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第356回:KORGの据え置き型DSDレコーダ「MR-2000S」
~ 開発担当者と録音エンジニアにインタビュー ~



MR-2000S

 2008年末、KORGより新たなDSDレコーダ「MR-2000S」が発売された。1UラックマウントタイプのMR-2000Sは、従来からあった「MR-1000」と同様、1bitの5.6448MHzでのレコーディングが可能であり、80GBのHDDを内蔵した機材だ。

 実際にこのMR-2000Sを借りて少し触ってみたのとともに、KORGの担当者からも開発コンセプトなどを伺った。またMR-2000Sを仕事に使っているというレコーディングエンジニアの赤川新一氏にも話を聞くことができたので、プロの目からみた、DSDレコーディングの意義などについて伺った。



■ 1U/スタジオユースのDSDレコーダ「MR-2000S」

 SACDのデジタルオーディオ方式であるDSD(Direct Stream Digital)。まだ世間に浸透しているとはいえないが、KORGがMR-1、MR-1000という低価格なポータブルレコーダを出したことや、VAIOの多くの機種がDSDレコーディング/再生に対応したこと、またPLAYSTATION 3でDSDディスクの再生を可能にしたことなどによって、徐々にではあるが広がってきている。

 そんな中、また新たにKORGからDSDのレコーダが発売された。MR-2000Sというこの機材、価格的は248,000円、実売価格で20万円前後と、MR-1000の上位機種という位置づけとなっている。

 対応フォーマットは、MR-1が1bit/2.8224MHzまでであったのに対して、MR-1000もMR-2000Sも1bit/5.6448MHzとなっており、PCMでも24bit/192kHzまでのレコーディング、再生ができる。

 ただ、利用シーンとして、MR-1やMR-1000が野外などに持ち出して使うことを想定したポータブル機器であるのに対し、MR-2000Sはラックマウント型であることからもわかるとおり、スタジオでの利用が想定されている。

 MR-2000Sには外部機器との同期をとることを目的としたワードクロックの入出力端子も装備。また、オーディオ端子的には、リアにXLRのキャノン、およびRCAのピンジャックのステレオ端子が入出力それぞれに用意されているほか、PCM用にS/PDIFの入出力も装備されている。

ワードクロックの入出力端子も装備 PCM用にS/PDIFの入出力も備える

 メニューなどに多少違いはあるものの基本的な操作体系はMR-1やMR-1000と同様であり、フロントにあるロータリーエンコーダとボタン、それに液晶画面を使って設定していくというもの。もっとも2chでの録音と再生をする機材だから、DAWのように複雑なこともなく、マニュアルなどなくても簡単に操作できる。

 設定すべき内容としては、まずDSDで録音するか、PCMで録音するか、そしてその際のサンプリングレートをいくつに設定するかというもの。

録音形式やサンプリングレートを設定

 これを決めると、液晶左側のインジケータが点灯するので、現状の設定はすぐに確認できる。また、入力端子としてRCA、XLR、S/PDIFのいずれを選択するか、外部クロック供給をする場合には、S/PDIFかWORDのいずれかを選択する形となる。

設定すると液晶左側のインジケータが点灯 入力端子の選択 外部クロック供給をする場合には、S/PDIFかWORDのいずれかを選択

 あとは、レコーディングレベルを設定して録音するだけだから、操作自体で戸惑うことはまったくなかった。


■ MR-2000Sの開発の背景

商品企画室 主幹の佐野忠氏

 今回、このMR-2000Sを借りるにあたって商品企画を担当した株式会社コルグの商品企画室 主幹の佐野忠氏、開発を担当した開発部技師の永木道子氏に話を伺った。

藤本:MR-2000SはMR-1000と対応フォーマットは同様となっていますが、どのような位置づけの機材として企画されたのでしょうか?

佐野忠氏(以下敬称略):MR-1000はフィールドレコーダとして開発しましたが、レコーディングエンジニアの赤川新一さんをはじめ、スタジオで使用する人がかなり多くいらっしゃいました。そこで、スタジオ仕様のもの、スタジオのマスターレコーダとなるものを作ろうと企画したのがMR-2000Sです。ProToolsからの録音という用途のほかにもDATの置き換えとしてコンサートホールやライブレコーディングでのレコーダとしても使えるようにしています。

開発部技師の永木道子氏

永木道子氏(以下敬称略):今回、MR-1000と違う仕様にした点としては、リファレンスレベルの設定があります。MR-1000ではこれが-12dBに固定されており、ここに揃えるように出力側で調整しなくてはなりませんでした。マスターレコーダとして使うのであれば、それは不便だろうと-12dBから-20dBまで2dB刻みで設定できるよう5段階の調整を可能にしました。さらにアナログ段の入力レベル調整はデジタル制御しており、こちらは0.25dB刻みでできるようにしています。

藤本:ADC、DACのほうは変えているのですか?

永木:デバイス的には同じものを使っています。しかし、MR-1000にあったバッテリ駆動という制約がなくなったため、トータルでの性能を大きく向上させています。

佐野:レコーディングエンジニアの方からMR-1000は、マスターレコーダとして使用した際、音が収まりにくいという声を一部いただいていましたが、MR-2000Sではそうした問題も解消されているようです。見た目にはわかりにくいところですが、さまざまな面で性能を上げているのです。

藤本:内部に搭載されているHDDの容量が80GBとなっていますが、最近は1TBとか1.5TBといった大容量のHDDも安価に登場していることを考えると、ちょっと少ないようにも思うのですが?

永木:確かにパソコン用のHDDは大容量のものがでてきていますが、高品位なHDDを安定して供給できるという観点からこの80GBのドライブを選定しています。少なくとも2012年まで安定供給が可能なロングランで使える部材ということで選んでいます。また、マスターとして使う場合、通常1セッションずつバックアップを取ることになります。80GBだと5.6448MHzでレコーディングしても約14.6時間のレコーディングができますから、十分な容量であると判断したわけです。

藤本:ユーザーがこのHDDを交換したりすることはできるのでしょうか?

永木:保証の問題もあり、これはユーザーが取り替えることを想定したものにはなっていません。また、USBでPCと接続すれば、PC側からはマスストレージメディアとして認識できるため、簡単にバックアップを取ることも可能になっております。

藤本:MR-2000Sの登場と同時に、ソフトウェアのAudioGateも1.5にバージョンアップされています。これはどんなところを変えているのでしょうか?

ソフトウェアのAudioGateも1.5にバージョンアップ

佐野:Webのほうにも情報を載せていますが、まずはMRプロジェクトファイルに対応し、ファイルを直接読み込むことができるようになりました。これにより、プロジェクト・フォルダに含まれる分割ファイルが自動的に結合され、含まれるマークも取り込まれるようになりました。また、AACやAppleLosslessなど新たなフォーマット対応もしています。またステレオでレコーディングしたものを2つのモノラルに分けてProToolsへもっていくといったことも簡単にできるようになっています。

永木:また今回のコーデック追加に伴い、今後新たなコーデックを簡単に追加できるようなエンジン構造に変更するとともに、そのエンジン部分をブラッシュアップしています。これによりリアルタイムでの変換・再生がより安定するようになったのとともに、音質的に向上しています。

佐野:AudioGate 1.5はMR-1やMR-1000のユーザーも使うことができます。当社サイトからダウンロードしていただければすぐに使うことができるので、ぜひ試してみてください。



■ 赤川氏に聞く、DSDレコーディング作業について

レコーディングエンジニアの赤川新一氏(左)

 次に、MR-2000Sを実際に使って作業を行なっているという株式会社ストリップの代表、レコーディングエンジニアの赤川新一氏にも話を伺った。

藤本:MR-1000も利用されていたと聞いていますが、もともと赤川さんがDSDを利用するにようなったのはいつごろなのでしょうか?

赤川新一氏(以下敬称略):いまから3、4年前でしょうか。CPUベースのPyramixがリリースされ、これがDSDマルチで使えるということを知って、とりあえず買ってみたのが最初です。私自身、オーディオマニアでもあるんで、DSDには注目していたんですよ。使い方もよく分からないままに、インディーズのSACD/CDハイブリッドを2枚作ってみました。

藤本:Pyramixで直接レコーディングしたわけですか?

赤川:ええ、そうです。お金がふんだんにあれば、普通のレコーディングスタジオに機材を持ち込んで録るということになったんでしょうが、インディーズ制作で予算もなかったため、これをホールなどに持ち込んで作業しました。ただ、大問題が一つあって……。みんなProToolsに慣れているため、「あそこをパンチインさせてくれ」とかいうわけですが、DSDの場合、事実上パンチイン・パンチアウトといったことができない。またPyramixを使えるアシスタントもいないため、一日中自分でオペレーションしなければならず、疲れ果ててDSDのマルチはやめました。

藤本:その後、DSDは使っていなかったんですか?

赤川:その2枚の後は葉加瀬太郎氏のアルバムを1枚DSDで録音し、野崎美波さんのアルバムをフルDSDで録っていますが、その4枚ですね。で、そのMR-1000や今回のMR-2000Sというのは、直接DSDでレコーディングするというのではなく、マスター用として使っており、最終的にはほとんどがCDとして発売されるものとなっています。レコード業界、音楽業界ってとっても保守的ですから、SACDを作りたいというミュージシャンもほとんどいないんですよね。

藤本:実際、どのような利用法なのですか?

赤川:インディーズなど予算がない制作の場合は、ミキシング後、マスタリングまで私がやってしまうこともありますが、そうでない場合は、マスタリングスタジオに持っていき、マスタリングエンジニアに作業してもらいます。ところが、このマスタリングスタジオに持っていくための手段がないんです。ProToolsの内部バウンスで持って行くと音が変わってしまう可能性があるし、そもそも同じProToolsでも再生する機器によって音が違うため、いろいろ問題があるのです。MR-1000以前はそれでもProToolsのファイルで試行錯誤しながらやっていました。ProToolsのアナログアウトをProToolsのアナログインに入れてみたり、バウンスする際、外付けの別のHDDに入れてみたり……。その間、ProToolsの内部バウンスの性能も向上して、そこそこいけるものにはなったのですが、それでも音が変わってしまうという問題はあったのです。

藤本:そこでMR-1000が登場するわけですね。

赤川:そうです。ProToolsのミックスダウンした2chをアナログでMR-1000に入れ、それをそのままマスタリングスタジオに持ち込むわけです。とにかく目的は聴いている音をそのまま固定化して、マスタリングスタジオへ持っていくこと。録った機材をそのまま持っていって再生させるのが一番いいわけですからね。その意味でMR-1000は今まで使った機材の中ではとてもよかった。ただ、大きさ的に操作しづらかった。また、なんというか、収めにくい音なんですよね。そのまま聴いている分にはとてもいいんだけど、16bit/44.1kHzに落としにくいというか……。

藤本:それは、具体的にはどういう意味ですか?

赤川:MR-1000の場合、中高域に独特な密集感があるんです。そのまま聴いていると気にならないのですが、超高域が消えるとそこが目立ってくるんです。このことについてはKORGさんにも伝えていました。そんな中、上位機種のMR-2000Sを開発しているという話を聞き、みんな心待ちにしていたんです。ちょうどAESで発表された段階で試作機を触ってみました。その結果、その中高域の問題は解消され、とてもバランスがとれた機材になったと感じました。これは大きな進化です。またキャノンのイン/アウトが採用され、基準レベルが動かせるようになったため、MR-1000よりはるかに使いやすいですね。

藤本:MR-2000Sは据え置き型の機材ですが、これもマスタリングスタジオへ持ち込むわけですか?

赤川:ええ、こんなのとても小さい機材ですよ。ものによっては、もっと大きな機材とコンピュータを一式持ち込むことだってありますから、とてもコンパクトです。

藤本:レコーディング/ミキシング自体はProToolsを使って、それをMR-2000Sに落とすわけですよね。それぞれのサンプリングレートなどはどうしているんですか?

赤川:ProTools側は96kHzか88.2kHzをよく使ってます。一方、ミックスするときは、リバーブを卓で混ぜることが多くあります。この場合、96kHzよりも分解能があり、ミックスのDAが歪んで高次の倍音が出てくるのですが、それも音作りに使っています。それらも全部まとめていったんDSDの5.6448MHzに落とすわけです。これによって、非常に再現性の高い機材として利用できています。

MR-2000Sについて「使い勝手もかなり改善されたと思います」と赤川氏

藤本:使い勝手などはいかがですか?

赤川:大きくなったことも含め、使い勝手もかなり改善されたと思いますね。ただ難点を挙げると、バッグアップをするのにUSBでPCと接続して操作しなければならないこと。できればメディアにバックアップが取り出せるといいですね。ついでに、DSD用の高音質メモリーメディアとその箱なんか登場したら、すぐに買いますよ。

藤本:ありがとうございました。



□KORGのホームページ
http://www.korg.co.jp/
□製品情報
http://www.korg.co.jp/Product/DRS/MR-2000S/
□株式会社ストリップのホームページ
http://web.mac.com/strip_01/
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(2009年1月26日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by 藤本健]


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