■ ウォークマン時代の終焉?
ポータブルミュージックプレーヤーの歴史的を振り返ってみれば、カセットテープ、CD、MDと来て、ここから1つの断絶がある。すなわちこの先とは、シリコンメモリベースのプレーヤーに至り、ここから先はPCが必須になるわけだ。だが、まだその時点では音楽録音の方法論が変わったに過ぎず、依然としてアルバム単位で聴く、という世界観は変わらなかった。 音楽を聴くという意味で本当に変革をもたらした技術は、HDD型プレーヤーの登場だろう。リムーバブルでない固定メディアに、いったん転送したらしっぱなしでアルバム全部を入れておく、というやり方は、今までのユーザーの悩みを一気に解決した。 その悩みとは、「出かけるときにどれを持っていこう?」という選択の悩みである。音楽というのは、人間の気分を左右する力を持っている。その日に何を聴きながら行くか、というのは、気持ちの変化を重要視する現代人にとって、思いのほか重要になっているのである。言ってみれば、女性が(男性でもかまわないが)「今日何着ていこう」という悩みに対して、「タンスまるごと持ち歩けます」という解を提供したに匹敵するインパクトなのだ。 そんなわけで今回は、ソニーのVAIOブランドによるHDDポータブルミュージックプレーヤー「VAIO pocket」を取り上げる。ソニーがHDDプレーヤー市場に乗り出したということは、ある意味25年間のウォークマン文化を、次のステップに移行させるという意味もあるかもしれない。 VAIO pocketは、ウォークマンに変わる新しい文化を創造できるのだろうか。さっそくチェックしてみよう。 ■ 高級感バリバリのルックス
外観の詳細に関しては、既に本サイトでは「週刊デバイス・バイキング」で取り上げているので、そちらを参考にしていただきたい。 それに筆者の感想を追加するならば、本体サイズは、iPodよりもバッテリ部の丸みぶんだけ大きい。実際に両者を比べてみると、幅、厚みはほぼ同じだが、長さが若干違う。画面の配置のせいか、VAIO pocketのほうが細身の印象がある。
高級感という意味では、iPodのそれがだいたいいくらするモノなのか、高そうでもあり意外にそうでもなさそうでもありという正体不明なルックスなのに対し、VAIO pocketはメタリックな質感を前面に押し出しており、いかにも高そうな感じがする。 デザイン的なポイントは、バッテリ部の膨らみ、特にその背面の素材処理にある。この部分はやはり樹脂製ではあるが、光沢感のあるクロムメッキのような処理が施してあり、これが手にピッタリ張り付くので、ここだけ持っても滑らないのである。 筆者は中指を伸ばして背面からボディを支えることで、片手でも操作が可能だった。重心がバッテリ部に偏っているのも、片手での操作を行なうときのアシストだろう。もし全体的に重さを分散させたいのであれば、iPodのように平たいバッテリを搭載することも可能だったはずだ。現にiPod第2世代までのバッテリは、ソニー製であることが確認されている。
本体の高級感のある質感に比べると、クレードルが安っぽく見えてしまうのは残念だ。ここまでコストはかけられないという中での、ギリギリの選択だったろうと思われる。ただ機能的には豊富で、ライン出力やUSB(A)端子まで備えているのは立派。
なおソニーの直販サイトSonyStyleでは、吉田カバン製専用ケースの販売を計画中であるという。VAIO用キャリングバッグなどでも、吉田カバンのものは人気が高い。この専用ケースはまだ最終デザインではないということだが、付属のポーチと違ってケースに入れたまま操作が可能になるようだ。 ■ 操作性は賛否両論
つづいて操作性をチェックしてみよう。順番からすればまず転送環境からというのが筋だが、ここでは先に本体側の操作を見てみることにする。 VAIO pocketの特徴である「G-sense」は、解像度の粗いタッチパッドといった感じだ。違うのは、そのセンサーの一粒一粒が、押し込みスイッチになっているところである。 画面サイズに対応してボタン面があるという感覚さえマスターできれば、操作自体は難しくない。ただボタンのクリックには、ちょっと器用さが要求される。アルバムや曲など行表示になっているときは、それぞれの行がボタンの横の行と1対1で対応するわけだが、親指でいい加減にベタッと押すと、違う行が選択されたりして、なかなかうまくいかない。行を選ぶときは、親指を立てるようにして、指先でその行に相当するボタンを正確に押す必要がある。 また沢山の行のスクロールでは、進みたい方向のセンサー部分に触っているだけで自動スクロールする。ただ行数が少ないときはそれでもいいかもしれないが、アーティスト名だと平気で500行とかになるわけで、それをテテトトトトといったスピードでスクロールされると、ちょっとイライラする。 例えばiPodでは、ホイールを回せばそのスピードでギューンとスクロール速度が速くなるため、目的のあたりまで一気にぶっ飛ばすことができるのだが、そういった快適さに欠けるのである。
画面左側には、スクロール用のボタンがあり、これを押すと1画面単位でスクロールする。だがそれも問題アリで、このボタン画面が出ているばっかりに、アーティスト名のアルファベットの先頭が隠れてしまい、今どの辺まで来ているのかがわからない。ちょっとこれはマズかろう。 さらに言えば、例えばあるアーティストのアルバムから曲名まで入っていって、そこからバックするとき、アーティストの選択がいちいちアルファベットの先頭になるのは、正直いって勘弁して欲しい。これはやはり、今聴いているアーティストが選択された状態であるべきだ。 例えば似たような名前のアーティストがいて、「あーClive NolanじゃねえよこれClive Griffinだった」という場合に、アルファベットの先頭に戻されたら、またテレテレスクロールしていって選択し直しである。そのあげくまた同じ間違いしちゃった日にゃ、これは何かの修行デスカと言わんばかりの苦痛を味わうハメになるのである。 確かにG-senseはコントローラとして珍しくはあるが、さほど使いやすい方式かと言われれば、そうでもないように思う。だがこのあたりは、ソフトウェアの作りでもう少し改善できるところも多い。市場に出て、いろいろ言われながら徐々に改良されていく部分だろう。 その一方で、リモコンの作りや機能は、さすがに長い間ポータブルミュージックプレーヤーを作ってきただけあって、IT系メーカーにはなかなかマネできない部分だ。特にiPodと比較するならば、あちらのリモコンは表示部分がないのでステータスがわからず、不満に思っていた人も多いことだろう。
左右に配置されたボタンは、押し込む動作以外にも、上下、左右にそれぞれ傾くようになっている。曲再生に関しては、階層を上ったり入ったり、本体とほぼ同等の操作ができる点は、よくできている。 ただ操作は、リモコンにしてはちょっと難しいように思う。最初のうちは、倒したつもりが押し込み動作になってしまったりということが、たびたび起こる。おそらく上下左右の羽根部分の長さが短すぎるか、傾きのクリックが硬すぎるのではないだろうか。 それを乗り越えれば、操作の中心は本体ではなく、リモコンのほうにシフトしていくだろう。
■ 悩みどころの転送フォーマット VAIO pocketへの曲転送は、付属の「SonicStage2.0」か、「MusicMove」というソフトウェアを使う。SonicStageはVAIOユーザーにはお馴染みだが、ソニー製の音楽管理ソフトである。以前のSonicStageは、再生機能もいろいろあり、ジュークボックス的な要素もあった。だがこの夏モデルからVAIOにはDo VAIOという総合再生ソフトが前面に出ているためか、2.0からは音楽管理という方向性を強めている。 まだ音楽CDからリッピングしていない場合は、SonicStageを使ってATRAC3なりATRAC3plusにエンコードすることになる。ATRAC3plusは、Hi-MDも含め最近のソニー製品では概ね対応し始めているので、古いMDと併用する予定がある人以外はATRAC3plusを使うのが順当な判断だろう。
ATRAC3plusのビットレートは、48/64/256kbpsの3種類から選択できる。なんか64kの次に128kぐらい欲しいところだが、この間の飛びようには何か意味があるのだろうか。極端に間があいているのが気になる。 曲をエンコードしてみると、それぞれのビットレートで特徴がある。48kbpsでは、一見音の派手さがキープされるため、ちょっと聴くといいかなと思えるのだが、しばらく聞くと音の荒さというか、乱暴さが気になってくる。シンバルなど高音部でかつ複雑な倍音成分を持つ音の再現性が今ひとつかなと思う。 カタログなどで表示されている20GBで13,000曲というのは、この48kbpsでエンコードした場合の数値。13,000曲というと、アルバムにしてざっくり1,000枚ぐらいだと思うが、CD 1,000枚も持ってるようなマニアが耐えうる音質かというと、疑問が残る。 64kbpsでは、48kbpsのときのような荒さはずいぶん軽減されるが、中高音域が鼻につくような感じがする。これはEQの設定やイヤフォンを変更することで、ある程度カバーはできるだろう。通常はこの64kbpsを選択することになるとは思うが、あと一歩もの足りない。やはり96kbpsや128kbpsぐらいのレートだとどのぐらいの音になるのか、試してみたかった。 256kbpsというとてつもなく大きなビットレートでは、さすがに音質的な満足度は高い。だが48kbpsに比べると約5倍も容量を食うわけで、公称13,000曲も、急に2,500曲ぐらいに減る。アルバム200枚強といったところか。んービミョー。容量とのかねあいを考えたら、ATRAC3の105kbpsあたりはMDLPと同じなので、そこまで割り切るというのも1つの考え方かもしれない。 さて、問題は既にMP3やWMAで大量に音楽ファイルを持っている人だ。これらのフォーマットはVAIO pocketで直接再生できないので、ATRAC3などに変換することになる。変換にはSonicStageとMusicMoveの両方が使用できるが、若干動作が違うようだ。
SonicStageを使って変換すると、変換後のファイル、つまりATRAC3化された音楽ファイルもHDD内に保存される。ここがSonicStageの便利というか複雑なところだが、この変換されたファイルは、通常は再生されることはない。変換した曲のプロパティを見ればわかるのだが、SonicStage上では1曲に見えながら、実態はMP3とATRAC3のファイルを両方管理しているのだ。 例えばPC上で音楽を再生するときは、変換前のファイル、すなわちMP3なりが再生される。だがVAIO pocketやMDに転送する際には、黙ってATRAC3のファイルが送られるという構造になっている。だからSonicStageを使って、PCのスピーカーで変換前と変換後を聞き比べようとすると、大抵はこの仕組みに引っかかって「遜色ないじゃん」という結論が出がちだ。 また、同じ曲をいろんなビットレートに変換して、VAIO pocketで聞き比べようとするときも注意が必要だ。SonicStageでは、一度ATRAC3なりに変換した履歴を覚えていて、自分では転送時にビットレートの設定を変更したつもりでも、SonicStageは「なんだーもう変換したデータがあるじゃん。こっち送っちゃえ」と、設定変更を無視し、最初に変換したデータを転送する。これが長じると、「いろんなビットレートで転送したけど音変わんないじゃん。ATRAC3すげえ」という結論にもなりがちだ。
これからビットレートの違いを試そうと思っている人は、SonicStageのワナにハマらないよう、うまくかいくぐっていただきたい。 一方MusicMoveは、変換転送だけに特化したツールである。これを使って転送すると、変換後のデータをPC内に残さず、すべてテンポラリ的に処理していくようだ。またSonicStageのように、チェックアウト回数をカウントしないので、何回でも書き出しができる。同じ曲のデータを2倍持ちたくない人は、こちらを使った方がいいだろう。 ただしこのソフトにも難点があって、一度に数GB分のデータを変換できない。じゃあ1GB弱に減らせばいいのか、と思ったのだが、それもなんとなくいやがる(笑)。まあOKを押せば転送してくれるのだが。
さらに仕様でイタイのは、変換転送中に、別のファイルを追加転送できないところだ。一度に大量のファイルはできず、追加もできないとあっては、20GBを埋めるのに相当の手間がかかる。 PCからVAIO pocketを外すときは、例によってWindowsのデバイスの停止を行なう必要がある。ついついNet MDのつもりでいきなりクレードルから抜くと、曲データが壊れる可能性もある。曲データの修復は、VAIO pocket本体でも行なうことができるのだが、なにせ時間がかかるのが難点だ。 まあそのあたりは仕様上仕方がないのかもしれないが、転送ソフト側にマウント解除のボタンがあれば良かっただろう。なんかこのあたり、家電というよりまだまだPC臭さが色濃く残っている感じがする。 ■ 総論
ミュージックプレーヤーとしてVAIO pocketは、音質もまずまずだし、目新しいセンサーを取り入れたり、カラー液晶を生かして静止画表示機能を付けたりと、とにかくユーザーの目を集める上手さがある。 ただ軽快さという点を考えると、曲再生からバックしたときの一覧表示の遅さ、曲間の空き時間など、もう少し詰められる部分もあるだろう。また変換による曲転送の遅さや取り外しの煩雑さも、既存PCユーザーにはネックになるところだ。どうも今回のVAIO第2章発表に向けて大あわてで作ったような印象があり、もうちょっと煮詰めればOKなのに、というところが見えるのはなんとも残念だ。 ただデジカメを接続してのストレージ機能は、これはこれで結構使えるのではないかと思った。撮影に行ってメモリーカードがいっぱいになったら、ポータブルプレーヤーのHDDに吸い上げてバックアップという方法は、デジカメのヘビーユーザーにはありがたい機能だろう。ただ転送はUSB 1.1相当の速度なので遅いのと、クレードルまで持ち歩かなければならないのが難点だ。 さすがのソニーでも、ソニーブランドとしては初めてとも言える分野のチャレンジは、なかなかハードルが高かったようだ。だが彼らにはオーディオメーカーとしての基本技術もあり、PCの技術もある。 この分野でもソニー独自の使い勝手と完成度を極めるまで、そう時間はかからないだろう。 □ソニーのホームページ (2004年6月9日)
[Reported by 小寺信良]
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