■ 自動音場補正の波が低価格機にも
ここ数年のAVアンプの歴史を見ると、中上級機に搭載された新フィーチャーが1年程度で下位モデルへと波及するシナリオが多い。AAC、ドルビープロロジックII、DTS 96/24への対応、内蔵アンプの6.1/7.1ch化が一巡し、現在はドルビープロロジックIIxが静かに浸透しているところだ。 見逃せないのが、付属マイクを使った自動音場セットアップの広がりだろう。2001年11月、パイオニアの「VSA-AX10」と「同AX8」で初めて採用された「MCACC(Multi Channel Acoustic Calibration System)」は、その利便性から独自のポジションを築いた。その後、ヤマハ、ビクターがこの分野に参入。最近ではデノンの中級機にも搭載され、にわかに活況を呈している。スピーカー付きのシアターセットでは、ボーズのLSシリーズも有名どころだ。 自動音場補正がない場合、スピーカーの距離を事前に図り、テストトーンなどで聴覚に頼りながら、各チャンネルのレベルをあわせる作業が必要になる。面倒な上、サラウンドでは最も重要な設定なので、設置後も「これでちゃんとサラウンドになっているのだろうか」との疑問がしばらく付きまとうもの。これからホームシアターに取り組もうという初心者なら、なおさらだろう。 パイオニアの「VSX-D814」は、標準価格58,800円のエントリーモデルにして、初めてMCACCを搭載した意欲作だ。もっとも、エントリー向けの自動音場補正付きモデルとしては、すでにビクターが2003年7月に4万円台の「RX-ES1」を発売している。ただし、5.1chデジタルアンプ採用の薄型筐体という、どちらかといえばカジュアル路線のモデルだった。 一方VSX-D814は、6.1chアンプを搭載し、最新のドルビープロロジックIIxにも対応。低価格ながら最近のAVアンプのトレンドを踏まえており、見た目もごつく、いかにも本格的だ。
■ ドルビープロロジックIIxにも対応。リモコンは学習機能付き
アンプ出力は最大100W×6ch(6Ω)。DAコンバータは192kHz/24bitを6ch分搭載する。スピーカー出力はフロントL/R、センター、サラウンド(リア)L/R、サラウンドバックの6chに加え、フロントL/RのみスピーカーA、スピーカーBの切り替えが可能。ただし上位機のように、スピーカーA/B同時出力によるバイワイリング出力までは対応していない。なお、すべてのスピーカー出力端子でバナナプラグを使用できる。 サラウンドフォーマットは、主要なものをすべてサポートする。具体的には、ドルビー系のプログラムはドルビーデジタルEX、ドルビーデジタル、ドルビープロロジックIIx、ドルビープロロジック、DTS系はDTS-ES(ディスクリート/マトリックス)、DTS、DTS Neo:6、DTS 96/24。さらにMPEG-2 AACにも対応する。 映像入力は、D4×2系統、S映像×4系統、コンポジット×4系。音声入力は、同軸デジタル音声×2系統、光デジタル音声×3系統、アナログ音声×6系統。S映像/コンポジット/アナログ音声/光デジタル入力1系統は前面に配置されている。ただし、RCAのコンポーネント入力がないのが惜しい。
5.1ch入力も搭載し、DVDビデオ、SACD、DVDオーディオのマルチチャンネル入力も可能。実際にはセンター、サラウンドL/R、サブウーファの4つの専用入力と、DVD/LD入力端子をフロント入力として利用する。 本体色は濃い目のシルバー。前面はヘアライン処理があるものの、良く見ると樹脂製だ。また、シリーングドアがなく、スイッチ類がむき出しになっている点が残念。上位モデルに比べると、幾分安っぽい印象は否めない。ただし、ボリュームノブなど一部の操作子は金属製で、表面処理も美しい。ボリュームノブは重く、価格に反して安っぽさはない。マルチジョグのクリック感も悪くない。 表示管の文字も大きく、2mほど離れていても主要な表示は視認できる。4段階のディマーが効くのも、シアター派にはうれしい点だ。また、ドルビーデジタルEX、DTS-ESなどの6.1ch信号を検出すると、左上に小さく「SB」(サラウンドバック)と表示される。ボリュームはマイナスdB表記で、0dBが最大音量になるタイプ。 印象的なのは、インプットセレクトボタンの周囲やボリュームノブの一部が、やんわりと赤色に光るところだろう。最近、国産メーカーの製品で採用例を見かけるようになった演出だ。反射光などで表示管が見づらい場合でも、選択している入力系統を即座に確認できるので便利。ただし表示管と違い、光量を落とせない。暗闇だと邪魔に感じることもあったが、やわらかめの光なので、プロジェクタ使用時でもそれほどまぶしくはなかった。
リモコンは、一目で最近のパイオニア製品のリモコンとわかるデザイン。パイオニアでも上位モデルに付属するリモコンは、それぞれの機種専用のデザインを採用しているが、このクラスになるとほとんど同じデザインとなる。自照や蓄光といった機構も一切ない、普通の家電用リモコンといった印象だ。 ただ、通常使うのはボリュームと入力切替ぐらいなので、ボタンが発光しないこと以外に、使い勝手で気になる部分はない。また、最も良く使うボリュームボタンは、ほかのボタンと大きさや形状が異なるため、手探りでも見つけやすい。 なお、リモコンにはパイオニアや他社のDVDプレーヤー、テレビ、デジタルチューナなどのリモコンコードがプリセットされている。デノンのDVDプレーヤーのプリセットを呼び出して操作してみたが、トリックプレイ周りのボタン配置も良く、違和感なく使用できた。また、説明書によると、DVDレコーダはパイオニアのDVRシリーズが登録されている。さらに、学習機能も搭載しており、すべてのボタンにプリセットにない操作を登録できる。
■ サラウンド環境の音質向上に効果が高い
本機のMCACCによる自動設定項目は、各chのスピーカー有り/無し、低域再生能力、設置距離、出力レベルとなっている。 つまり上位機種のVSA-AX10i/AX5iなどとは異なり、周波数特性の補正が省かれている。価格を考えると致し方なかったのだろう。とはいえ、距離と出力レベルの設定が自動化されているだけでもありがたい。 もう1つ上位機種と違う点は、オンスクリーンメニュー機能を備えていないこと。そのため、設定は表示管を頼りに行なう。廉価な5.1chシステムでもオンスクリーンメニューを採用する例は多いので、個人的には「エントリー機はオンスクリーンメニューなし」というAVアンプの伝統をそろそろ忘れても良いと思うが、コストとの兼ね合いで難しいのだろうか。 調整は本体前面のマイク端子に、付属のマイクを接続して行なう。スピーカーからテスト信号を発生させ、マイクで拾った結果から距離やレベル差を取得して補正する。マイクを視聴位置にセットし、リモコンのMCACC SETUPボタンを押すと、おもむろに調整が始まる。テスト信号の音はかなり大きいので、深夜など静かな時間帯や、集合住宅だと気が引けるかもしれない。途中、調整にはかかかる時間は、説明書では「3~6分ほど」となっている。 私の環境は、スピーカーがALR/JORDANのEntry L×4、Entry Center 3M×1、サブウーファがオンキヨーSL-507、プレーヤーがデノンのDVD-A11という構成。サラウンドバックはない。事前にメジャーとテストトーンで通常のセットアップを終え、おもむろに自動補正を行なってみた。結果はフロントRが-10cm、サラウンドL/Rが各-20cm、サブウーファが+1mになった。出力レベルは、フロントRが+0.5dB、サラウンドL/Rが共に+1.0dBに調整されている。 フロントについては、左側の壁がコンクリート、右側の壁が木製の引き戸という具合に材質が大きく異なっており、普段から左右の音質の差が気になっていた。フロントL/Rと視聴位置を等距離にする、いわゆる「正三角形設置」の限界を感じていたので、それが指摘された結果だろう。サラウンドL/Rについても、背後が壁ではなくカウンターキッチンのため、普段から包囲音などで音が抜けてしまう印象があった。そこを補正したと思われる。 MCACC適用後は、特に前後のつながりが良くなり、スムースな音の移動を感じるようになった。「ミシェル・ヴァイヨン」(ドルビーデジタルEXおよびDTS-ES収録)では、レーシングカーのエキゾーストノイズが前方から回り込みながら後ろに向かうシーンが多いが、補正後はあいまいさがなくなり、移動音がびしっと決まるようになる。ピット内の反響音もリアル。適用前の状態に戻してもう1度聴くと、自分の調整能力の低さに驚かされるほどだ。 音質自体は張りがあり、微細な音を再現するだけの解像度も持っている。上位モデルのAX5iに比べると多少の荒々しさを感じるものの、価格を考えれば十分なクオリティだろう。 なお、VSX-AX5iではフロント/リアとも「スモール」と判定されたが、今回はラージだった。なんとなく腑に落ちないものの、AX5iを試した後もスピーカーのセッティングをいろいろ見直しているので、(エージングを含め)その効果が出たと判断したい。
■ 5.1ch環境用にバーチャルサラウンドバックモードを搭載
リスニングモードは、大きく3種類に分類できる。ストレートデコードを行なう「STANDARD」、独自モードの「ADVANCED SURROUND」、2chダウンミックス出力および2chソース用の「STEREO/DIRECT」だ。それぞれリモコンに専用ボタンが設けられており、即座にストレートデコードに戻れる点は使いやすい。特にCDなど2chの音楽ソースの場合、BGM用途ならADVANCED SURROUND、聴きこむときはDIRECTといった具合に、曲にあわせてすぐ切り替えられる。 ドルビープロロジックIIxやNeo:6も「STANDARD」に含まれる。どちらも「MOVIE」と「CINEMA」を選択できるが、ドルビープロロジックII採用機が良く搭載している、DimensionやCenter Widthなどの微調整機能は備えていない。 ADVANCED SURROUNDは、映画向けの「ADVANCED MOVIE」、音楽向け「ADVANCED MUSIC」、モノラル向け「TV SURROUND」、スポーツ向けの「SPORTS」、ゲーム向けの「GAME」、広がり感を強調する「EXPANDED」、全チャンネル同レベルの「6 CHANNEL STEREO」、ヘッドフォン再生用の「PHONES SURROUND」の計8モードから選択できる。すべてDTS 96/24以外のソースに適用でき、2chソースはサラウンド化してから、マルチチャンネルはストレートデコードの後に処理を加える。 これらのうち、比較的利用率が高そうなのがADVANCED MOVIEだろう。しかし、リア音場が厚くなるものの、全体的に音が丸くなる。また、モノラル収録の映画ソフトではTV SURROUNDが便利だった。ヘッドフォン用のPHONES SURROUNDも試してみたが、頭内定位の解消以前に、逆位相感が比較的きつく感じる。個人的にはそのままSTEREOで再生した方が心地よかった。 そのほか、サラウンドバックスピーカーがない5.1ch環境のために、「バーチャルサラウンドバックモード」が設けられている。サラウンドバックの音声をサラウンドL/Rスピーカーで擬似的に作り出すもので、ON、AUTO、OFFを設定可能。AUTOなら、ドルビーデジタルEX、DTS-ES、Neo:6検知すると働き、ONならそれらに加え、5.1chやドルビープロロジックII、Neo:6を適用した2chソースにも対応する。また、ADVANCED SURROUNDのときは、ON/AUTOで必ずバーチャルサラウンドモードが働く。 5.1ch環境でバーチャルサラウンドバックをON/OFFしてみたところ、ミシェル・ヴァイヨンでは、後方を左右に移動する音で、若干ONの方が後方に密度を感じる。ただし、全体的にはほとんど変わらない印象で、リアルスピーカーによるサラウンドバックにはかなわないようだ。
■ まとめ
エントリー向けクラスの5万円台という価格で、自動音場補正機能がついた意義は大きい。これまで「面倒くさそう」と思われていたサラウンド再生も、ボタン1つで補正できるとなれば、間口は大きく広がる。 AVアンプ全体の今後の進化としては、自動音場補正を筆頭に、i.LINKやデノンリンクといったなマルチチャンネルのデジタル伝送、HDMIやDVI映像の入出力、ハイエンド向けデジタルアンプの浸透が考えられる。 これらの中で、最も利用価値が高いのが音場補正だろう。それを一番必要としているエントリー向けに提供した点で評価できる。同価格帯で直接的なライバルがいないこともあり、これから本格的なAVアンプにトライしたいという方には、最適だろう。
□パイオニアのホームページ (2004年7月15日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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