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第272回:“普通のPC”でDDP出力可能なマスタリング用DAW
~ Samplitude最上位バージョン「Sequoia 9」 ~



Sequoia 9

 最近、レコード会社やマスタリングスタジオの間でちょっと話題になっているソフトがある。それが、MAGIXのSequoia(セクォイア)というマスタリング用DAW。なんと実売40万円もするソフトなのだが、かなり引き合いが多く、導入が進んでいるというのだ。

 そのキーになっているのが、DDP(Disc Description Protocol)の出力機能。このDDPにフォーカスを当てながら先日発売された最新バージョン、Sequoia 9について紹介しよう。


■ 非常に少ないDDPファイルの出力環境

ProTools HD 7.3

 DDPやSequoiaについて紹介する前に、プロの世界における、レコーディングからCD完成までの流れについて紹介しよう。もちろん、各工程でいろいろな選択肢がありうるが、実際のところ、その大半においてレコーディングからミックスダウンまでの工程は、DigidesignのProToolsが使われているというのが現状だ。

 CubaseやSONAR、Logic……といったソフトでも、ほぼ同等なことが可能だが、ProToolsはプロ用のレコーディングシステムとしてのデファクトスタンダードとなっていることから、どこのスタジオでもProToolsが利用されている。

 もっとも、ミュージシャン側でCubaseやDigitalPerformerなどを使っているケースも少なくないため、これらで作ったMIDIデータやWAVファイル、AIFFファイルをProToolsへ流し込んで使うというケースも結構ある。

 一方、ProToolsはマスタリングもできるが、実際にこれでマスタリングするのは少ないようだ。スタジオやエンジニアにもよるが、一番多いのがSonic Studioへ持っていってのマスタリングではないだろうか? ProToolsもSonic Studioも数百万円以上のシステムであるため、両方合わせれば、その投資額はかなりのものになる。

 そして、完成したデータは長年U-maticのテープに入れて工場へ納品していた。しかし、このU-maticの再生機が'95年8月に生産終了し、法定の部品保証も2002年9月で打ち切りとなったため、現状これを使うというのもなかなか困難になってきている。一方、U-maticテープの後継として注目されていたのがCD-Rだった。

 しかし、業務用の納品形式としてはPMCD(プレス・マスターCDもしくはプリマスタリングCD)というものが用いられたところにウィークポイントがあった。この辺の事情については、以前も記事で紹介しているので、そちらを参照していただきたいが、簡単にいうとPMCDはマスター情報というデータが書き込まれた特殊形式のオーディオCD。

 特殊というのは、このPMCDは一般のCD-Rドライブで書き込むことができないし、一般のCD-RライティングソフトもPMCDでの書き込みをサポートしていないからである。実際、PMCDが焼けるのはSONYの非常に古いドライブである「CDW-900E」などだ。しかし、CDW-900Eはとっくの昔に生産は終わり、部品もない(チューニングを行なっている会社もあるようだが……)。そこで、プレクスターがPlexMasterというPMCD対応のドライブを出しているものの、レコード業界においては、それほど広くは普及していない模様だ。

 PMCDにおいては、CDW-900Eで焼いて工場へ渡すとプレスされたCDの音がよくなる、といった話もあるが、そうした話も含め、あいまいな部分をすべてなくして、完全なデジタルの形で納品するのがDDPというファイル形式なのだ。

 社団法人日本レコード協会が、2005年10月に、「CD用マスタDDPファイル互換性ガイドライン(PDF形式)」というものを出しており、DDPファイルでのプレス工場への納品に関する指針を出しているが、現状においてはまだそれほど一般的にはなっていない。しかし、どのレコード会社も最近DDPを真剣に模索しているようで、DDPへの切り替えは既定路線となってきている。ところが、そのDDPファイルの出力ができる環境がまだ非常に少ない。

 もともとDDPは、'88年に米DCA(Doug Carson & Associates)が光ディスク・プレス業界向けの規格として開発し、オープン・ライセンスとして提供されたもの。当然、Sonic Studioもオプションとしてサポートしているが、かなりの価格となるだ。そのほかに、SteinbergのWaveLabなどとセットで使えるCube-TecのDDP Solutionや、SADiEのDAWなどがあるが、とにかくまだ対応しているものが少ないのだ。

 そんな中、MAGIXのSequoia 9がDDP出力に対応したということで、注目を集めている。確かに40万円という金額だけを見ると高価なソフトであることは間違いないが、特別なハードウェアも不要で、普通のPC+Windowsで動作するSequoiaは、DDP出力に対応したシステムとしてトータル的に考えるとかなりコストパフォーマンスが高そうだ。


■ マスタリング機能が強力。DDP出力はシンプルな設定

 Sequoiaは、特にDDP出力のためだけのソフトではなく、マルチトラックのレコーディングからミキシング、マスタリングまでをこなすDAWであり、一部の熱狂的ともいえるユーザーがその音質面で絶賛しているSamplitudeシリーズの最上位バージョンという位置づけなのだ。

 Samplitudeについても、これまで何度かDigital Audio Laboratoryで取り上げてきたが、国内では昨年11月にフックアップから新バージョンのSamplitude 9が発売されている。上からProfessional、Classic、Masterの3つのバージョンがあり(フックアップでは扱っていないが、MAGIXから直接ダウンロードできる簡易版のSEというバージョンも存在する)、Sequoiaは名前こそ異なるものの、ユーザーインターフェイスや機能なども含め、Professionalの延長線上に位置づけられる上位バージョンだ。

 Professionalが155,400円なのに対して、Sequoiaは40万円と、ずいぶん高い価格設定ではあるが、その違いは大きく3つ。DDPをサポートしていることと、クロスフェードエディタを備えたこと、そして4ポイントカットという切り貼りのための編集機能を備えたことで、ほかにも細かな機能がいくつかはある。そのほかの機能や見た目はまったく同じで、オーディオエンジンもまったく変わらない。したがって、DDP機能がいらなければ、Professionalで十分だ。

 実際に起動してみると確かに、Samplitudeそのもの。普通にレコーディング、ミキシング、エフェクトといった作業ができる。もともとオーディオ系ソフトとして発展してきたSamplitudeだが、途中でMIDIのシーケンス機能なども装備してきたため、現在では、CubaseやSONARなどと同様のソフトと考えてもいいようだ。しかし、Sequoia/Samplitudeで特徴的なのは、なんといってもマスタリング機能だろう。これは単にEQをかけたり、コンプレッサをかけて1つの曲を仕上げるということに留まらない。

 アルバムとして完成させるために、複数の曲をトラック上におき、曲間を決めていったり、クロスフェードを掛けた上で、PQポイントを打っていくことができる。その上で、ここからCDを焼くことができるため、マスタリングソフトとして多くのユーザーから支持されていたのだ。SamplitudeがPMCDをサポートしていれば、もう少し何かが変わっていたかもしれないが、PMCDを飛び越して、SequoiaでDDPをサポートしたのである。

 では、そのDDP出力はどうするのだろうか? 試してみたところ、ずいぶんあっさりした簡単な機能だった。まず、Sequoia上で、複数の曲を並べてPQ設定した上で、「CD/DVD」メニューにある「Make CD」コマンドを実行。当然これはCDを焼くためのコマンドで、通常は、CD-RドライブでCDを焼くわけだが、このコマンドを実行するとダイアログが現れ、「Export DDP」というボタンが表示される。これを押すと、まずWAVファイルの名前をつけるようにと指示がでる。といってもこれがDDPではなく、いったん中間ファイルとしてWAVを出力する。

Sequoia上で、複数の曲を並べてPQ設定 「Make CD」コマンドを実行すると、「Export DDP」というボタンが表示 ボタンを押すと、WAVファイルの名前をつけるよう指示される

DDPエクスポートのダイアログ

 これが終わると、いよいよDDPのエクスポートのダイアログが表示される。Destinationタブでは、まずHDDに出力するかテープに出力するかを選択する。このテープというのはいわゆるストリーマのことで、8ミリドライブであるExabyteのEXB-8500がサポートされている。しかし、通常はHDDに出力することになるので、同時に出力先のフォルダを設定する。

 一方、Sourcesタブでは、元となる中間ファイルのWAVファイルを指定するのだが、これは自動的に先ほど出力したWAVファイルが指定されているので、とくにいじることはないだろう。また、DDP OptionsではDDPのバージョンが1.01なのか、2.00なのかを選択する。前述の、「CD用マスタDDPファイル互換性ガイドライン」では、どちらのバージョンを使うかの指定はないが、2.00はオーディオCDに限らずDVD用としても利用できるフォーマットのようだ。そしてTape Optionタブはストリーマに出力するためのものなので、通常は使うこともないだろう。

 つまり、設定するのはフォルダとDDPのバージョンだけ。ほかは何の設定もいらない。

Sourcesタブでは、出力したWAVが自動で指定されている DDPのバージョンを選択 Tape Optionタブはストリーマ出力用

 実行すると、すぐにDDPファイルの生成がスタートし、指定したフォルダに4つのファイルが完成する。これがプレス工場に渡すDDPファイル一式のようだ。現状、これが間違いなく再生できるか確認する術がほとんどないが、国内のソフトハウスであるクリムゾンテクノロジーという会社がDDP TOOLSというDDPファイルチェックのためのソフトをリリースしており、DDPファイルを直接再生することができる。試しにこれを使ってみた結果、間違いなく再生されることを確認できた。

 なお、クリムゾンテクノロジーにDDP TOOLSおよび最近のDDP事情については、次回にインタビューの掲載予定している。

指定したフォルダに4つのDDPファイルが生成される DDP TOOLSで再生できた


■ ASIO/MMEの「ハイブリッドオーディオエンジン」採用

 Samplitude ProfessionalとSequoiaの相違点として、DDP以外の2つに関しても簡単に紹介しておこう。まずは、クロスフェードエディタ。もともとSamplitudeはオートクロスフェードという機能を持っており、非常に簡単にクロスフェードができるのが特徴となっていた。さらに、そのクロスフェードを細かく設定するために、Sequoiaには、クロスフェードエディタというものが搭載されており、クロスフェードをより細かく設定したり、モニタリングすることができるようになっている。

 また、4ポイントカットというのは、ちょっと変わったパンチイン/パンチアウトという感じのもので、フレーズなどを差し替えるときに利用する機能だ。不要な部分のスタート部とエンド部の2ポイントと、そこに差し替えるスタート部とエンド部の2ポイントの計4点を指定した後、差し替えボタンをクリックすると簡単に差し替わる。カット&ペーストを繰り返せば同様のことは可能だが、MA作業などにおいては便利に使えるかもしれない。

クロスフェードの細かな設定や、モニタリングが可能 フレーズなどを差し替えるときに利用する「4ポイントカット」

 最後にもうひとつ、Samplitude 9になって加わったユニークな機能を紹介しておこう。それがハイブリッドオーディオエンジンというものだ。名前は仰々しいが、考え方はいたって簡単。ローテイテンシーのASIOとハイレイテンシーのMMEをハイブリッドに使うというものだ。利用法としてユニークなのは、エコノミートラックだ。

 レイテンシーを小さくすると、リアルタイムなモニタリングはできるが、その分CPUパワーが必要になる。そこで、多くのDAWではフリーズという方法を使って、余分なCPUパワーを削減して再生トラック数を増やしているのに対し、このSamplitude/Sequoiaでは、エディットなどが不要なトラックはレイテンシーを大きいエコノミートラックにすることで、CPUパワーを節約する。これならフリーズと異なり、後でエディットするのも簡単というわけだ。まあ、それほど頻繁に使う機能ではないかもしれないが、CPUパワーに限界を感じるようなら使ってみるのも手である。

「ハイブリッドオーディオエンジン」を採用 エディットなどが不要なトラックはレイテンシーを大きいエコノミートラックにすることで、CPUパワーを節約

 今後、DDPをサポートするソフトも次々と登場してくることが予想されるが、このDDPをきっかけにレコード業界のシステム体制が変わってくるかもしれない。


□MAGIXのホームページ
http://www.magix.com/
□フックアップのホームページ
http://www.hookup.co.jp/
□製品情報(Sequoia)
http://www.hookup.co.jp/software/sequoia/
□製品情報(Samplitude)
http://www.hookup.co.jp/software/samplitude/index.html
□関連記事
【2006年11月20日】【DAL】Inter BEEで見つけたオーディオ新製品
~ ポータブルレコーダや、DAWソフト新バージョンなど ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20061120/dal259.htm
【2002年6月3日】【DAL】第56回:迷信だらけのデジタルオーディオ[特別編]
~ プレス・マスターCDとは? ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020603/dal56.htm

(2007年3月5日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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