■ パイロット用ノイズキャンセル・ヘッドセット 騒音の逆位相となる音を放出することで、外部の音を相殺し、静寂な空間を作り出すノイズキャンセル・ヘッドフォン。デバイス・バイキングではこれまでもAKGの 「K28NC」(実売24,000円前後)や、クリエイティブメディアの「HN-505」(直販4,980円)、ソニーの 「MDR-NC50」(実売19,800円前後)など、様々な機種を取り上げてきた。ヘッドフォンの1ジャンルとしてすっかり定着し、市場には1万円以下のモデルから、4万円を越えるモデルなど幅広くラインナップされている。そんな中、これまでのものとは様々な意味で「次元の違う」製品が日本国内で発売となった。それがボーズのノイズキャンセル・ヘッドセット「Aviation Headset X」(アヴィエーション・ヘッドセット・テン)だ。
直販価格は12万6,000円とまさに桁違い。それもそのはず、このヘッドセットは米軍の軍事規格もクリアしているという、一般航空機のパイロット用の製品なのだ。欧米では2003年から既に販売されており、パイロットやクルーなどを中心に航空業界で高い支持を得ているという。 用途的にはAV機器と言えないが、ボーズによればAV用のポータブル・ノイズキャンセル・ヘッドフォンの高級モデルとして知られる「QuietComfort2(クワイアットコンフォート2)」(41,790円)の源流となったモデルだという。面白い製品なので記事として取り上げてみたところ、同週のアクセスランキングで11位に入るなど、読者の注目度も上々。
あいにく自家用飛行機もヘリコプターも持ち合わせていないが、12万6,000円のノイズキャンセル・ヘッドフォンがどんなものなのか気になるのところ。そのキャンセリング能力を試してみた。
■ 機能美溢れる無骨なデザイン ボーズとノイズキャンセリング技術の歴史は古く、‘78年にボーズ博士が欧州から米国への帰路についた際、旅客機の中でノイズキャンセリング技術の基本コンセプトと、数学的な根拠を導き出したという。そこから基礎研究が開始され、‘85年にプロトタイプが完成。米空軍にて評価テストが行なわれた。そして‘89年に市販機として市場初の航空機用ノイズキャンセル・ヘッドセットを発売。その後も、米軍の航空機用ヘルメットへの技術提供などを進め、‘96年には F1レーシングチームのピットクルーの通信用ヘッドセットも供給。‘98年に今回のモデルの前機種となる「Aviation Headset X(シリーズ1)」を発売。‘99年には航空機乗客用のノイズキャンセル・ヘッドホンをアメリカン航空のエグゼクティブ・クラスに供給して話題となった。
今回取り上げるモデルは同じ「Aviation Headset X」だが、‘98年モデルの後継機種にあたる「シリーズ2」となる。そして、同モデルに採用された「トライポート」テクノロジーや、「アコースティック・ノイズキャンセリング・ヘッドセット」技術がQuietComfort2に受け継がれたという。 さっそく製品を見てみよう。比較のためにQuietComfort2も用意したが、箱を開けるとQuietComfort2と同様に専用のキャリングケースが現れる。ヘッドセットはこの中に収納されている。ちなみに、ケースの素材は米軍の軍備品等にも多用されている「コーデュラ」というハイテク素材だ。
QuietComfort2はハウジング部を90度外側に向けて収納できるため、キャリングケースは薄型。Aviation Headset Xは2倍近い厚さがある。もっとも、航空機内に設置したままにすることも多いヘッドセットと、携帯を想定したQuietComfort2を比較するのは無理のある話。携帯方法が用意されているだけでも親切と言えるだろう。
手にとってみるとヘッドセット部分だけで340gと、ある程度の重さがある。QuietComfort2はハウジング部に電池を内蔵した状態で170gなので、丁度2倍だ。Aviation Headset Xにはこれに加え、単3電池2本を内蔵するコントロールモジュールも付属しているので総重量はさらに重くなる。 だが、ヘッドバンド部にマグネシウム合金を使用しているため、無骨な見た目から連想するよりも軽いと感じる。また、適度な重さと合金の質感により、プラスチック感漂うAV用ヘッドフォンにはない、高級感が漂っている。 細かく見ていくと、ハウジングからヘッドバンドへと延びるコードがむき出しになっていることや、ヘッドバンドクッションが着脱可能なこと、イヤークッションが簡単に取り外せることなどに気が付く。また、ドライバー1本で、マイクとコードを左右のハウジング間で付け替えることも可能だ。このあたりのメンテナンス性能やカスタマイズの自由度は、過酷な空での使用に耐える特徴と言えるだろう。
■ 強固で心地よいホールド性能 装着してみると、ガッシリとしたホールド感に驚く。優れた設計の民生用のヘッドフォンは頭に自然にフィットするような装着感だが、強い力で頭にしっかり固定される感覚が新鮮。強めに頭を動かしてもビクともしない。頭から外しても、しばらくの間ヘッドフォンを付けていた余韻が頭部に残るほど。どうやらヘッドバンドの上部に設けられたスプリングがミソのようだ。しかし、苦痛に感じるほど強過ぎるわけではなく、むしろ装着感は通常のヘッドフォンより良好。弾力性のあるイヤパッドとスライダ式で伸縮するバンドを採用しているので、ハウジングを適切な位置に調節でき、その後でしっかりと固定してくれるので安定感がある。ソフトタッチのものより、このくらいハードなホールド感を好む人も多いのではないだろうか。
パイロット用と聞くと入力端子の種類が気になるが、Aviation Headset Xは直販サイトからの購入時にA/B/Cの3タイプが選択できる。A型は「固定翼機用ポータブルモジュール」として標準プラグとマイク端子のデュアルプラグ仕様。B型は「回転翼機用ポータブルモジュール」でシングルプラグ(U174)、C型はインストールモジュール型で、機体から電源を供給するタイプだ。今回お借りしたのはA型なので、3.5mmステレオミニへの変換プラグを用意すれば、ポータブル機器でも再生できる。ただし、ポータブルヘッドフォンとしては感度が90dBと低いので、携帯プレーヤーで大音量再生は難しい。 なお、マイク端子は無線機などで採用されているPJ-068。マイク性能もテストしようと3.5mmや標準プラグへの変換コネクタを求めて秋葉原に向かったが、千石電商には無く、マイクやミキサーを専門に取り扱うトモカ電気のプロショップでも見当たらなかった。「需要がほとんどないので変換ケーブルや変換コネクタの話はあまり聞かない」という。PC用のヘッドセットとして利用するには、自分でコネクタを付け替えるしかなさそうだ。
ノイズキャンセル機能のON/OFFは、電池を内蔵するコントロールモジュールで行なう。ONにするとLEDが緑にゆっくりと点滅。電池の残量によって発光パターンが変化し、残りが8時間程度になると点滅が早くなり、2時間を切ると赤の高速点滅に切り替わる。また、装着していない状態を検知して2分程度時間が経過すると自動的に電源をOFFにする機能も備えている。
電池寿命は騒音のレベルによって異なるが約40時間。単4電池1本で約35時間のQuietComfort2と比べると微妙な時間だが、マイクも内蔵しているので妥当と言えるだろう。一日数時間で5日程度利用したが高速点滅には切り替わらなかった。
■ 強烈なノイズキャンセリング性能
音質の前にノイズキャンセリング機能だけを試してみよう。スイッチをONにすると一瞬のタイムラグの後、ギュッと鼓膜への圧迫感を感じる。キャンセリング性能はこれまで体験した中でも最高のレベルで、PCのファンノイズや冷蔵庫の音など、連続的な低い音はほぼ完全に消える。また、野外で歩いている時に聞こえる程度の風の音は完璧にキャンセル可能だ。 こうした連続した環境音はQuietComfort2やそのほかの民生用製品でも大幅に低減することはできるが、よく耳を澄ますと微かに騒音が残っている場合が多い。Aviation Headset Xではその音までも綺麗に除去してくれるイメージ。頭から外しても、しばらく鼓膜に圧迫の余韻が残るほど強烈だ。
だが、逆相の音波を放出するアクティブ型キャンセル機能に大きな違いがあると言うよりも、ホールド性能やハウジングサイズを含め、ヘッドフォンとしての遮音、密閉性能が桁違いに高いため、結果としてアクティブキャンセル能力と圧迫感が高められている印象も受ける。ボーズは構造的な消音技術とアクティブ・キャンセル機能を合わせて「アコースティック・ノイズキャンセリング」と呼んでいるが、両方の性能が極めて高いレベルで融合していると言えそうだ。
通常のポータブル製品ならば地下鉄などでテストしてみるところだが、やはりパイロット用ということで、ヘリコプターやジェット機などの騒音をどこまで低減できるかが本題だ。実際にヘリやセスナを借りることはできなかったので、参考までにフライトシミュレータやゲームで騒音を再現してみることにした。あくまで擬似的なものだが、最近のゲームは実際の航空機や銃器から音をサンプリングし、リアリティを高めているので、似た空間を作り出すことはできるだろう。PCをAVアンプに接続、同じ部屋にいる人の声が聞こえにくくなるほど目一杯ボリュームを上げ、フライトシミュレータやFPSなどの音をサラウンド再生してみた。 ヘリコプターの騒音は、テールローターが回転する音とエンジン音が主だ。注意深く聴いてみるとエンジンの唸りやローターが切る風の音がゴーッと継続的に響き、その上にヒュンヒュン、あるいはキュンキュンという高い音が重なっている。キャンセリングボタンをONにすると継続的な低音が消え去り、高音もだいぶ軽減されるのだが、キュンキュンという風切り音だけはかすかに残る。イメージ的には、ヘリコプターが遠のき、伝播の早い高音だけが聞こえる状態に近い。 ジェット戦闘機は中低域のゴーという騒音がメイン。旅行で乗るジャンボジェットなどと似た傾向の騒音で、ノイズキャンセル・ヘッドフォンにとっては得意分野。ゲームでも綺麗にノイズを消してくれて、非常に快適にプレイできた。 次に、再生音をチェックしてみよう。まず最初に気が付くのは、ノイズキャンセル機能をONにする前から音が聞こえることだ。QuietComfort2ではOFFにした場合、ノイズキャンセル回路をスルーして音を出すことができず、利用時は常にキャンセル機能をONにしておく必要があったが、Aviation Headset XではOFFでも音が聞こえる。QuietComfort2で最も改善して欲しい点だったので、この機能は採用して欲しいところだ。 OFF時の音は素っ気無いほどシンプルで、どちらかと言うと高域寄り。分解能や解像感は高いが、音に厚みがなく、レンジも狭く感じる。ユニットの音をそのまま聞いているイメージだ。だが、ひとたびノイズキャンセル機能をONにすると激変。中低音がグッと盛り上がり、厚みも増す。パイロット用ヘッドフォンとは思えない再生能力だが、高域は若干マスキングされ、音場も狭くなる。高域寄りから、一気に中音重視の密度の濃いサウンドに変化した。 音場感はQuietComfort2と同程度だが、低域の音圧はAviation Headset Xの方が上。ただ、中域の張り出しも強いので、ヘッドフォンとしての全体のバランスはQuietComfort2に軍配を上げたい。低音が豊富なのでロックなども楽しめるが、女性ボーカルが明瞭で、中域がメインとなる楽曲に適している。QuietComfort2はJAZZやクラシックなどもそつなく再生するが、Aviation Headset Xはワイドレンジな楽曲には向かないようだ。おそらく通信用を目的としたAviation Headset Xには、人の声の明瞭さを第一に考えた音質チューニングが施されているのだろう。
■ AV用モデルで採用して欲しい機能が多数 価格やサイズから考えて、この製品をポータブル・ノイズキャンセル・ヘッドフォンとして購入する人は、ほとんどいないだろう。ノイズキャンセリング性能は非常に高いので、室内で騒音が気になる人には魅力的だ。しかし、ホールド性能が強めで重量もあるので、装着したまま日常生活を送るといった使い方には慣れが必要になる。個人的には、フライトシミュレータなどでパイロット気分を盛り上げるためのアイテムとしてお勧めしたい。そして、いつか自家用飛行機/ヘリコプターを購入したら、キャリングケースにAviation Headset Xを入れて飛行場まで出掛ける……というのも夢があって面白そうだ。 個別の機構や機能としては、AV用モデルでも採用して欲しい要素が多い。特にクッション関係の取り外しの容易さや、ケーブル類のメンテナンス性の高さは魅力的。全体としての剛性の高さや、安心感のあるホールド感などは現実的なグレードに下げつつ、AV用モデルにも積極的に取り入れて欲しいポイントだ。 ノイズキャンセル・ヘッドフォンと言うとアクティブ型のキャンセル機能のみに注目しがちだったが、Aviation Headset Xを試用する中で、しっかりとしたホールドにより耳とハウジングを密着させ、ある意味で基本的な「遮音性能」を高めることが重要だと痛感した。 最近ではハウジングが小型のものや、薄型のモデルも登場しているが、ノイズ低減能力は低いものが多い。アクティブ/パッシブキャンセル能力をバランス良く組み合わせ、ノイズ低減能力を保ちながら、現実的なサイズや価格に落とし込んでいるQuietComfort2の“上手さ”にあらためて関心した。今後のAviation Headset Xシリーズの進化と、それによって生み出されるであろうQuietComfort2の次期モデルにも期待したい。
□ボーズのホームページ (2005年7月29日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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