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Netflixが「インターネットTV」になったCES 2016

日本の手応えは「想定どおり」。新エンコード技術も

 家電やテクノロジーが集まる場である「CES」において、主役はやはりハードウエアカンパニーである。だが、今年のCESでは、開催初日の基調講演を行なったのは「サービスカンパニー」であり「コンテンツカンパニー」であるNetflixだった。

CES基調講演に登壇した、米Netflixのリード・ヘイスティングスCEO

 世界190カ国展開を発表し、これからのグローバル展開をアピールしたNetflix。世界展開にあたり、アジア戦略や技術戦略などはどうなるのだろうか? アジア日本法人社長のグレッグ・ピーターズ氏と、米Netflix コンテンツ調達担当副社長のロバート・ロイ氏、そして、プロダクト・イノベーション担当副社長のトッド・イェリン氏に聞いた。

ユーザーの行動を見て改善、日本参入は「想定通り」評価

 まず気になるのは、日本でのサービス開始をどう分析しているかだ。

ピーターズ社長(以下敬称略):全体的には満足しています。少なくとも、私たちが提供したかったコアなコンテンツやコアな体験は、日本のユーザーにも興味深いと思っていただけているようです。

日本法人のグレッグ・ピーターズ氏(左)と、コンテンツ調達担当副社長のロバート・ロイ氏

 なにより重要なのは、彼らから貴重なデータが得られたことです。そこから、人々がどんなコンテンツを見ていて、どんなコンテンツのライセンスを得て、どんなコンテンツを作ることが必要で、どう体験を変えなければいけないか、マーケティング施策をどう変更すべきなのか……。非常に多くのことを学ぶことができます。そうして、サービスから得られる体験をずっと、ずっと良いものにしていこうとしています。改善の状況が皆さんからもみえるようならば、うれしいことなのですが。次にやるべきことをすばやく発見し、改善しようと心がけています。

 現状の日本での顧客獲得についても、満足すべき結果が得られていると思います。消費者にとって特定のポジションを得つつある、ということは疑いがありません。数も継続的に増えています。

 こうしたコメントは、Netflixが「データに基づく改善」をベースにした企業であるからだろう。サービス改善は重要だが、その根拠を徹底的に「ユーザーがどういう行動をしたか」に求めるのは、ネット企業らしいありようだ。

ロイ:我々は常に、ユーザーから学んでいます。すべての接続状況を見て、サービスの開発に生かしています。リアルタイムになにが起きているかを把握しています。

ピーターズ:消費者をいくつかのグループにわけ、それぞれでなにが起きているのかを把握するようにしています。非常に容易に、何百もの分析が得られます。

 日本でもローンチ以降、非常に多くの知見が得られました。どんなコンテンツが見られるのか、サインアップの時にどのような振る舞いをするのかなどです。社内で独立したチームが、それぞれの状況を分析して、改善を進めています。

 ひとつひとつの改善では、1%良くなる、2%良くなる、というレベルに過ぎません。しかしそれを数百回繰り返せば、非常に素早く、よりコンペティティブなサービスにしていくことができます。

 現状、Netflixは日本で「爆発的なブーム」を起こすに至っていない。だが、それは同社が当初から話していたこととも合致する。無理にマーケティング費を投下してブームを作るのではなく、感度の高いユーザーを中心にした層を集める、という考え方だ。筆者はそれでももう少し活気が欲しい……と思うが、同社としてはまだ緒に就いたところ、という分析なのだろう。

 ここからどうやって顧客を増やすのか? そして、他の事業者との競合をどう考えるのか? そうした質問をぶつけると、直接的な答えではないものの、次のような回答が返ってきた。

ピーターズ:競合には2つの方向性があります。

 消費者にとっての「競合」の意味を考えてみましょう。消費者には、エンターテインメントコンテンツとして、非常に多くのオプションがあります。ビデオを見る事も、無料のテレビを見ることも、本を読むことだって友達と電話することだって、カラオケで歌うことだって「エンターテインメント」の中では競合です。

 我々の仕事は、それらに勝る体験を提供することです。毎月毎月、料金にふさわしい体験を提供することです。

 もうひとつの「競合」はコンテンツという面にあります。ライセンスを取得したり、クリエイターと協業するための競合です。そうした競合はあらゆるマーケットで起こっています。

 そこで我々がすべきことは、「グローバルなオーディエンスを対象としている」ことをアピールし、他の事業者に対し競争力がある、と示すことです。

 日本でユーザーを増やすためには、Netflixのようなサービスの内容を理解してもらえるよう、認知を進めることです。

 日本の消費者は、無料でコンテンツが揃った地上波テレビ放送のエコシステムに慣れており、それを楽しんでいます。

 ですから我々は、Netflixが地上波とは全く異なる体験であることを知ってもらう必要があるのです。毎月料金を支払うという対価が必要になるものの、それを補って余りあるコンテンツと快適さを得られることを周知させなければなりません。

 ほとんどの人は、まだまだ、これがどんなものか知りませんし、どう動いているかもわかっていません。ですので、まず体験してもらい、周知を広げるところからはじめていきます。

コンテンツに50億ドルを投資、日本から「グローバル」へ

 Netflixにとって重要なのは、やはり「コンテンツ」だ。特に日本では、日本人に向けたオリジナルコンテンツの充実が求められている。そうした計画はどうなっているのだろうか?

ピーターズ:もちろん、拡充計画はありますよ!

ロイ:オリジナルコンテンツの追加は、グローバルに行なっています。あるものは日本から、あるものは他の国から、という形です。このモデルの特徴は、より幅広くコンテンツを調達できて、趣味趣向の幅に合わせた作品を揃えられる、ということです。

 日本でもオリジナルコンテンツ路線はとても効果的に働いており、日本国内での調達も、海外からの調達も加速します。

ピーターズ:ただし、いまはまだこれ以上のアナウンスはできません。ご存じのように、現在「火花」などを準備中です。後日のアナウンスをお待ちください。今日は話せませんが、たくさんありますよ!(笑)

 コンテンツを追加する時には、どのような点を考慮しているのだろうか? 特にオリジナルコンテンツ制作には、慎重な配慮が求められる。

ロイ:最初はその国のことを第一に考えます。メキシコでもブラジルでも、そうしたやり方をしてきました。ですが、そこからグローバル展開することで、新しいオーディエンスを獲得できるようになります。そこに、マーチャンダイズのアルゴリズムを組み合わせて、可能性を拡大するわけです。

ピーターズ:日本向けのショーはこれからもっと増えていきます。ターゲットにあわせたマーケティングは重要なのですが、そのターゲットの外からオーディエンスを探そうとする試みも、同様に興味深いと思います。

 すなわち、単に「その国のローカルなコンテンツを提供する」という視点でなく、世界に向けたグローバルなコンテンツとして調達する、という発想であるわけだ。この点は、リード・ヘイスティング氏による基調講演でも強調された点だ。

 特に日本では、フジテレビとの提携によるコンテンツ調達が話題だった。その点、今後の展開はどうなるのだろうか?

日本ローンチ時にはフジテレビと共同で「テラスハウス」新作も公開。基調講演でもごく短時間だが紹介された

ピーターズ:現在フジテレビとコンテンツ制作とライセンス調達について密接な関係をもっていますが、日本で愛される作品を用意する上では、非常に有効な関係だと評価しています。

 一方我々は、そうしたショーが日本の外の国々でも愛されるよう、活動を始めています。そういう点においても、フジテレビとの関係は非常にエキサイティングなものです。

 我々としては、こうしたモデルを他のテレビ局にも広げたいと思っています。テレビ局だけでなく、独立系のコンテンツクリエイターや制作スタジオを含めた、あらゆるコンテンツ制作者に対してです。

 ローカルなテレビ局との関係というのは、日本に限らず進めているものです。

 グローバルでのコンテンツ調達、すなわち「グローバルインターネットTVサービス」としての立ち位置は、Netflixが強調したい点なのだろう。一挙にサービス地域を広げ、中国などの一部地域を除くと、ほぼ世界中で展開するサービスとなったのは、Netflixだけである。それを強みに、他のサービスとの差別化を図りたいのだろう。一方で、「アメリカからのコンテンツで攻める」ことに対するアンチテーゼである、という点も、彼らが考えていることだ。

ロイ:当たり前のことですが、ハリウッド以外にもたくさん、すばらしいコンテンツがあるんです。メキシコで作られた作品でも、世界中から支持を得ている。素晴らしいストーリーは、どの国にいっても素晴らしいストーリーであることに変わりはなかったのです。

ピーターズ:「ナルコス」がもっとも良い例でしょう。コロンビアで撮影され、ブラジル人俳優が主役を務め、ライターチームと撮影サポートをアメリカが担当しました。非常に多くの才能が集まって撮影された作品ですが、全編の半分はスペイン語です。しかし、作品は世界中で視聴されています。

 これは、コンテンツ制作における国境が失われた、歴史的なことだと感じます。どこから出てきた人が演じようと、どこで生まれたストーリーであろうと、それが本当に素晴らしいものであり、視聴環境が整っていれば、人々は見てくれるのです。

 2016年、Netflixはコンテンツ調達に50億ドルを使う。これは「オリジナルとライセンス調達コンテンツの両方」(ロイ氏)を合わせた額に相当する。一部報道で、「ライセンス調達額を減らし、オリジナルに特化する」との戦略が伝えられたが、ロイ氏は否定する。

Netflixのオリジナルコンテンツのタイトル名。2016年だけで30作品を用意中という

ロイ:カタログコンテンツはいまも今後も、長期的に見て非常に重要なものです。コンテンツの多様性を確保するためにも、カタログコンテンツのライセンス取得には費用をかけ、より活発にしていきます。この先ずっとです。

 オリジナル作品への投資は急速に増えています。しかし、カタログコンテンツのライセンスも同様に増えているのです。片方が増えたから片方を落とす、ということではなく、両方にさらに投資をするのですが、オリジナル作品への投資の方が多い、ということなんです。

 一方、日本においては皮肉なことに、「Netflixオリジナル」の象徴ともいえる「ハウス・オブ・カード 野望の階段」がNetflixで配信できていない。理由は、配信ライセンスを得られていないからなのだが、この点については「まだ進展がない」(ロイ氏)とのことだ。

基調講演でも紹介された、Netflixオリジナル路線の象徴ともいえる「ハウス・オブ・カード 野望の階段」だが、日本のNetflixではまだしばらく見れそうにない

ロイ: 2016年には30のオリジナルシリーズ制作を計画中で、すべて合わせると600時間分を越えます。

 オリジナル作品の中には、連続ドラマだけでなく「ムービー」シリーズも、ドキュメンタリーもあります。楽しみにお待ちいただければ、と思います。

Netflixを支える「ビッグデータ」と「コンテンツ発見」技術

 Netflixは「世界最大のインターネットTVネットワーク」になった。これまで同社は「SVOD」「ストリーミング」といった言葉の方を使うことの方が多い印象だったのだが、CESからは好んで「インターネットTV」という言葉を使い始めたように感じる。これは、同社がこれを機会に「自社が映像の世界でパラダイムを変えた存在だ」ということをアピールしたい、という意識の表れだろう。同社はコンテンツ企業であると同時に、技術の会社でもある。

 技術担当のイェリン氏は、Netflixが大きくなるとともに走ってきた人物でもある。

イェリン:私が入社したのは10年前のことです。ストリーミングについては、2007年に小さな、PC向けに限定されたものでスタートしましたが「インターネットTVサービス」になることを旗印に使い方を変え、コンテンツの多様性を拡大し、大きなパラダイムチェンジを果たしました。

米Netflixプロダクト・イノベーション担当副社長のトッド・イェリン氏

 私たちが最初に取り組んだのは「コンテンツの発見を簡単にする」ことです。数千・数万のタイトルがありますが、そこから好みのものを見つけるのは容易ではなく、それぞれが違う好みを持っています。

 そこで、各アカウントには5つまで、無料でプロファイルを設定できるようにしました。

 なぜかというと、2つの理由があります。

 個人それぞれには違った好みがあり、それを学習する必要があるからです。常にアクセスするのは40から50、というところですが、それらに好みのものを上手く出してあげる必要があります。その選択アルゴリズムは「なにを見たのか」によって決定されています。

 2つめの狙いは、そうしたデータから「どういったコンテンツのライセンスをうけるべきか」を判断するためです。

 Netflixはビッグデータの会社、と言われる。重要なのはその使い方だ。

イェリン:Netflixは、テクノロジーとコンテンツがハイブリッドになった会社だと思っています。テクノロジーとエンターテインメントがユニークな融合を果たした会社なので、ここまで成功したのです。ハリウッドはすばらしいコンテンツを作りますが、テクノロジーをもっているわけではない。シリコンバレー・タイプの会社は、素晴らしいテクノロジーはあるが、コンテンツを生み出すのは難しい。

 私たちがいつも考え、私もデザインチームに指示しているのは「つねにシンプルである」ことです。非常にたくさんの複雑な事象が、シンプルな外見の内側に隠れています。しかし利用者は、そんな複雑な部分を知りたいとも使いたいとも思っていないのです。

 例えば操作画面をみてください。デザインの観点でいえば、シンプルです。それぞれの段にコンテンツがあって、移動すれば選択しているものの中身が一番上に表示されます。ちょっと時間が経過すると、そのコンテンツに関する違うイメージが出てきます。このデザインを決める時にも、私たちはABテストを大量に繰り返しています。イメージの出方にしても、タイトル数にしても、クリックしてタイトルの詳細に入った時の画面にしても、です。

 いまテレビ向けの実装では、タイトル詳細に入ってしばらく待つと、どこかをクリックしなくてもコンテンツの再生が始まるようにしています。これは、半年前には実装していなかった機能です。

 いくつかの国や地域では、静止中に番組のトレイラーが流れるようになっているはずです。これもテスト中で、今後全体に広がります。

 特に、正しい人に正しいコンテンツをマッチさせる方法については、たくさんの検討を重ねました。

 多くのサービスでは、そのためにたくさんの質問を重ねます。なにが好きかのアンケート調査を重ねてデータをとるわけです。朝、気になるアプリの広告をラジオで聴いたのでダウンロードしてみたんですが、あまりにたくさんの項目のアンケートに答えねばならないので、いやになってしまいましたよ(笑)。

 しかし、我々はほんの少ししかアンケートをとりません。それでも大丈夫なんです。我々が検討の末に見つけたのは、「あなたがなにを見たいかは、これまでに見た作品が語ってくれる」ということです。昨日見たのはシリアスな政治ドラマだけど、今日はすっごい馬鹿馬鹿しい、大男が全身タイツで泥の中を転げ回るようなコメディかもしれません。……あ、そんなコメディが大好きだったら、ごめんないさいね(笑)

 最適なパーソナライズを得るための方法は、皆がなにを見ているかを注意深く知る事です。見たいとおもうコンテンツの80%は一般的なレコメンデーションから提示できますが、残り2割は、コンテンツを探して、実際に「プレイ」ボタンをクリックして見始めるまでのあなたの行動から得られます。その時間帯の行動履歴がきわめて重要です。それを我々は「コールドスタート」と呼んでいます。特に使い始めて最初の数日間のものが重要なのですが。

 Netflixは、映像に大量の「タグ」をうち、それを解析の助けとしている。そうしたものはどう使い、人々の好みを抽出しているのだろうか?

イェリン:CESなど多くの場所で「パーソナライズの秘密を教えて!」と言われます。

 レッスン1はすでに言いましたね(笑)、顧客がなにを見ているかを知ることです。

 そしてレッスン2は「タグ」です。重要なのは、タグを使うだけでなく、Netflixのビッグデータを使い、タグで人々を「ユーザー種別」に分類することです。

 ある人が、非常にコアで血塗れな映画を好んだ、としましょう。別の人はロマンティック・コメディを好む。しかし、自分のことを考えると、どちらかしか見ない、ということはなく、その時のムードで別のものを見ます。サイエンスドキュメンタリーを見る事もあれば、バカバカしいコメディの気分の日もあるでしょう。

 人々の趣向はとても複雑です。少数のペルソナで出来上がっているものではなく、何百ものペルソナの集合です。グローバルに見れば、ある国に住んでいる人々は、ある程度まとまった近しいクラスターに属しています。日本なら日本、韓国なら韓国、オーストラリアならオーストラリア、という風にです。人々は複数のクラスターに属しており、そのミックスで趣向ができあがっています。

 タグは重要です。我々は何百ものタグを用意して、使っています。「ハッピーエンド」「強い女性キャラクター」「ちいさいサルが出てくる」とか(笑)。とにかく、たくさん、たくさんのタグがあるのですが、ビッグデータによるクラスタリングを行なう上で重要なのは、それぞれのクラスターがどのような趣向を持っていて、それぞれにどんな関係を持っているかを把握することなのです。

帯域削減のための「新エンコード技術」。モバイルでも「オンライン」

 もうひとつ、Netflixのテクノロジーカンパニーとしてのポイントは、「大量のデータをいかに処理するか」ということだ。

 6,500万人を越える顧客からの映像リクエストを捌くのは容易なことではないし、帯域も大変なものになる。「ネットただ乗り論」がでることもあるが、同社も帯域削減や効率化の努力を進めている。なにより、それが自社と顧客の利益に直結しているからだ。

イェリン:我々はインフラにアマゾンのクラウド、AWSを使っています。AWSは世界中に拠点があり、グローバル展開する我々のような存在には重要です。シリコンバレーにひとつの巨大なサーバーがあって、そこが火を噴きながらサービスを提供しているわけではないんですよ(笑)。そして、各国のISPとも協力関係にあります。

 それぞれの国ではそれぞれ違うスピードのインターネットが使われています。しかしそれ以上に重要なのは、家庭によっても、利用者によっても使う回線速度が異なっている、ということです。インターネットTVを提供する我々の基本として、「動画の再バッファリング」が起きないような仕組みが必要なわけです。古典的なテレビと違い、インターネットTVでは、デバイスも回線も視聴形態もまちまちで、ずっと多くのバラエティがあります。クオリティをマッチさせて配信する必要があります。

 そのためにいくつかの技術を導入していますが、まずは「アダプティブ・ストリーミング」です。他社も導入していますが、コアな技術のいくつかは我々だけが使っています。コンテンツを取得した後、我々はいくつものレシピに従ってエンコーディングをします。ひとつはきわめてハイクオリティなもので、今年の後半に向けてHDRのテストもしています。非常にすばらしいものですが、15から20Mbpsもの帯域を必要とします。ですので、HDクオリティ(2K)のエンコードを複数用意し、DVDクオリティのものも用意します。多くの人々には、このくらいで満足でしょう。さらに、画質は劣りますが許容出来る範囲で帯域の小さなデータも用意します。視聴をはじめると、数秒で帯域を計り、その速度でもっとも良い品質で再生できるものを再生します。誰かが家庭内で仕事を始めて帯域が足りなくなったら、それを把握し、送信する映像の帯域も自動的に落とします。それが警告されることもありませんし、スクリーン上での変化もありません。単にちょっとクオリティが落ちるだけです。帯域に余裕が戻れば、またクオリティも元に戻ります。

 画質面では「4K」「HDR」の導入だが、その背景では、より大がかりな開発計画が進行中だ。

イェリン:また現在、いくつかの大学と共同で開発をすすめているのが「Complexity Based Encoding」です。これはNetflixのための新しく、特別なものです。アメリカで今月から利用が開始され、世界中に広がります。

 Complexity Based Encodingがどのように働くかというと、我々のサービスの歴史をみて、さらに、他のネットTVサービスやケーブルTVもチェックし、その映像がどのくらいネットのパイプの中を流れたかを確認し、そこから得られた知見を生かしたエンコーディングを行ないます。

 例としてわかりやすいのは、キッズ向けのアニメです。多くのキッズ向けコンテンツはシンプルなアニメ(Cartoon)です。空は青のベタ塗りで、現実の空とは異なります。例えば……(画面を指して)ここに表示されている「My Little Pony」は、シンプルですがとてもかわいらしい描線で描かれています。これを、いままで通り「ハイクオリティに送信」しようとすると、非常に高いビットレートが必要になります。DVDクオリティでの配信とHDクオリティでの配信では、画質の差以上にビットレートを使っています。

 しかし、同じアニメでも、美麗な背景と微細な表現を使い、様々なものが飛び回るような作品では、もっともっとビットレートを割く必要があります。

 我々は、転送帯域を無駄にしたくありません。我々がロールアウトしようとしているエンコーディング技術では、20%の帯域削減が可能となり、いままでの80%の帯域で、いままで以上に高いクオリティを確保できます。数年前に発案したアイデアを使い、ハイクオリティと低ビットレートを実現しました。もっと帯域を必要とするコンテンツに対し、より高い帯域とハイクオリティな映像・音声を提供したいのです。

 Complexity Based Encodingがどのようなコーデックを使っているのかを明かすことは、私の職域の外にあります。HEVCのようなスタンダードなものか、まったく新しいものなのかもコメントできません。ただし、私たちはこれまでいくつものスタンダード技術を使っており、関係各位と協力しながら進めています。私たちは多数のユーザーを抱えていますので、そうしたコンソーシアムの価値を先に進めるためにも有用かと思います。

 もう一つの問題は「モバイル」だ。移動しながらの視聴は重要な要素である。日本のように電車内で見ることもあれば、飛行機での長時間移動で必要になることもある。その点はどうだろうか?

イェリン:現在、いくつかの航空会社と組んで、飛行機の中での視聴を実現しようとしています。すでにヴァージン・アメリカの機内では、Netflixが視聴できます。これは衛星を使って転送したデータを機内でキャッシュすることによって実現しています。

 もちろん、オフラインウォッチのことも考慮してはいます。常にテストしており、改善を考えてはいます。

 しかし、オフライン対応は、すぐにどうこう、という話ではありません。実際のところ、必ずしもプライオリティの高い課題とは捉えていません。

 3G・4Gネットワークの帯域問題は重要です。しかしNetflixを見る際には、多くの人がWi-Fiを使っている、と統計で分かっています。

 ただそれは、そういう使い方に習熟した人々の場合です。私の場合には、家庭ではWi-Fiネットワークから使います。しかし「あと5エピソードで終わる。どうしても今見てしまいたい」という人のために、モバイルネットワークサポートは絶対に必要です。

 また多くの国では、Netflixはテレビから視聴されています。しかし日本については、モバイル機器からの、モバイルネットワークからの視聴がもっと多く、そのニーズが全体をリードしています。そのことはもちろん認識しています。韓国も同じようなトレンドをおいかけています。

 しかし、インターネットの歴史を見れば、どんどん、いつでもどこでも接続可能な世界になってきているのが実情です。Wi-Fiの存在はその典型ですし、3G・4Gネットワークも一般的になりました。そんな中でいかに帯域を無駄にせず、負担をかけずに視聴できるようにするか、という点を優先したいと考えています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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