■ 従来機とはどこが違うのか DVR(デジタルビデオレコーダ)に火がつき始めたのは、各社から10万円を切るモデルが登場し始めてからのことからだと思う。それが今や、一般週刊誌やトレンド誌にまで特集が組まれるほどに成長した。今年の業界図もそろそろ結果が見え始めたところだが、DVRのトレンドは今や、松下電器、東芝、パイオニアの3社で占められ、そこにソニーがPSXでどれぐらい食い込めるかに注目が集まっている。 そんな中、ビクターのDVR市場参入は意外に早かった。2000年11月には既にHDDとS-VHSのハイブリッドレコーダ「HM-HDS1」をリリースし、翌年にはHDDのみのレコーダやHDD内蔵テレビをリリースするなど、業界でも独自の立場を築いている。確かに存在としてはユニークなのだが、今ひとつDVD/HDDのレコーダとしては、「蚊帳の外」といったイメージだ。 そんなビクターがこの冬商戦に向けて登場させたのが、「DR-MH5(以下MH5)」だ。従来のDVRとは違ったところを狙うというこのマシン、今回はビクターにお邪魔してお話を伺いながら、その機能をチェックしてみることにした。
■ どことなくユニークな機能
本体サイズは435×346×70mm(幅×奥行き×高さ)という、レコーダとしては一般的なサイズ。正面から見ると、下半分を斜めに切り込んだデザインとなっている。これは最近のビクターの製品ラインナップに見られる共通したデザインだ。 特徴的なのはボディ下半分の斜めに切り落とした部分だが、おそらくVictorのVの字をイメージしたということだろうか。だがこのようなデザインはあまり必然性がなく、機能美を感じない。そこが切り込めるぐらいなら、全体的な横幅を狭くした方が良かっただろう。 パネル面は非常にシンプルで、左側に電源やチャンネル、REC MODE切り替え、HDD/DVD切り替えボタン。その下にはチャンネルや時間表示部がある。右側には映像操作部があり、その下には外部入力端子がある。 フロントパネルには、部材としてアルミやスモークのアクリルなどを使っているが、高級感はあまり感じない。全体的に段差の多い形状をしており、様々なラインが分断されているために、「立て付けの悪い家」みたいな印象を受けるからではないだろうか。
中央のDVD部はマルチドライブで、DVD-R/RW/RAMが使用できる。ただしDVD-RAMはカートリッジが使えないタイプなので、ディスクのみを挿入することになる。
背面に回ってみよう。RF入力は1つで、内部でダブルチューナに分配されている。出力はアナログAV2系統のほか、D2端子と光音声出力がある。外部入力は前面と合わせて3系統。DV入力は前面にある。 HDDにはあらかじめタイムシフト用の領域を設定することで、視聴していただけの番組を録画したことにして保存できる「さかのぼり録画」など、ユニークな機能を備えている。また再生では、音声もとぎれずに追従する1.5倍速早見再生機能もある。
リモコンも見てみよう。シルバーを基調としたシンプルな色相で、メニュー操作とレコーダ操作部だけ薄いブルーのボタンになっている。中央部のふくらみのせいか、妙にもっさりした印象だ。またダビングや予約など重要なボタンが小さくて、存在感が地味なのが気になる。
■ 画質で勝負するビクター
と、切り出したのはビクター商品企画部主席の福津則昭氏だ。ビクターの重要な資産は、言うまでもなくVHSというシステムである。現行のアナログも重要だし、D-VHSなどのラインナップもある。そこに拘ったことや、同社が選択したプラットフォーム(LSI)の立ち上がりに時間がかかったために、DVDというメディアに対して遅れを取ったという。 「2~3年遅れて他社さんの追随商品作ってもしょうがない。後発であっても、ビクターならではの存在感を出すところが重要だと思うんです。現状のDVDレコーダにも、やるべきところはちゃんと残っている。それは画質です」。
画質に対するコダワリは、各社ともに持っている。だがビクターが目を付けたポイントは、画面解像度である。現状のDVRでは、長時間モードでビットレートを下げたときに、MPEG特有の画面の荒れを気にして、映像の面積を縮小している。具体的には、映像面積として、以下のような段階がある。
多くのレコーダでは、長時間記録になるにしたがって、早め早めにこのステップを下っていく。例えばDVD1枚に3時間記録するようなモードでは、多くのメーカーではHalf D1にまで解像度を落としている。これはビットレートをあまり下げない(あまり圧縮しない)代わりに、映像の面積を小さくして、映像全体のファイルサイズを小さくしようとするからだ。 これに対してビクターは、3時間モードでも3/4 D1サイズにしか落とさないという、粘り腰のアルゴリズムを採用した(下図参照)。これにより、長時間記録の画質が圧倒的に有利になるという。
「ビットレート至上主義の現状から、違うところに目を向けて欲しい」。 福津氏はそう語る。だが、HDDからDVDへの高速ダビング機能がなく、再エンコードになってしまう。このあたりはどう考えるべきなのだろう。 「高速ダビングは、とても便利で優れた機能です。今回のモデルで高速ダビング機能が付けられなかったことに関して、社内でこの製品を市場に出すべきかどうか相当議論がありました。しかし『再エンコードだから画質が悪い』という常識を覆し、再エンコードでも高画質を実現できるということを示すためにも、リリースすべきだという結論に至ったんです」(同)。
ビクターの考え方は、録画時は高画質で録っておき、DVDメディアの容量に合わせて完璧な状態に再エンコードするという方法だ。再生時にしか適用できない3次元NRやブロックノイズリダクションをかけながらの再エンコードで、エンコード効率をアップさせる。もちろん前出の解像度ステップも、他社よりは高い位置でエンコードを行なうため、DVDという限られたメディア内に長時間録画した場合は、高速ダビングした他社マシンの結果よりも高画質になる。 「今のところ、HDDの録画もDVD規格内に収めていますが、この方法(再エンコードで高画質)が認知されていけば、DVD規格外の高画質録画しておき、じっくり再エンコードで保存、ということも考えています。また2passエンコードなんかがあっても面白いかと思います。もちろん次期モデルでは、高速ダビング機能も盛り込んでいきます」(同)。
ただし3/4 D1や2/3 D1といったサイズは、DVDビデオフォーマットではサポートしていない。このサイズが生きるのは、DVD Video Recording(VR)フォーマットで録画した場合のみだ。 なお初出時に、VRモードのメディアではPCのDVDドライブとソフトウェアDVDプレーヤーで再生することができなかった旨の記述があったが、これは筆者のPC環境の不具合によるものであった。お詫びするとともに、訂正させて頂く。
■ 他にもあるユニークな特徴
「さかのぼり録画」の使い勝手の面でも、他社のレコーダでは現時点から15分なりのある単位で戻るというのが普通だが、MH5の場合は時計の時間で15分単位で戻る。例えば10時35分からタイムシフトしている番組の頭を出そうとすると、1ステップで10時30分の地点、次が10時15分の地点、次が10時ちょうどの地点に戻るわけだ。テレビ番組というのは0分や30分に始まることが多いので、この方法なら番組の頭出しがやりやすいという利点がある。 オートCMスキップは、再生中にコマーシャル部分を検出すると、ユーザーが何もしなくても勝手にCM部を飛ばして、CM明けの頭までジャンプする。この機能はHDDからDVDへのダビング中にも働くので、番組によっては自分で編集しなくても勝手にCM抜きのDVDを作ることができる。もちろんCMの検出は、音声モードの切り替えを検知するシステムなので、洋画などではうまく働くが、ステレオ放送の番組では働かない。 「予約録画保証」という考え方も面白い。これは録画予約をすると、その時点でHDDの録画スペースを確保してしまうというもの。こうしておけば、その録画以前に録画された番組でHDDが一杯になってしまい、いざ当日になって録画に失敗する、ということがなくなる。 また、MH5が特に力を入れているポイントとして、VHSからのダビング機能がある。 「VHSからDVDへのダビングが綺麗にできるというのは、VHSを開発した我々ビクターの責任だと思っています」(同)。 外部入力に対しては、強力なTBCとフレームシンクロナイザーを装備した。多くのレコーダにもTBCは備わっているが、簡易的なものだったり、ジッター補正機能が弱かったりするものである。今のレコーダは、外部入力はBSやCSチューナを繋ぐという目的で使用されるケースが多く、VHSのダビングを主眼に置いたものとは言えない。 アナログ信号補正では、TBCの働きは重要だ。劣化した同期信号をすげ替えたり、時間軸の揺れ、すなわちジッターを補正することで、VHS出力ではヨレヨレだった映像をかなり修復することができる。同社でデモしていただいた限り、特にジッター補正に関してはかなりの効果があることが確認できた。 このあたりは長年録画機を作り続けてきたメーカーのノウハウがある。だが逆に、慣習から逃れられない、おかしなところもある。例えばリモコンの12キーでMH5のチャンネルを変えることができるのだが、10や12ボタンでテレビ朝日とテレビ東京をダイレクトに選局することができない。1→0や1→2と押さなければならないのだ。 これは12キーが、テレビのリモコンとして使うために付けられているためだから、と言う。以前からのVHSのリモコンもこうなっているそうだ。だが、レコーダのリモコンとして付属しているものが12キーまであれば、10や12ボタンでレコーダのチャンネルも変えられるべきだ。この仕様はあきらかにおかしい。
■ 総論 今の家電業界は、「DVDレコーダ」というキーワードに振り回されている感がある。実際にはDVDとHDDのハイブリッドレコーダであり、しかもユーザーのほとんどはHDDしか使っていないという現状なのであるが、HDDというものが一般の人に理解されにくいため、わかりやすいDVDという言葉が先行しているのである。 そういった状況だから、DVDを搭載しないHDDレコーダというのは、あまり世の中に認知されていないという現状がある。ビクターの出遅れ感も、その辺の「DVDというイメージ」を製品にうまくくっつけられなかったところにあると見ていいだろう。 今回のMH5は、メインストリームのレコーダにはない部分に目を付けた、意欲作だと言える。番組見たら捨てる派ではなく、時間はかかっても高画質でDVDに残すことをメインに考えているユーザーには、選択肢の1つに入れておくべきだろう。 だが筆者が思うに、今の段階で懸念されるのは、レコーダの波に乗るためにどれだけの犠牲を払えるか、ということだろう。まず、デザイン面。残念ながら他社製品と同じ商品棚に並んだときに、見劣りしてもしかたがないデザインだ。フラッグシップモデルの割には、内部の性能を滲み出させるオーラを感じさせないとでもいうのだろうか、欲しいと思わせる魅力に欠ける。 これは今DVDレコーダで趨勢を誇るメーカーみんなが通ってきた苦難の道なのであるが、コストダウンとデザインの両立は難しい。デザインというのは、中身にもましてお金がかかるところなのである。一度波に乗れば量産できるし、ラインナップも同じ筐体で展開できるため、デザイン費のコストは吸収できる。だが後発メーカーには、今から数年赤字覚悟でモノを作るというのは難しい。しかしそこを何とかしなければ、波に乗るのは難しいだろう。 もう1つの問題点は、消費者への露出だ。正直言って今回の取材で企画担当者自ら説明していただかなかったら、本機のメリットはわからずじまいだった。それほど今回の機器は、露出が少ないのである。 MH5のような方向性は、ある意味今のDVDレコーダの流れを変える可能性を持っている。だが、それは誰かが使って解説しなければわからない。このようなタイプの製品は、ただそこに存在するだけでは、いつまでも世の中に伝わっていかないと思うのだが、どうだろうか。
□ビクターのホームページ (2003年12月3日)
[Reported by 小寺信良]
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