■ “大ヒット”でもないが、話題を集めた「ダークナイト」
今夏、密かに人気を集めた映画といえば「ダークナイト」だろう。もちろん、ハリウッドの超大作で、全米歴代興行収入新記録11冠を達成したという、米国での盛り上がりに比べると、日本の興行収入としては大きなインパクトはなかった。しかし、特に映画ファンを中心に、口コミで人気を集め、ネットの記事やBLOGなどでのかなり持続的に盛り上がっていた印象がある。 前作「バットマン・ビギンズ」も人気タイトルで、渡辺謙出演などでもマスメディアの取り上げ方は大きかった。それに対し、ダークナイトは、地味ながら幅広く、長く注目を集めており、もれ伝わる米国の盛り上がりやネットでの絶賛記事などを見て、個人的にも興味を惹かれていた。そのため、映画館に久しぶりに足を運んだのだが、満席で入れず、翌日に予約を取るはめになり、人気のほどを体感した。 Blu-ray Disc/DVD化の注目度も高く、弊誌のアフィリエイト注文数ランキングでも2カ月連続の一位。年間でもトップ3に入るほどの人気を集めている。もちろん、バットマンシリーズの続編、そして、敵役「ジョーカー」を演じたヒース・レジャーの遺作となったこともあるが、こうしたセールスもやはり作品そのものへの評価/期待といえるだろう。 Blu-ray Discには劇中に登場するバットポッドのフィギュアを同梱するバージョン「SDB-Y23337(7,980円)」も用意されているが、ディスク内容は通常版「WBA-Y24753(4,980円)」と共通だ。いずれも本編と特典ディスクの2枚組みとなっている。また、先日レポートしたように日本初の「デジタルコピー」対応タイトルでもある。今回は通常版を購入した。 なお、2009年2月10日までの出荷分については、「豪華ケース付き&ジョーカー落書きジャケット仕様」になる。といっても、腹巻型のケースをかぶせて販売されるほか、背面のバットマンとジョーカーの画像が“落書き”されているという程度でそれほど大きなインパクトはない。 気になったのが、パッケージの本編映像や特典の表記が半分ぐらい英語で書かれていること。音声は、日本語で[ドルビーTrue HD 5.1ch英語]と記されているが、映像特典は英語で[May be in Standard Definition]となっている。さらに、実際の特典映像を見てみるとほとんどHD制作。嬉しい裏切りではあるが正確性に疑問は残る。
■ 絶対悪 VS バットマン
バットマン誕生の歴史を描いた前作「バットマン ビギンズ」から引き続き、監督はクリストファー・ノーランが担当。出演は、クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、ヒース・レジャーほか。 舞台は、悪、腐敗にまみれたゴッサム・シティ。ブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は、普段は何一つ不自由のない大富豪として振舞いながらも、夜になると悪に牛耳られたゴッサム・シティの再生を目指すバットマンとして活躍する。 犯罪の増加やマフィアの組織犯罪などに右往左往しながらも、ジム・ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)と協力し、町の再生に取り組んでいる。しかし、警察組織に巣食うマフィアの影。マフィアにおびえる市民たちも真実を語れない。困難に直面するバットマンやゴードンだが、そんな彼らの前に大きな希望として登場したのが、正義感に溢れる新任検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)。デントはバットマンと協力し、徹底的な犯罪撲滅を誓う。 組織的なマネーロンダリングの核心に迫るバットマン達。しかし、その時に現れたのが、真っ白な化粧と、口の端を切り刻んだ不気味な男「ジョーカー(ヒース・レジャー)」。銀行強盗団を率いて、マフィアが牛耳る銀行に白昼堂々襲撃をかけ、銀行員や警備のマフィアだけでなく、仲間も銃殺。常軌を逸した、ジョーカーの行動もある意味見所のひとつ。これが遺作となったヒース・レジャーの怪演におのずと目を奪われてしまう。 警察やバットマン、さらにジョーカーに資金を絶たれ、悩むマフィアのボスたち。その前にジョーカーは現れ、交渉する。「オレが、バットマンを殺す。条件はのお前達の資産の半分」。ゴッサムシティを支配してきたマフィアは、もちろん拒絶する。しかし、正義を叩き潰し、人間を貶めることにしか意義を見出さず、金にも名誉にも興味はなしという、“何にも縛られない”ジョーカーは、マフィアすら徹底的に追い詰めにかかるのだった……。 ストーリーの肝となるのは、最大の敵、ジョーカーの存在だ。マフィアを殺しまくるジョーカーは、理知的なしがらみだらけの悪人をものともしない。より純粋で絶対的な悪。行為に理由のない悪人に対し、自らの規範に沿ってしか行動できないバットマンはあらゆる点で圧倒される。 ヒロインの検事補レイチェル(マギー・ギレンホール)や、市民を守るというバットマンの「大義」、そして人を殺すことができないという自ら課した規範。強大な悪に立ち向かいながら、こうしたルールを破ってでも悪に立ち向かうのか、それとも引き下がり、敗北を受け入れるのか。バットマン/ブルースの苦悩がイヤというほど描かれる。 ゴッサムシティの“希望の光”であるデントの存在もきわめて重要だ。絶対的な悪に対して、光の存在を強く望む市民やバットマンへの態度の移り変わり、レイチェルをめぐる、デントとウェインの関係性も含め、それぞれの心の動きが繊細に描かれている。 ■ IMAXカメラの圧倒的な情報量と重厚なサウンド
ストーリーの完成度も高いが、映像も圧巻だ。多くのアクションシーンが、35mmフィルムの10倍以上の記録面積を持つIMAXフィルムで撮影されている。巨大なフィルムサイズのIMAXを採用したことで、圧倒的な解像感が得られている。冒頭のビル群の俯瞰映像から、“何かが違う”と感じることだろう。 IMAXを使ったシアターは日本においては、近年減ってしまっているようだ。しかし、米国ではIMAXシアターでこのダークナイトが多数上映されて人気を集めたという。IMAXシアターでは16:9よりも縦長のアスペクト比で上映されているが、BDにおいてはIMAX撮影シーンが16:9で収録、35mmフィルムでの撮影シーンがシネマスコープサイズで収録されている。そのため、どのカメラで撮ったのかが一目瞭然となっている。なお、IMAXカメラをドキュメンタリーではない、通常の映画で使用したのはダークナイトが初めてという。 画角がこれほど変わる映画もあまりないように思えるが、やはりIMAX撮影シーンの画質は圧倒的。色そのものの情報量や深みなどとにかく自然に感じられ、解像度の高さが明確に現れるというよりは、その“自然さ”が普通ではない、という印象だ。映像コーデックはVC-1で、PLAYSTATION 3で確認する限り、ビットレートは15~30Mbps後半で、驚くほど高いわけではない。 フルHDの表示機器だけでなく、1,366×768ドットの22型テレビでも、その情報量の違いが感じられる。撮影映像“そのもの”の違いが確かにわかってしまう。圧巻の映像だ。 とはいえ、IMAXカメラ以外のシーンがダメというわけではなく、クオリティは高い。夜のゴッサムシティの廃墟のようなビルの質感や、真夜中にライトの下で語らうレイチェルとゴードンなど、強烈なコントラストのある、ゴッサムシティを破綻無く描いている。ただ、そんな画質をもってしても、IMAXとの違いがわかってしまう。暗いシーンが多いので、ディスプレイのコントラスト性能を試すのにも面白い映画といえる。IMAXの圧倒的な品質とあわせて、最新のプロジェクタが欲しくなってしまうが…… サウンドも強烈で、不気味な夜の街の雰囲気を高める効果がすさまじい。ジョーカーのテーマや、金属をかきむしるような奇妙なストリングスなど、楽曲の雰囲気が陰惨なゴッサムシティの空気感を伝えてくる。正直、この音がなければもう少し“明るい”作品として楽しめるのではないかと思うほどだ。。 アクションシーンにおけるサウンドも聞き所。サブウーファが小さく振動しはじめて、やがてビルの後ろから急に轟音をあげてヘリが通過するシーンなど、思わず首をすくめてしまうような音響デザインが楽しい。サブウーファもかなり鳴るので、深夜の視聴などには注意したいところだ。 ■ 充実のメイキングが予想外に面白い 本編ディスクには、64分の特典を用意。本作のメイキングとして、「序章」、「ジョーカーのテーマ」、「IMAX撮影」、「病院爆破」、「香港大跳躍」などのコンテンツを用意している。映像や音に関する主要なコンテンツはほとんどここに集約されているといえる。ただ、せっかく特典ディスクが付属するのだから、本編にビットレートを割り当ててもよかったのでは、と思わなくもない。 序章でIMAX撮影や音響の工夫などについてかなり説明される。IMAX撮影においては、35mmの10倍の面積をもつフィルムのため、カメラも大型だ。そのためハンディでの撮影には苦労したという。普通のIMAXの撮影は、カメラはほとんど動かない。動かす場合にも台車の上をすべらせるというのが一般的という。 しかし、ダークナイトでは、ハンディでの利用にも挑戦。専用のフレームを設計し、撮影に取り組む経緯やその失敗談などが語られる。また、冒頭の驚異的なビルの俯瞰シーンの解説なども興味深い。“空撮はIMAX”が、本作の撮影のひとつのテーマとなっていたという。また、30万ドルというIMAXカメラを破壊してしまうシーンも収録。監督も「さすがに落ち込んだ」というその撮影の模様も、しっかりと特典に収められている。 IMAXによる撮影は縦長のアスペクト比となるが、意外にも撮影時には「上部には気をつかっていない」という。それより、「被写界深度が浅いために、ピントが合わない」というのが撮影時の最大の問題だったという。俳優とカメラの距離が4mだと、普通は30~60cmの範囲でピント合うが、IMAXではその範囲が10cm以下で、カメラマンの腕が問われる仕事だったようだ。監督も、IMAX撮影について「世界最大の解像度で、圧倒的な画質。ほかでは味わえない臨場感」と満足した様子で語っている。 バットスーツや初登場のバイク型ビークル「バットポッド」の説明も用意している。面白かったのが「香港大跳躍」というコンテンツ。香港のシーンで、ヘリから吊るされたロープをつかみ、ビルから飛び降りて、宙吊りのままヘリで移動するというシーンを計画していたのことで、そのリハーサルをシカゴで行なった模様を収録している。画質は良くないのだが、見ているだけで恐ろしくなるようなスタントの映像は圧巻だ。でもよく考えてみると、そんなシーンがあった記憶はない。コンテンツの最後に「ビル間を渡るための許可申請が降りなかった」と説明されて、笑ってしまった。こうした大作には、いろいろな障害がつき物だということが改めて確認できる。 驚いたのが、CGだろうと思っていた多くのシーンが実は実写、もしくはミニチュア撮影だったこと。トンネル内でのカーアクションのほとんどが実写というのには驚かされた。ただカメラを消すためには、かなりVFXを活用しているとのことで、その使い方も非常に興味深い。 ハンス・ジマーとジェイムズ・ニュートン・ハワードによるサウンドについても解説。特に印象的なジョーカーの登場音も、「挑発的で誰もが嫌う曲を作りたかった」と語られる。
特典ディスクは、バットモービルなど登場するメカの科学/工学的根拠を解説している「バットマンに描かれる技術」、心理学的なアプローチでバットマンの実像に迫ろうという「仮面の下で~深層心理を探る~」などを収録している。 過去の作品や、原作コミックなどを振り返りながら、バットマンシリーズを分析するものだが、個人的には、目新しさはあまり感じなかった。ただ、シリーズの歴史を改めて確認できるという意味では、ダークナイトで始めてバットマンに触れた人にはその奥行きが感じられるコンテンツになっている。 ■ 深く、暗いからこそ魅力的
ストーリーはもちろんのこと、映像、サウンドともに満足度は非常に高い。個人的にも今年1、2を争うBDビデオタイトルと感じている。さらに、先日レポートしたように、日本初の「デジタルコピー」対応タイトルということもあり、新しいコンテンツ流通のしくみに触れられるという楽しみもある。 アクションはもちろん楽しめるが、ややグロテスクで残虐なシーンもあり、家族で楽しむというのには向いていないし、見終わった後、気持ちがスカッとするという作品でもない。むしろ、胸焼けするような、後味の悪さすら残す作品なのだが、それでも強く惹かれる強い魅力を放っているように感じる。
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(2008年12月17日) [AV Watch編集部/usuda@impress.co.jp]
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