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第132回:萌えとロボットだけがアニメではない!!
ボロは着てても心は錦 「東京ゴッドファーザーズ」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ 少々季節外れですが
東京ゴッドファーザーズ
価格:4,935円
発売日:2004年4月28日
品番:JDD-35659
仕様:片面2層(本編)
収録時間:本編約92分
画面:ビスタサイズ(スクイーズ)
音声:日本語(ドルビーデジタル5.1ch)
字幕:日本語・英語
発売元:ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメント

 先ごろ行なわれた第57回カンヌ国際映画祭を例に挙げるまでもなく、アジアの映画が今、世界から注目を集めている。その中でも、「ジャパニメーション」は、もはや死語になりつつあるほど浸透し、そのクオリティの高さや、大人の観賞にも耐えられる内容などが独自の文化として認められるようになった。

 だが、宮崎駿や押井守、大友克洋など、スケールの大きな大作が目立つ日本アニメ界において、より社会性が高く、実写に近い独自の魅力を持ったアニメを手がける監督がいる。それが今回採り上げる「東京ゴッドファーザーズ」の今敏(こん・さとし)監督だ。

 もともと漫画家としてデビューした今氏だが、現在ではアニメ監督としての活動がメイン。アニメでは知る人ぞ知る「老人Z」や、大友克洋監督の「MEMORIES(彼女の思いで)」に参加。押井監督の名作「機動警察パトレイバー2」ではレイアウトなども手掛けている。

 初監督作品は、劇場用のサイコホラーアニメ「パーフェクト・ブルー」。まだ学生だった頃、渋谷の試写会イベントで初めて観たが、そのクオリティと、従来のアニメとは一線を画するリアルな雰囲気に圧倒された記憶がある。当時は、実写と見まごうほどの映像に「なにも手間のかかるアニメでやらなくても」と考えてしまったが、リアルな現実をアニメで描くことで、独特の説得力を持たせていたのも事実。同じ脚本で実写を撮っていたら、あまりパッとしないドラマになっていただろう。

 その後もドリームワークスによる全米配給が行なわれた「千年女優」、初のテレビシリーズとして話題の「妄想代理人」など、精力的に活動。東京ゴッドファーザーズも日本での公開から1カ月足らずで米国公開され、「千年女優」と合わせて第76回アカデミー賞長編アニメ部門にノミネートされた。

 映像的なクオリティだけでなく、一風変わった物語の設定や、練り込まれたストーリー展開も今監督の特徴。東京ゴッドファーザーズもその例に漏れず、東京の裏側を舞台に、3人のホームレスを主人公にした作品。今監督らしい目の付け所だ。

デラックスBOX版

 DVDは通常版とデラックスBOX版の2種類を用意。通常版は本編ディスクのみだが、デラックスBOX版にはメイキングなどを収録した特典ディスクや、ポストカード、絵コンテ集、ブックレットなども収録している。価格は通常版が4,935円。デラックスBOXが12,800円となっている。

 洋画DVDと比べるといささか割高だが、日本の劇場用長編アニメとしては平均的な値段だろう。ただ、設定やキャラクター、演じている声優(俳優)の性質上、「アニメであれば多少高くても購入する」というコアなアニメファンへのアピール度は低い。

 むしろアニメだろうが実写だろうが、面白いものは好きという「映画ファン」に見て欲しい作品だ。だが、そうした層には高値に感じるかもしれない。なんとも微妙な位置にあるタイトルと言えるだろう。


■ 実写を超える実写感

 主人公は新宿・東京都庁の裏手にある公園で暮らす、3人のホームレス。中年男のギンは、自称・元競輪選手。だが、紆余曲折あって女房や子供を亡くし、働く気力も失せ、落ちぶれること十数年。一升瓶が良く似合いそうな典型的なオヤジだが、男気はあり、人望も厚い。

 ハナは長身でがっしりとした体格のオカマ。「心はだれよりも女よ!」と言い張る彼女は、喜怒哀楽が激しく、歌を愛するドラッグクイーン。そんなギンとハナのダンボール小屋に転がり込んでいるのは、家出女子高生のミユキ。不平不満が多く、いつもぶつくさと文句の絶えない彼女だが、どうして家出したかについては硬く口を閉ざしている。

 反発しながらも妙に仲の良い3人が、雪の降るクリスマスの夜にゴミ漁りをしていると、その中から赤ん坊を発見する。「ホームレスに子育ては無理」と、警察に届けようとするギンとミユキだったが、「この子は神様がくれた贈り物よ!」と盛り上がるハナは、勝手に「清子」と命名。自分で育てると言いはじめる。

 しかし、ギンとミユキが、ハナが親に会って赤ん坊を捨てた理由を聞き、納得したら子供を返すように説得。かくしてわずかな手掛かりを頼りに、親探しの旅が幕を開ける。もちろん順調に行くはずがないが、不思議なことに道中には様々な奇跡が起こっていく。

 「不器用な大人達が赤ちゃんを拾って大騒動」という設定は、「三人の名付親」を原点とし、「赤ちゃんに乾杯」、「スリーメン&ベビー」、「アイス・エイジ」など、洋画によくあるパターンだ。基本的なスタイルはロードムービーだが、残された手掛かりを辿る過程や、捨て子に隠された背景などが明らかになるにつれ、今監督らしいサスペンス的な要素も顔をのぞかる。全体的にコメディタッチの作品なので、これが映画全体を引き締めるスパイスになっている。

 また、「クリスマスの奇跡」がテーマということもあり、展開はアニメチックで、悪く言うとご都合主義的。「東京でそんなに人が簡単に見つかるか!?」とか「そんな馬鹿な!」と言いたくなる瞬間が何度もあるが、ここは素直に幸せなファンタジーストーリーとして楽しむべきだろう。親探しに奮闘する3人の姿に思わず笑みがこぼれてしまう。

 主人公はホームレスだが、彼らは無気力な人間として描かれてはいない。最初は乗り気ではないが、中盤から終盤に至っては、走るは飛ぶは、疾走するトラックに飛び乗るはで、アクションスター顔負け。「どこの世界にそんなホームレスがいるんだ」と言いたくなってしまうが、彼らの生い立ちや過去が見えてくるにつれ、「どうしてそんなに一生懸命に赤ん坊を助けるのか」、「母親を探すのか」、という悲しい動機も氷解。素直に心打たれてしまう。

 その一方で、路上で孤独な死を迎える年老いたホームレスや、「掃除」と称して携帯電話片手にホームレスを暴行する若者の集団など、現代社会の問題も時折描かれ、ファンタジー世界からハッと現実に引き戻される。だが、そうした問題をあくまでメインにせず、彼らの日常の中の出来事として描く視点が非常にクール。このあたりに脚本を手掛けた信本敬子のセンスが感じられる。

 また、ストーリーやキャラクターに負けずに素晴らしいのが、背景美術の美しさだ。道路に落ちたゴミまで細かく描くようなリアリズムにただただ驚愕である。恐らく、現代の東京を描写したアニメとしては過去最高レベルの作品だろう。風呂上りに、都庁が見たいという理由だけで自転車に乗って出かけるほど都庁好きの私が言うのだから間違いない。トーンを抑えた色調も好印象だ。

 特典映像のメイキングによれば、中心に描くものを精密に描写し、周囲をぼかして描くというアニメの基本的な手法を使わず、ディティールを書き連ねていくことで実写的な映像を目指したという。また、背景としてのっぺりとした1枚絵にならないように、看板や歩道橋などは別パーツとして描き、コンピュータ上で重ねることで質感や遠近の微妙な違いを表現したという。その甲斐あってか、雪夜の公園や夜明けの街並みなどは、実写を超えた美しさ。ギン役の江守徹も「レンブラントの絵に匹敵するほど光と影を使い分けている」と絶賛している。

 ただ、その映像的リアルさと、キャラクターのダイナミックな演技や、アニメ的なストーリーが融合しているかと聞かれると微妙なところ。個人的には限りなくリアルに描写された世界の中で、ストーリーだけがアニメチックというミスマッチさに、わずかな違和感を感じてしまった。アニメなのか実写なのかということにこだわらず、クリスマスのファンタジーとして素直に楽しむのが正しい観賞スタイルだろう。


■ 驚異的な高画質

 ディスクは片面2層で、DVD BitRate Viewer 1.4で見た本編の平均ビットレートは9.39Mbpsと非常に高い。PowerDVDで随時チェックしても、9Mbpsを割ることはほとんどなかった。

 画質はナチュラルで、破綻などは皆無。夜をメインにした映画なので抜けるようなクリアネスは感じられないが、暗部の階調は豊かで、色潰れも少ない。鮮やかなネオンの色彩と、路地裏の暗い表現の対比が見事だ。懐の深いソースとして、再生し甲斐のある映像だろう。

 また、全編にザラザラした質感のノイズがかけられているのも特徴的。これがアニメ的な強いコントラストをやわらげ、前述した背景美術の魅力を一層引き立てている。

 音声仕様はシンプルで、日本語のドルビーデジタル5.1chのみを収録。ビットレートは448kbps。サラウンド効果の多い作品ではないが、車の移動感や雑踏の表現など、センス良くまとめられている。BGMも効果的に使われており、特にベートーベンの「第九」がかかるタイミングが絶妙で痺れた。

 声の出演は、ギン役に江守徹。ハナ役にワハハ本舗の梅垣義明、ミユキは岡本綾が演じている。いずれも声優が本業ではないが、声のイメージはピッタリ。いわゆる「アニメ声優的な声を使いたくなかった」という今監督の狙い通り、彼らの自然な声質はこの作品によく合っている。

DVD BitRate Viewer 1.4でみた本編の平均ビットレート

 特典はアニマックスで放送された特別番組を収録。20分程度の短い番組だが、同作品の海外での反響、出演者のインタビュー、今監督と岡本綾/鴻上尚史の対談も収める密度の濃い内容だ。

 興味深いのは今監督と鴻上氏の対談。この中で今監督は「日本アニメの進化で、アニメーションの可能性が無限に広がったと言う人がいる。だが、ホームレスを主人公にしたり、現在の東京をリアルに再現すると、なぜこんなものをアニメでやる必要があるんだ、実写でいいじゃないかと、同じ人が批判したりする」とし、「そういう人は結局、美少女とロボットが見たいだけ。アニメの可能性は無限なんだから、実写で済むものを、あえてアニメにしてもいいじゃないか」と発言している。美少女とロボットが出るアニメが好きな私は「その通りです、すみませんでした」と画面に向かって頭を下げてしまった。

 確かにこういうタイプの作品が、一般層だけでなく、アニメファンにも広く受け入れられる市場は健全で理想的だ。この作品が成功することで、アニメが新たな段階に進むかもしれない。


■ 何も無いところから始まるという意義

 ホームレスを主人公にしていることで、華やかなイメージに乏しいかもしれない。だが、何かが原因で心に傷を負い、社会との接触を避け、公園のダンボールに流れ着いた3人の主人公は、愛すべきキャラクターとして不思議な魅力を持っている。それは、彼らが何も持たないホームレスであり、それゆえ、誰もが持っている幸せの大切さを知っているからだろう。

 そんな彼らが、もう一度立ち直るキッカケと、頑張ろうという気持ちを取り戻していく。その過程を追体験することで、観客も同じ活力を得ることができる。万人にお勧めできる、素敵な作品と言って間違いない。価格が少々ネックに感じられるかもしれないが、この映像クオリティを実現する費用を考えれば安いくらいだ。

 クリスマスの夜に、美男美女が繰り広げる見えすいたメロドラマを観賞する趣味はないが、何も持たないホームレスに神様がチャンスを与えるDVDなら、見てもいいなぁと感じた。

●このDVDについて
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□SPEのホームページ
http://www.sonypictures.jp/
□製品情報
http://www.sonypictures.jp/homevideo/catalog/catalogDetail_JPDVDRJD-35659.html
□映画の公式サイト
http://www.sonypictures.jp/archive/movie/worldcinema/tgf/index.html

(2004年5月25日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]



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