大部分はDelphi言語で、速度的に重要な部分は C++とアセンブラで書かれていますが、全体を速度を考慮しながら C++で書き直す予定です。しかし次期バージョンで実現するかは、まだわかりません。 ―今回のリリースでは、5%~30%の高速化ということですが、これはSSE3を使った結果ということでしょうか? 吉鷹:おおよそ、SSE3では10%程度の高速化となってますので、残りはアルゴリズムチューンということになります。SSE3というよりも、Prescottチューンといえるかもしれませんが。 ―そもそもエンジンを書き直そうと思ったきっかけは、やはり速度的なところですか? 堀:速度の面もありますし、拡張性の点でも今までのエンジンでは限界がもう来ていましたので、速度と拡張性に主眼点を置いて新エンジンを設計しました。 ―今回の新エンジンの特徴をまとめると、どういうところがポイントでしょう。拡張性といっても、我々にはよくわからないのですが。 堀:今回の新エンジンは、YUVフォーマットに対応したりと、映像を扱う上で効率良くなっているのがポイントだと思います。YUV対応することで、YUV->RGB->YUV 変換の必要が無くなりますので、それだけでも若干ですが高速化しています。 ―ああ、内部的にYUV直で処理できるようになってるんですね?
堀:ええ。ただNRやインターレース解除の一部モードなど、YUVに対応していないフィルタがありますので、完全に対応しているとは言えないのですが。それでもYUVで動作しているときは色情報の欠損がなく、高速に処理できます。 ―フィルタも堀さんがお書きになってる? 堀:私も一部書いていますが、フィルタは数人で分散して制作しています。 ―エンコーダとフィルタでは、かなり作る上でのノウハウが違うと思いますが、堀さんとしてはどっちが楽しいですか? (笑)
堀:どちらも違ったおもしろさがありますが、ここ何年もエンコーダを開発していましたので、フィルタやエンジンの開発は新鮮味がありますね。
■ 新開発の動画編集エンジン ―次に動画編集エンジン「Video Mastering Engine」(以下VME)についてお伺いします。今回は編集画面のレスポンスが格段にいいですよね。これはTMPGEnc DVD Author(TDA)開発のノウハウでしょうか? 堀:そうですね。画像表示にマルチスレッドを使ったりとTDA 1.5開発のノウハウが大きいです。 ―VMEの開発って、どういうところが苦労したところなんでしょう。
堀:エンジン全体をうまく動かすところですね。例えばフレームレート変換フィルタは、インターレース解除フィルタがこう動いて欲しいと期待していたりと相互に複雑に絡み合っているので、どのようなソース・出力設定でもうまく動かすのに苦労しました。
おかげで、ソースと異なったフィールドオーダーで出力しようとした場合、自動的にフィールドオーダー変換を行なったり、24fpsプログレッシブソース→30fpsインターレース出力の組み合わせだと、自動的に 3:2プルダウンを行なったりと、一番違和感無くフォーマット変換を行なえると思います。
その代わり、ユーザーはソースのアスペクト比やフィールドオーダーを正確に設定する必要が出ますが、それに見合うメリットが十分あるのではと考えています。 ―では次はオーディオ系について。オーディオエンジン「Advanced Acoustic Engine」(以下AAE)とはどういうものなんでしょう。 堀:AAEはMPEG-1 Audio Layer-IIエンコーダやサンプリングレート変換フィルタを、音質を最重視して一から新規開発したものの集まりとなります。 ―あ、音のエンコーダを作り直したってことですか。 吉鷹:もともとペガシスは音が弱いといわれていたのですが、今回から専任の担当者が時間をかけてチューニングしています。MP2、リサンプリング共に、世界最高水準になっていると自負しています。
■ 協業と反省から生まれたGUI ―では次にGUIについてお伺いします。以前からVAIOにバンドルする「TMPGEnc DVD Souce Creator」などでソニーさんと協業でやられてた部分があるわけですが、GUIに関して何か吸収するものがあったでしょうか?
河村:GUIについては私の思想的な部分が多いですね。ソニーさんと一緒に開発したSouce Creatorで得たノウハウをTMPGEnc Plus 2.5にウイザードといった形で搭載したのですが、結果的にはあまり使って頂けませんでした。
そこで得た感触として、通常のGUIにウイザードを搭載するのではなく、ウイザードに通常のGUIを乗せると使いやすいのではないのかと考えました。そこで色々と試行錯誤を重ねて、TMPGEnc DVD Authorを開発したわけです。
我々としては非常に割り切った仕様になっており、色々と心配ではあったのですが、予想以上の高い評価を頂けたので、このコンセプトに対して自信をもって今回のTMPGEnc 3.0 XPressの開発を行ないました。
―なるほど。GUI担当の吉鷹さんもちゃんとそう思ってますか?(笑)
吉鷹:まあ、もともと河村が作ったGUIのデザインボードがあり、それをもとにGUIを設計していきました。 ―そうなんですか。社長自らGUIデザインしたわけですか(笑)。 吉鷹:ただ、社内で議論があったのが、TMPGEnc Plus 2.5では先に出力を決めるのですが、XPressでは入力が先で出力が後になっています。このあたりの部分が初期のデザインと異なる部分と言えるでしょう。 ―でもユーザーにとっては、入力から出力へ向かっていろいろ決めていくというのは、考え方としてわかりやすいですよね。
吉鷹:ええ、いろいろと試行錯誤するには、入力は入力で決めた後で、出力を考えたほうが良いと判断しました。しかし、そうしたためにGUI的に無理が出た部分があったりしたのも事実です。 ―例えば、どういうところでしょう。 吉鷹:初期ベータのときに指摘されたのは、なぜフィルタ画面で画像の縦横のサイズを指定できないのか? という点です。先に出力を決めれば、映像の縦横のサイズは決まってくるので、その設定をフィルタのプレビューでも使えるわけですが、今回はできませんでした。
堀:リサイズなど、出力の設定によって処理結果が異なるフィルタのプレビューは、クリップ編集ウィンドウでは順番的に無理になってしまいましたので、「エンコード」の部分に出力プレビュー機能を設けました。 ―例えばフィルタでリサイズしても、出力設定でテンプレートを呼び出すと、テンプレートの画面サイズになっちゃいますよね。そのあたりがなんとなく、どう整合性をつけていいもんか悩むんですけど。 吉鷹:実際、フィルタは入力に関する設定なので、リサイズなどは方法を指定するだけなのです。最終的なサイズは出力設定で決まります。これは不要なリサイズを発生させないという考え方でもあります。 ―2重にリサイズがかかるわけではないんですね。
吉鷹:そうです。エンコード時には、出力設定で指定したサイズでエンコードソースを渡すように、編集エンジンに指示を出します。 ―個人的に「クリップの編集」画面では、TDA 1.5みたいなフィルムロールを付けて欲しかったと思うんですが、それはエンコーダでは難しい?
吉鷹:TDAだとソースがMPEGという縛りがあるぶん、ああいう画面表示は楽なのですが、AVIなど多雑なフォーマットを扱うXPressでは速度に問題が出ます。TDAのサムネイル表示は、MPEGデータのIピクチャのみを抽出して表示しているわけですが、AVIで同様にキーフレームだけ表示してしまうと、画面内に1つしかサムネイルが表示されなくなってしまうんです。逆に10フレーム単位などで表示すると、DVなどは速いですがDivXのAVIなどはむちゃくちゃ遅くなります。
何とか回避策を考えたのですが、やはりフォーマットの制限などは容易には回避できませんでした。
■ 今後は…… ―では次に今回の目玉? ともいえる、XDVDについてお伺いします。これ、技術的なところよりもむしろ、ユーザーや業界の反応のほうが気になるんですが。リリースしてからなにかリアクションがありましたか?
河村:サポートメールなどを見ていると、結構使っていただいているみたいです。そもそも実装しようと思ったきっかけは、新MPEGエンコードエンジンのテストとして丁度良かったってところなんですけど。
今回の新MPEGエンコードエンジンはLong GOPでのビットレートあたりの画質が非常に優秀なのですが、DVD規格だと旨みをフルに引き出せなくてもったいないなと思って。 ―Long GOPの再生って、MPEGデコーダチップのマージン頼みってところがありますよね。どこかで正式にサポートしようって話とかあるんでしょうか。 吉鷹:プレイヤーに載っているのがDVDデコードチップというなら、XDVDの再生は厳しいところなのですが、現実的にはMPEGデコーダチップが載っているわけでして。XDVDはMPEG規格的には問題ありませんので、ほとんどの場合において再生は可能です。 ―なるほど。さらにDVD再生ソフトなんかでサポートするようになると、また状況も違ってくると思うんですが。 河村:現在でも大丈夫なソフトもありますが、一部の再生ソフトではちょっとGOPの脈動が出ますね。演算誤差の精度を上げていただければ解決するはずなのですが、規格外なのでこっちも強く言えないんですよね。(笑) ―では最後に、今後のXPressの目標みたいなものをお聞かせ下さい。 吉鷹:とりあえずGUI側からすると、入出力のフォーマットの増加でしょうか。需要があるかどうか微妙なのですが。 ―個人的にはWMVぐらいのレベルで、DivXをインテグレートして欲しいという需要はあるんじゃないかと思いますけど。 堀:エンジン側の課題としては、全フィルタのYUV対応など各機能の性能アップってところでしょうか。 ―例えばプレーンなMPEG-4エンコーダを作るとかって話はないでしょうか?
堀:H.264エンコーダ開発の計画はありますが、まだ本格的に動き出していません。次のプロジェクトとしては、MPEGエディターがあります。XPressで培ったVMEエンジンを改良して、スマートレンダリングに対応します。 ―VMEがそこに昇華するわけですね。そういえば今回、MPEGツールがなくなったことを残念に思っているユーザーも少なくないようですが、それがMPEGエディタでの登場ということになるのでしょうか? 吉鷹:そう思っていただいていいんじゃないかと思います。まあDVD規格への完全準拠のMPEGデータを出力するには、GOP単位でのカットでは限界があるんです。
堀:またカット編集自由度向上のためにも、スマートレンダリング導入はこれから求められていくんだと思います。
■ 総論 TMPGEncは、その黎明期にはビデオCD用として、そしてつぎはDVDビデオ用として利用されてきた。メディアの普及にうまく乗りながら、歩んできたわけである。 遅いと言われたエンコード速度は、これまではCPUの成長を待っていれば、やがて問題なくなるのではという期待感もあった。だがご存じのように、CPUの速度も従来のような伸び率は期待できなくなってきており、今後は自力での速度アップも求められてくることだろう。 DVDビデオは映像記録メディアとして現在でも有効な手段だが、さらに今後は放送のHD化やMPEG-4の台頭など、メディアの変化だけでなく、映像品質や活用フィールドの変化も見越して成長していくことが宿命付けられている。だが開発チームも大きくなり、すべてを堀氏一人で開発していた頃からすれば、分業化が良い方向に作用しているという印象を受けた。 単にエンコーダ開発というジャンルに留まらず、MPEG関係の様々なソリューションを提供するまでに成長した堀氏とペガシスの動向は、今後も多くのユーザーやメーカーから注目されることだろう。
□ペガシスのホームページ (2004年5月12日)
[Reported by 小寺信良]
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