【バックナンバーインデックス】



第199回:32bit/192kHz対応のパフォーマンスシーケンサー
~ DAWとして完成!? 「Ableton Live5」~



Ableton Live5
 米国のインディアナポリスで7月22日~24日、楽器、レコーディング機材などの展示会「Summer NAMM」が開催された。そこでは、各社、さまざまな新製品を発表したが、DTM・デジタルレコーディング関連での一番のトピックスといえば、やはり「Ableton Live5」の登場だろう。

 国内でも代理店のハイ・リゾリューションがSummer NAMMに先駆け、7月21日に発表会を行ない、27日より52,545円で発売すると発表した。今回の焦点はなんといってもDAWとしての完成度を高めたことだ。


Summer NAMMに先駆けて、7月21日に行なわれた発表会の様子


■ 音楽ジャンルを問わず使えるように

セッションビュー画面
 DJ系、ダンス系の音楽制作ツールとして人気の高いAbletonのLive。ループシーケンサやパフォーマンスシーケンサの一種と見ている人も多いだろう。実際、筆者自身もLive=パフォーマンスシーケンサの代表という捉え方をしていたし、実際そうであった。

 触ったことのない方には、イメージしにくいソフトではあるが、Liveという名前にも象徴されるように、ライブで楽器のようにパフォーマンスを楽しめるユニークなソフトなのだ。

 基本的には、ループデータを組み合わせて音楽を作り、そのループをマウス操作やアサインされたキーを利用することで簡単に切り替えることができ、どんどん曲を変化させていくことができる。そうした操作は主に、セッションビューという画面で行う。ミキサーコンソールっぽい独特な画面であり、これが何を意味するのか最初戸惑う面もあるが、とても簡単で、わかりやすい。

 しかも、非常に軽いため、音が途切れることなく、そしてテンポをまったく乱すことなく、演奏していけるのだ。WindowsでもMacでも、まったく同じように使えるハイブリッドのソフトであることもあり、実際、ライブでLiveを利用しているプロのミュージシャンもかなりいる。

 この音を途切れさせず、テンポを崩さないでリアルタイムに音楽を作っていけるというコンセプトはVer.1から変わらないのだが、バージョンアップに伴いエフェクト機能やオーディオレコーディング機能を強化させるとともに、MIDIシーケンス機能、ソフトシンセ機能などどんどん追加されていき、ついに今回のLive 5にいたってはDAWとして完成したというのだ。

アレンジメントビュー画面

 以前から前述のセッションビューのほかにアレンジメントビューというものがあり、ここで曲を作りこんでいくことができる。これを見るとまさにDAWという感じであるが、実際、LogicやCubase、SONAR、ProToolsといったソフトに引けをとらないレベルにまでなったという。

 まあ、そうはいってもCubaseやSONARなどのDAWとは明らかにベースが異なるソフトなだけに、これらのソフトの置き換えになるわけがない、という思いを持ったまま発表会に出席した。

 この発表会ではアレンジャー/マニュピュレータとして著名な草間敬氏がデモンストレーターとしてLive 5を利用した音楽制作のデモを披露してくれたが、これを見てかなりLiveに対するイメージが変わった。確かにこれはDAWであり、DJ系、ダンス系専用のソフトといった固定概念を捨て、いろいろな音楽で利用可能な音楽ソフトのようである。



■ プラグインディレイの補正で高音質化

Live5は、32bit/192kHzにまで対応している
 主にLive 5で追加された機能を中心に見ていくと、まず驚くのがオーディオのレコーディング・再生機能。ほとんどのDAWで利用可能なのは24bit/96kHzか24bit/192kHzまでであるが、Live 5では32bit/192kHzにまで対応しているという。

 これに対応するオーディオインターフェイスがほとんど存在しないため、実際32bit/192kHzを使うことはあまりないだろうが、余裕のスペックとなっているのだ。

 また内部的には64bit浮動小数点演算となっているため、エディット時、ミキシング時の音質劣化が極めて少ないのだ。ここまでエンジン部分を高品質化しているDAWはほかに存在しないのではないだろうか。


プラグインディレイの補正にも対応
 このオーディオエンジン周りでいうと、最近Cubase SXをはじめ、いろいろなソフトが気を使いはじめているプラグインディレイの補正にも対応した。これは、オーディオ信号がプラグインエフェクトを通すことで数サンプルといった微妙な音の遅れが生じてしまうのを補正するもので、結果的に高音質化が実現できる。

 草間氏のデモではひとつのオーディオ信号をそのままAUX AおよびAUX Bに送り、AUX Bのみにコンプレッサをかけるが、スレッショルドを甘くしておき、ほとんど何も変化がない状態で音を出すとどうなるかという実験をしていた。

 この状態で補正しないまま音を出すと、AUX Bで微妙な遅れが生じるため、フェーザーをかけたような音になる。しかし、ディレイ補正をオンにすると、ドンピシャになるため、元の音そのものに戻るのだ。

 「ソフトのミキサーを通すと、音が悪いので嫌い」という人がよくいるが、その原因はこのプラグインでのディレイに原因があると言われている。1つの音だけで使っていたらあまり気にならないが、音をバウンスしたり、いろいろなエフェクトを加えたりしていくうちに、なんとなく「音がもたる」、「音質がおかしい」、「テンポがズレる」……といった現象が起こることがある。しかし、ディレイ補正をすることで、こうした問題を一気に解決することができるのだ。



■ 「オートワープ」の使い勝手は秀逸

フリーズ機能で、CPUパワーをセーブできる

 ここでCubaseをはじめとするDAWと比較して考えてみよう。Live 4の時点ですでにMIDIが搭載され、ソフトシンセも使えるようになっていたわけだが、Live 5を使ってみると確かに、Cubaseなどに見劣りしないほどの機能を持っており、最近のDAWソフトが競って搭載している機能などをキャッチアップしている。

 その象徴ともいえるのが、フリーズ機能。つまり、ソフトシンセやエフェクトの使いすぎによりCPUパワーが厳しい場合など、フリーズさせることによって、そのトラックをオーディオデータ化してしまい、CPUパワーを大きくセーブすることができる。

 Live 5のフリーズ機能はかなり柔軟性に優れているので、使っていてもあまりフリーズされていることを感じずに操作できるようになっている。

 またMIDIのエディット機能なども結構使いやすい。画面としてはピアノロール画面のみで、数値エディット画面や譜面エディット画面は存在しないものの、なかなかこなれている。特徴的なのはEnvelopeというもので、ボリュームやベロシティー、また各コントロールチェンジパラメータを自由に書き込めるようになっている。

MIDIエディット時には、数値エディット画面や譜面エディット画面はない 「Envelope」により、ボリュームやベロシティーなどを自由に書き込める

 一方のオーディオエディットのほうも、従来から非常に充実している。録音に関してはマルチトラックの同時レコーディングが搭載されているのはもちろん、その波形は視覚的にすぐに確認できる。いわゆる破壊編集機能は備わっておらず、外部の波形編集ソフトを呼び出す形になっているので、この機能が必須という人には向かないかもしれないが、その代わり、非破壊編集については、非常に優れている。

オートワープでは、手弾きの揺れたリズムからのテンポ抽出や、手動で拍を打つことが可能。不要な部分のカットも行なえる
 オートワープという機能により、手弾きの揺れたリズムであっても、しっかりとテンポを抽出することができるし、手動で、拍を打っていくことも簡単。もちろん、不要な部分をカットし、使いたいところだけを取り出すのもできる。こうした機能はもともとLiveが得意としていたところではあるが、各DAWがこうした機能を搭載するなか、使い勝手やその性能はLiveがピカイチである。

 なおLive 5にはこのオートワープ機能にComplexというものが搭載された。従来はビートのはっきりした曲で使うビートモード、はっきりしたピッチ構造を持つ曲で使うピッチモード、ピッチが描く等高線が不明瞭なテキスチャ(多声オーケストラ音楽やノイズなど)で使うテキスチャモードの3つがあったが、これらが組み合わせたのがコンプレックスモードだ。CPUパワーは食うが、なかなかうまくいかないときなどに活用できそうである。

 このオートワープ機能には面白い使い方もある。数小節のループデータに利用するだけでなく、CDからリッピングした曲データなど既存の長い曲に対しても適用することができ、しかもかなりドンピシャなテンポ割り出しをしてくれるのだ。しかも、対応データがWAVやAIFFに限らず、MP3、Ogg Vorbis、OggFLAC、FLACとオープンソース系を中心に対応フォーマットを広げている。

 つまりMP3など手持ちのデータを読み込むだけでLive 5の素材として利用することができる。実際にいくつかの曲で試してみたが、かなり正確。頭の出だし部分がきれいに割り出せないというケースもあったが、それは簡単に手で修正できるので、本当に便利だ。

 実際に取り込んでしまえば、テンポを自由に変更できるのはもちろん、ほかに取り込んだ曲と同期させてみるのもいいだろう。またEQ、フィルタをいじれば、音も大きく変わるので、DAWなどという前に、この機能を使うだけでかなり楽しめそうだ。



■ ソフトシンセやエフェクト面は物足りない

フィジカルコントローラーに対応
 もうひとつLive 5になって強化された大きなポイントがフィジカルコントローラーに対応したこと。従来も、フィジカルコントローラーが使えないわけではなかったが、ひとつひとつキーをアサインしていく必要があり、かなり使うのが面倒だった。

 しかし、Live 5では設定ひとつでフルアサインされるため、Liveの操作性が飛躍的に向上する。フェーダーやパン、ソロ、セレクト、ミュート、またジョグダイアルやトランスポートコントローラなどがすぐに使える、Live 5をアレンジメントビューで使っていても、フェーダーなどをコントロールできるというのも便利だ。

 なお、現状でサポートしているのはMackieControlおよびMackieControlXTおよびその互換機のみ。明言はされていないが、今後のアップデートにより対応機種は増えていきそうだ。

 一方、ほかのDAWと比較して多少見劣りするのが、ソフトシンセやエフェクト。もちろん、VST、AudioUnitsには対応しているので、いくらでもプラグインで追加していくことは可能だが、Live 5自体が持っているのはVSTやAUとは関係ない、Live 5独自のプラグイン。そのため、Liveの一機能として、画面も統合されて扱いやすくなっているが、数が少ない。

ソフトシンセのドラムマシン「Impulse」

 たとえばソフトシンセでは、ドラムマシンのImpulse、サンプラーのSimplerおよびFM音源シンセのOperatorの3つ。しかもOperatorはデモ版のみで、正規版を利用するには別途料金が発生するといった具合。それぞれ、かなり使えるソフトシンセではあるが、やはり物足りなくなるのは事実である。

 ソフトシンセに比較すればエフェクトはそれなりに充実しているが、ほかのDAWの充実具合に比較するとちょっと少ない。それぞれ、もう少しあってもいいのではないか、というのが率直な感想だ。ただし、価格を考えれば何得せざるを得ない。Logic ProやCubase SX、SONAR PEと比較すると半額なのだから……。

 以上、新しくなったLive 5について見てきた。初期バージョンと比べると、アプローチの方向が変化しているとはいえ、Live 5は立派なDAWとなったのは間違いない。オーディオエンジン部分の性能を考えれば、すでに既存のDAWを超えた存在になったといっても過言ではないだろう。

 もちろん、破壊型の波形編集であったり、譜面を使ったMIDIのエディット機能などDAWの定番機能で欠けているものもあるが、音を止めずに直感的に操作できるLiveの優位性というのは大きな魅力だ。まだ使いこなしているわけではないが、これからいろいろと使ってみようと思っている。


□Abletonのホームページ(英文)
http://www.ableton.com/
□製品情報
http://www.h-resolution.com/ableton/live_5.html

(2005年7月25日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


00
00  AV Watchホームページ  00
00

AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.