10月に開催された楽器フェアで発表されたヤマハのシーケンスソフト「SOL(ソール)」が発売された。Windowsベースのソフトで24bit/96kHzのオーディオを扱えるプロクォリティーの製品だが、実際にどんな機能・性能を備えているのか、またどのレベルのユーザーが使うソフトなのか、さっそく使って試してみた。
当然といえば当然だが、ヤマハのシーケンスソフトの歴史はかなり古い。8bitパソコン全盛のMSXの時代、ヤマハのMSXマシンで動作するFM音源を用いたシーケンスソフトを出したのが最初。その後ヤマハのIBM PC互換機のノートPC「C1」にシーケンスソフトをバンドルしたり、PC-98用のソフトを出すなど、いろいろなアプローチをしてきた。ただ、当時のソフトはいずれもヒットしないままに終わっている。
しかし、ヤマハのDTMセット製品HELLO!MUSIC!にバンドルされた「XGworks」はかなりのヒット作となった。現在バージョンも4.0までアップし、バンドル製品、単独製品含めるとその出荷数は国内有数のものとなっている。とくに初心者ユーザーの受けがよく、DTM入門用のソフトとしてはかなりのシェアを獲得した。ただし、上級ユーザー、プロユーザーがXGworksを使うことはほとんどなかった。XGworksの一機能であるXG EditoというXG音源の音色エディターのみは利用するユーザーもいるが、シーケンス・ソフトとして用いるユーザーは少ないというのが実際のところだ。
そういった状況の中、上級ユーザーをターゲットとして登場したのが今回のSOL。これは「SEQUENCER OBJECT LINKING」の略であるとのことだが、XGworksとはまったく別のラインナップのソフトとして発売された。
SOLとXGworksの最大の違いはオーディオ機能。確かにXGworksでもオーディオを扱うことができなくはなかったが、あくまでもMIDIシーケンサに簡単なオーディオトラックを設けたに過ぎなかった。しかし、SOLはオーディオとMIDIをシームレスにつなぎ、オーディオ部分をかなり強力に作り込んだソフトとなっているのだ。そしてそのオーディオのクォリティーは24bit/96kHzと、まさにプロ用機材と同スペックを実現している。
もちろん、MIDIとオーディオを扱えるというのは時代の流れ。すでにCubaseVST、Logic、Cakewalk SONAR、Digital Performer……とほとんどのソフトがそのようになっている。ヤマハもようやくこの流れに追い付いたといったところではある。では、そのSOLは既存の海外ソフトに対してどれだけのアドバンテージを持っているのかが気になるところ。これから、そうした点を中心に見ていくことにしよう。
■ 設計はO2R譲りの128ch、4バスのミキサー搭載
128chを扱えるSOLのミキサー | 各バスに4インサーションエフェクトをアサイン可能 |
まずSOLの最大の特長といえるのがミキサーだろう。先日ヤマハはプロ用の新世代デジタルミキサーとして「DM2000」という製品をリリースしたが、それまでプロ用デジタルミキサーのデファクトスタンダードとして世界中で使われたきたのが「O2R」である。このSOLにはそのO2Rの設計を生かしたミキサーが搭載されている。
O2Rの場合、デジタル信号処理はすべてヤマハのDSPが行なっているが、SOLのものはもちろんCPUパワーで処理される。それでもスペック的に見ればO2Rの上をいくものであり、計128chも扱える。
その各チャンネルには、それぞれ4インサーションエフェクト/4エフェクトセンド/4AUXセンドが可能。さらに各エフェクトモジュールごとに4インサーションエフェクトを自由にアサインできるモジュール間センドも可能となっている。そして各バス、マスターモジュールにも4インサーションエフェクトをアサインできるという、非常に自由度の高い設計になっている。
ミキサー概念図 |
言葉での説明ではわかりにくいかもしれないが、これを概念図で表したものを見れば、よくわかるだろう(左図)。
これはしっかりしたミキサーなので、もちろん各チャンネルのレベルやパンの設定も可能。そしてこのレベルやパンとともにエフェクトセンドレベルなどの各種パラメータを自動制御できるミキシング・オートメーションも実現できる。これらパラメータは、マウスなどを用いてデータとして入力することもできるが、外部のMIDIフィジカルコントローラーを接続すれば、これらを通じてデータ入力することも可能だ。
さらにマスターミキサーにおいては、その出力をリアルタイムに音として出力するほかに、WAVやMP3などのファイルとして保存することもできる。
■ DMO対応のプラグインエフェクトに対応
エフェクトはメニューで一括して見られる。一番右のメニューが「DMOプラグイン」 |
それだけ自由度の高いミキサーとなっているわけだが、このミキサーを使いこなすキーはエフェクトにある。そのエフェクトとは、どんなものになっているのだろうか?
現在ある多くのシーケンスソフトではVSTプラグインエフェクトやDirectXプラグインエフェクトが利用されている。これらのプラグインは多くのアプリケーションで共通に利用でき、それだけに多くのソフトが登場してきている。
SOLでも、やはりプラグインエフェクトに対応しているのだが、既存のソフトとは少し状況が異なる。残念ながらこれはVSTプラグインエフェクトにもDirectXプラグインエフェクトにも対応していない。もっと正確にいうとDirectXプラグインの最新規格であるDMOという方式に則ったプラグインに対応しており、既存プラグインとの互換性がない。
DMOに関する詳細はここでは省略するが、これはDirectX 8から搭載された新しいアーキテクチャであり、今後Windowsベースのソフトでは普及していく可能性が高い。ただし、現在のところDMO対応のエフェクトはほとんどなく、DirectX 8本体にバンドルされている9つくらいだ。
エフェクト設定その1。リバーブとコーラス |
また、DMO対応のエフェクトが利用できるのは、SOL以外だとCakewalk SONAR。SOLもSONARもDirectX 8がインストールされていることを前提に動作するアプリケーションになっており、双方から同じエフェクトが利用できる。
とはいえ、実際にSOLにバンドルされるエフェクトはDMO対応のものではなく、DirectXともVSTとも異なるオリジナル規格によるもの。あらかじめ用意されているのは21アルゴリズム/40タイプのエフェクトで、具体的にいえばリバーブ、コーラス、フランジャー、ディレイ、ディストーション、コンプレッサ、アンプシミュレータ、イコライザ……と一通り何でも揃っている。
もちろん、これらのエフェクトは各チャンネルのインサーションエフェクト、各センドエフェクトとして利用でき、同じものを別のパラメータで複数同時に起動することも可能。
エフェクト設定その2。ディストーションと3バンドEQ |
また、波形エディットはSOL自身で行なうのではなく、別プログラムである波形エディタにデータを渡すしくみになっている。通常はバンドルされているTWEというソフトを使うのだが、この際、一旦ハードディスクにデータを保存して編集するため、非破壊編集であり、編集して別の形にしても元に戻せるのがポイントだ。とはいえ、このようにSOL本体と波形エディッタがバラバラであることや、VSTインストゥルメントやDXiのようなソフトシンセに対応していない点など、物足りないと思う面もいくつかある。
■ MOTIF/RS7000譲りのスライサー、タイムストレッチ機能搭載
スライサーも標準搭載された |
そして、もう1つSOLに搭載された機能として大きなものにスライサーがある。これもヤマハの既存製品の技術を利用したものであり、いま話題のシンセサイザMOTIFおよび音源内蔵シーケンサ「RS7000」に採用されているものをソフト化したものである。ReCycle!と同様の機能である、といえばわかる人にはすぐわかるはずだ。
ご存じない方のために、簡単に説明しておこう。スライサーというのは、その名のとおり、波形をスライスするもの。ドラムフレーズなどで波形の大きさ、立ち上がり、立ち下がりを元に、切っていく。こうすることで、ハイハット、スネア、キック、タム、シンバル……というように部品ごとに波形を分割することができる。分割してしまえば、それぞれの音をバラバラに利用して、元とはまったく異なるフレーズを作ることもできるし、配置間隔を変えることによって音程を変えることなく、テンポを変えることが可能になる。
もちろん、こうしたスライス作業はすべて自動で行なわれる。感度を調整することによって、スライスの仕方を変化させることもできる。スライスした後どう使うかはユーザー次第。MIDIと同じ様な間隔でスライスしたデータを扱うことができるので、非常に便利な機能である。
タイムストレッチ。音程を変えずに音の長さを調節できる |
このスライサーと少し似た画面ではあるが、また少し意味合いの違うのがタイムストレッチ機能だ。タイムストレッチとは、オーディオ波形をピッチを変えずに時間的の伸ばしたり、縮めたりする機能。このような機能は、多くのシーケンスソフトに搭載されているし、ACIDやSONARでは非常に手軽に即実現が可能となっている。それに対しSOLでは音質に非常にこだわりをもった設計となっている。ヤマハによれば「SOLにはテンポを変更しても音質劣化の極めて少ない世界最高レベル」であるとのことだ。
■ ヤマハオリジナル機能はほかにもいろいろ搭載
ここまでオーディオ機能を中心に見てきたが、もちろんSOLはオーディオのみのシーケンスソフトというわけではない。MIDIシーケンスソフトとしても強力な機能を装備している。まず基本的機能から見ていくと、譜面で入力していうスタッフウィンドウ、グラフでエディットするピアノロール、数値で細かくエディットするリストウィンドウといったものがある。さらに、ドラム専用のエディタであるドラムウィンドウ、TAB譜とドラム譜を表示する機能などいろいろなものが用意されている。
基本的なMIDIエディット画面。左からスタッフウィンドウ、ピアノロール、リストウィンドウ |
ボイストゥスコア。XGworksから引き続き搭載 |
いずれもデザイン的にはSOLオリジナルの新たなものだが、基本的にはXGworksのものと共通のものが中心となっている。またXG音源をエディットするためのXG Editorやマイクに向かって歌った歌をリアルタイムにMIDIデータに変換して入力していくボイストゥスコアRという機能やメロディーにあった伴奏を自動的に作るオートアレンジャー機能なども用意されている。
XG音源をPC上でエディットできるXG Editor | コード、伴奏を自動的に作成するオートアレンジャー |
ベタ入力のMIDIデータにニュアンスをつける、オートアーティキュレーションが初搭載された |
さらにMIDIに関連して、まったく新たな技術も登場してきた。これはオートアーティキュレーションというもので、機械的に打ち込んだMIDIデータに適度な抑揚を付けて音楽的な作品に仕上げるというもの。旋律や和音を分析した上でそれにふさわしい表情を付けるというしくみになっている。その表情付けのためのプリセットが108種類用意されており、ニュアンスの調整もGUIの画面で行なえる。もちろん、こうして作った設定を保存し、再利用することもできる。
このようにMIDI機能は、これまでXGworksで培われてきた技術・ノウハウがふんだんに持ちこまれ、充実している。とはいえ、XGworksとはユーザーインターフェイスや細かな機能などは変わっており、新鮮味も感じられる。
以上、SOLの概要について紹介してきたがいかがだろうか? ここでは紹介しなかったが、ドライバはWindowsの通常のMME/DirectSoundドライバが利用できるほかに、ASIOドライバ、WDMドライバに対応するなど、こうした面でも既存のMIDI・オーディオ・シーケンスソフトに遅れはとっていない。
入出力ドライバとして、ASIOとWDMに対応 |
バンドルされる波形編集ソフト「TWE」 |
ただし、波形エディットはSOL自身で行うのではなく、別プログラムである波形エディタにデータを渡すしくみになっている。通常はバンドルされているTWEというソフトを使うことや、VSTインストゥルメントやDXiのようなソフトシンセに対応していない点など、物足りないと思う面もいくつかある。
まあ、こうした点は、今後のバージョンアップで徐々に解決していくものと思われるので、全体的に見てもSOLは既存のMIDI・オーディオ・シーケンスソフトに並んだといえるだろう。
ただし、プロユーザーが次々とSOLを使うようになるかというと、まだちょっと難しいかもしれない。やはり保守的な世界であるから、実績が出てきてはじめて使いだすため、まだしばらくは時間がかかるだろう。また機能重視で乗り換えるパワーユーザーにとっても、既存ソフトに対して画期的機能というインパクトが薄いため、そうした点でも急激に普及するというのは難しいだろう。これが海外にも輸出されるようになると、多少評価も変わってくるだろうが……。
とはいえ、ヤマハとしてはXGworksをバンドルしたDTMセットであるHELLO!MUSIC!シリーズに加え、SOLをバンドルしたHELLO!MUSIC!AUDIOシリーズの発売も開始したため、少しずつ広がっていくことは間違いない。とにかく、これでベースができあがったわけだから、今後、ぜひ海外勢をしのぐ強力なソフトへと育てていってもらいたい。
□ヤマハのホームページ
http://www.yamaha.co.jp/
□製品情報
http://www.yamaha.co.jp/product/syndtm/p/soft/sol/index.html
□関連記事
【10月25日】DAL第31回:2001楽器フェアに見るDTM最新動向 Part2
~ ソフトウェア編:エディロール、ヤマハの新製品群 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011025/dal31.htm
(2001年12月10日)
[Text by 藤本健]
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp