■ NAB2004開幕
今年もまた世界最大規模の放送機材展、「NAB」(National Association Of Broadcasters)の季節がやってきた。今年は例年よりも10日ほど会期が遅く、ここラスベガスは気候的にも一番過ごしやすい時期となっている。 現地時間で4月19日月曜日より開催されたNAB2004、午前中こそ来場者の出足が遅く、セントラルホールエントランス付近は閑散とした様子だったが、そこはそれスタートが遅いのは業界人の常。お昼ごろから急速に混雑し、人気のブースではろくに写真も撮れないほどのにぎわいを見せた。 会場の構成としては、旧来のハードウェア機材群がセントラルホールとサウスホール2階、サーバー・ノンリニア系がサウスホール1階、オーディオ系がノースホールという布陣となっている。 今回のElectric Zooma!は、コンピュータ系ソリューションが集中する、サウスホール1階の模様を中心にお送りする。 ■ Apple、HDソリューションで来場者を釘付け
今年のNABの目玉とも言えるトピックは、やはりAppleのHDノンリニアソリューションだろう。Appleブース通路側にしつらえられたFinal Cut Pro HDとMotionのデモは、しばらく待たないとマシンにも近寄れないほどの盛況ぶり。 Final Cut Proは、以前からPinnacle CineWaveなどのハードウェアと組み合わせれば、HDの編集ができた。業界人が今回のFinal Cut Pro HDで何を大騒ぎしているかというと、PanasonicのDVCPro HDのデッキと組み合わせることで、特別なハードウェア無しにHDの作品ができるようになったという点で画期的なのである。
具体的には、今までHDの映像をキャプチャするために、HD SDI信号の入出力ボードが必要であった。だがこれらを含むターンキーシステムは、少なくとも1,500万円程度の価格になる。だがDVCPro HDのVTR「AJ-HD1200A」などと組み合わせれば、Mac側にボードは必要なく、FireWireでキャプチャできる。もちろんMac側のコーデックは松下の「100Mbps DV-HD」を使うことになるが、データ的に軽いため、4ストリームの同時再生が可能という軽快さとなっている。 ということは撮影からDVCPro HDで行なう必要が出てくるわけだが、番組などはそれで十分というものも数多くあるわけで、現実を見据えたシステムだと言えるだろう。
Appleブースもう一つの目玉が、新アプリケーション「Motion」だ。モーショングラフィック作成ソフトと言われてもピンと来ないかもしれないが、高解像度の静止画や文字、CGなどのループ素材などを組み合わせて、動画コンテンツを作成するソフトウェアである。 多くの人はAdobe AfterEffectsのようなものをイメージすると思うが、あそこまでフレキシブルではないにしろ、できることはかなり近い。デモを見た感じでは長尺の合成には向かないが、オープニング程度の秒数であれば、かなり快適に作業できそうだ。
ユーザーにとって一番気になるのは、同社の「Shake」と何が違うのかというところだ。もちろん値段が一番違う(Motion:31,500円、Shake 3.5:346,500円)わけだが、Shakeはどちらかといえば映画などの高解像度映像の合成ツールで、動画同士の合成がメインと考えるべきだろう。 一方Motionは、ビデオ解像度レベルの合成で、静止画などのハンドリングのいい素材を組み合わせて動画コンテンツを作成するツール、という印象を持った。 ■ Media100、新会社傘下で復活を果たす
ノンリニアシステムとして一時はAvidと人気を二分したMedia100だが、製品開発の遅れからユーザーが次第に離れていき、今年2月には営業停止かというところまで追いつめられた。だがイスラエルに本社を持ち、MPEGハードウェアエンコーダなどで知られるOptibaseの元で開発が再開され、今回のNABでは非圧縮HDノンリニアシステム、「Media100 HD」を発表した。 Media100 HDは、新開発のI/Oボード「Genesis Engine」を搭載した、HD用ノンリニアシステム。圧縮率は非圧縮から1/120までを選択できる。Avidに対するMedia100のアドバンテージは、同社以外のソフトウェアで作業することを積極的に推進している点であった。例えば合成部分はAfterEffectsを使用するなど、自由度の高い構成でユーザーのオリジナリティが発揮できる環境であった。
今回のMedia100 HDでは、独自開発のソフトウェアコーデックを使用しており、将来的にコーデックは無料配布される予定。従来のMedia100コーデックは、ハードウェアに依存していたため、別マシンでの作業が難しかったわけだが、これで複数のマシンを駆使した制作環境にも柔軟に対応できる。ただしプラットフォームはMacのみで、Windows版の開発は今のところ考えていないという。 ソフトウェアとしてはまだVer1.0だが、機能的にはSDモデルの最終バージョンとほぼ同機能を持つ。つまり映像編集はABロールがメインで、その上にグラフィックストラックが載るという構成だ。なおトランジションエフェクトなどを含め、まだリアルタイムでのエフェクトプレビューはまったくできないが、次期バージョン2.0ではある程度可能になる予定。なお、既存HDシステムであるMedia100 iシリーズや844xとも素材の互換性があるため、乗り換えや共存も可能となっている。 発売は、米国では5月1日から。日本での販売はエヌジーシーが行ない、既に予約しているカスタマーに対しては、連休明けから順に出荷されるという。価格はターンキーで239万4,000円と、非圧縮HDノンリニアシステムとしては破格に安い。ただし非圧縮で作業を行なうには、ストレージがかなり大量に必要になる。 特にMedia100は日本にユーザーが多く、先行きが心配された矢先でもあったため、この復活は歓迎されることだろう。今度こそ安定した製品開発を期待したいところだ。 ■ Avid、HDの波に乗れず
以前から実用的なHDノンリニアシステムの最短距離にいると思われていた、というか筆者が勝手に思っていたAvidだが、意外にも期待されていたMedia Composer Adrenaline用HDボードはブース内に展示されておらず、途中で仕様変更などもあって製品化は大幅に遅れる模様。 それでも米国では、編集システムとして最もポピュラーな製品群だけあって、その混雑ぶりは大変なものだ。ろくに話も聞けず退散したが、後日詳細を改めて取材する予定だ。 ■ Ulead、MediaStudio Pro 7でHDV対応
DV編集ソフトとしてはすでに老舗の領域に入るMediaStudio Pro 7だが、今回新たにUlead HD Plug-inを開発、HD編集ソフトに名乗りを上げた。ターゲットとするのは、ソニーやビクターなどが推進するDVのHD規格、HDVフォーマットで、相変わらず新フォーマットへの対応には爆発的な開発力を誇っている。 HDVフォーマットは、720Pもしくは1080iをDVテープに記録するソリューションだが、圧縮方式はMPEG-2でありながらも、MPEG-2 TSという放送映像の伝送などで使われている方式であるため、ほとんどの編集ソフトウェアが対応を見送っている状態。コンシューマ用で唯一入手可能なものとしては、ビクターのHDVカメラに付属のKDDI製「MPEG Edit Studio Pro LE」ぐらいだろう。 だがこのソフト、「編集はできなくもないような気もしないではない」ぐらいの出来なので、まともに編集するのはかなり辛い。HDVのキャプチャを可能にしている製品としては、今までフォーカルポイントコンピュータが販売する「Indie HD Toolkit」があったが、これはMac専用である。だがMediaStudio Pro 7で編集が出来るようになれば、かなり汎用性は高まるだろう。
このプラグインでは、キャプチャ時にMPEG-2 TSをMPEG-2 PS(プログラムストリーム)に変換するので、MediaStudio Pro 7上では通常のMPEG-2ファイルと同等に扱えるようになる。また編集後は再びMPEG-2 TSに変換してテープに書き戻せるなど、従来のDVシステムと同じような使い勝手を可能としている。 デモでは、HDVカメラの実機がビクターカムコーダしかないため720Pで行なっていたが、1080iもサポートしており、その関係でソニーブースのHDVコーナーにも編集ソリューションとしてMediaStudio Pro 7が展示されている。 なおHDVへの対応は、AppleやAvidなどもアナウンスしてはいるが、まだ実働していないという現状だ。コンシューマ的にはMediaStudio Pro 7でOKかもしれないが、業務ユースやプロのサブシステムとして使ってどうなのか、クオリティ的な不安は残る。 ■ 逆転するか? 素材集ブースに異変
たぶんこのネタはNAB取材競合他社の誰も気が付いてないというか、気が付いても記事にはしないと思うので、速報としてアップしておく。 NABみやげ? として人気のある素材集DVD。よく知られているのが、古くからフィルム撮影の実写を得意としてきたArtbeatsと、CG系素材集で勃興したDigital Juiceの2社だ。今年はなんとこの2社のブースが隣り合わせとなり、場内になんとなーく気まずい雰囲気をもりもり醸し出している。
近年の製品では、ArtbeatsもCGものを提供したり、Digital Juiceが実写素材をリリースしたりと、おたがいに傾向が似てきている。ばら売り主体のArtbeatsに対して、企画ものでパッケージ販売を行なうDigital Juiceのほうが年々成長が著しく、今年はブースのサイズもDigital Juiceが優勢となった。
そのDigital Juiceのステージでハイテンションに客を盛り上げるお姉さんをよくよく見れば、なんとかつてNewtek VideoToasterのデモンストレータとして人気を博した、Kiki Stockhammerその人であった。 Newtekの受付嬢から身を起こし、デモンストレータ以外にも体を張って動くマスク素材となったり、退社後はNewtekスピンアウト組が作ったPlayのTrinityのデモンストレータ兼クロマキー素材などで活躍し、さらにはWarp11というロックグループのボーカリストとして活躍した……のか? 現在は巡り巡ってDigital Juiceに就職したのか、はたまたフリーのデモンストレータなのか……。事実を確認する気はまったくない。 ■ 総論
筆者は各メディアや講演などを通じて、以前から「NAB2004からHDノンリニアが起動、本格的なHD番組制作は2004年秋の改変以降」と予言してきたわけだが、どうやら嘘つき呼ばわりされなくて済みそうである。 ただ最初に来るのがAvidのAdrenalineだろうと思っていたところが大ハズレのどんでん返し、さらにAppleとPanasonicの提携がこんなに早くリーズナブルなシステムを生んだことでまた大どんでん返し、さらに「終了」と思われていたMedia100がなんと非圧縮HDで復活という特大どんでん返しで、今年のNABはまさにそこら中で業界地図のでんぐり返しが行なわれているという状態である。 もちろん明日以降も取材は続く。放送専用ハードウェア関係は、また後日レポートする。 □NAB 2004のホームページ (2004年4月21日)
[Reported by 小寺信良]
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