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第71回:SEDに高画質の未来を見る
~ 「SEDは全てフルHD」。暗部発色にも注目 ~


SEDブース

 2006年のCEATEC開場で、一際大きな注目を集めているのが「SED」ブース。その主役は製品化を前提に開発が進められている、55V型のフルHDタイプだ。製品化のスケジュールが遅れていたSEDだが、2007年末のリリース・スタートに向け、本格的な立ち上げを予感させる展示になっている。

 今回は55V型の画質のインプレッションや、今後のスケジュールに関してインタビューを行なった。


■ 55V型フルHDが登場

SEDブース内のシアター。SED3台を設置

 去年はカットモデルの展示だけだった55V型SEDについに灯がともった。東芝ブースの“お隣”に構えられたSEDブースには長蛇の列。特設シアター内には3台の55V型が展示され、SEDの優位性をアピールするステージイベントが行なわれている。根気良く並べば入れるといった混雑ぶりだが、東芝ブースのステージにも1台展示されているので、そちらの方が楽に見られるだろう。

 おさらいしておくと、SEDはSurface-Conduction Electron-Emitter Displayの略。簡単に言えばRGBの各色で発光するミクロサイズのブラウン管が表示画素分並べられたパネルのこと。ガラス基板上に塗布された画素サイズの蛍光体に向けて、相対する電子銃(電子源)から電子ビームを打ち出し、これを蛍光体にぶつけて発光させるという原理は極めてブラウン管に近い。

SEDの原理概念図

 ブラウン管では電磁石の偏向ヨークを使って電子ビームを曲げて管面を走査していたが、SEDでは相対する蛍光面までの距離が短く、しかも電子ビームを当てる面積は画素サイズなので偏向走査は不要。各画素の駆動は液晶やプラズマと同じようなマトリクス・アドレス方式で行なっている。

 SEDが大きな注目を集めているのは、液晶とプラズマの弱点を原理的に克服しているためだ。例えばプラズマの場合、各画素セルに希ガスを封入し、画素セル内に放電させてそこから発生した紫外線を蛍光体にぶつけて発光させている。各画素に希ガスを密閉しておくための隔壁が必要で、それに物理的限界があるため微細化に向かない。また、高解像度化すれば画素に対する隔壁の割合が大きくなり開口率が低下、輝度も低下してしまう。

 しかし、画素隔壁が不要なSEDでは開口率低下の問題がなく、電子ビームで蛍光体を発光させる方式がプラズマ画素よりも効率が良いため、「フルHDでも明るい」という利点がある。

シアターでは、キヤノンのHDVカメラで撮影した映像をステージ上のSEDで表示するというリアルタイムデモンストレーションも実施

 発色と階調の問題でもアドバンテージがある。プラズマは各画素において、直接は希望の階調(明るさや暗さ)を作り出せない。プラズマでは各画素が単位時間あたりに適当な回数、明滅することで時間積分的に階調を作り出している。動画性能に優れるというが、実は一定時間画素を見続けないと目的の色にならないので、画面内で視線をずらした場合には、目的の色に感じられない色割れが発生することがある。

 SEDでは各画素を目的の階調にアナログ的に発光させられるのでこうした問題が無い。黒は画素を光らせないことで表現でき、階調はアナログ表現が可能なので色割れが無く、なだらか。前述の高発光効率特性が高いピーク輝度を実現することでトータルとして高コントラストが得られるのだ。

 さらにいえば、ブラウン管と同じ短残光蛍光体を用いるために、基本原理からしてインパルス駆動であり、生まれながらにして応答速度が速く、残像も起こりにくい。


■ 画質に驚く

 公開された55V型SEDは、昨年公開された36V型1,280×768ドットパネルの画素ピッチをそのまま維持した形でフルHD化したもの。画素ピッチがそのままなので、フルHD化されてもピーク輝度の低下はないという。公称スペックとしては昨年の36V型試作機の430cd/m2に対し、450cd/m2と向上した。

 暗コントラストは公称50,000:1で、36V型試作機で謳っていた「10万:1以上」からダウンしている。これは55V型という画面サイズの影響なのだろうか。東芝のSED開発 事業推進プロジェクトチーム事業企画担当の森慶一郎参事に聞いてみた。

東芝のSED開発 事業推進プロジェクトチーム事業企画担当の森慶一郎参事

 「スペック数値は隠す必要もないので、今年も出してますが、スペックの数値競争はもうやりません。去年は我々自身も数値競争に加担していたことは認めますが(笑)。今年の55V型では、実際にテレビ製品としてお客様に届けることを想定し、高画質なディスプレイデバイスに求められる要素をバランスよくまとめることに注力しました」という。入力された映像ソースを高画質に表示するためにチューンした結果、ここに落ち着いたと言うことのようだ。森氏によればパネル単体での最大ポテンシャルは変わらないという。

 今回のシアターイベントでは、明るい蛍光灯照明下での一般家庭での視聴を想定して、シアター内を明るくしてのデモも行なわれていた。周囲の環境が明るくても輝度ダイナミックレンジの高さが感じられる映像はさすがといったころで、ブラウン管テレビに近い質感の映像が得られていた。

 もちろん、周りを薄暗くしてのSEDポテンシャルを生かしきった環境でのデモもあり、特にこれが素晴らしい。第一にピーク輝度の高さ。コントラスト比5万:1の最大要因だと思われるが、プラズマテレビを撮影していた露出設定で撮影すると明部が完全に飛んでしまうほど。屋外のシーンではまばゆいばかりの明部表現で、屋外の臨場感が伝わってくる。

プラズマテレビ撮影用の露出設定で撮影したらこうなってしまった。ハイライトが飛ぶほど輝度ピークが凄い コントラスト描写力が高く、屋外と屋内の臨場感を感じる

 色ダイナミックレンジも広く、色ディテールの1つ1つに立体感がある。例えば走行する車のシーンではアスファルトの微妙な凸凹や、古風な街並みでは濡れた石畳の凹凸にまで立体感を感じる。それがフルHDの高解像度と合わさり、色ダイナミックレンジの強さがより一層際立っているように感じた。

 暗部の発色も良い。プラズマや液晶の暗部の階調性は、技術革新によってかなりのレベルまで追い込まれてきたと筆者は痛感している。だが、現行の他方式のディスプレイ機器の多くでは、暗部においては色の彩度が落ちることが多く、極端な話、モノクロに近い表現になりがちなのだ。

 SEDは暗部においても、その色の正確性が伝わってくる。木陰を赤いスポーツカーが走るシーンでは、木の陰が落ちているボディからも暗い赤のグラデーションが感じられる。「暗部発色も凄い」といった感じだろうか。SEDの映像を見て、人間の目の色覚の高さを逆に感じることになるかもしれない。

「暗部発色」が優れるSED


■ SEDはディスプレイ界のベンツ?

 では、SEDはどのような形で我々の元にやってくるのだろうか。森氏によれば、2007年から初期量産を開始し、民生向けテレビとして市場に投入。2008年には姫路工場を稼働させて、量産効率を向上させるという。それ以降「製造コストを下げていける」(森氏)とのことだが、裏を返せばそれまでは製造コストがかかると言うことでもある。

 気になる値段だが「未定です。我々もグループ総力を挙げて、真剣に検討中です」とのこと。「一つだけ言えるのは、我々東芝のテレビ製品、液晶REGZAを置き換えるものではないということです。つまりSEDは、液晶やプラズマの上に位置する、“高画質ディスプレイ”として訴求していきたいと考えていのです」(森氏)

 深読みすると「SEDは当面、同画面サイズの液晶やプラズマよりも高価である」ということだ。液晶やプラズマも、今の価格に落ち着くまで10年以上かかっている。SEDの価格がこなれるまで、どれだけの時間がかかるかはわからないが、いずれにせよイニシャルスタートで同サイズのフルHDの液晶やプラズマと同価格帯になることはまずありえないだろう。

 「車だとベンツが高いのはおかしいって文句を言う人はいないですよね。あれと同じことで、現行主流製品と比較して明らかに上質のものには、その価値に値する価格があると思うんです。“今の液晶やプラズマではダメなんだ”という人にこそ、まずはお買い求め頂きたい」(森氏)

 ベンツを引き合いに出たことで高価格なイメージが伝わってくる。実際、画面インチ単価にのみこだわる人は、SEDを求めないだろう。そうした分野には、現在でもかなり好評を獲得している液晶REGZAを武器にしていく戦略なのだろう。SEDは最終兵器というか、必殺技的な存在と言えそうだ。


■ 「SEDはフルHD以外考えていない」

 55V型以外のバリエーション展開も気になるところ。例えば非フルHD/720pリアル対応のローコストモデルなど。画素ピッチを変えない形であればマザーガラスは共有できるので、低解像度/小画面サイズのバリエーションは実現性も高いように思える。

 「SEDというディスプレイはフルHD以外は考えていません。SEDは常にハイエンドに位置するものなので、“SED=フルHD”ですね。大型化、小型化も技術的には可能ですが、短期的には考えておりません。画面サイズのバリエーションは当然考えなくてはなりませんが、我々には、某社のような短期的に“ナニナニ工場製のSED”みたいなことは始められません。ここ1~2年は55V型一本に全力を注ぐと思います」(森氏)。

 当面は「SEDは55V型でフルHDである」という認識を持って間違いないようだ。そして、昨年まで公開されてきた36V型720p対応試作機の製品化は事実上否定されたという認識でいいだろう。SED購入を考えている人は、とりあえず、55V型一本狙いで貯金をしていけばいい。

 液晶やプラズマは、今や企業の垣根を超え、汎用部品として各社相互で利用されている。SEDパネルを外販する可能性について森氏は「我々はパネルメーカーの立場ですから“あり”な話です。しかし、SEDは東芝とキヤノンの2社で育ててきたもの。よって、どうしてもここ1~2年は、“SEDは東芝とキヤノンの独自技術である”という訴求で製品展開をします。よって、短期的には“なし”です」。

 では、フロントプロジェクタ用素子など、その他の用途に使うアイディアはあるのだろうか。「SEDのプロジェクタは技術的には可能です。ただ、より大画面を獲得したいというのであれば、大型サイズのSEDテレビを考えた方が現実的でしょう。少なくとも今の段階で投写型への転用という研究はしていないですし、画面サイズも55V型ですね」とのこと。

 こうなると、1つ懸念されるのが、プレミアム感を演出しすぎてメインストリームになり損なうという「技術の“死の谷”」現象だ。森氏は「死の谷越えが最重要課題であることは認識しています。ですから、SEDの優秀性をアピールすると同時に、その価値があるんだという認識をお客様達に広く理解してもらえるようにすることが急務だと考えています。これには東芝側の意識改革も必要なのかもしれません。SEDはちょといい薄型テレビ……という認識で売ってもらっては困ります」と笑う。ベンツは高価だが、その価値を認められて製品として成立しており、ブランド力も築いている。同じことをSEDでもやりたいというわけだ。

「SEDで無ければ実現できない高画質をSEDでお届けする。要はそういうことなんです」

 では、今後の画質のさらなる向上はありえるのだろうか。「それはもちろんあります。何しろ、今日公開している55V型のデモ機は、ドライバモジュールが液晶REGZAの流用改良型なんです(笑)。こうした駆動系などがSED専用により進化していけば、どのくらいまで画質が向上してしまうのか、パネル作っている自分達でも想像できません」(森氏)。

 現在は汎用性を重視し、再現色域はハイビジョン映像の標準色域であるsRGBを採用しているが、映像エンジン側や駆動系との連携を図れば、それ以外の色域に対しても対応をしていけるという。製品化の段階では、専用の映像エンジンや駆動系が開発されているはず。来年のCEATECで、SEDはもう一回センセーションを起こしてくれるかもしれない。

□CEATEC JAPAN 2006のホームページ
http://www.ceatec.com/2006/ja/visitor/
□関連記事
【10月3日】CEATEC JAPAN 2006【ディスプレイ編】
2007年製品化に向け55型フルHD SEDが初公開
-パイオニアは高コントラストPDPを展示
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20061003/ceatec05.htm
【2005年10月5日】【大マ】第51回:量産開始に向け熟成進む「SED」
~ プラズマテレビはフルHDに向かう~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060629/dg68.htm

(2006年10月4日)

[Reported by トライゼット西川善司]


西川善司  大画面映像機器評論家兼テクニカルライター。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。渡米のたびに米国盤DVDを大量に買い込むことが習慣化しており、映画DVDのタイトル所持数は1000を超える。

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AV Watch編集部

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