■ US市場を席巻するAvid ビデオ編集の世界では、プロ用とコンシューマ用の市場は使うソフトウェアが全く違う。プロ用ではテープメディアがDVだけではないため、入出力や搭載したハードウェアとセットのシステムで提供されてきた。したがってソフトウェアだけを売るというケースはほとんどない。 米国では、ノンリニアシステムでもっともメジャー存在と言えばAvidである。Avid側の発表によれば、プロ市場では90%のシェアを持っていると言う。一方コンペチター側の情報でも、Avidのシェアは7~8割という話であったから、米国ではNo.1の存在なのは間違いない。 一方日本ではどうかというと、具体的な数字は掴めないが、圧倒的な優位に立っているわけでもない。その理由に関してはまた別の機会で考察したいが、だいたい「Media100」とシェアを分け合っているのではないかと思う。 Avidの製品群は上はHDから下はDV編集まで幅広いラインナップが揃っているが、その中でもっとも低価格なものが、今回の「Avid XpressDV」(以下XpressDV)だ。プロ用にしては珍しくソフトウェアのみの製品だが、DV専用の編集ソフトだから別途専用インターフェイスなどが必要ないためであろう。 ソフトウェアだけとはいっても、プロ用をナメて貰っちゃ困るってわけで、これがあーた、248,000円もするのである。これじゃ普通買わないよな。ところが今年5月23日の価格改定により、一気に半額近い128,000円に値下げされた。狙いとしては、そろそろコンシューマ市場にも切り込んでいこう、という方針転換であるらしい。 コンシューマとしてはちょっと高いが、昔はAdobe Premiereだってこのぐらいしてたわけだから、まんざらあり得ない値段でもない。XpressDVとはどんなソフトなのか、そのあたりを確かめてみよう。
■ 流儀はかなり違う 筆者は今まで、Avidの編集ソフトウェアを使ったことがない。というのもAvid製品は今までシステム売りだけだったので、導入するのはほとんどポストプロダクションである。したがって筆者のようなフリーランスのエディタが、Avidを触る機会はほとんどなかったのである。 ソフトウェアのパッケージには、箱だけ大きくて中身がスカスカなものも少なくないが、XpressDVのパッケージは中身にみっちりマニュアルが詰まっている。ユーザーガイドなんて軽く電話帳ぐらいの厚みはある。すべてを読破するのは相当時間がかかりそうだ。
起動してみて最初にとまどったのは、PremiereやMedia100なども含めて、多くの編集ソフトの流儀とはかなり違うという点だ。以前カノープスのEDIUSをレビューしたときは、まだβバージョンでマニュアルなどなかったのだが、それでも一通りの操作はできた。しかしXpressDVの場合は、起動するとやけにあっさりした画面が出るだけで、まず何をどう初めていいのかマジでさっぱりわからない。やはりちゃんとマニュアルを読まないとダメなようだ。 とはいってもこれだけの量を1日2日で読めるはずもないので、拾い読みしながら進めていくことにする。まずXpressDVには、ツールセットという考え方がある。使用するシーンに合わせて、専用の画面レイアウトをセットしてくれるという、画面レイアウトのプリセットだ。多くの編集ソフトは基本画面のままですべてを行なおうとするため、どうしても画面内のウインドウの収まりが悪くなるが、この方法ならスマートに作業できるだろう。
まずは映像のキャプチャに、ツールセットの「レコード」を使用する。XpressDVではAvid独自コーデックを使って、DVであってもタイムコードまでファイル内に格納している。したがって編集過程において、オリジナルソースのタイムコードベースで編集することが可能だ。キャプチャ画面はこれまた素っ気ないが、2ドライブに分けながらキャプチャするなど、今までのコンシューマーソフトには見られない機能も多い。 編集は「ソース/レコード」ツールセットに切り替える。この画面は一般的な編集ソフトと近い感じだが、いくつかの点でユニークだ。まずタイムラインの作りだが、いわゆるABロール的なトラックがなく、すべてレイヤーで積み重なっていく。トランジションはクリップの間に配置していくGUIだ。今ではこういうタイプも珍しくないが、そのオリジナルがコレである。
クリップの操作では、テンキーにいきなりタイムコードを入力してそのタイムにジャンプできる。別途EDLがあったり、タイムキーパーが取った時間を探すのには便利な機能だ。またIN/OUT点の設定やトリムモードでは、数値によるトリム入力が可能なのは気に入った。テンキーから+3とか入力すれば、3フレームトリムするのである。 リニア編集の経験がある編集マンは、編集点を見ただけであと何フレーム足りないか、あるいは多いかを具体的なフレーム数で思い浮かべることができる。こういう変な(?)能力に応えてくれるノンリニアソフトがなかったことが今まで不満だったのだが、このトリム機能だけでかなり筆者は満足した。 またタイムライン上に配置されたクリップは、マウスでドラッグしたぐらいでは簡単に動かないようになっている。ちゃんと編集モードを指定しないと、移動できないのだ。これは短い尺のものを手っ取り早く作るには不向きだが、長尺のちゃんとした番組を作る際には重要である。 というのも、例えば30分番組ぐらいを考えてみても、そのカット数は300をゆうに超える。それだけカットがあると、慣れた編集者でもなかなか全部の繋ぎの状態を暗記できないわけで、ちょっとしたマウス操作のミスでクリップが簡単に動いて貰っては困るのである。 だがその一方で、トリムモードなどは簡単なマウスアクションで入ることができる。2カットのつなぎ目をドラッグして囲めばいい。気になるところをちょっと直せて固定しておける基本設計は、さすがに長い間プロの間で叩かれてきたソフトだ。
■ カラーコレクタは強力 XpressDVを使う一番のメリットは、強力なカラーコレクタだろう。Low、Mid、High領域それぞれのカラーバランスをカラーホイールを使って修正できるほか、各レンジのガンマなども調整できる。ホワイトバランスなどRGBバランスのズレを補正するにはかなり便利だろう。またカラーコレクションツールセットでは、コレクションするカットの前後のカットも同時に表示されるので、繋がりの中での色補正が可能だ。
カラーコレクションを行なうには、修正後の色が放送上問題ないかをチェックする機能はかかせない。XpressDVでは「セーフカラー設定」で、警告レベルの表示範囲を指定することができる。これはこれでいいのだが、筆者のように長いことオンライン編集をやってきた人間にとっては、波形モニタやベクタースコープ表示のほうがわかりやすい。単に警告表示が出るだけでは、どっちの方向にどれぐらいズレているのかの量的な判断が難しいのである。 そこでXpressDVでは、3つのモニタをどれでも波形モニタ表示に切り替えることができる。またRGBでの操作に慣れている人は、ヒストグラム表示にもできる。このあたりの徹底したカスタマイズは、独自の技を持つプロになればなるほど、便利に使えるものだ。 エフェクトは100種類以上というのがうたい文句だが、実は同じような動きが上下左右あって、それも1つ1つ数えてのことなので、実数は半分ぐらいだろうか。ほとんどはトランジションエフェクトで、不必要に派手なものは含まれず、普通に編集で使えるものがあるという印象だ。しかしエフェクトパネルは単なる文字表示だけで、サムネイルがエフェクト動作を表示するようなわかりやすさはない。
タイトル機能はというと、米国製プロ用ノンリニアシステムではありがちだが、あまり機能は高くない。というのも、もともと英語圏では古くからキャラクタジェネレータが発達しており、ビデオ編集とは別の分野でとして進化しているという背景がある。凝ったのはそっちでやれ、ということだろう。 日本では、文字も全部編集で入れ込んでしまうという習慣があるため、こと文字の扱いに関してはソフトにしてもビデオスイッチャにしても、海外製品は国内需要に合わないという図式が以前から続いている。もちろんXpressDVにそれなりのプラグインを追加すれば、編集時に全部やってしまうこともできるだろう。なおサードパーティ製のエフェクトやタイトル用プラグインを同梱した「Avid Xpress DV v3.5 PowerPack」というのも198,000円に値下げされている。以前は448,000円もしたものだ。
■ 総論 正直いってこれだけの規模のソフトだ。筆者自身もまだまだ全体を把握するには至って居らず、そういう意味では自分でも消化不良の感はあるが、ご容赦いただきたい。 それでも機能的には非常に高く、複雑な編集にも耐えられるだろうということは十分に伝わってくる。またルーチンワークとなる操作は非常にスピーディに操作できるよう、マウスアクションやテンキーを使った機能のアイデアは、さすがによく編集のことをわかっている。覚えてしまえば、強力な武器となるだろう。だがこれらの機能が、コンシューマユーザーに必要なのかと言われれば、それは難しいところだ。 いままでコンシューマ編集ソフトの操作性というのは、ほとんどPremiereを下敷きにしている。しかしAvid XpressDVは、その文化とはまったく異質に進化してきた体系を持っている。もっともAvidにしてみれば、プロ市場でのシェアは圧倒的なので、自分たちのほうが標準だと言うだろう。初めてノンリニアソフトを触る人は何だって同じだろうが、別ソフトを使ったことがある人がこのAvid仕様に馴染むまでは、相当時間がかかるだろう。 そういう意味で今回の価格改定は、コンシューマ市場へのステップというよりも、日本市場では「フリーランスエディタの取り込み」といった方向に機能するのではないかという気がする。しかしプロ向けはプロ向けで、仕事で手足のように使っている編集ツールをいきなり乗り換えるというのも、ホントに現場で使っている人間にとってはなかなかつらいものだ。 しかしそこは良くしたもので、実はAvidではXpressDVのFree版の準備が進められている。2ビデオトラック、4オーディオトラック、基本的なトリミング及び編集機能、2ストリームまでのリアルタイムエフェクト機能と、製品版に比べれば制限はあるが、オフライン程度には使えるだろう。Avidの流儀を覚えるには、これぐらいの制限があってちょうどいいのではないかと思う。 Free版のリリースは2003年第2四半期以降となっているが、若干遅れる模様だという。リリースされたら、またじっくり使ってみたいと思っている。
□Avidのホームページ(英文)
(2003年8月6日)
[Reported by 小寺信良]
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