地上波デジタル放送、いわゆる「地デジ」がいよいよ12月1日からスタートする。そんなあわただしい動きの中、今年も国内最大の放送機器展「Inter BEE 2003 2003」が、11月19日から幕張メッセで開幕した(21日まで)。 多くの人が地デジに期待しているのは、やはりHDTV放送だろう。しかし残念ながら新聞などで発表されているとおり、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京の3局が、放送開始後すぐには完全な状態でHDTV放送が開始できないことを明らかにした。しばらくはアップコンバートの映像などが混在すると思われるが、まあすでにBSデジタルではアップコンの番組だらけという実態なので、予想されていたことではある。 放送機器マーケットの観点から見れば、すでにキー局での設備投資は終了し、これからは地方局やプロダクション向けに製品の矛先が向いてくる時期だ。テレビ番組というのは、報道以外はテレビ局内で作られることはほとんどない。実質的には制作会社やポストプロダクション、あるいはフリーのクリエイタークラスにまでHDTVの機材が行き渡らなければ、フルHDTVでの番組編成というのはあり得ない。 そういう意味で今年から来年にかけて、いかに制作サイドが使えるHDTV機材のタマ数を揃えられるかで、お宅のプラズマテレビが値段分の価値を発揮するかが変わってくるというわけである。それでは毎度おなじみのセリフながら、「シロウトさんお断わり」の世界をご案内しよう。
■ ターゲットに変化アリの大メーカー
放送業界の巨人というイメージのSONYだが、今年の出展はすでにNAB 2003で発表されているものが中心。しかし業界定番メーカーということもあり、混雑ぶりは相当なものであった。
・小型マルチフォーマットスイッチャー 「MFS-2000」
コントロールパネルには3種類あり、最大では16入力8出力の1.5ME、続いて8入力4出力の1.5ME、最小では8入力4出力の1MEとなる。DMEは2ch内蔵でき、6ch出力のフレームメモリーも搭載、HDで16秒、SDで72秒の動画がストアできる。本体サイズは3U。 パネルデザインは、放送機器には珍しくなめらかな曲線を描いており、いかにもSONYらしい。リリースは2004年5月予定で、最小構成では860万円、フルオプションで1,700万円程度。 ・業務用DVCAMのカムコーダ「DSR-PD170」
プロシューマで気になるものとしては、業務用DVCAMのカムコーダ「DSR-PD170」がお目見えした。前モデル「PD150」が2000年6月発売だから、およそ3年半ぶりの後継機となる。 特徴としては、最低被写体照度を3LUXアップ、アイリスの調整を従来の12ステップから24ステップにするなど、細かな改良が施されている。外見はかなりPD150に近いが、ハンドル部にもズームレバーやRECボタンを装備したり、ビューファインダが大型化したりといったところがポイント。レンズフードは、新たにレンズキャップが内蔵できるようになった。また撮影には必須のワイコンとワイコン用レンズフードを同梱する。
だが基本的な性能はPD150を継承しており、近年のコンシューマー用ビデオカメラの進歩に比べれば、地味な改良だ。革新的な機能アップを期待した向きには、不満が残る結果と言えるだろう。なお標準価格は45万円と据え置かれている。
● Panasonic 以前はスタジオ副調や基幹システムのイメージが強かったPanasonic。
しかし、DVCPROの成功により、SONYと並ぶ総合放送機器メーカーとしての地位を確立した。
・大型マルチフォーマット対応スイッチャー「AV-HS5300」
最大構成で68入力30出力、4MEとなる大型マルチフォーマットスイッチャー。MEごとに2つのキーヤーを装備し、さらに使用頻度の高いエフェクトを集約したDVP-Lightを各キーヤーに標準装備する。 オプションで約2秒間の動画をストアできるクリップストア機能が装備可能で、ビデオとキーのセットが4系統出力可能。本体は11Uと、製品規模の割には小型。
基本的にはライブスイッチャーだが、従来のPanasonic製品とは違って、カラーリングやスイッチの感じなど、パネルデザインがSONYっぽい。このような大型製品は、従来のPanasonicにはなかったラインナップだ。
・DVCPRO HD EX小型VTR「AJ-HD1200」
「AJ-HD1200」は、HDの長時間記録を実現したDVCPRO HD-LPフォーマットに対応したVTR「DVCPRO HD EXシリーズ」のハーフラックモデル。
従来フォーマットであるDVCPRO(25)、DVCPRO 50、DVCPRO P、DVCPRO HDも再生可能なほか、DVフォーマットやSONYのDVCAMフォーマットのテープも再生できるなど、HDとSD混在の状況に合わせた運用が可能となっている。L、XLのような長時間テープは再生できないが、小型故にノンリニアシステムなどとも組み合わせやすい。
・あのモデルの後継機「AG-DVX100A」
独自のこだわり機能でDV撮影のイメージを覆した「DVX100」に、早くも後継機が登場した。Advanceを意味するAを末尾に加えた「AG-DVX100A」だ。 評判のCINE-LIKEガンマにバリエーションが増え、ダイナミックレンジ優先の「CINE-LIKE-D」、コントラスト優先の「CINE-LIKE-V」、従来のLOWよりもさらにコントラストを強調した「B.PRESS」の3つが新たに追加された。
また従来モデルでは、Wideモードではレターボックスでしか撮影できなかったが、今回あらたにスクイーズモードを追加。さらにディテール調整、ニー調整が追加され、より凝った絵作りが可能になった。そのほか細かい改良点としては、24P/30Pモードでもオートフォーカスが可能になったり、カラーバーが収録できるなど、従来機で「あれ?」と思った点がことごとく改善されている。
さらに参考出品ながら、DVX100まではと思っていたユーザーにぴったりの小型DVカメラ「AG-DVC30」も展示された。 1/4インチ41万画素3CCDを搭載し、レンズは35mm換算で39.5mmから632mmの16倍ライカディコーマーレンズ。また3CCD機としては世界初の、赤外線夜間撮影モードを搭載した。CINE-LIKEガンマを搭載するなど、ツボはしっかり押さえている。ただしプログレッシブ撮影はインターレースからの補間合成となる。 機能的には、DVX100をそのまま小さくしたわけではないため用途は異なるだろうが、それでも今後注目されるモデルだろう。
■ ようやく現実的になったHDノンリニアシステム
すでに米国ではプロ用メーカーとして定着しつつあるカノープスだが、いよいよ日本でも本格的にプロ市場に乗り込んできた。
・圧縮HD編集システム「HDWS-1000」
オリジナルコーデックを使用して、1/7圧縮でHDTVフォーマットの編集が可能なシステム「HDWS-1000」がカノープスから登場した。編集ソフトは「EDIUS Professional」という専用のバージョンで、2ストリーム+1タイトルのリアルタイム処理が可能。カラーコレクタや3Dエフェクトなどもリアルタイムで処理できる。またSD素材も混在できるところなどはユニーク。 320GBのコンテンツ収録用HDDを内蔵し、約5時間分の編集作業が可能。リリースは来年1月末で、ターンキーシステムで約400万円と、HDノンリニアシステムとしては破格に安い。
・EDIUS Ver2.0 またあらたにMPEG-1/2のフレーム編集にも対応、オーディオ素材としてMP3が使えるなど、コンシューマーのニーズに即した改良が加えられている。まだ具体的なリリース日は未定だが、従来のユーザーには有償アップグレード、新規ユーザーにはキャンペーンを行なう予定があるという。 ● CRECENT CRECENTは、Adobeブース内にて「Premiere Pro」を使った非圧縮HDノンリニアシステムを出展した。
・Bluefish HD|Furyターンキーシステム
ソフトウェアは「Premiere Pro」および「AfterEffects Professional」、「2d3 Steady PRO」がバンドル。さすがにエフェクト類はリアルタイムでは動かないが、非圧縮で1.6TBのRAIDまで付いて550万と、これもかなり安いシステムだ。 CRECENTではさらに、SONYのHDCAM SRのような10bit 非圧縮4:4:4:4の入出力が可能な「Bruefish HD|Lust」もある。
■ 日本初
米Omneonの「Networked Content Server」は、柔軟な拡張性を備えたビデオサーバー。会社発足からまだ2年目という新しい会社だが、すでに米国ではシェア第3位という急成長を遂げており、日本では初公開。 最大の特徴は、拡張する際にシステムを停止しなくてもいいところ。稼働しながらストレージを追加でき、しかも自動認識する。 Omneonは、もともとGrassValleyのビデオサーバー「Profile(日本名 PVS)」を開発したエンジニアがスピンアウトして興した会社で、ただのIT系ベンチャーとは毛色が違う。HDのエンコーダ・デコーダは現在自社製品ではないが、来年には自社開発のものが出るという。
今回のInter BEE 2003では、A.I.Mとコンドーブロードキャストのブースに展示されている。 ●プラットイーズ
放送コンサルティング会社プラットイーズでは、番組の制作管理に必要なソフトウェア群をリリースした。 「業界君」は、ドラマやドキュメンタリーといった番組ジャンルに応じた見積もり制作から予算管理までを行なう、制作支援ソフト。米国にはこの種のソフトウェアは存在するが、日本の事情に合わせた製品は初めて。 大まかな番組構成を選択するだけで、必要な項目やだいたいの「常識的」な制作費がテンプレートに入力されており、ユーザーはそれを事情に応じてカスタマイズするだけで、見積書が作成できる。実際の制作に入ったら、実行予算の把握から仮払い精算に至るまで、すべてこれで管理できる。 そのほかにも番組情報管理ツール「弥太郎」、メタデータ対応番組編成支援ツール「線引屋」、データ放送用自動広報システム「街報局」など、いままでほとんどカスタムでしか存在しなかったソフトウェアを多数リリースしている。
■ 総論 昨年のInter BEE 2002は、盛り上がってるんだか盛り上がってないんだかよくわからない感じであった。しかし、今年はHDノンリニアシステムの具体的な形が見えてきたこともあって、局だけでなくようやく業界全体がHD放送に向けて回転し始めたかな、という感触を得ることができた。 地デジ放送開始まであと10日に迫ったここまでHD制作システムが遅れた理由は、すでにデジタル放送を行なっている米国やヨーロッパが、HDに対してほとんど興味がないという点に尽きる。番組から報道まで全部HD化しようという日本のマーケットは、世界的に孤立しているのである。 いままで米国のパワーを当てにしてきた日本の放送業界が、今度は自力でシステム開発を迫られ、その結果がようやくここに来て目が出てきたというのが、今年のInter BEE 2003の特徴だろう。 これから各メーカーの矛先は地方局に向くと思われる。そしてその地方局は、12月から始まる地デジで、自分たちのキー局がどのぐらいHDの番組を放送するのか、それによって対応を決めようとしている段階だ。 いろいろな思惑を乗せた地デジはうまく離陸できるのか、日本のメーカーのみならず、世界からも注目が集まっている。
□Inter BEE 2002の公式サイト
(2003年11月20日)
[Reported by 小寺信良]
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