先日のレポートでもお伝えしたとおり、今回のNAB2004ではHD方向に向かって急ハンドルを切った米国放送業界の実態が見えてきた。ちょうど地上デジタル放送の開始時期とぶつかった日本にとっては、この急展開は歓迎すべき事態だ。 日本においては、すでにキー局はHD化に対する設備投資はほぼ完了しているが、今回の流れでもっとも恩恵を受けるのは、実際に番組制作を行なうプロダクションやポストプロダクション、フリーランスといった業態や、これからHD化する地方局である。 今回はノンリニア以外の、放送用ハードウェアの話題を中心にお送りすることにしよう。かなり専門的な話ゆえ、わけのわからない人も多いかと思うが、プロ用機器の技術はやがてコンシューマーにも波及する。放送技術がどこへ向かっているか、知っておいても損はないだろう。 ■ HDの波に乗れ? SONYの思惑
放送業界の巨人、SONYが掲げた今回のキャッチフレーズは、「Ride the HD Wave」。HD化の流れを大きなものにして、その波に乗っていこう、というわけである。 だが元々HDラインナップを数多く持つ同社なだけに、かえってHD関係の目新しいソリューションは多くない。昨年発表されたモデルの廉価版や、将来的にはHDにしたいです、みたいな話はあるものの、波を自ら増幅するほどのパワーが欠けて見えたのは残念だ。
HDソリューションの中で、業界でも注目度が高いのが、コストパフォーマンスに優れたHDV規格のカメラだ。番組まるごとこれで撮るということはないにしろ、現状のDVカメラのようにサブカメラとしての用途としては大いに注目される。というよりも、すでにDVカメラを使った番組制作手法がここまで一般化してしまうと、同じ方法論がHDでも使えないのはむしろ番組の質に関わると考えてもいいだろう。 既にビクターが720pの実働機を出しているが、HDV規格に1080iを盛り込んだSONYの動向が注目されていた。今回のNABで実機が発表されるのではないかという期待感はあったが、残念ながら会場では既に発表されているモックアップの展示にとどまった。一説にはすでに動作モデルが存在し、それを発表しないのは、まだDSR-PD170の在庫が捌けないからだという噂もある。
ただHDVノンリニア編集のソリューションは、SONYだけではなく他社から数多く発表されており、SONYブース内でそれらを一同に見ることができた。特にSONYが投資している中国の技術開発会社、Sobeyの技術は、XDCAMの編集ソフトにも採用されており、今後SONY純正のHDV編集アプリケーションとして登場する可能性もある。
よくよく考えてみれば、まだHDV規格のカメラはビクターの「GR-HD1」と、これの業務用機である「JY-HD10」っきりなのである。それでも数多くのメーカーが対応を表明していることからも、いかに業界がこの規格に注目しているかがわかろうというものだ。 その一方で、リニア編集に対応するソリューションも参考出品された。具体的にはHDVのMPEG-2 TSをHD DVIに変換してHD CAMやHDDレコーダなどに立ち上げ、リニア編集システムの中に組み込むわけである。すでにHDのリニア編集システムは大手ポストプロダクションで稼働しており、その中にHDV素材を入れ込む手段としては妥当だろう。
昨年発表されたXDCAMは、ブルーレイ技術を利用した報道用システム。既に海外では累計で13,500台ほどの販売実績があるという。撮影からディスクメディアを使うメリットを生かしたシステムではあるが、現状ではSDしかない。 XDCAMのブースでは、HD用XDCAMデッキのモックアップが展示されており、注目を集めた。もともとコンシューマのBlu-rayはHD記録用として使われているわけで、XDCAMは技術的には同じではないものの、誰もが予想した流れではある。ただHD化するにあたっては、記録速度やプロ用機器としての安定性など、課題が多いのも事実だ。
●HDCAM SR、デュアルストリームで2カメラ1VTR収録を実現
昨年発表された高画質HD規格、HDCAM SR。特にデュアルストリームを使った4:4:4撮影は、映画やCM業界で注目を集めた。今回はこのデュアルストリーム収録技術を使って、2台のHDCAMカメラからの出力を1台のVTRで収録するアイデアが目を引いた。 具体的にはHDによるステレオ撮影や、マルチディスプレイ用広角撮影といった特殊撮影に使われることになる。これまでこのような用途にはフィルム撮影が一般的であった。SDからHDだけでなく、フィルムからHDという、これも1つのRide the HD Waveと言えるだろう。
HDとは直接関係ないが、ハイエンドリニア編集機BVE-9100の後継機、「Plug-in Editor」が発表された。BVE-9100はハイエンドリニア編集システムで使われる編集機だが、既に発売から10年以上が経過し、新モデルの登場が待たれていた。Plug-in Editorは独立した編集機というよりも、スイッチャーに組み込まれるサブセットとして機能する。そう言う意味でPlug-inであるということらしい。 だがそうなればSONY製以外のスイッチャーとは組み合わせ辛くなるわけで、これも一種の囲い込み作戦と言えるかもしれない。 ■ P2で気を吐くPanasonic
昨年のNABで発表された、SDメモリーカードベースのメモリー記録カメラ、「DVCPRO P2」。今年はついにカムコーダ、レコーダー、カードドライブなどの実働モデルを展示、4月より順次リリースされる。モックアップ発表から1年で実機発売にまで漕ぎ着けるという異例のスピード開発で、今のPanasonicの勢いを感じさせる。
ただし現状ではまだSD収録で、HD記録は来年以降に持ち越しとなる。だが同社にはD5 HDやDVCPRO HDといったHDカメラの実績があり、技術的な問題は少ないと思われる。P2のHD化に向けてのハードルはむしろ、SDメモリーカードの大容量化にかかっていると言えるだろう。
またハイエンド方向だけでなく、ポータブル向けとしてもP2を普及させたいとして、現状のDVX100相当のモデルのモックアップも展示された。現状PanasonicはHDV規格メンバーではないが、P2の裾野を下にも広げることで、業界のHDV規格への流れに待ったをかけた形となる。
予定されているスペックとしては、1/3インチプログレッシブ3CCD搭載で、対応HDフォーマットは1080 60i、同30P、720 60P、同30Pの4種。記録方式はMPEG-2 TS 50Mbpsまたは25Mbpsとなっており、記録媒体がメモリーである以外は、HDV規格と被る部分が多い。 だがノンリニア編集をターゲットにすれば、転送速度やハンドリングの良さで、テープを使用するHDVよりもアドバンテージが高い。問題があるとすれば、記録メディアのランニングコストが合うか、またメモリー記録だけのカメラで、撮影時に損害保険が賭けられるかといった点は、今後議論すべき課題だろう。 ■ HDVの震源地、JVC
今やHDVカメラのリーディングカンパニーと化したVictor/JVC。元々業務機で強い同社だけに、今後放送業界の中でHDVをどう舵取りしていくのか注目される。 今回のNABで発表されたのは、CCDではなく、2/3インチC-MOSを採用した3CCDカメラのプロトタイプ「GY-HD0000U」。もちろんHDVフォーマットである。コンシューマ/業務レベルから大幅にプロ仕様に振ったスペックで、業界関係者ばかりでなく、同じHDV規格に賛同するライバル他社の注目度も高い。
対応フォーマットは1080 60i、同24P、720 60P、同24P、480 60P、同60i。またオプションでHDD記録にも対応しており、HDV規格でありながらそれを超える方向性を示唆している点もおもしろい。 ■ THOMSON
スイッチャーの老舗、米GrassValleyを買収した仏THOMSON。しかし業界ではTHOMSONよりもGrassValleyのブランドを前面に押し出した方が得策と考えたのか、ブースデザインはGrassValleyロゴが中心となっている。 大型プロダクションスイッチャーKalypso HDは、1つの本体でHDとSDの切り替え可能となった。切り替えはソフトウェアのみで行ない、システムの再起動でHDとSDのシステムチェンジができる。 また同じくTHOMSONが買収した蘭PHILIPS放送機器部門の流れを汲む小型スイッチャーKayak DDは、今回2MEのHDモデルを参考出品した。まだ実働モデルではないが、中継や収録などでHD小型スイッチャーを求める声も強く、これも注目度は高い。
撮影関係では、非圧縮フィルムストリームモードを備えるハイレゾリューションカメラ「VIPER」に対応した、新しいHDDレコーダ「UDR-2E」が発表された。開発したのは日本の計測技研。 このレコーダの特徴は、12bit 4:4:4 RGB収録が可能な点。さらにワイヤレスLANを使って、PDAからのコントロールも可能となっている。
■ 今後要注目のSNELL & WILCOX
技術力は高く評価されているものの日本ではあまり導入実績のないSNELL & WILCOXだが、今回ブース内の別室にて参考出品された新スイッチャー「kahuna」は強力だ。1台のハードウェアで、HDとSDの映像を混在して使用することができる。つまり、SDの入力は内部でHDにアップコンバートし、HDの入力はSDにダウンコンバートして、両方の素材をシームレスに使用できるのである。
今までスイッチャーでは、HDとSDと切り替えで使えるというものはある。前出のKalypso HDやSONY MVS-8000aなどもそうだ。だが両ソースをいっしょくたに使うという発想はノンリニアでは存在したものの、スイッチャーレベルで実現したのはユニークであり、現実的だ。単にアップコン、ダウンコン内蔵といえばそれまでだが、全入力でこれを行ないながら、本体サイズは11U程度と、破格に小さい。 まだ参考出品のため最終仕様ではないが、MEごとに4キーヤーを装備し、最大4ME、入力最大数は80と、かなり大型化できる模様。仕様は今年9月に開かれる欧州最大の放送機器展「IBC」までに確定する予定で、11月に日本で開かれるInterBEEでは最終仕様のモデルを見ることができるだろう。 ■ Carl Zeiss、HDCAM用として初のズームレンズ「DigiZoom」
独Carl Zeissの米国における総代理店「band」のブースでは、ツァイスとしては初のHDCAM用ズームレンズ「DigiZoom」が展示されていた。ズーム範囲は6mmから24mmで、いわゆるショートズームに相当する。
今までHDCAM用としては、DigiPrimeシリーズとして5mmから70mmまでの単焦点レンズが8本リリースされているが、これにズームレンズが加わることでより幅広い表現が可能になるだろう。価格は48,624ドルで、ショープライスとして43,500ドルの値が付いていた。 ■ 実はできている? Adrenaline用HDボードを説明会で展示したAvid
初日のレポートでは取材できなかったAvidの情報も、ここに加えておこう。期待されたMedia Composer Adrenaline用HDボードだが、別会場の日本人向け説明会にて実物が紹介された。既に実働モデルであり、ブースにもちゃんと展示してあるということであった。どうやら筆者が見つけられなかっただけらしい。
こちらのボードはHD圧縮コーデック「Avid DNxHD」を利用するタイプで、HD非圧縮ボードはさらにPCI-Xのボードとして登場する予定。発売に関しては初日のレポートどおり「年内」とのことで、実際には今年末ということであろう。今の段階で実働しているわりには、発売が遅いのが気になるところだ。その間にライバルであるAppleやMedia100がどのような攻勢をかけていくのか、「HDノンリニア元年」の今年はPC業界としても目が離せない。 ソフトウェアでは、新アプリケーションセット、「Avid Xpress Studio」がお目見えした。これは編集の「Avid Xpress Pro」、合成の「Avid FX」、3DCGの「Avid 3D」、MAの「Pro Tools LE」、DVDオーサリングの「Avid DVD」と、すべてのビデオソリューションを内包するパッケージ製品。中でも新開発の「Avid 3D」は、SoftImage|3Dをベースに作られた3DCGソフトで、編集マンでも使えるよう、テンプレートをモディファイしながらオリジナルの3DCGが作成できるという。
いやできるとはいうものの、ブース内ではデモンストレータ自身が3Dの操作に慣れておらず、ろくにデモもできない状態。まだベータでちゃんと動作していないという事情もあるだろうが、はからずしもすべてのビデオソリューションを一人で把握することの難しさを自ら露呈した形となっているのが気にかかった。 筆者自身もビデオ編集をやり、3DCGを作り、DVDオーサリングをやるが、それぞれの作業は、かなり別の感性が必要になる。さらにこれら全部がプロとしていっちょ前にできるようになるまでは、相当の時間がかかる。既に全部できる人にはお得なパッケージだが、そういう人はすでにそれぞれソフトを持っているはずであり、乗り換えるメリットがどれぐらいあるのか、はたまた未経験者が買ってどうにかなるものなのか。 インターフェイスボックスMojoとミキサーDigi 002まで付いたComplete版が予価105万円と、価格的にはお得感はあるのだが、誰に向かってこれを売っていくのか、いろんな意味で売り方が難しい製品だろう。 ■ 総論
今年のNABは結局何だったのかと問われれば、SONYのキャッチフレーズである「Ride the HD Wave」に集約されるだろう。ノンリニアでのHDソリューションに目処が付いたところで、一気に業界全体がHDに向かって走り出した格好だ。 米国では、HD対応ディスプレイ市場が昨年だけで3倍近い成長を遂げた。HD専用を謳う衛星チャンネルも好調で、地上波各局もゴールデンタイムはHD放送に切り替わっている。 だが盲信的にHDに走るのではなく、SDの軽さが重要な部分、例えば報道などではSDのメリットを生かしたIP伝送などの技術を取り入れるなど、きっちり棲み分けを行なっているところが、いかにも合理主義の米国らしいところだ。 日本では経済的な面から、もっとも資本が集まるキー局にHD機材が集中し、その結果、局が持っている報道やスポーツが通常番組よりも先にHD化されるという、奇妙な逆転現象が起こっている。しかしノンリニアHDの台頭で、徐々にHDの番組も軌道に乗ってくることだろう。 HDTVに関しては、送り側の準備は今年秋から来年にかけて整ってくる。あとはコンシューマ側の撮影・編集・録画機材がどの時点で「Ride the HD Wave」してくるのか、今から楽しみだ。 □NAB 2004のホームページ (2004年4月28日)
[Reported by 小寺信良]
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