月額定額制で聴き放題の音楽配信サービスとして知られる「Napster」。日本でのサービスが開始されて、かれこれ9カ月が経過した。NTTドコモの携帯電話用のサブスクリプションサービスのプラットフォーム「うた・ホーダイ」版も5月に追加し、音楽配信サービスとして、独自の地位を確立しつつある。 携帯電話とパソコン、両面から攻めるナップスタージャパンの狙いはなにか? 同社 co-COOのポール・グリーンバーグ氏に話を聞いた。 ■ 「うた・ホーダイ」は織り込み済み
すでに述べたように、Napsterは月額定額制(サブスクリプション)型のサービスである。一曲単位で購入することもできるが、メインは「聴き放題」。 そんな中でも、特徴的なのは、やはり「うた・ホーダイ」の存在だ。グリーンバーグ氏は、うた・ホーダイが、元々同社のビジネスモデルに「予定されていた」と明かす。 「サブスクリプションの延長として、うた・ホーダイのようなモバイルサブスクリプション・サービスは最初から想定した上でビジネスモデルが構築されています。サブスクリプションの良さは、聴き放題のカタログにアクセスするのに好きなプラットフォームを選ぶことができるフレキシビリティがあるということです。360度、全方位をカバーするサービスとして企画していましたから、PCは最初の一歩に過ぎなかったんです。持ち運びのできるデバイスに展開するために、最初から計画していたものです」 PCからの利用者が多いのか、それとも携帯電話からの利用者が多いのかは、同社では公表していない。しかし、「携帯電話からの利用者も順調に増えている」とグリーンバーグ氏は説明する。 同社のサービスのおもしろいところは、パソコンから契約した人でも、携帯電話から契約した人でも、サービスに差がないことである。パソコンから、クレジットカードを使って契約した人も携帯で利用できるし、携帯電話で契約した人も、パソコンで音楽を楽しめる。 「ユーザーの方々は、主に、どちらの端末を使うのか、また、決済をどの方法でやりたいか、で選んでいただいているようです。ですから、パソコンで聴く機会が多いのに、決済を携帯電話でまとめたい、という目的から、iモード経由で加入した方も少なくないんです」 となると、気になるのは、「どんなユーザーが利用しているのか」ということだ。日本では、音楽配信について金額ベースで統計を取ると、圧倒的に「着うた」サービスの占める割合が大きい。最近は楽曲全体を配信する「着うたフル」が主流になっているとはいえ、利用スタイル的にも動向的にも、「楽曲を聴く」というよりは、一種のアーティスト・グッズ販売に近い。いわゆる音楽ファンの視聴スタイルとは明らかに異なるものだ。 Napsterのカタログは30万曲以上。着うたフルなどのサービスよりはるかに多く、音楽ファン向けの“濃い”サービスといえる。この違いは、グリーンバーグ氏も認めるところだ。 「着うたフルの市場は、正確な数字を挙げることはできませんが、おそらく十代の若者が非常に多い。しかし、音楽のマーケットそのものは、本来もっと大きい。我々のサービスは、中学生から50代、60代という、非常に幅広いユーザーの方に利用していただいています。人生の要所要所で、その時に聴いていた音楽をまた聴き直してみたいだとか、洋楽曲を英語の学習に使いたいだとか、そういった幅広いニーズに応えられます」 だが他方で、「着メロ・着うた」の存在こそが、Napsterにプラスに働いた部分もあるようだ。「日本では音楽を含む各種デジタルコンテンツサービスが、定額型のモデルで運営されています。特にi-modeのプラットフォームではよく見られます。そのため、日本の場合には、サブスクリプションがなんであるか、ということを説明する必要がなかった。携帯電話のユーザーにも、非常にスムーズに受け入れられています」
■ 本当の狙いは「ポストiPod」時代 他方で、Napsterには気になる点もある。それは、「対応プレーヤー」が限られている、ということだ。Napsterの楽曲を外に持ち歩いて聴くには、「Napster to Go」に対応した端末、すなわち、Windows Media DRMに対応した端末でないといけない。日本国内だけでなく、世界のデジタル音楽プレーヤー市場でも、トップはiPod。いうまでもなく、Windows Media DRMには対応していない。 「確かに、iPodのシェアが40%を超えていることは、Napsterにとって憂慮すべきこと、だと思われるでしょう」とグリーンバーグ氏も頷く。だが、これは敗北宣言ではない。むしろ逆の意味をもっている。
「でも、それを気にしたことはありません。なぜなら、iPodのシェアというのは、あくまで“MP3プレーヤー”に限定してのものだからです。全体像をみると、MP3プレーヤーから、携帯電話で音楽を聴く、という形に市場がどんどん流れています。ドコモだけでも、昨年1年間で販売されたiPodを含むMP3プレーヤーの全体数と競合するだけの音楽携帯を販売しています。我々の競合すべき相手はiPodではありません。携帯電話もMP3プレーヤーも同じくらい重要なツールだと考えていますので、多くのメーカーと良好な関係を築き、iPodとウォークマン以外の多くのMP3プレーヤーが対応しています。また、ドコモとの強力な関係や主要な携帯端末メーカーとも密な関係も築いています」 これは、ポストiPodの時代を見据えての戦略といってもいいだろう。ナップスタージャパンは、米Napsterとタワーレコードの合弁会社であり、タワーレコードにはNTTドコモが出資している。同社が携帯電話にすべてが集約している時代を見据えた戦略を採っていることも、その辺に事情がありそうだ。 ただし気になるのは、「携帯電話で音楽を聴く」というスタイルが、まだまだ定着していないことだ。電車の中などで、携帯電話から伸びるヘッドホンを付けた人を見る機会も増えてはいるが、まだまだ少数派である。その理由は、携帯電話をミュージックプレーヤーとして使った場合の操作性と音質が、専用のプレーヤーに比べ劣っているから、ともいえる。 「“携帯電話で音楽を聴く”というスタイルは着実に広がってきていると思います。われわれはすべての主要メーカーと緊密に取り組み、音質とユーザエクスペリエンスが市場でも最高水準のものであるよう努めています。いくつかの携帯電話では、操作性と音質においても、すでにMP3プレーヤーよりもいい体験を提供してくれます」とグリーンバーグ氏は語る。 では、世界的に見ると、携帯電話をミュージックプレーヤーとして使う流れはどうなのだろうか? グリーンバーグ氏は、「日本が一番洗練されていて、進んでいる」と話す。 「携帯電話と結びつけるようなサービスの実現性では、明らかに日本が先行しています。現時点では、ナップスタージャパンで開発された携帯向けのシステムなどが、アメリカ・ヨーロッパのNapsterにフィードバックされているくらい」なのだとか。 「一般に、日本とアメリカを並列に置いて、同じように比較しがちなんですが、両国ではまったく音楽に関する事情が異なります。日本では、一般的にiPod所有者は合法的なデジタル配信で楽曲を購入するよりも、CDレンタルで入手したCDをリッピングすることが多い。しかし欧米の場合、“デジタルダウンロードで音楽を聴く”というと、まだ違法コピーの率が、iTunesよりも、Napsterよりも非常に多いんです。だから、日本が遅れている、とだけ考えるのは間違いです」とも語る。
■ DRMはNapsterに必須 DRMという点では、ここのところ「DRMフリー」の潮流も見逃せない。アップルが、iTunes StoreにおいてDRMなしの楽曲を販売し始めたことに端を発するものだが、ユーザーにとっては喜ばしい流れといえる。 DRMフリーという潮流について尋ねると、グリーンバーグ氏は「DRMは必要だ」と語る。「iTunesの“DRMフリー”は、全カタログのごく一部でしかなく、金額も通常料金の割り増しです。」 ただし、「DRMが取り除かれれば、都度課金楽曲(アラカルト)購入に拍車をかける触媒となるし、合法的なモデルの認知度と採用度を高めるでしょう。もちろんDRMフリーについてはポジティブに捉えています。さらに、Napsterでアラカルト楽曲購入をしたお客様はそのコンテンツをiPodを含むあらゆるデジタル音楽デバイスで楽しめるようになるので、それもポジティブな要素です」とも語る。 DRMの有無よりも、グリーンバーグ氏が強調するのは、サブスクリプション型の“サービスとしての魅力”だ。 「たとえすべての楽曲がDRMフリーになったとしても、一曲ごとの支払の必要がなく、月額定額で音楽を無制限で利用できるNapster To GoのようなDRMのかかったポータブルサブスクリプションサービスは、重要な役割を果たすと思います。はじめは消費者は喜んでDRMフリーの楽曲購入をするでしょうが、そのうち、膨大な楽曲数のコレクションをし、無制限に音楽を発見する喜びを得るには、DRMがかかっていようがいまいが、一曲買うごとに、150円以上支払うのはお金がかかりすぎることに気付きます。したがって、こういった消費者の多くが、無制限に音楽を楽しめる“Napster To Go”のようなより価値の高い、合法的な代替サービスに乗り換えると考えています」 グリーンバーク氏は、「一つのDRMに固執しているわけではない」としながらも、「Windows Media DRMは、世界中の携帯メーカーが億単位のWindows Media対応の音楽携帯電話の出荷を予定している。Napsterは、こうしたWM DRM対応のポータブルデバイスの大幅な増数の恩恵を受けられる好位置にいる」とWindows Media対応音楽ケータイの増加に期待をかけている。 また、NTTドコモをパートナーとして展開してるが、「現在はNTTドコモとポジティブな関係を築いていますが、他の携帯電話事業者とは組めない、ということではありません。ドコモとの契約には、そういった事項は含まれていません。現時点ではなにもお話できることはありませんが、他の事業者でのサービスを否定するものではありません」とグリーンバーグ氏は話す。 仮にDRMが必須のものだとするならば、できる限りスタンダードで、様々なデバイスで利用できるものであるのが望ましい。その上で、ドコモ以外との携帯電話でも利用できる、ということになれば、Napsterの利用者も、さらに広がるのではないだろうか。 なお、配信する音楽のビットレートに関しては、「レーベルより、デジタル配信向けに許される最高のビットレートで楽曲を提供していただく契約になっており、iTunes Storeにも劣ることはない」(グリーンバーグ氏)のだとか。オンキョーなど、一部で始まっている、CDを超えるハイクオリティでの配信については、「レーベルの意向による部分が大きく、予定は今のところない」と話すにとどまった。 ■ 「音楽との出会い」の演出で差別化を 先に述べたように、日本の音楽配信は、着うたフルを中心とした独自の形を形成している。そのせいもあってか、ナップスタージャパンのスタートにあたっては、かなりの「山」を超える必要があったようだ。 「最初は、日本の音楽業界も、サブスクリプションというサービスへの理解が薄く、音楽配信についてはなるべく『現状維持』という姿勢をみせていた」とグリーンバーグ氏は話す。 しかしそんな状況も、同社の交渉によりすこしずつ変化し、サービスは無事スタートした。しかしそれでも、370万曲を超えるライブラリの中に、日本の楽曲が占める割合は百分の一を超える程度と、多くはない。逆に言えば、「圧倒的に洋楽に強い音楽配信」というのが、Napsterの特徴でもある。 だがこのことは、日本の音楽市場において、プラスとは言い難い。過去20年間で、日本の音楽シーンにおける洋楽のシェアは減少した。今の三十代以上ならば、ある程度「基礎知識」のように洋楽を楽しんだものだが、邦楽全盛の今、洋楽を楽しむ十代は少ない。 「その点は問題だと感じています。普段やらないこと(洋楽を聴くこと)をいかにやってもらうか、知恵を絞っている最中です」とグリーンバーグ氏は説明する。年齢層を広くとり、30代以上の「洋楽世代」にもアピールするマーケティング施策を採っている理由は、そういった層ならば、Napsterの魅力を理解してもらいやすいからに他ならない。また、「50代を超え、しばらく音楽から遠ざかっていた人に帰ってきてもらう」(グリーンバーグ氏)ことで、市場を広げることができる、との思惑もある。 その点、プラスと成りうるのが、ナップスタージャパンの母体がタワーレコード、ということだ。ナップスタージャパンには、他国のNapsterにない特徴がある。それは、タワーレコードのスタッフの手による、楽曲のレコメンデーションだ。日本では、音楽の情報は雑誌から受け取る時代が長かった。その文化を反映し、タワーレコード店頭でのプロモーションを担当するスタッフの知識・人脈を生かした、「楽しみ方の提案」が行なわれているのだ。 昨年、はじめてNapsterのサービスを使った時、大学に入るために上京して、はじめてタワーレコードに行った時と同じ感慨にとらわれた。たくさんの洋楽があって、それを教えてくれる「人」がいる感じがしたからだ。 ナップスタージャパンがこの先、他の音楽配信と差別化して成功していくには、元々タワーレコードが持っていた「音楽との出会い」という体験を、いかにネット上で再現できるか、というところにかかっているといえそうだ。
□ナップスタージャパンのホームページ (2007年8月17日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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