~ ソニーのロケーションフリーとPSPが生む新たな世界とは ~ |
ビデオ事業本部LFX事業室 前田室長 |
電話主はソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の久多良木健社長。電話を受けたソニーのビデオ事業本部LFX事業室・前田悟室長は、久多良木社長のその言葉に大きくうなずいた。
テレビやビデオの視聴環境の制限を取り払うことができるロケーションフリーは、10月1日に出荷を開始した「LF-PK1」によって、新たなステージへと突入した。
それまでは専用機によるテレビ、ビデオ視聴だけだったものが、LF-PK1と同時に投入されたPC用ソフト「LFA-PC2」によって、パソコンでも場所を選ばないテレビの視聴が可能になったほか、10月13日からのPSP向けのファームウェアのバージョンを2.50に、LF-PK1のファームウェアをVer.2.00に引き上げたことで、PSPでもこの閲覧が可能になったのだ。
ベースステーション「LF-PK1」と、新ファームでロケーションフリー対応したPSP |
無線LAN環境のある場所ならば、屋外であろうが、海外であろうが、自分が住んでいる地域で放映されているテレビ番組が、PSPを使ってリアルタイムで閲覧できたり、スゴ録をはじめとする自分で録りためた映像を、PSPでも好きなときに見ることができるのだ。
これによって、ゲーム機としてPSPを購入していたユーザーだけでなく、テレビを視聴するためにPSPを購入するというユーザーが早くも出始めているのだという。
久多良木社長が、前田室長に電話をしたのも、PSPの新たな提案を可能にするキラーアプリケーションの搭載を実現し、PSPの可能性を広めたことに対する感謝の言葉だったといえる。
■ 操作性の簡素化が鍵に
実は、2004年7月、久多良木社長と前田室長は、SCEI本社近くの店で、酒の席を共にしていた。
PSPの発売が2004年12月だから、まだPSPが出荷される前の話だ。
「ロケーションフリーをPSPに載せられないかなぁ」と切り出す久多良木社長に対して、「むしろ、こっちが載せてほしいと思っていたんだよ」と、前田室長。この時、PSP+ロケーションフリーの組み合わせに向けた第1歩がはじまったといっていい。
その後、PSPへの搭載に向けた開発がはじまった。
2005年1月には、早くもPSPでロケーションフリーが動作するところまでは確認できたという。同月に米国で開催されていたCESでは、ロケーションフリーの機能を利用して、パソコン上でテレビを閲覧する機能を初めて紹介していた。日本で放映されているリアルタイムの映像や、日本の自宅に設置したスゴ録に収録されたビデオ画像を、米国のCES会場のパソコンから操作して、閲覧できるというデモストレーションを行なっていたのである。
だが、PSPへの対応では、その後、大きな難関が待ち受けていた。それは、初期の設定操作を簡単にするという作業であった。
PSPの利用者は、パソコンでのロケーションフリー利用者とは異なり、無線LANの設定などについて、専門的な知識を持たない人が大半を占めると想定される。こうした利用者が、いかに簡単に設定できるかが、PSP対応では大きな鍵だといえた。
PSPから3ステップでの初期設定を可能に |
一時期、開発チームは、当初予定したレベルよりも、もう少し難しい設定操作レベルに到達した時点で、開発を諦めようとした。
だが、前田室長は、この妥協を許さなかった。
「当初、目標にしたレベルは、なんとかキープしなければならない」
この号令のもと、開発チームは、再度挑戦をはじめた。ベースステーションに、ダイナミックDNS設定を専用に持たせ、さらに、自動化部分を増やし、操作ボタンを3回押すだけで、初期設定を可能とするレベルにまで改良したのだ。
「この製品には、副社長の井原も、大変目をかけてくれている。設定操作の簡素化が実現できた場合には、ロケーションフリーワールドの一大プロモーションを仕掛けてくれると約束してくれた」と、前田室長はこぼれ話を披露する。
ソニーグループ全体が、このPSP対応での操作性の向上、初期設定の簡素化に注目をしていたのである。
■ 年内は品薄の状況か?
だが、ベースステーションのLF-PK1は、現段階では、井原副社長が約束した一大プロモーションを必要としないほどの売れ行きを見せている。
10月13日のPSPへの対応を発表したことで、ロケーションフリーの売れ行きに一気に火がついた。店舗の倉庫に製品が入荷しても、そのまま展示されることなく、製品が出荷されるということの繰り返しだというのが現状だ。
また、ある店舗では、すでに60台以上の受注が入り、11月まで受注残が解消できない、という状況だともいう。
ソニーでは、同製品の具体的な出荷台数には明らかにしていないが、前年同期のロケーションフリー製品とはまさに桁違いの出荷数量になっているという。
今年9月の出荷実績と、10月の出荷計画を比べても、その差は5倍に達しているというのだから驚きだ。
■ 店頭展示はいつに?
正直なところ、今年夏まで、ロケーションフリーは、店頭展示にさえも苦労をしていた。
販売店の店員に、そのコンセプトがなかなか理解してもらえず、店頭展示を見送る販売店が多かったからだ。
また、テレビを閲覧できるという意味でテレビ売り場がいいのか、それともインターネットを接続できるという観点からパソコン関連製品売り場がいいのか、と展示場所に販売店が迷ったり、置かれた売り場の店員が自信を持って、その効果を説明できないという点も、展示が敬遠される遠因のひとつだった。いずれにろ、展示されたとしても、あまり目立たない場所というのが前提だった。
そして、人気製品となったいまは、品薄によって、結局は展示が行われないままではある。だが、展示されないという結果は変わらないものの、その理由は大きく変わっているのだ。さらに、今後は、店員のロケーションフリーに対する認識も大きく変化してくるのは明らかだろう。
品不足の解消は、早くても11月上旬になりそうだ。そして、年内中は品薄という状況からは脱却できないかもしれない。
「米国でも同様に、品不足の状況になりつつある。日本での出荷が潤沢になるように手を打っているが、日米ともに品薄解消にはまだ時間がかかりそうだ」と前田室長も語る。
当然、少なくとも来年には、PSPが発売されている欧州市場向けに投入することも求められてくるだろう。日米欧の3つのエリアに向けた安定出荷への取り組みも、もうひとつの課題といえる。
■ 新たなフェーズに入るロケーションフリー
ロケーションフリーは、パソコン対応、そしてPSP対応によって新たなフェーズへと突入した。
それは、専用機によるロケーションフリーの実現から、パソコンやゲーム機、そしてAV機器との連動というフェーズである。
「もともとロケーションフリーの考え方は、ロケーションフリー専用機でテレビの映像を見ることではない。ベースステーションというプラットフォームを活用して、様々なコンテンツを、様々なシーンで閲覧できることにある。その実現という観点では、まだまだこれから」と前田室長は話す。
PSPから家庭内のスゴ録などの操作が可能に |
ソニーでは、ロケーションフリーワールドという言い方で、ロケーションフリーを、今後、各種AV機器に搭載していく方針を示している。
前田室長は、その具体的な取り組みについては言及を避けるが、それでも、「今後は、大きく分けて、3つの取り組みがある」という点までは明かしてくれた。そして、「そのうちのひとつは、年度内にも公開することができるだろう」とも話す。
インターネットへの接続や、コンテンツを活用する機器というのがロケーションフリーを実現するために前提になるということを勘案すれば、まずは、オーディオコンポや携帯電話などへの搭載が想定されるだろう。また、ソニーの製品だけではなく、他社の製品への搭載といった動きも考えられる。前田室長も、「そうした提案には、前向きに取り組んでいく」との姿勢を見せている。
ロケーションフリーワールドは、第2フェーズへと入り、いよいよ飛躍の段階へと突入した。どんな形で、この第2フェーズが進展するのだろうか。そして、ロケーションフリーワールドはどう拡大するのだろうか。
まずは、パソコンそしてPSPへの対応で、極めて好調なスタートを切ったことだけは間違いない。
□ソニーのホームページ(2005年10月25日)
= 大河原克行 = (おおかわら かつゆき) |
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(以上、毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島、ウルトラONE(以上、宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。 |
[Reported by 大河原克行]
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