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第16回:MP3の新規格「MP3PRO」を検証する


~ 互換性はあるし、確かに音はいい!! ~


 以前から登場が噂されていた「MP3PRO」が、6月14日についに姿を表した。まだデモバージョンということで64kbpsでのエンコードしかできないなど、全貌がつかめるわけではないが、とりあえず誰もが使うことが可能となった。早速、その性能をチェックしてみた。


■ ついに登場した「MP3PRO」

 いまやMP3は広く普及し、圧縮オーディオのデファクトスタンダードとなっている。ただ、その競合も数多くあり、メジャーなものだけでもMicrosoftの「WindowsMediaAudio」をはじめ、ソニーが開発した「ATRAC3」、またMPEG-2やMPEG-4で採用されている「AAC」、さらにはNTTが開発した「TwinVQ」などがある。

 これらと比較してMP3が音質的に劣るかというと、128kbpsでエンコードした場合には他の圧縮フォーマットに勝るとも劣らない。もちろんエンコーダの性能にもよるが、なかなかいい音が出るのだ。しかし、ビットレートを落とすと一気に音質が劣化する。たとえば半分の64kbpsに落としたとき、WindowsMediaAudioと比較すると明らかに音が悪い。

 いち早く登場したフォーマットであるだけに、後発のものと比較すると音が悪くなるのはしかたないところ。しかし、MP3陣営はこの低ビットレートでの音の悪さを払拭するため、「MP3PRO」なるものを開発。6月14日に、フランスのThomson multimediaが正式発表を行なった。Thomson multimediaという名前を聞いたこともない、という人もいるかもしれないが、ドイツのFrounhofer IIS-Aと共同でMP3関連の数多くの特許を握るMP3の開発元である。

 同社の発表資料によれば、MP3PROは従来のMP3と上位・下位の双互換性を持つフォーマットであり、低ビットレートでも高音質が出るように作られているとある。具体的には、64kbpsでもMP3の128kbps程度の音質を出せるという。

 この双互換性というのは、従来のMP3ファイルをMP3PROのデコーダでも再生できることはもちろん、MP3PROでエンコードしたファイルを従来のデコーダでも再生可能という意味。もちろん、MP3PROの高音質を実現するためには、MP3PROのデコーダで再生しないとダメだ。


■ 互換性はあるし、確かに音はいい!!

 余談になるが、先週16日に友人の結婚式に出席した。この際、同じ友人としてミュージシャンのEPOも出席しており、最後に「キミとボク」という曲を自らアコースティックギターを弾きながら披露してくれた。以前、朝のテレビ番組「ポンキッキーズ」で鈴木蘭々が歌っていた曲なのだが、とっても気に入ったので、週明けにCDを買ってきてしまった。

 せっかくだから、この曲をMP3PROの題材として、会社で30分ほど使ってみた(筆者は平日はサラリーマンとして仕事をしている)。すると、面白い結果が得られた。

 まずThomson multimediaのサイトからそのデモ版のMP3PROのソフトをダウンロード。「RCA mp3PRO Audio Player Ver1.0」というもので、サイズはちょうど1MB。OSはWindows 9x/Me/NT/2000に対応する。

 インストールして起動してみると、かわいい感じのプレーヤー画面が表示される(画面1)。スキンにも対応しているようで、画面2のように替えることも可能。また、画面2のデザインではグラフィック・イコライザを表示させて使うこともできる(画面3)

画面1 画面2 画面3

画面4
 早速、試してみようとエンコーダを起動させると(画面4)、CDからのリッピング機能がなく、一旦アルバムから「キミとボク」をWAVファイルとしてHDDに保存。その後改めてエンコードした。

 設定項目もほとんどなく、ファイルを選んだ後の操作はボタンを1つクリックするだけ。これによって、拡張子mp3というファイルが完成した。すぐにこのプーイヤーで再生したところ、なかなかいい音で再生される。Sound Blaster Live!の音をステレオイヤフォンで聞いているだけだし、そもそも聞き込んでいる曲ではないので、微妙なニュアンスなどはよくわからない。しかし、第一印象はとても良好。

 試しに通常のMP3プレーヤーで再生させるとどう変わるのかと思い、Windows Media Player 7を用いて再生させたところ、「えっ?」と思うほどひどい音になる。あまりにも音の抜けが悪く、チャチな再生環境においてもはっきりと違いがわかる。

画面5
 ID3 Tagに関しては、MP3とも完全な互換性を持っているようで、RCP mp3PRO Audio Playerで設定したものが(画面5)、そのままほかのプレーヤーでも反映された。

 さらに、手元にあったポータブルプレーヤー「Rio500」へデータを転送してみたところ、確かにRio500でも再生できる。音のほうはイマイチではあるものの、確かに互換性があることが確認できた。


■ MP3の128kbpsや64kbpsと比較する

 こまでが、とりあえず使ってみての結果。では、実際どんな音になっているのか、今までのDigital Audio Laboratoryと同じように周波数分析を行ってみることにした。題材は以前使ったものと同じTingaraの夜間飛行という曲の中の45秒。

 オリジナルCDをefu氏のWaveSpectraで分析したものが画面6だ。赤い線がピーク、青い線がアベレージを示している。また、画面7はFraunhofer IISのエンコーダを搭載したジャストシステムのMP3 BeatJam XX-TREMEで128kbps(高速モード)でエンコードした結果である。

 これに対してMP3PROの64kbpsの音がどうなっているかを示したのが画面8である。これを見る限り確かに通常のMP3の128kbpsの波形に似ている。が、実際に聞き比べてみると128kbpsの音のほうがかなりいい。MP3PROの方は、どうもメリハリがないというか、音がつぶれてしまっている印象なのだ。

 ここで試しにMP3 BeatJam XX-TREMEで64kbpsでエンコードしたものと比較してみることにした。その結果が画面9だ。音に出して聞くと確かにだいぶ音質は落ちている。実は、通常のMP3の場合64kbpsにすると、サンプリングレートは自動的に22.05kHzに設定されてしまうため、これも音質劣化の大きな要因となる。なお、22.05kHzの状態でWaveSpectraにかけると、横軸が11kHzまでになり、比較しにくいのでSoundForge5.0を用いて22.05kHzを44.1kHzへリサンプリングしている。

 さらにもう1つ行なった実験が、MP3PROでエンコードした64kbpsのファイルをそのまま通常のMP3として再生させるとどうなるかというもの。この場合もやはり22.05kHzになってしまうわけだが、結果は画面10。見た目もそうだが、聞いてみても通常のMP3の64kHzよりもかなり悪い音だ。上限が8kHzまでしか出ていないので、誰が聞いても悪く聴こえる。

 ここからわかるのは、確かにMP3PROはMP3と上位・下位に対する互換性を持っている。しかし、MP3PROの音を通常のMP3プレーヤーで再生させると“聴こえるだけ”で、音質は従来のMP3の64kbpsと比べても落ちるということだ。

【画面6】
オリジナルデータ
【画面7】
MP3エンコード(128kbps)
MP3再生
【画面8】
MP3PROエンコード
MP3PRO再生
MP3PROでエンコードし、MP3PROで再生すると、かなりMP3の128kbpsの波形に近くなる。しかし、聞き比べてみると128kbpsの音のほうがかなりよく、MP3PROはメリハリがないというか、音がつぶれてしまっている印象

【画面9】
MP3エンコード(64kbps)
MP3再生
【画面10】
MP3PROエンコード
MP3再生
MP3PROエンコードしたファイルを通常のMP3として再生させると、通常のMP3の64kHzよりもかなり悪い音。上限が8kHzまでしか出ていないので、誰が聞いても悪く聴こえる

(C)TINGARA
「夜間飛行」(作詞:名嘉睦稔 作曲:名嘉睦稔、TINGARA)

□TINGARAのホームページ
http://www.tingara.com/


■ 1kHzの信号からS/N、THDも試してみた

 Thomson multimediaのプレスリリースによると、MP3PROのデータへエンコードする際に、MP3と互換性維持のために、オーディオデータを2つに分割しているという。1つはID3 Tag情報などを含め、従来のMP3データすべての情報を持ったもの。そして、もう1つはMP3PRO対応のデコーダで利用される高域周波数成分を含むデータとなっている。つまり、従来のMP3プレーヤーで再生させると前者のみを認識し、MP3PROプレーヤーであれば後者も含めて再生するというわけだ。

 ここからもわかるように、64kbpsのMP3PROのデータに含まれるMP3部分は、64kbpsの帯域分はない。通常のMP3より音質が落ちるのは当然ともいえるだろう。この比率が何%なのかの情報がないので、はっきりしたことはわからない。しかし、周波数分析からすると8kHz程度しか出ておらず、実質48kbps程度の音と同程度の音で再生されているということになる。

 念のため、以前も行なった1kHzの信号をエンコードした際の結果も出してみた。画面11が元となる1kHzのサイン波を分析した結果、画面12がそれをMP3 BeatJam XX-TREMEで128kbps(高速モード)でエンコードした結果である。それに対し画面13がMP3PRO 64kbpsの場合、画面14がMP3 BeatJam XX-TREMEで64kbps(高速モード)でエンコードした場合、そして画面15がMP3PROのデータをFraunhofer IISの通常のMP3デコーダでデコードした結果である。

 これらのS/N、THDの数値を見る限りは、それほど大きな違いは見えない。ただし、画面13のMP3PROのデータを見ると低域が一部盛り上がっているのが気になるところではある。

【画面11】
オリジナルデータ
【画面12】
MP3エンコード(128kbps)
MP3再生
【画面13】
MP3PROエンコード
MP3PRO再生

【画面14】
MP3エンコード(64kbps)
MP3再生
【画面15】
MP3PROエンコード
MP3再生


 以上、とりあえず速報的にデモ版のMP3PROのエンコーダ/デコーダ「RCA mp3PRO Audio Player Ver1.0」を使った結果をレポートしてみた。これはデモ版ということから64kbpsでしかエンコードできなかったが、今後128kbpsなどにも対応した製品がいろいろ登場してくるだろう。

 ただ、前述のようにMP3PROのMP3との互換性は、あくまでも音が出るというだけであり、その際の音質は通常のMP3よりも劣化することは明らか。WindowsMediaPlayerなどすでに低ビットレートで高音質を実現したコーデックがいろいろある今、MP3との互換性があることで普及するかは疑問だ。今後、どれだけのMP3ソフト、MP3ポータブルプレーヤーがMP3PROを採用するのかがカギとなるだろう。

 今後、MP3PROの製品版が出てきたところで、このコーナーでもう一度テストしたい。


□Thomson multimediaのホームページ(英文)
http://www.thomson-multimedia.com/
□ニュースリリース(英文)
http://www.thomson-multimedia.com/gb/06/c01/010614.htm
□関連記事
【6月15日】MP3の新規格「MP3PRO」発表~ファイルサイズが半分で音質も向上(INTERNET Watch)
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2001/0615/mp3pro.htm

(2001年6月25日)

[Text by 藤本健]


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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