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西田宗千佳の
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YouTubeでもなく、「ソニー専用」でもなく
ソニーの動画共有サイト「eyeVio」の狙い


 4月26日、ソニーは、動画共有サイト「eyeVio」をスタートすると発表した。一部、ブログなどで話題となってはいたものの、ほとんどの人にとって、それは「唐突」としかいいようのないものだった。

eyeVioのメイン画面。フラッシュを使い、わかりやすさを優先したユーザーインターフェイスになっている。動画は「チャンネル」という単位で管理され、同じチャンネルに入っているものは、自動的に連続再生される

 また、発表後の報道も、そしてユーザーの反応も、実に微妙なものであった。「YouTubeがあれだけ巨大になったのに、いまさら出てきて勝てるわけない」、「著作権保護に足を引っ張られる家電メーカーの動画共有サイトなんて、おもしろいわけがない」。

 率直にいえば、最初の印象はそれと大差なかった。

 ソニーは、VAIOなどと連携する形で、何度もネットで「動画共有」、「画像共有」に挑んできたが、成功例は無いといっていい。それがなぜいまさら? というのが、正直なところだったのである。

 そこで今回は、ソニーのeyeVioチームに、「ソニーがいまから動画共有をする理由」と、「サービスの狙い」を聞いた。

 驚いたことに、彼らの言葉からは、多くの人がeyeVioに抱いた感想とは、まったく異なる姿が見えてきた。


■ 「不特定多数」とでなく、「特定の誰か」と動画共有

ネットメディア開発室 本間 チーフプロデューサー

 「別に、YouTubeに勝とうとは思っていないし、勝てるとも思ってないですよ。はっきり言えば、YouTubeのゲームに、YouTubeのルールで戦うことが、一番やってはいけないことだと思ってます」

 eyeVio全体を統括する、ソニー コーポレートディベロップメント部 ネットメディア開発室の本間毅チーフプロデューサーは、多くの報道などでeyeVioが「YouTube対抗」と書かれることに、少々違和感を持っている、と話す。

 「YouTubeは、日本人にとってはどちらかというと『見に行く』ところ。eyeVioが目指すのは、個人のパーソナルなコミュニケーションのためのサービスです」。

 YouTubeの魅力は、著作権的に問題があるものから無いものまで、様々な映像が集まっていること。「おもしろい映像を見たい」なら、とりあえず行って検索すればなにかが見つかる。「万能ビデオ・オン・デマンド」的な楽しみ方がされている、と言ってもいい。アップロードされた映像は、「みんな=不特定多数」で共有するのが基本である。

 それに対し、本間氏たちがeyeVioで狙っているのは、家族同士・友人同士で、プライベートなビデオを回覧する、というスタイルだ。

 「今は映像をシェアしたいと思っても、携帯電話を除くと、ビデオテープやDVDといった、物理的な媒体を介するのが一般的。30年前から同じことをやっているわけです。画質はいいし、経済合理性も高いんですが、リアルタイム性はない。距離を超えて受け渡すのも難しい。ここをeyeVioに変えれば、少しでも間を詰めることができるのではないか、と思うんです」(本間氏)

 アップロードされた映像は、もちろん「みんな」で共有することもできるが、どちらかといえば、「知り合い=特定の人物」のみに見せることを想定している。

友人へメールなどを送って、アップロードした映像を共有する時には、「アクセス期限」の設定が可能。機能としては特殊なものではないが、これがeyeVioのキモでもある

 そこで用意されているのが「プライベートシェア・モード」だ。これは、電子メールなどで知人にビデオの所在を教える際、時限式でアクセス不能となるパスワードを設定、有効期限内だけ、知人にのみビデオの存在を知らせる、というモードである。

 「知人に見せたい映像には、きわめてプライバシー性の高い内容が含まれる場合があります。それを公開してしまうのは問題があります。なにより不安に感じる人が多い。だから、この機能が必要なんです」と本間氏は語る。

 本間氏たちが、プライバシーの保護や、「不快感」の除去に気を遣うのには、もちろん理由がある。それは、サービスの狙いが「女性」にあるからだ。

 「コミュニケーションの頻度も能力も意欲も高いのは、やっぱり女性です。そう考えていくと、ビデオ編集をやったことがなくて、アップロードのノウハウも知らない女性にも、わかりやすく、すぐ使ってもらえるサービスはなにか、というところを考えたかった」(本間氏)からである。

 eyeVioの特徴の一つは、アップロードされている映像の内容を、ソニー側が24時間、有人で監視している、ということだ。利用規約に適合しないと思われる映像があった場合、速やかに公開停止の措置がとられ、場合によっては削除される。そのため、「やっぱりソニーのサービスだ。著作権を侵している作品をアップロードできないのでは、全然つまらないじゃないか」との声も多い。

 だがこの方針も、「最初の発想は、著作権保護を目的としたものではなかった」と本間氏は説明する。

動画のアップロードはファイルを指定するだけ。対応ファイル形式が多く、あまり気を遣わなくていいのがうれしい。ファイルの指定が終われば、あとは名称指定などを行なう裏で、勝手にアップロード作業が行なわれるので待ち時間も少ない

 「仮に、テレビ番組のコピーコンテンツが見えても『不快』ではないですよね? でも、チャイルドポルノが見えてしまえば、明らかに『不快』。偶然とはいえ、女性に、見たくないような不快なコンテンツ、チャイルドポルノや過度に暴力的な映像などを、一度でも見せてしまうと、もうこのサービスには戻ってきてくれない。24時間監視は、そういった問題への対策からスタートし、二次的な要因として、やはり我々もコンテンツホルダーの一員ですから、著作権を侵している可能性のあるものに対処する、ということなんです」。

 女性に向いているかは置いておいても、eyeVioのユーザーインターフェイスは、確かに優れている。ファイルのアップロード/ダウンロードも、他の動画共有サービスに比べ、非常にわかりやすい。

 動画共有というと、対応する動画形式が問題となり、動画形式変換や映像編集について、それなりの知識を求められることも少なくない。

 その点eyeVioは、対応動画形式が幅広い(mp4/m4v/mpeg/mpg/flv/3gp/3g2/wmv/avi/mov/qt/vob/rm)こともあってか、単純にアップロードやダウンロードをするだけなら、知識がほとんどいらない。携帯電話ならメールに添付して送るだけ。パソコンの場合にも、タイトルや公開条件などを書き込んでいる最中に、バックグラウンドでアップロードが行なわれるため、容量の大きな動画を扱っているわりには、ストレスがかなり小さい。彼らの言うとおり、利用の敷居が低いことだけは間違いないといえる。


■ 薄いソニー色、狙いは「UIでの差別化」

 「ソニーの動画共有サイト」と言われるeyeVioだが、実際に画面を見てみると、いくつかの広告をのぞくと、画面中に「ソニー」の文字が驚くほど少ないことに気づく。

 また、現在ダウンロード機能に対応している携帯プレーヤーや携帯電話も、ソニー製に限定されてはいない。

 eyeVioの特徴として、パソコンに接続されている対応プレーヤーを自動判別し、1クリックで適切な設定の元に転送する「Sony Online Media Engine」という機能がある。この機能の対象機種として、ウォークマン(NW-A800シリーズ)やPSPに並び、最初からiPodもリストアップされているくらいなのである。

「ダウンロード」を選ぶと、ダウンロード対象はなにか、を選ぶダイヤログが登場。ウォークマン、PSPの他に、iPodがデフォルトで用意されている(左写真)。ウォークマンとPSPは、パソコンとUSB接続すると画面左下へ表示が現れる(右写真)。ただし現在のところIE専用のActiveXプラグインで実現されており、IEでないと再現されない。現在、Firefoxへの対応が進められているという

 こういった方向性を、本間氏は「当然」と言い切る。「iPodの利用者が多いのは事実で、否定のしようがない。なら、iPodユーザーが大勢いることを前提にサービスを作っていこう、ということです。社内には、『もっとソニー製品に特化したサービスに』という声もありましたが、それでは利用者が限られてしまいますからね」。

 いうまでもないが、このサイトは、ユーザー側は無料で利用できる。となると、ソニー側としてのメリットは何になるのだろうか。

 「撮影と視聴の間にあるサービスを提供することで、『こうやってシェアすると楽しいね』という体験の価値を認めてもらえればいいんです。ソニーは、カメラから携帯電話、テレビにゲーム機と、撮影するものから見るものまで、すべてを作っていますから、トータルでの楽しさを体感してもらえれば、と思います」(本間氏)。

 しかし、それならYouTubeのようなサイトでも役割は同じだ。ハードメーカーであるソニーがやる意味はなんだろうか? 「ネット専業のヤフーやグーグルにはできない、ハードウェアとのインテグレーションをやっていきたい」と本間氏は説明する。

 第一のしかけが「ユーザーインターフェイス」だ。「今はパソコンとポータブル機器が対象ですが、今後は、テレビやPS3などの、リビングに置かれる機器への対応も視野に入れています。そうなると、リビングでの映像の楽しみ方を変えていけるのでは、と思っています。リモコンだけで、友だちからの映像を、ソファーに座った状態で楽しめるようになれば、それには大きな意味があるはず。最初にユーザーが指で触れるハードウェアを持っていることが、直感的なユーザーインターフェイス構築には、大きな武器となります」。

 このような関係上、ハード連携は、やはりある程度ソニー製品が主軸になる。たとえば、例えば、先ほど挙げた「Sony Online Media Engine」での映像ダウンロードは、iPodとウォークマンでは、若干挙動が異なっている。iPodの場合には、まずiTunesが呼び出され、ポッドキャストの中に、ビデオポッドキャストとして登録される。それに対しウォークマンの場合には、ソフトを介さず、直接プレーヤーへとダウンロードされる。ただし、「だから他社製品はおざなりな機能で済ます」というわけではない、と本間氏は強調する。

 「別に、iPodを差別しているわけではありません。内部構造や連携の仕組みについて、我々がiPodよりウォークマンの方に詳しかったから、差が生まれています。もし、アップルから申し出があれば、機能を改善することもあると思います。また、リビングでの対応についても、PS3だけでなく、Wiiなどへの対応も検討しています。逆に言えば、僕たちとしては、ソニーのハードはeyeVioにしかつながらない、という風にする気もありません。YouTubeだってかまわないんですよ」。

 正直、数年前のソニーでは考えづらいほど柔軟な姿勢であるが、その理由は、「徹底して、ユーザー視点・ユーザー利益を貫こう、と考えているから」と本間氏は言う。

 「使う人が増えないと、意味がない。今回のサービスについては、『こんな技術が出来たから、こんな商品ができたから始めよう』という話ではないんです。例えば、iPodでeyeVioを使ってくれた人が、すぐにウォークマンを買ってくれるわけではないでしょう。でも、『次のデジカメはサイバーショットにしよう』と考えてくれるかも知れない。Wiiから入った人が『次はiPodじゃなくウォークマンを買おう』と思ってくれるかも知れない。それでいいんです」


■ AVC利用で「高画質」を実現、夏には「HD映像の共有」も

 そして、ソニーとしてのもう一つの「旨味」、アピール点は「画質」だ。動画共有サイトのほとんどは、パソコンか携帯電話で視聴することを前提としている。そのため、最終的に提供される映像は、ブラウザ向けのFLV形式か、携帯向けに解像度・データ量を落とした3GPP形式となっている。

 だが、eyeVioは違う。現時点では、FLVおよび3GPPが中心だが、本当にサービスの主軸においているのは、QVGA以上のH.264/AVC Baseline Profile(以下AVC)の動画である。現在、公式コンテンツとして携帯プレーヤーにダウンロード可能な映像も、AVC形式のものである。当然、FLVや3GPPに比べ画質は高い。

 「今、ブラウザ上で見えるのは(400×300ドット程度)のFLV形式ですが、これがSD(NTSCレベル/640×480ドット程度)画質のAVCになるだけで、ずいぶんインパクトはあるでしょう。準備の関係から、こちらで用意した映像をダウンロードしてもらう、という感じですが、あと1、2カ月の間のうちに、ユーザーが作ったAVCの映像をそのままダウンロードしてもらう環境が整う予定。そうなれば、AVCを見られるデバイスを持つ意味が増えてくるはずです」(本間氏)。

 高画質なAVC形式で撮影したファイルを、AVC形式のままeyeVioへアップロードし、そしてそれをそのまま携帯プレーヤーで観る。こういった連携ができれば、確かに画質は大幅に向上するだろう。しかも、このサービスを使うには、「AVCが扱える機器」を持っていることが大きなメリットになる。それはすなわち、ソニーの強みになって返ってくる、というわけだ。

ネットメディア開発室 中村シニアテクニカルプランナー

 「さらには、夏までに、HD画質での共有もやっていきたい、と考えています」と本間氏は明かす。現時点で、AVCかつHD画質の映像を撮影できるのは、AVCHD規格のビデオカメラくらいのもの。しかも、HD画質の映像を見るには、高性能なパソコンかPS3、HDTVが必要になる。「HDワールド」を展開するソニーとしては、格好のアピールの場となる。

 eyeVioの技術開発を統括する中村正弘氏は、「SD映像からHD映像へのアップコンバートまで対応できるかは未定ですが、とりあえずは、HD画質のAVCでアップロードされたものを、そのままダウンロードして観る、という形は実現したい」と方向性を説明する。

 ただ、AVCがメインになっても、「FLVや3GPPをやめる、ということはありません。ブラウザは基本サービスですから、FLVは必ず残ります。おそらく、PC向けサービスは手軽さ重視で、FLVが中心になっていくのではないでしょうか」とも話す。

 現在、eyeVioにアップロードされた映像は、サーバー内でFLVと3GPPに変換され、元映像と変換後の映像が併せて蓄積される形となっている。将来的には、アップロード映像は、SDもしくはHD画質のAVCが中心となり、観るための形式としては、FLV、3GPPに加え、AVCと元データ、という形になると考えられる。

 「今後は、AVCが得意な機器・不得意な機器があることも考えると、端末によって再生するデータには差を付けていく可能性も高い」と本間氏も説明する。


■ 狙いは「TSUTAYAにない映像」、合い言葉は「ユーザー視点」

 ここで、もう少し根源的な疑問に立ち返ってみよう。ハードメーカーの強みがサービスに生きるとしても、そこでわざわざ、「自社でサービス」をする意味はなんなのだろうか? どこかの動画共有サイトと提携したり、買収したりしても良かったはずだ。eyeVioは、サービス構築を外部の開発会社と協力して行なっているものの、サービス主体はソニー本社であり、コア技術も、ソニー側から提供されている。

 先日、グーグルの、エリック・シュミット会長兼CEOを取材する機会があったが、そこでシュミット氏に、「なぜGoogle Videoがあるのに、YouTubeを買ったのか」と聞いたところ、次のような答えが返ってきた。「時間を買ったんだ。YouTubeはたくさんのビデオとユーザーを抱え、ユーザーインターフェイス的にも優れていた。同じレベルに到達するには、時間がかかりすぎる」。

 ソニーも、ユーザー数ゼロからサービスを構築するくらいなら、どこかを買っても良かったはずなのだ。

 本間氏は、この意見を否定しない。「準備段階の昨年3月頃には、可能性のあるパートナー企業を探し、アメリカ西海岸のビデオ共有サービス企業を訪ね歩いて、ヒヤリングを行なっていたんですよ」と、パートナー探しを行なっていたことを認める。訪問先の中には、もちろんYouTubeも含まれていた。

 「我々も相当悩みました。パートナーと組んで、ユーザーインターフェイスだけは日本のユーザー向けに特化して作り直して『時間を買う』、ということも検討しました。極論をいえば、YouTubeにソニーのハードをつないでしまってもいいんですよ。でも、やはり、根本的な考え方が違うんです。外部企業には、ハード側に連携用のボタンを用意する、というところまでを期待することはできません。結局、iPodにとってiTunesやiTunes Storeが必須のものである、ということと同じなんです。ただ、あそこまで閉鎖的ではありません。僕らとしては、ソニーのハードを生かすサービスは作っても、ソニーのハードにしかつながらないサービスを作っても意味がないんです」(本間氏)。

 一つのカギとなったのは、ソニー・アメリカのソフトウエア開発部門に、「Sony Online Media Engine」の、元となる技術が存在したことだった。これにより、プレーヤーへの画像ダウンロードが、機器を横断する形で、大幅に簡略化できるめどがついた。「ベースがあったため、サービスへの統合は二週間くらいで終わった」(中村氏)という。

 また、多くの動画共有サイトが、映像を「不特定多数と一緒に観る」ことを前提としているのに対し、eyeVioが狙うのはもう少しパーソナル、という文化の違いも、独自路線選択の理由となった。

 「内部では、eyeVioには『TSUTAYAには並ばない映像がある』ようにしよう、と言っています。ビデオ・オン・デマンド(VOD)的なものは、もうみなさんずいぶんやられている。我々がそれをやる必要はないだろう、ということです」(本間氏)

 コンテンツが違法か合法かはともかくとして、テレビ番組やミュージッククリップが並んでいるという意味では、YouTubeもiTunes Storeと同じくVOD、と観ることができる。eyeVioが「TSUTAYA的に観てもらう」ことを狙わない、ということは、すなわち、「マスに必要とされる映像を共有する」のではなく、「誰かにしか必要ではないが、その人には必要」という映像を共有する、ということに他ならない。

 だからこそ、eyeVioは「コミュニケーション重視」ということなのだろう。ネットでのコミュニケーションといえば、メール以外にもブログやRSSフィードなどがあるが、「eyeVio内に、それらのサービスを置いて囲い込むつもりはない」(本間氏)という。すでに様々なサービスを各人が利用しており、それらと連携できる方が便利だからだ。コミュニケーション性を高めるため、電子メール機能については、特にGmailとの連携が強化されている。Gmailで直接メールを書くだけでなく、メール送信者の履歴を自動取得し、簡単に映像配布の通知ができるよう、工夫がされている。

 「別にGmailに限定するつもりはないのですが、Gmailは外部連携用APIが公開されているので、連携が取りやすかった」と採用の理由を説明する。またeyeVio自身も、動画アップロード/ダウンロードのAPIを近々公開し、外部アプリケーションや外部サービスとの連携を、自由に開発できるようにしていく予定だという。

 動画でコミュニケーションというと、やはり思い浮かぶのは「ニコニコ動画」。中村氏は、「実装的にはかなり違いますし、現状で詳細をお話することはできませんが、動画を見ながらコミュニケーションをする機能は、現在開発を行なっています」と話す。その上で本間氏も、「ニコニコ動画とは、ちょっとメディアの性質が違います。人はいろんなメディアを使い分けて生活していますから、ニコニコ動画を使う人が、eyeVioを使わないとは思わないですし、その逆もないでしょう」と方向性を語る。


■ ゆるめられない「著作権保護」、だがDRMは非採用

 eyeVioに残された最大の問題は、「著作権保護」である。

 eyeVioはYouTube的な「網羅」を目指したサービスではない。「サービス開始当初、BBSやブログなどの書き込みを観ていると、『ソニーが24時間監視しているなら、コピー物は期待できない。じゃあ観ない』って書き込みが多かったんです。でも、そういう人でも、遠くに離れた家族から毎日映像がeyeVio経由で送られてきたら、観るんじゃないか、と思うんです。著作権保護が強いから、サービスを使わない、ということには直結しないと思っています」と本間氏は語る。

 そもそも、eyeVioにはDRMによる著作権保護の仕組みはない。理由は「VODではないため」だ。ソニーが「TSUTAYA的映像で集客する」ならDRMはいるが、そうでないから不要、という判断である。

 だが、著作権保護を巡る問題はそれだけにとどまらない。例えば、自作の動画に、自分が好きな音楽をBGMとして乗せて配布したい、と思っても、それは著作権侵害となり得るため、eyeVioでは公開できない。友人と組んだコピーバンドの演奏を配布することも、自分の恥ずかしいエアギターの姿を見て笑ってもらうこともできないわけだ。多少なりとも自己表現の入った、いわば「二次創作」に近い状態になると、現在の著作権制度はとたんに牙を剥いてくる。ここでうまく落としどころを見つけられないかぎり、ユーザーは自由度の高いYouTubeに行ってしまうだろう。

ネットメディア開発室 向後正樹プロデューサー

 eyeVioのメディア戦略を担当する向後正樹氏は、「少なくとも、完全にパブリックな形での公開は、公衆送信権の侵害になりますからNG。じゃあプライベートモードでOKか、という点についても、そうは言い難い面が多い。我々もコンテンツホルダーの一員なので……」と説明する。本間氏も、「個人的心理としては、緩くしてあげたいです。しかし、残念ながら手綱を緩めるわけにはいかないんです。涙をのんで厳しめにしています」と語る。

 だが、この状況を良し、としているわけではない。向後氏は次のように説明する。「ただ、僕らも警察じゃないんです。サービス事業者ですから、お客様の快適さを第一に置きたい。そこのインターフェイス(対応方法)は真剣に考えています。それに、この問題は、僕たちだけではどうしようもないんです。個人的には、音楽はある程度シェアされてなんぼ、といった気持ちもあります。でも、現在の法制度がまったく追いついていない以上、我々だけではどうしようもないんですよ。ですから、むしろ古いところではなく、新しいところから解決できないか、と考えています」

 向後氏の言う「新しいところ」が、eyeVioの特徴の一つでもある。


■ 「クリエイティブコモンズ」採用で「二次利用」に正面から向き合う

 eyeVioは、DRMを採用しない代わりに、著作権表示の形として、「クリエイティブコモンズ」(CC)を全面的に採用している。CCとは、著作権者側が、著作物の利用についての方針を、柔軟かつ明快に表示するための枠組みである。条件を明確化することで、無用のトラブルを回避するための仕組み、といえばわかりやすいだろうか。

 著作権の表示といえば、まず最初に「All Rights Reserved」が思いつく。しかしこれでは、著作権者にあらゆる権利が集約されるため、本来は、いちいちおうかがいを立てない限り、二次著作や加工利用、大幅な引用が難しい。だからといって、パブリックドメインにしてしまうのも、著作者の思いとしては複雑なところがある。

 そこで、著作権者側の判断により、「非営利目的ならば利用を認める」「改変禁止を条件とする」といった、明確な条件を提示し、アイコンやXMLによるタグで管理させることで、利用者側にもわかりやすくすることを狙ったのがCCである。

動画を再生すると、右下に、画像のような、クリエイティブコモンズの許諾表示アイコンが表示。クリックすれば、細かな条件が表示される。このアイコンの場合、「現著作者のクレジットを表示する限り、自由に頒布・展示・実演・二次的著作物の作成が認められる」という意味になる アップロード時のクリエイティブコモンズ設定画面。クリエイティブコモンズ、という言葉だけを聞くと小難しく感じるが、実際の条件は、非常にシンプルでわかりやすいものだ

 eyeVioで映像を公開する時には、どのような条件のもとにCCを利用するかを設定する。またダウンロードするときにも、CCの元で利用することを許諾する旨の警告に従う必要がある。

 本間氏は、CC採用の経緯を次のように説明する。「個人同士だけでなく、クリエイターの方々にも参加してもらいたいので、彼らに、著作権的にもきちんとした形で活躍できる条件を整えたい、と考えていました。そうなると、DRMを使わない、と決まった瞬間に、CCを採用するのは必然でした。あんまり小難しく著作権を議論するつもりはなくて、クリエイターの方に『DRMなしでも快適だな』と思っていただければ、という感じです」。

 クリエイターがCCの元、「非営利に限り許諾」といったライセンスをつければ、その著作物はユーザー側でも、かなり自由な利用が可能となる。例えば、「非営利のみOK」というライセンスの元で公開された音楽ならば、前出のような問題は起きないわけである。

 こういった戦略は、eyeVioのビジネスモデルにも大きく影響している。eyeVioは、ソニー製品の拡販から利益を得るほか、動画広告の配信も、大きな収益源として期待している。

 「我々は、割と真っ当な広告メディアを作ろうとしています。そうなると、著作権的にグレーであるわけにはいかない。その上で、テレビ的でない企業とのコミュニケーションのあり方は何か、を考えています。そこでおもしろいコンテンツが産まれると思っています。TVスポット15秒をそのまま置いて、という話ではないだろう、と思っています」と向後氏は語る。

 例えば、ネットで口コミ用CM(いわゆるバイラルムービー)を公開するとしても、「安心して置けるところは、そうはない」と本間氏は言う。意図しない改変などが行なわれていないかを常に管理できる、自社サーバー以外の場所は、意外と少ないのだ。

 CCの元に権利を明示しておけば、その広告動画は、ある程度権利保持を担保した形で配信することが可能となる。場合によっては、ユーザー側での二次利用を認め、派生作品を作ってもらうことで、新たな広告効果を産めるかも知れない。実際、YouTubeやニコニコ動画では、そういった例も少なくない。eyeVioがやろうとしているのは、「なあなあ」で著作権を流さず、きちんと「明記」して同じ効果を生もう、ということなのである。「もしかすると音楽に関しても、プロモーション目的で、CCにより公開するアーティストが出てくるかも知れません。そうなればおもしろいですね」と向後氏は話す。

 CCは魔法の杖ではないので、それにより違法コピーがなくなる、ということはない。しかし、明快な条件付けを行なう事で、コンテンツホルダー側が、「動画や音楽のネット的利用法」について、正式なルートでトライできる道筋ができる事は、歓迎すべきことではないだろうか。少なくとも、DRMでガチガチに守られた動画共有サイトが作られるよりは、はるかにユーザー視点に立った「現実解」である。

 もちろん、eyeVioが現状で満点か、というとそうではない。サーバー負荷が大きいためか、ダウンロードなどに失敗することも少なくないし、使い勝手重視でデバイスを特定してしまっている結果、「素のファイルをダウンロードする」という選択肢がなく、結果的に、iPod/ウォークマン/PSP以外のポータブルデバイスを排除する要因ともなっている。

 だが、「独自色にこだわる」と思われているソニーから、「真っ当な一歩」が踏み出されたことは、やはり注目に値する。徒に短期でユーザー数を増やすことを狙わず、じっくりとサービスの充実に取り組んでほしい。

□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□eyeVioのホームページ
http://eyevio.jp/
□クリエイティブコモンズ・ジャパンのホームページ
http://www.creativecommons.jp
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070426/sony3.htm

(2007年5月31日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、「ウルトラONE」(宝島社)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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