【バックナンバーインデックス】


第42回:圧縮音楽フォーマットを比較する
~ その1:ソニーのオーディオ圧縮方式「ATRAC3」 ~



 以前、さまざまなMP3エンコーダを比較する記事を掲載し、MP3PROに関しても同様の手法で比較したところ、多くの読者の方から反響があった。特に、寄せられたメールにはMP3だけでなく、ほかのオーディオ圧縮方式についても取り上げてほしいという意見がいくつもあった。確かにMP3のほかにも、「ATRAC3」、「WMA」、「AAC」、「TwinVQ」、「OggVorbis」などいろいろな形式の圧縮音楽フォーマットが存在する。

 そこで、これからMP3以外のオーディオ圧縮がどんな実力を持っているのか、MP3に比べていいのか、悪いのかを調べていきたいと思う。まず、今回はATRAC3について、見てみることにしよう。


■ ソニーのオーディオ圧縮方式「ATRAC3」

 ATRAC3(アトラック・スリー)は、ソニーが開発したオーディオ圧縮技術で、MDに採用されているATRACをさらに進化させ高圧縮にしたもの。MD(ATRAC)の場合、データ容量を約1/5に圧縮するのに対し、ATRAC3では約1/10、さらには約1/20に圧縮できる。

 ATRACというのは、「Advanced TRansform Acoustic Coding」の略であるが、ATRAC3はそのVer3というわけではない。ソニーのATRAC自体はVer1からVer2、Ver3、Ver3.5、Ver4、Ver4.5、さらにはType-Rと進化してきている。それに対し、ATRAC3はこれらとは別の規格(シリーズ)となっているのだ。

 とはいえ、ATRAC3自体、現在のMDにとっても不可欠なもの。なぜなら、MDLPでATRAC3が採用されているからだ。つまりMDLP対応のMDプレーヤーにおいては、ATRACとATRAC3の両方に対応している。さらにATRAC3は、ソニーのネットワークウォークマンをはじめとする、ポータブルシリコンオーディオプレーヤーにも採用されているほか、このDigital Audio Laboratryでも前々回に取り上げたNet MDもATRAC3を利用した製品である。

 その際にも触れたように、Net MDはPCと接続することでネットワークウォークマン的な使い方ができる一方で、MDLPとも完全な互換性があるため、なかなか面白い使い方ができる。

 さらに、このネットワークウォークマンやNet MDで利用できるように、ATRAC3でエンコードされた音楽データが、ソニー・ミュージック・エンターテインメントや、エイベックスなどがネット上での有料で配信されているなど、ATRAC3はかなり幅広く利用されている。


■ ATRAC3の3つのビットレートを比較する

 さて、前置きはともかく、ATRAC3の実力はどれほどのものなの、実験にとりかかってみよう。

OpenMG Jukebox

 MP3の場合はさまざまなエンコーダが存在しており、それによって音質や特性もずいぶん違ったが、ATRAC3の場合、現在のところPC用はソニー製のものが1種類存在しているだけのようだ。まあ、MDLPのデッキはさまざまなメーカーから出ているので、もしかすると多少異なる性質を持つエンコーダもあるかもしれない。

 今回はとりあえず、Net MDのレビューでも使った「OpenMG Jukebox」を用いて実験してみた。

エンコードできるビットレートは3種類

 このOpenMG Jukeboxでは、132kbps、105kbps、66kbpsの3種類のビットレートでエンコードすることができる。MP3エンコーダのように、とくにそれ以外のパラメーターは存在していないので、この3つのビットレートで生成された音を見ていく。

 方法は以前、MP3エンコーダを試した方法と同じにするので、興味のある方はバックナンバーの結果と比較してみるといいだろう。素材も同じTINGARA(ティンガーラ)の「夜間飛行」という曲から45秒間分を抜きだしたものを用いている。さまざまなサウンドが入っており、音質を比較するのに非常にわかりやすい素材だ。

曲のプロパティ。左から66kbps、105kbps、132kbps

 ただ、ATRAC3はMP3と違って、扱いが多少難しい。OpenMGという著作権保護システムがセットとなっているため、エンコードしたファイルをそのまま自由にコピーしたりすることができない。また、波形を比較するツールにはefu氏の「WaveSpectra」というソフトを用いるが、このソフトはWAVファイルしか読みこむことができないため、あらかじめATRAC3のデータをWAVに変換しておく必要がある。しかし、MP3と違ってこうしたツールも存在しない。

Total Recoder

 そこで、OpenMG Jukeboxを用いてATRAC3データを再生したものを、以前MP3PROのときにも利用した「Total Recoder」というソフトを用いて、そのままキャプチャした。

 なお、「夜間飛行」の曲データに加え、スイープ信号および1kHzの信号も合わせて比較している。

(C)TINGARA
「夜間飛行」(作詞:名嘉睦稔 作曲:名嘉睦稔、TINGARA)
□TINGARAのホームページ
http://www.tingara.com/


■ 132kbpsの波形はオリジナルとそっくり!

 実際、試した結果をWaveSpectraで表示させた結果が以下のグラフになる。

【お詫び】
記事初出時のテスト環境に誤りがあり、以下のテスト結果に不適切な点があります。ATRAC3での各ビットレートのエンコードの結果については、以下のページで改めてテストを行なっております。

http://av.watch.impress.co.jp/docs/20021216/dal82.htm

【オリジナルデータ】

【66kbps】 【105kbps】 【132kbps】

 132kbpsのデータを表示させて、正直驚いた。これまで、さまざまなMP3エンコーダを試してみたが、これほどオリジナルとそっくりなものはなかった。私の操作ミスかと思って、再度試してみたのだが、この結果に誤りはなかった。

 ほとんどのMP3エンコーダでは、16kHzあたりより上がバッサリ切り捨てられていたし、比較的いいエンコーダでも、波形の形そのものは、オリジナルとはだいぶ違いがあった。しかし、ATRAC3では、ほとんどオリジナルと一致する。また、実際に聞いてみてもかなり、原音に近いものとなっている。まったく同じかといわれると、微妙にどこか違いがあるようだが、MP3PROを含め、MP3のデータと比較すれば明らかに上をいっているように思える。

 それに対し、105kbpsおよび66kbpsでは、急に波形に差が出てくる。132kbps、105kbps、66kbpsという数字を考えると、段階的に状況が変わっても良さそうだが、105kbpsと66kbpsではそれほど大きく違わない。105kbpsのほうが66kbpsより微妙にオリジナルに近く聞こえるが、あまりメリットのないビットレートのように思える。


■ 低域から高域までフラットな特性

 つぎに示すのが、スイープ信号をエンコードした結果だ。これはサイン波で20Hzから22.5kHzに120秒で連続的に変化していくスイープ信号で、もともと-10dBのものをエンコードしたものとなっている。

【オリジナルデータ】

【66kbps】 【105kbps】 【132kbps】

 ここでも、132kbpsのものは、非常にフラットな特性となっており、オリジナルに近い。反対に66kbpsのものは、ところどころに乱れがあることが確認できる。

 もっとも、オーディオ圧縮においてスイープ信号で実験をするのには意味がないという意見もある。確かに、MP3やATRAC3などのオーディオ圧縮では、アルゴリズムに違いはあるものの、広く分散したスペクトルから人間の印象に残る信号を抽出し、それ以外をわからないようにカットするという手法を採っている。そのため、スイープ信号のような単音では、正しい評価はできないかもしれない。とはいえ、いろいろある実験の1つとして、参考までに掲載している。


■ 1kHzの信号をエンコードし、S/N、THDを測定

 さらに1kHzで-10dBのサイン波をエンコードしたのが以下の結果である。これも、あくまでも参考であるが、この結果からS/NやTHDを測定することができるので、それも確認しておこう。

【オリジナルデータ】

【66kbps】 【105kbps】 【132kbps】

 この結果を見ると、いずれのビットレートもS/Nが68dB程度と変わらない。ここだけに着目すれば、MP3と比較してもどうということはない。しかし、トータルとして見た場合、132kbpsのATRAC3は、MP3の128kbpsなどと比較して、ビットレートの差以上に非常にいい良好な結果が得られた。

 今後、機会があれば、MDLP対応デッキの各社のエンコーダも比較してみたいと思う。

□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□「ATRAC3」のページ
http://www.sony.co.jp/Products/ATRAC3/

(2002年1月28日)

[Text by 藤本健]


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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