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第15回:迷信だらけのデジタルオーディオ[特別編]


~ メディアメーカー「太陽誘電」に聞く、CD-Rの音質変化 ~



今回、ご協力をいただいた、太陽誘電株式会社 営業本部 記録メディア商品企画部 合田裕彦氏
 Digital Audio Laboratoryの初回から第7回まで扱ってきた「音楽CDをCD-Rにコピーしたら音質は劣化するのか」というテーマ。ここでの実験とは別に、メーカー側はどう捉えているのかということで、前回はドライブメーカーであるプレクスターへのインタビューを掲載した。今回は、メーカーインタビューの第2弾として、メディアメーカーを代表し、CD-Rそのものの生みの親でもある太陽誘電に登場願った。

 当日は、太陽誘電株式会社 営業本部 記録メディア商品企画部 合田裕彦氏にお話しいただいた。(以下、敬称略)。


■ CD-Rの立ち上げから12年

藤本:太陽誘電の「That'sブランド」は、業務用途においてはもちろんですが、マニアユーザーにも人気が高いですよね。音楽用途としても、非常に高い支持を得ていると思うのですが、まずは御社のCD-Rの歴史を簡単に紹介していただけますか?

合田:当社がいちばん最初にCD-Rを発売したのは12年前の'89年です。63分タイプのCD-Rで「That's CD-R63Q」というものでした。

 もっとも、CD-Rを取り巻く状況は今とはまったく違い、書き込むドライブ自体、一般に市販されているものではありませんでした。使われていたのは、「CD-WO(CD Write Once)」という規格のドライブで「SONY CD-W1/E1」です。また、Sonicの業務用デジタルオーディオ編集システム「Sonic System」といったものも扱っていましたが、いずれにせよ数百万円の機材でありましたし、業務用途として用いられていました。

 もちろん、書き込み速度は標準速です。そして、その多くが音楽用として使われていたと思います。また、当初は記録メディアも一般での市販はしておらず、総販売元である株式会社スタート・ラボが、ドライブとメディアの双方を扱って、サポートしながらの販売を行なっていました。

【年表】
業界の動き太陽誘電の動き
1981Red Book (CD-Audio) 発表 
1982  
1983  
1984  
1985Yellow Book (CD-ROM) 発表CD-R開発に着手
1986Green Book (CD-I) 発表 
1987Blue Book (CD-WO) 発表Blue Book対応メディアを開発
1988 CD-R開発に成功
1989Orange Book 発表
(PartIがCD-MO、PartIIがCD-WO)
CD-R量試開始
Start lab. 設立
1990第1世代CD-Rライター発表CD-R量産開始
1991  
1992等速CD-ROMライター発売 
19932倍速CD-ROMライター発売
ハーフハイトCD-Rライター(等速)登場
CD-R Printable 発売
ISO9001取得
1994CD-R倍速記録対応の標準化(Orenge Book Ver.2 )
ハーフハイト倍速・4倍速CD-Rライター登場
 
1995CD-Rライターの価格帯が1,000ドルへ4倍速記録対応に伴いラインアップ変更
1996CD-Rの普及促進を目的にOrenge Forum 発足
CD-Rライター500ドルへ
ザッツ福島で量産開始
1997ドライブ、メディア価格の低下と市場の急増 
1998CD-R4倍速記録対応の標準化(Orenge Book Ver.3 )
8倍速記録機発売、コンシューマ用オーディオ記録機発売
8倍速記録対応に伴いラインアップ一新
199912倍速記録機発売DVD-R for Authoring 発売
200016倍速記録機発売16倍速記録対応に伴いラインアップ一新
200124倍速記録機発売24倍速記録対応に伴いラインアップ一新



■ ソニーとの合弁会社「スタート・ラボ」

藤本:確かに、今とはまったく状況が違いますね。では、そのスタート・ラボというのはどんな会社なんですか?

合田:スタート・ラボは太陽誘電とソニーの合弁会社で、'89年に設立された企業です。現在においても太陽誘電のCD-R製品はすべてスタート・ラボ経由で販売しています。

藤本:なるほど、3社はそういう関係にあったんですね。That's CD-Rのパンフレットを見ても、「販売に関するお問い合わせ:スタート・ラボ」となっていますね。

合田:その後、'91年には74分CD-Rである「That's CD-R74Q」を発売し、'92年には2倍速ドライブである「SONY CDW-900E」の発売に合わせて、2倍速に対応。'95年までは、メディアに金を用いていたこともあって、価格も3,000円と高価でした。

 それから、'95年に4倍速、'98年に8倍速、2000年に16倍速、さらに2001年に24倍速……と、ドライブの高速化とともにメディア側もどんどん高速記録に対応させてきました。またその過程において、CD-Rレーベル面にインクジェット印刷を可能にしたプリンタブルモデルや、カラー印刷対応のホワイトプリンタブルホワイトのモデルなどラインナップを増やしてきています。

 ただし、この高速化対応における当社のポリシーとしては過去との互換性を保ちつつ、高速を目指すということです。つまり、新しいメディアを出しても、必ず既存のドライブでの書き込みを可能にしています。最近の他社さんのメディアでは、高速での書き込みは大丈夫でも、低速での書き込み性能が低いものがあります。しかし、当社の製品は現行商品においても標準速からカバーしているのです。もし標準速でダメだったら、生産できないし、開発に差し戻しということになります。

藤本:金を使っている話や標準速での書き込みについては、じっくりお話をお伺いしたいですね。でも、その前に、ドライブメーカーとの関係について、ちょっとお聞きしたいのですが、スタート・ラボがある関係上、ソニーさんとのつき合いが中心となっているんですか?

合田:そんなことは決してありません。確かに、スタート・ラボは当社とソニーの合弁会社ではありますが、太陽誘電自体は各ドライブメーカーさんそれぞれと綿密に連携をとりながら製品化を進めています。


■ データ用とオーディオ用のメディアの違いは?

藤本:では、本題に入りますが、That'sブランドのCD-Rにおいても、データ用とオーディオ用のラインナップに分かれていますが、この2つの間で違いというのはあるのでしょうか?

合田:データ用とオーディオ用の違いは、音楽著作権使用に関する補償金のコードが書かれているか否かの違いのみです。当社では基本的な設計でデータ用、音楽用は分けていません。標準速の書き込みからカバーしているので、分ける必要はないのです。設計は共通です。

 ただし、音楽用途ということで、オーディオ評論家の先生方に音を聴いてもらっており、原音に忠実であるとの評価をいただいております。またユーザーがCD-Rを粗雑に扱っても記録面に傷が付かないようにセラミックコート加工を施しています。

藤本:他社さんの場合、明確に音楽用途としてのCD-Rメディアを開発しているところもあるようですが、太陽誘電さんの場合は、そうしたことはしていないということでしょうか?

合田:はい。私どもの評価としては、記録信号の精度がどうか、ジッターがどうか……といったことには非常に注目して製品開発、生産、品質管理も行なっています。しかし、こうしたパラメータとは別に、これだから音がいいという結果に結びつく要素については、よくわからないのが実際のところです。そのため、データの記録をより高精度で行なえるよう努力してはいますが、特別に音に対してのみの対策しているわけではありません。

 いい音の定義というのは、主観が入ると思うのでちょっと置いておきますが、きれいな信号について考えると、ピットの形状がしっかりしている必要があります。つまり、ピットの形状がどのようにできるかがポイントだと思っています。

 CD-Rに対して単にレーザーを照射しただけでは、ピットの形状は楕円系になります。これをプレスCDの形にいかに近づけるか。つまり、いかにして直角にするかというのが大きなポイントとなるのです。これが悪いと、結果としてジッターが起こり、そこから発生するエラーが出てくるわけです。

 これはウォブルの溝に対してピットがある写真(右図)です。厚さ1.2mmのCD-Rメディアの内側を深度を見ることが可能な顕微鏡で読み取ったものでちょっと見づらいのですが、このピットの形状が重要なのです。ここにあるものは、非常にきれいに四角くででていますが、これがきれいにできていないと、楕円系になって見えたりもするんです。

 また、アイパターンも重要ですね。アイパターンがすべての信号を表しており、工場での管理ということでは、ここから読み取る各数値が基準値内であることを確認して出荷しています。


■ 最近の太陽誘電メディアは音が悪くなったの?

藤本:その基準値について、もう少し詳しく教えてください。CD-Rに関する電子掲示板などを見ていると、よく「昔の太陽誘電のメディアはいい音がしたけど、最近のは悪くなってる」といったことが書かれています。雑誌や単行本などでも、そんな内容を書いてあるものもあります。「金を使ったメディアのほうが音がいい」なとどいう内容です。
 まあ、現在でも他社から反射層に金を使ったメディアが売られていますが、それが必ずしもいい音ではないため、絶対金がいいという風潮ではなくなったようにも思います。こうした点について、御社ではどのように考えていますか?

合田:基準値というか、管理レベルという水準ではこれまで一貫しており、変えたことはありません。測定機を用いてチェックしていただければわかると思いますが、昔のメディアも今のメディアもエラーレート、ジッターはすべてある基準値内に収まっています。

藤本:平均を比較したら、低下しているといったことはないんですか?

合田:そんなことがあればメーカーとして大問題になりますよ。そうしたことがないのに、なぜ、そうした噂が流れるのが不思議に思うのとともに、困惑しているというのが実際のところです。その根拠がわからないのです。

 ただ1つは考えられるのは、昔とはドライブが同じではないということです。また、同じドライブを使っていても、経年変化によってレーザーも劣化して出力が落ちていきます。意識しないで過酷な使い方をして、結果として音が悪くなっているのではないか? そうした問題を取り除いたうえで、メディアの音質が本当に落ちたのかどうか知りたいところです。もちろん、われわれはそんなことはないと確信しておりますが。

藤本:そうですね。たとえば、前出の「SONY CDW-900E」ですが、マスタリング用のCD-Rドライブであったということもあって、いまだにマニアの間では珍重されています。しかし、「現存するCDW-900Eの音は悪い。というのも、レーザーが劣化しているから、昔とは状況がちがう」という話を、他社からも伺いました。

合田:レーザーが劣化したCDW-900Eで、昔と今を比較されて差が出るのは当然でしょうね。また、マスター用という意味では当社でもそうした製品を出していますよ。


■ マスターディスクも板は同じです

藤本:あの高い「マスターディスク用」ですよね。これは、ほかのCD-R製品とどう違うのですか?

合田:CD-Rメディアも工業製品ですから、品質にはバラツキがあります。こうした中で、特別に厳しく管理したものをマスターディスク用としているのです。つまり、さきほど基準値の話をしましたが、この基準値を100点満点の70点としたとき、95点以上のものだけをマスターディスク用として採用するといった感じです。そのためエラーレート、ジッターが少なくなりますが、当然価格は高くなり、実売価格で3倍以上になってしまいますね。

藤本:ということはマスターディスク用も含めて、同じ工場のラインで同じように生産しているというわけなんですか?

合田:そうです。板としては全製品共通。ディスクによって書き込み性能が違うというわけではないのです。実際ドライブからみたら、いま出ているものはすべて同じコードになっています。

藤本:昔からずっと同じなんですか?

合田:同時期の製品は全部同じですが、世代がいくつかありまして、この世代が変わるとコードも含めて全製品ストラテジーが変わってきます。もう、まもなく新世代の製品に変更する予定ですが、世代が同じであれば金色ラベルのものもセラミックコートも、音楽用もマスターディスク用もすべて同じなんです。

 ただし、先ほどの話をした基準値はかなり厳しくして作っていますし、当社のメディアはすべて国内で生産しています。国産メーカーとしては最後の砦ですね。うちが国内生産をやめたら、国産のCD-Rはなくなってしまいますから。


 ということで、約1時間半ほど上野にある太陽誘電本社にてお話をお伺いした。音についても、評価の高い太陽誘電ではあるが、音については特別な対応をしていないという点はちょっと意外でもあった。

 また、昔のメディアのほうが音が良かったという噂はよく聞くが、太陽誘電としては「一切基準値を落としておらず、そうしたことは断じてない」という発言にはちょっと安心もした。

 ただ、こうした噂の根拠がどこにあるのか、またレーザーの劣化と音の関係なども含め、まだ追うべきテーマはいろいろとありそうだ。


□太陽誘電のホームページ
http://www.yuden.co.jp/
□スタート・ラボのホームページ
http://startlab.co.jp/

(2001年6月18日)

[Text by 藤本健]


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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