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第39回:目から鱗のDJソフト「TRACTOR DJ」

~アナログ感覚のプレイをPCで体験~



 クラブなどで行なわれているDJプレイ。レコードを2枚並べ、それぞれのテンポをうまく合わせた上で、クロスフェードを用いて次の曲へと移っていくあのプレイだ。

 基本的にCDではなくレコードを用いること(最近はCDを使ったものも出てきているが)、専用のDJマシンや、そしてなによりそれを操作する技術が必要なことなどから、一般の人がその実際を知ることはあまりない。しかし、最近になって、そういったDJプレイをPC上で楽しむためのソフトがいろいろと登場してきている。今回は、そうしたDJソフトとは、どんなものなのかを見てみることにしよう。


■ 完全にアナログなDJの世界

 AV WatchのAVという範疇からは、ずいぶん外れてしまうようにも思うが、DJという分野があることは誰でも知っているだろう。DJの正確な定義というのは、私自身もよく知らないし、以前調べてみて時にも、かなり曖昧だった記憶がある。ただ、ここでいうDJというのはいわゆる「皿回し」というやつで、アナログのレコードを巧みに操るプレイのこと。

 その仕組み自体はそれほど難しいものではない。回転数をそれぞれ独立に変化させることが可能な2つのターンテーブルを組み合わせたマシンを用いてレコードをプレイする。たとえば左側のプレーヤーで1曲目のレコードを演奏させる一方、右側のプレーヤーで2曲目のレコードをセットし、外には音を出さずにヘッドフォンで聞きながら、1曲目と同じテンポになるように回転数を調整。とともに、テンポのタイミングをピッタリと合わせていく。

 双方が同期するようになったら、クロスフェーダーを用いて、音量を左側から右側へと移していくことで、曲をノンストップでつなげていく。当然、クロスフェーダーをかける時点では、1曲目と2曲目がミックスされるわけだが、片方がドラムソロのタイミングなどに行なえば、まったく違和感なく次の曲に移れる。この辺にDJの力量が問われる。

 テクノ・ハウス系のDJの場合、このようなノンストッププレイが多いが、ヒップ・ホップ系になると、いわゆるスクラッチプレイをする場合もある。レコードの回転を手で止めたり、前後に動かしたりするプレイだ。

 レコードを大切に扱ってきた人からすると、なんとも野蛮な使い方とも思うスクラッチプレイ。だが、レコードは消耗品であり、レコードの再生自体がパフォーマンスで、レコードはギターの弦のようなものと割り切ってしまうこともできる。

 また、このCD全盛の自体に、そんなレコードなんてものは存在するのかと思う読者もいるだろう。しかし、実はDJ用の市場というものがあり、テクノ系などDJ用に作られた曲はCDではなくレコードで発売されている。こういった曲はCDを探しても、リリースされていないケースも多いくらいである。


■ いろいろ登場してきたDJソフト

 テクノなのにアナログという、ちょっと妙な感じのするDJの世界だが、最近になってこの世界を大きく変える可能性のある製品が出てきた。それがDJソフトといわれるものだ。

 基本的なコンセプトはレコードのDJと同じであり、それをPC上で実現させるというもの。当然、PCで扱うのだから、アナログのレコードではなく、デジタル化されたさまざまなデータを利用することが可能。WAVファイルやAIFFファイル、MP3ファイルそしてCDを直接扱うといったこともできる。つまり、レコードという前近代的なメディアを使わなくても、同様のプレイをすることが可能であり、もちろんレコードに傷をつけるようなこともない。

 そうしたソフトの中から代表的なものを、具体的に挙げると、以下のとおり。

TRAKTOR DJ
9,800円
ez-mixer
6,980円
PCDJ Red
29,700円
DJPAD2020
オープンプライス

 ちなみに「TRAKTOR DJ」の国内代理店はランドポート、「ez-mixer」はメディア・インテグレーション、「PCDJ Red」はシムコム

アイ・オーのソフトにはDJパッドが同梱される

 ソフトによって、使い勝手やできる機能にいろいろと違いはあるが、コンセプト的にはいずれもDJをPC上で楽しむというもの。国産の「DJPAD2020」は単なるソフトウェアではなく、USB接続の専用のパッドがセットとなっており、これを用いてスクラッチプレイを楽しむことができる。

 ところで、この開発元を見て、お気付きになった方もいるかもしれないが、TRAKTOR DJのNative Instrumentsや、ex-mixerのIK Multimediaはプロ仕様の音楽ソフトメーカーとしても著名な企業。Native Instrumentsはドイツの企業であり、昨年Prophet-5のソフトシンセ版であるPro-5やPro-52をリリースして話題になったり、DX7のソフトシンセ版であるFM7をはじめ、さまざまなソフトシンセを開発し、注目を集めている。世界戦略においてPro-52のみはSteinbergが販売を行なっているが、これまでNative Instrumentsの製品は国内ではミディアが扱ってきた。

TRAKTOR Studio

 実際、ミディアがTRAKTOR Studio(22,000円)という製品を販売しているが、コンシューマ向け製品であるTRAKTOR DJはランドポートが扱っている。

 一方、ez-mixerのIK MultimediaはT-RackS24という真空管アンプのシミュレーターを用いたマスタリングソフトや、VSTインストゥルメントとして機能するSample Tankというソフトサンプラーを開発するイタリアのソフトハウスである。


■ 驚くべく機能を装備するTRAKTOR DJ

 いろいろあるDJソフトだが、今回はその中から代表して最近発売された「TRAKTOR DJ」の機能について簡単に紹介してみよう。

 画面を見ると、ほぼ左右対称になっているが、アナログのDJプレーヤー同様、左右で別々の曲を鳴らしながら、ミックスさせたりフェーダーで曲を切り替えていくことができる。それぞれのプレーヤーではWAVファイルやMP3ファイルを読み込んで演奏させることができるほか、直接CD-ROMドライブにセットした音楽CDを鳴らすことも可能だ。

 再生する際、一般のプレーヤーソフトと大きく異なるのが、再生速度を自由に変化させられること。ちょうどアナログのレコードの回転速度をコントロールするのと同様の感覚であり、スピードを早めるとピッチがあがるし、遅くするとピッチが下がるようになっている。

 そして、ちょっと使ってみるとみるとわかるが、こんなに簡単にできていいのかと思うことが、いとも簡単にできてしまう。

 具体的にいうと、まず演奏させると同時にその曲のテンポが波形の上に表示される。もちろん、これはMIDIファイルではないから、曲データにテンポ情報などが入っているわけがない。また、そのテンポの値を変化させると、それに合わせて演奏スピードが変化するのである。この際、テンポが上がるとピッチが上がり、テンポが下がるとピッチが下がるようになっている。これは、まさにレコードの感覚である。CD-ROMドライブに入れた音楽CDでも演奏時にリアルタイムにテンポ調整できてしまうのは、非常に面白いところである。

 さらにすごいのは、左右別テンポでデータが演奏されている際、中央にあるAUTO SYNCというボタンを押すと、左右が同テンポとなり、ドンピシャのタイミングで同期するところ。これは、単にテンポが同じというだけでなく、拍とその頭が一致するので、小節単位で同期してくれる。

 これをアナログのレコードで行なうには、かなりの熟練を要する。またアナログの場合、一旦同期したかに思えても、しばらく演奏を続けるとどうしてもズレが出てきてしまうので、常に2つの音を聞きながら調整を図る必要がある。でもTRAKTOR DJならほとんど何も考えなくても、そうしたことができてしまう。この同期した状態でクロスフェードをかければ、スムーズに曲の移行ができるようになる。

左右で異なるBPMも同期可能 ハイパス、ローパスフィルタ ループ機能は非常に強力

 また、DJ特有のプレイであるフィルタをかけた再生も可能。TRAKTOR DJでは誰でも簡単に扱えるよう、パラメータは1つのみで、このボリュームで連続してローパスフィルタからハイパスフィルタまで扱える。

 そして非常に強力なのがループ機能。このループ機能というのは、曲の途中で1小節とか2小節といった短い時間において、曲のループプレイを行なうものである。こういったループの切り出しというのは、ACIDなどのループシーケンサ、またサンプラーなどでもよく用いられる手法ではあるが、なかなか難しいわざである。うまく切り取らないと、きれいにループせず、テンポがおかしくなってしまったり、ループの頭と尻尾がうまくつながらず、ループする度にプチッという音が入ってしまったりする。

 しかしTRAKTOR DJでは、曲の演奏中にループボタンを押すだけで、その付近の1小節分とか2小節分を切り出して、ループさせることができる。このループの時間は1/8、1/4、1/2、1、2、4小節の中から選択でき、これさえ決めておけば、ワンクリックで本当にきれいなループを作ることができる。

スクラッチパターンもプリセットで用意されている

 そのほか、DJプレイといえば、スクラッチプレイもしたいところだが、もちろんこれにも対応している。スクラッチさせる手法を20通りの中から選択し、スクラッチボタンをクリックするだけで、こうしたことができてしまう。もちろん、これならレコードに傷をつける心配もない。

 最後にもう1つ、PCで行なうDJプレイであるだけに、便利で面白いのがデータの書き出し機能だ。つまり、DJプレイを行なった結果を、オーディオデータとして保存することができる。これはWAVファイルとして保存できるため、テンポを合わせて同期させ、演奏させた結果をそのまま保存することが可能。また、さらに必要あれば、結果だけでなくその過程のパラメータを含め、同じ状況を完全に復元させるためのミックスファイルも出力できる。

 オモチャのように感じさせる低価格なソフトだが、やはりあのNative Instruments開発だけのことはあり、かなり強力な機能を搭載したソフトである。販売元のランドポートでは、これを用いた実際のクラブでのプレイも計画しているとのことだ。ただ、知人のDJに言わせると、いくつかの問題点もあるという。

 まず、使いたい音源がレコードでしかなく、CDになっていないため、逆にレコードからWAVなりMP3などに変換させる必要があるということ、そしてもっと大きいのがマウス操作であるため、フィルタを掛けていきながら、クロスフェードを動かしたいといった、複数の作業ができないということだ。とはいえ、前者については、こういったDJソフトが普及すれば今後解決していくだろうし、後者に関してはショートカットキーが多数用意されているので、これを用いることである程度は解決するはずだ。

 興味のある方は、Webからデモ版がダウンロードできるので、試してみてはいかがだろか?


■ 1年を振り返って

 さて、来週の月曜日(12月24日)が振り替え休日であるため、2001年のDigital Audio Laboratoryは今回が最後となる。3月12日に連載スタート以来、ほぼ毎週休まず続けてきたので、1年弱で39回も書いてきたことになる。

 初回「迷信だらけのデジタルオーディオ」という刺激的なタイトルがついたためか、かなりの反響があり、たくさんのメールもいただいた。単に感情的に批判する方もいれば、より詳細な情報を送ってくれたメーカーの方もいたし、賛同してくれた大学の先生などもいて、本当に驚いた。なかには、AO入試にこのネタを使うので、ぜひ話を聞かせて欲しいといって、私の元にやってきた高校生もいた。ちなみに、その高校生は無事パスしたとのことで、この記事で人生が変わる人もいるのかな、と思った次第である。

 このCDに関する連載をスタートした当初は、誕生から20年もたつ古い規格をいまさら、深堀りして意味があるのだろうかと思ったが、CD-Rが成熟して来たタイミングであったためか、ニーズが高まっていたようだ。実際、プレクスターやヤマハなどのドライブメーカーは、CDやCD-Rに関する音質の追求に最近になって取り組みはじめていたし、レコーディングの最後の行程であるマスタリングの世界でもCD-Rの音質というのが大きなテーマになっていた。いずれの現場でも、完全な解答というのは出ていないため、まだこれからも音質向上のための開発や工夫というのは行なわれていくはずだ。Digital Audio Laboratoryでは、もうしばらくこのテーマで追いかけていきたいと思っている。

 一方、MP3に関する記事でも大きな反響があった。単に「MP3は音質が悪いらしい」という声から不信に感じている人に対して、どれだけの性能をもったものなのか、さまざまな角度から実験を試みた。その結果、多くのエンコーダーで高域が欠けるという状況はあったが、同じビットレートであっても、中にはかなり高域までしっかり出るものがあったり、ずいぶんと波形の異なるものも存在し、なかなか面白い状況を見ることができた。同様の実験をMP3PROに対しても行なったが、来年はMP3に限らず、ATRAC3やAAC、TwinVQなどについても、同じ手法で評価してみたいと思っている。

 また、このコーナーでは今後もシーケンスソフトやDAWソフト、ソフトシンセサイザなどクリエーター向けのツールについても、紹介していくつもりなので、もしリクエストなどあれば、メールをいただければ積極的に取り上げていきたいと思う。

 それでは、2週間ほどお休みをいただいて、新年は1月7日から連載を再開する。

SOLに関する記事の修正

 先週、ヤマハのSOLについて取り上げたが、一部間違いがあったので、ここで修正する(先週の記事は、すでに修正済み)。

 その間違いというのはプラグインエフェクトについて。記事において、SOLに用意されているエフェクトがDMO対応のものであると書いたが、これは誤りで、これらのエフェクトはSOLネイティブ対応のものだった。一方、SOLはDMO対応のプラグインエフェクトをサポートしているのは確かであり、このプラグインとしてDirectX 8にあらかじめ入っている9つのエフェクトが使えるようになっている。これらはCakewalk SONARからも利用することが可能だ。

 また、SONARに同梱されているプラグインエフェクトもDMO対応のものではなく、DirectX対応とDirectX 8の一部の機能を用いたネイティブ対応のものとなっている。したがって、SOL、SONARの双方からDirectX 8に入っているDMO対応の9つのエフェクトを利用することはできるが、SOLのエフェクトをSONARで用いたり、逆にSONARのエフェクトをSOLで利用するということはできないようだ。

□ランドポートのホームページ
http://www.landport.co.jp/
□TRACTOR DJの製品情報
http://www.traktor-dj.jp/
□TRACTOR DJの体験版ダウンロード
http://www.traktor-dj.jp/trial.html
□関連記事
【10月23日】ランドポート、音楽CDの直接ミックスもできるDJソフト
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011023/landport.htm

(2001年12月17日)

[Text by 藤本健]


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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