最高品質を求めたBD版「パイレーツ」制作の裏側【前編】 ~Javaにこだわり。PHLとタッグでBDの可能性を追求 ~
先週お伝えした通り、北米でのパイレーツ・オブ・カリビアン シリーズ第1作「PIRATES OF THE CARIBBEAN: THE CURSE OF THE BLACK PEARL(以下1)」、2作目「PIRATES OF THE CARIBBEAN:DEAD MAN’S CHEST(以下2)」のBlu-ray Disc発表に続き、その制作を担当した松下電器の研究施設「Panasonic Hollywood Laboratory(PHL)」を取材した。 PHLは、かつてユニバーサル映画を所有していた松下電器が、映画コンテンツを映画制作者との綿密な連携のもとに、最高の品質でDVD化しようと考えて設立したDVCCに端を発する研究施設である。その後、映画監督やスタジオが求める映像圧縮技術の研究開発、Blu-ray Disc向けのソフトウェア開発などを行なってきた。 現在は最新の技術とノウハウをもってBDソフトの高画質化、高機能化を率先して進めているほか、同社のプラズマテレビやプロジェクタにおいて、映画を見るための最適な画質について評価、アドバイスなども行なっている。 研究開発を主な目標としているため、今回のパイレーツ・オブ・カリビアンシリーズのように商業用タイトルの制作を実際に行ないつつも、採算的にあり得ない時間と手間をかけて、その時点で最高の品質を引き出す点が、独立した映像ポストプロダクションスタジオと全く異なるところだ。 パイレーツ・オブ・カリビアンシリーズBD版の発表会において、ブエナビスタ・ホームエンターテイメント・ワールドワイドのボブ・チェイペック社長が、PHLの名前を挙げていたように、ハリウッドの業界関係者の間でも、その名前は知られるようになってきている。 今回の前編では、パイレーツ・オブ・カリビアンシリーズ制作の裏側を、後編では高画質化に際して試した手法や実際の映像評価についてレポートしたい。
■ BD市場立ち上げへの取り組みの一環として 「昨年から、一部のディズニーコンテンツの制作を行なっていたところ、ブエナビスタ社長のチェイペック氏自ら、パナソニックと一緒にBD制作と市場立ち上げに取り組みたいと持ちかけてきたんです」 PHL所長をつとめる露崎英介氏は、そう昨年11月のことを振り返る。PHLは南極物語など、その時点でいくつかの高画質なディズニーのBDタイトルを制作していたことも、ディズニーとの協業を進めることになったきっかけだが、決定的だったのは20世紀フォックスのリーグ・オブ・レジェンドだった。 ディズニーは、かねてより収録する映画タイトルと関連するゲームやインタラクティブ要素を次世代パッケージでは盛り込みたいと積極的に研究をしていた。ところが最初に出てきたJavaを利用したゲームは、自社のものではなかった。立ち上げ初期から、積極的にJavaを用いたタイトル制作を行なえるポストプロダクションスタジオが出てきたことに驚いた面もあったのだろう。 チェイペック氏は、漫然と次世代光ディスクへの移行時期を待つのではなく、自ら積極的に新しいフォーマットでの可能性を追求していく選択肢を選んだ。そのパートナーとして選んだPHLとの最初の共同作品が、パイレーツシリーズだったのである。 松下電器とブエナビスタとの協業は、ディスク制作だけに留まっていない。たとえば松下電器は北米で、約1,300ドルで販売していた自社製BDプレーヤとほぼ同じ仕様の製品DMP-BD10Aを599ドルで発売した。この製品には20世紀フォックスのトランスポーター、ファンタスティック4、ライオンズゲートのクラッシュに加え、ディズニーのパイレーツ・オブ・カリビアン1および2がバンドルされる。 一線級タイトルの2本ものバンドルにOKを出したあたり、ディズニーのBD市場立ち上げへの意欲が見え隠れする。協力関係はワールドワイドで展開していくとのことだから、あるいは同様のキャンペーンが日本で行なわれる可能性もあろう。 オーサリングや圧縮の業務請負というと、単なる外注業者となってしまいがちだが、パイレーツシリーズ以降は、ディズニーと対等な立場でBDのプロモーションの一環としてオーサリングを行なうことになった。その最初の成果が今回の作品だが、「この関係はこれからも続いていく。ディズニーとの協業以前から関係の深かった20世紀フォックスも合わせ、三社共同で高品質かつJavaを用いた高度なオーサリングのBDタイトルを作り、それらを定着させるべく積極的なタイアップを打っていく」と露崎氏。 特にディズニーとの関係は、さらに強まっており「面白いアイディア、楽しいアイディアに対する姿勢は、ディズニーがもっとも真剣。自社の売り上げばかりに目が行くスタジオが多い中、ブエナビスタはチェイペック社長自らが陣頭指揮を執って、業界を次世代ディスクに引っ張ることを強く意識している。我々が制作できるキャパシティには限りがあり、AA級タイトルを月に何本も送り出すことはできませんが、着実に成果を出していきますので期待してください」(露崎氏)。
■ ディズニーがJavaでの開発に力を入れる理由 さて、ディズニーと松下電器がタッグを組んだ理由のひとつでもあるという、Javaプログラミングによるインタラクティブ要素。しかし、映画など中身のコンテンツが目的のユーザーからすれば「そんな開発しなくていいから、もっとシンプルな構成にしてほしい」という声も聞こえてきそうだ。映画やアニメにとって、インタラクティブ要素はあくまで“おまけ”でしかない。 そうした質問にPHL主幹技師でオーサリングチームのとりまとめを行なっている森美裕氏は「我々はPHLで、どこよりも高画質な映像を目指していました。画質は見比べれば違いが解るからです。同様にインタラクティブ機能というのも、ユーザーが理解しやすい要素ですよ」と応じた。 松下電器はハリウッドでDVD向け高画質ポストプロダクションスタジオのDVCCを運営していたが、DVD時代にも5年間は新しいアイディアを盛り込んだツールを作り続けたという。 「DVDはご存知のように、今の基準から言えば単純なナビゲーション機能しかありません。しかし、働いている人間自身が映像制作の一翼を担うことを楽しみながら、どうやればユーザーに楽しんでもらえるかとクリエイティブに励んだことで5年もの間、進化し続けることができた。加えてBDではJavaというプログラミング要素が加わり、さらには今年後半からはピクチャーインピクチャーやBD Live(ネットワークを使ったインタラクティブサービスおよびメディア配信サービス)がありますから、継続的に開発することで従来にない要素を盛り込めるでしょう」。 とはいえ、簡単なロジックとアニメーション、ピクチャーインピクチャーや通信機能の組み合わせならば、Javaでプログラミングを行なうよりも、HD DVDのHDiがそうであるように、高機能なランタイムをスクリプトで制御する方式の方が効率は良さそうだ。実際、ディズニーはかつてHDiをマイクロソフトと共同で開発、提案していた映画スタジオでもある。 しかし、PHLで映画会社との仕様検討などタイトル制作運営の責任者を務めるシニアプロダクトマネージャのPaulette Pantoja(ポーレット パントージャ)氏は「今回、ディズニーが特にこだわったのは、インタラクティブコンテンツにAI的要素を入れることです。いつも同じ反応、あるいは無作為なランダムプログラミングでは面白くありません。ダイナミックな反応を得るために、本格的にJavaを使いこなそうという話になったんです」と振り返る。
■ フルHDでインタラクティブ機能を満載
とはいえ、単純なシューティングゲームなら簡単にプログラムできるが、ディズニーが要求したのは、フルHDの映像をふんだんに用いたインタラクティブ機能だった。加えてBD-JによるJavaプログラミングは制作が始まったばかりであり、ノウハウも蓄積していない。 「通常はひとつのタイトルに、あまり多くの時間を割くことはできませんし、開発予算も限られています。しかし、パイレーツシリーズは非常に特殊なタイトルで、ディズニー側も、PHL側も、時間、コスト、人をふんだんに割くことができました。重ね合わせるグラフィックスひとつとっても、フルHDの高画質映像に見合う質感を出せるよう、入念に作られています(パントージャ氏)」。 PHLではオーサリングシステム開発の責任者を務め、パイレーツシリーズのオーサリング責任者も兼任したBhanu Srikanth(バヌー スリカンス)氏は「パイレーツ2向けに開発したダイスゲームは、グラフィックスや映像などの素材を受け取ってから、まるまる1週間ぐらいかけてプログラミングしています。思考ルーチンを入れたことで、きちんと相手の出方を読みながら、コンピュータが駆け引きを行ないます。加えて、様々な海賊の反応をフルHDの映像で収めているのですが、それぞれの動画が可能な限りシームレスにつながって見えるよう工夫しています、そのあたりも是非ともチェックしてみてください」。
■ 楽しみながら新しいエンターテイメントを生み出したい 前出の森氏は「確かに本田さんがおっしゃるように、インタラクティブ機能はおまけかもしれない。同じようなことは、この数カ月で何度も言われましたし、映画スタジオ側にもそうした意見を持っている人はいます。しかし、BD-Jの開発は始まったばかりです。いろいろと苦労はありますが、ポーレットやバヌーも、ものすごく楽しんで仕事をしていました。BD-Jはゲーム機ほどハードリソースがふんだんにあるわけではありませんが、だからこそ工夫しがいもありますし、新しいエンターテイメントの開発を映画スタジオと共にやっていくという意識もあって、我々自身も高いモチベーションでやることができています」と、今後の可能性を強くアピールしていた。 たしかに、開発する側としては、今が一番楽しい時期なのだろう。パイレーツ1、2ともに、インタラクティブ機能を追加するためだけに、約1時間ものフルHD映像を盛り込んでいる。特典映像も含めると本編の容量を圧迫し、2層BD仕様にもかかわらず、映像に割り当てられたビットレートは1層BDとほぼ同等の約20Mbpsだった。言い換えると、それほどディズニー側もインタラクティブ機能に強いこだわりを見せたということだろう。 スリカンス氏は「本編再生中に、ひっそりとカメオ出演している著名人を教えてくれたり、映画の中に隠された要素を追跡したり、映画好きに向けた情報をゲームっぽく楽しく見せるようなアイディアを盛り込みたいと盛り上がっています」と話す。 「私はDVDの頃からプロダクトマネージャをやってきましたが、これまではやりたくともできないことばかりでした。その制限が無くなり、今、まさに仕事が楽しくなり始めています。毎日残業して、夜遅くまで開発を続けてでも、もっと楽しいことをやりたい。自分たちはこの分野のリーダーだと感じています。だからこそ、今後も自ら楽しみながら新しいアイディアを生み出していきますよ」(パントージャ氏)。 後編では高画質な映像を生み出せた背景と、オリジナルのマスター映像と見比べた画質レポートをお届けする。
□Buena Vista Home Entertainmentのホームページ(英文) (2007年5月24日)
[Reported by 本田雅一]
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