■ 「プロツール」のしくみ 「プロ用」とは一体なんだろうか。たとえば楽器の世界を考えると、プロが使っているギターなどは、アマチュア用のものに比べると価格的なグレードが全然ちがう。もちろんそれはパーツの精度や生産技術に差があり、出る音も変わってくる。どこからがプロ用ですよ、という線引きがあるわけではないが、かたや本物、かたやコピーモデル、という違いがある。それだからこそ憧れのミュージシャンが使っている本物を手に入れたい、という図式がある。 その一方で、クリエイティブ系のソフトウェアには、自ら「プロツール」を名乗るものが少なくない。ソフトウェアのような短いタームで消費される製品では、「本物」であることを証明するには時間がかかる。そこで最初から「これはプロ用ですよ」と謳うことで、機能の高さをアピールし、価格の高さをフォローし、一種の憧れを誘うための営業的戦略が、「プロツール」を名乗らせる背景だ。 たとえ機能的にそこまで至ってなくても、正直に「初心者用」、「業務用」と書かれたパッケージでは誰も憧れてくれない。やはり「プロ」という名前が必要なのだ。したがって「自称プロツール」ってのが本当にプロの現場で使われているのかどうかは、確率として半分半分ぐらいに考えておくのが妥当な線だろう。 5月30日に発売されたCanopusのEDIUS(59,800円、8月31日まで29,800円)は、パッケージにも「Professional Editing Software」としっかり明記されたビデオ編集ソフトである。これも一種の憧れ戦略なのか、それとも本当にプロが使って十分な「本物」なのか。 今までCanopusのビデオ関連製品は、頑なに「ハイエンドアマチュア向け」と自らを位置付けてきたわけだが、いよいよハラくくってこっちの土俵に入ってきたからにはぁ、もう容赦しないよぉ(笑)。 ただし筆者の手元にあるのはFinalβ版なので、製品版とは違いがあるかもしれないことをあらかじめお断わりしておく。 ■ GUIはかなり異端
EDIUSはソフトウェアだが、どんなパソコンにも入れられるわけではない。基本的にはDVRexやDVStormのような、リアルタイムプレビューを可能にするハードウェアとセットでなければ動かない。さらに動作環境としては、CPUの最低ラインがIntel Pentium4 1.7GHz以上、推奨がPentium4 2.4GHz以上と、やや敷居が高い。 DVStormに代表されるカノープスのビデオ編集用カードには、それぞれなんとかEditという編集用ソフトウェアが付属している。DVStormならStormEdit、DVRexならRexEditといった具合だ。機能的にはどれも変わらないので、ここでは便宜上RexEditということにしとく。 RexEditは岩のように安定して動作するので安心して使えるが、機能的にはそれほど高くない。高度な編集を行なうには、Premiereを使ってくださいネ、というのがいままでの基本スタンスであった。いままでそのPremiereに投げていた部分を担うのが、EDIUSの役目だと考えていいだろう。
まずEDIUSを起動して目に付くのが、その独特のインターフェイスである。モニタウインドウやタイムライン、ビンウインドウがすべて独立したウインドウになっている。そのほかパレットと呼ばれる小さなウインドウが補助的な働きをするのは、多くのグラフィック系ソフトに見られる作りだ。 各ウインドウは自由な位置に配置でき、そのセッティングを記憶できる。モニタウインドウは1モニタにも2モニタにも変更可能だ。しかしXGA程度の解像度では、2モニタで使うのはキツい。UXGAクラスの解像度にするか、デュアルディスプレイ環境が必要になるだろう。 上部にメニューバーのようなものがなく、様々な機能や設定は、それぞれのウインドウ内に配置されているボタンやアイコンの中から探してやらなければならない。多くの機能はアイコン化されてはいるのだが、ハードウェアやデフォルト値の設定はモニタウインドウに、プロジェクトの設定はタイムラインのしかも保存アイコンにと、あちこちに散らばっている。従来のWindows的な常識とは離れているので、慣れるまで時間がかかりそうだ。 Windowsの作法に則っていないから使いにくいと否定してしまうのは簡単だが、筆者はこういった傾向はある程度仕方がないと思っている。専用ツールではOSに縛られない独自の操作感を持たせないと、直感的ではなくなってしまうからだ。本当にこのGUIが使いやすいのか、市場に出てから評価されることだろう。
■ 新しい操作感 まずキャプチャ機能だが、シングルキャプチャとバッチキャプチャがあるところなどは、一見するとRexEditの時代と大した進化がないように見える。バッチキャプチャでは、従来のRexEditのように別ウインドウが出て設定するわけではなく、モニタウインドウ内でリストが作れるようになった点は、今風の進化である。しかし実際にキャプチャしてみると、むしろシングルキャプチャの機能が大幅にアップしているのがわかる。
バッチキャプチャは、実際にキャプチャする前にテープを転がして一所懸命バッチリストを作らないといけないのだが、最近は湯水のごとくHDD容量があるので、素材テープ1本まるごと録っても支障がなくなった。そこでシングルキャプチャの機能が光ってくる。 EDIUSのシングルキャプチャでは、その場から単純に丸ごと取り込んでいるように見えるが、実際には録画時間が飛んだポイントでクリップを自動的に分けてくれる。結果的にはバッチキャプチャしたのと変わらないわけだ。 またRexEditのキャプチャでは、途中でピクセルアスペクトが変わったところ、つまりノーマルモードとWideモードを切り替えたところで取り込みエラーになってしまっていた。EDIUSではそこもちゃんとクリップ分けしてエラーすることなく取り込んでくれる。普通は撮影中にWideにしたり戻したりという撮り方はしないと思うが、筆者のようにカメラテストをする機会が多い人間にとってはありがたい機能だ。 取り込んだクリップのプロパティでは、サムネイルの画像も自由に選べるようになった。またクリップにはオリジナルのタイムコードデータも表示されている。元々AVIにはオリジナルのタイムコードを収録するトラックがないので、カノープスが独自に付加したもの。カードがDVStormの場合は、タイムラインに並べたオリジナルタイムコードも出力できるらしいが、筆者の環境はDVRexなので、ちっ。
通常の編集では、それほど特殊な操作方法はない。ビンウインドウから使いたいクリップをソースモニタに移す。そこでIN点OUT点を指定し、タイムラインに降ろす、という繰り返しだ。ビンウインドウから直接タイムラインにドラッグもできる。 このあたりの操作を効率よくこなすには、キーボードショートカットの存在が不可欠だ。まだ、使い込んでいないので、そのあたりの使い勝手はまだわからないが、とりあえずIN点は[i]、OUT点は[o]、タイムラインに降ろすのは[e]というところまではわかった。 また映像の操作に、マウスアクションが使えるのは新しい試みだ。モニタウインドウの上でマウスを右クリックしながら円を描くように回すと、映像のジョグ・シャトルができる。使いたいところで左から右にマウスをピッと動かすと、そこでIN点が打たれる。反対に右から左に動かすと、OUT点だ。こういう操作にはタブレットを使うと便利だろう。また従来通りホイールもジョグの代わりになるので、うまく組み合わせて使えばかなり楽ができそうだ。 ビデオトラック、オーディオトラックは無制限に増やせる。このオーディオトラックはビデオに付随しているオーディオではなく、音楽やナレーションを入れるための音専用トラックだ。従来のRexEditはこれが2トラックしかなかったため、現場音とナレーションと音楽でいっぱいいっぱいだった。旧ユーザーにとっては、この点が改善されたのは大きい。 オーディオ表示は、VAトラックを展開すると波形表示が可能だ。オーディオレベルは、ボリュームラインのカーブを変えて行なう。以前のRexEditでは、Shift+ドラッグでカット内のオーディオレベルを一括して上げ下げできたのだが、EDIUSではやりかたが違うのか、そもそもできないのか、今のところ不明だ。
しかしオーディオもこれぐらいの規模になると、オーディオミキサーが欲しいという意見はあるだろう。こんなところで引き合いに出すと怒られちゃうが、UleadのMediaStudioPro7でさえ載っている機能だ。だが筆者は、別にPC画面上で本物のメタファにこだわる必要はないと思う。本物のミキサーは、いっぺんに複数のフェーダーアクションが可能だから意味があるわけで、一度に一つしか操作できないマウスポインタでしか扱えないミキサーは、あまり役に立たないものだ。 じゃあ一括してオーディオが扱えるエリアが全然なくてもいいかというと、それはまた別問題である。たとえばタイムライン表示をオーディオレベルだけにするとかのモードがあってもおもしろいのではないかと思う。 ■ エフェクトはどうだろう 続いてタイトルやエフェクト関係の機能を見ていこう。タイトルに関しては、RexEditの後期には数多くのタイトルトラックが使用可能になり、タイトル作成機能も独自のものを搭載していた。EDIUSでもタイトルトラックは無制限だが、タイトル作成機能はInscriberのTitleExpressが採用されている。 TitleExpress最大のポイントは、センスのいいテンプレートが豊富なところだ。RexEditのタイトラーも独特の作りでなかなか味があったのだが、テンプレートらしいものがなかったので、使いこなすのは難しかった。これも別の意味で一つの改善点と言えるだろう。 タイトルをインポーズする際のエフェクトは、別途専用のタイトルエフェクトというエリアから選ぶようになった。スーパーインとアウトを完全に独立して設定できる。
トランジションエフェクトは、アルファチャンネルベースのもの、2D、3Dといったカテゴリの他、別売プラグインであったExplodeのEDIUS版が付属している。しかし、画面がねじ曲がったりサイコロになってコロコローなんてコドモみたいなものは、今どきバラエティでも使わない。タダで付いてる分には文句も言いようがないが、プロ用ツールと名乗る割には、このあたりのセンスにあか抜けないところがある。 一方ビデオフィルタは、割と使い出があるものが揃っている。以前からカラーコレクションはなかなかいいものが付いていたが、それも引き続き搭載されているほか、矩形フィルタと組み合わせて特定エリアをフォローしながら一部にエフェクトをかけるなど、凝った絵作りができる。
そういえば凝った、で思い出したが、EDIUSはレイヤー合成みたいなものはあまり得意ではないようだ。たとえばCGソフトなどで作った画像など、アルファチャンネル付きファイルは静止画では読み込める。しかしアルファチャンネル付き動画では、Quicktimeは読めないし、非圧縮AVIも読めない。またマスクと別々に読み込んで、AfterEffectで言うところのトラックマット、スイッチャーで言うところのエクスターナルキーができない。クロマキーかルミナンスキーでひたすら頑張るしかないというところは、RexEditの頃からあまり進歩していない。 アルファチャンネルのレイヤリングができないのであれば、ビデオトラックが無制限に使えてもしゃーないと思うのだが、どーもオマエらPinPが出来りゃ十分だろぐらいに思われているフシがある。プロツールを名乗るなら、アルファチャンネルのフルサポートは絶対条件だ。 ■ 総論
Professional Editing Softwareと冠するEDIUSは、確かにRexEditなどからすれば格段の進歩を遂げている。クリップの扱いやタイムライン上の操作に新しいアイデアがいくつかあり、個性的なソフトとなっている。
細かいところでは、カラークリップを作るカラーピッカーを独自に拡張してIREの制限を付けたり、SHOW時を自由に設定できたりといった点は、本当にプロとしてコンテンツを局納品する立場の人間にとってはありがたい。 そのへんはいいのだが、反対に大きな視点で見ると、どうも試行錯誤する行程をサポートする機能が少ないような気がする。たとえば、頭から作っていったんだけどここからまだ素材がないからとりあえずおいといて、別のブロックをまた繋いでいく、みたいなことは現場ではよくあることだ。 この「とりあえずおいといて」をやるためには、タイムライン上のクリップをマルチ選択できないとしょうがないと思うのだが、これがどうもできない。普通はShift+選択やCtrl+選択で出来そうなところだが、どうもできないっぽいのである。さらに言うなら、部分的にまとめてネスト化するとか、一時的にトラックを隠すといった機能も欲しいところだ。 こうした機能が無いとしたら、これは一直線に完パケに向かえる人、つまりオフラインが完成していてオンラインをやるためのマスタリングツールといった使い方になってしまう。しかし基本的にノンリニアの作業は、オフラインとかオンラインとかの区別があまりないのが現状である。プロを名乗るからには直感的であり、「とりあえず」が可能な、悩み苦しむ人のための試行錯誤ツールという方向性を強化して頂きたかった。 じゃあEDIUSダメじゃん、という結論かというと、それは違う。こういう特殊ツールは、Ver1.0から100%満足いくものが出てくるということはあり得ない。まったくの初心者じゃちょっとこっちも困っちゃうが、DVRexやStormを持っていてちゃんと編集できる人は、買っとくべきだ。みんなでガリガリ使ってカノープスにガンガンリクエストを出して、いいツールに仕上げていけばいいのである。 かつてDVRexだってそうやってロングセラー製品になっていったという経緯を体験した人間からすると、若干ぎこちなさの残るプロツールEDIUSも、プロユーザーからのフィードバックで徐々に本物になっていくだろう。
□カノープスのホームページ (2003年6月4日)
[Reported by 小寺信良]
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