■ 通常版と特別版の違いにご用心
「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」が公開されたのが'95年。士郎正宗による原作コミックの設定を踏まえながらも、独特の映像表現や哲学的なストーリー展開、銃器や小物のマニアックな描写など、「押井守節」をふんだんに盛り込み、カルト的な人気を博した。その後、「ジャパニメーション」と呼ばれる日本アニメブームが起こった際に、その旗手的な役割を果たした作品としても知名度は高い。 それから9年後。今回採り上げるのは、2004年に公開された続編「イノセンス」である。内容に触れるまえに、DVDの仕様を軽くおさらいしておこう。DVDの発売日は9月15日で、スタンダード版に加え、絵コンテと脚本、アフレコ台本などを同梱した「リミテッドエディション VOLUME2・STAFF BOX」が同時リリースされた。 なお、同時発売予定だった「リミテッドエディション VOLUME1・DOG BOX」は、10月20日に延期。また、ガイノイドフィギュアや3枚組みのメイキングDVDなどを同梱した豪華版「コレクターズBOX」は10月15日発売となっている。 注意すべき点は、スタンダード版とリミテッドエディション/コレクターズBOXに含まれる本編ディスクの音声仕様が異なること。スタンダード版はドルビーデジタルEX/ドルビーサラウンド(2.0ch)の2種類、リミテッドエディション/コレクターズBOXはドルビーデジタルEX/DTS-ESの2種類で収めている。音声が異なるということは、映像に割かれる容量も異なるわけで、画質にも違いが現れるかもしれない。両方を購入して比較してみようと、18日の土曜日に家電量販店に出かけた。 公開前はテレビCMなどが大量にオンエアされ、特集も多く組まれるなど、力の入った広告展開が印象的だった。しかし、残念ながら爆発的なヒットには結びつかなかったように思う。「DVDも売り切れてはいないだろう」という甘い考えで店内に入ったのだが、リミテッドエディションは売り切れ。「ではスタンダード版だけでも……」と思ったのだが、なんとこちらも売り切れ。慌てて方々の店を探し回ることになってしまった。その後スタンダード版はどうにか購入できたのだが、リミテッドエディションは新宿や中野の店舗ではいずれも売り切れ。ようやく渋谷のHMVで購入できた。 各店舗で聞いた話では、アニメソフト専門店などは予約段階で売り切れ。どちらかというと、音楽ソフトを取り扱う大型店で、コアなアニメファンが見落としていそうな店舗がねらい目のようだ。 ディスクの収録枚数はスタンダード版もリミテッドエディションも同じで、本編ディスクと特典ディスクの2枚組み。本編ディスクの内容は前述の通り異なるが、特典ディスクは共通。ただし、レーベル面のデザインは異なっている。また、初回版には「ガイドDVD」が付属している。 これは、難解と言われる同シリーズを初めて観る人を対象にしたもので、再生すると「観る前」と「観た後」という2つのメニューが現れる。「観る前」を選ぶと、前作の物語の紹介や、メインに描かれる公安9課の仕事内容、メンバー紹介などが見れる。また、世界観や用語の解説も収録しており、「電脳」や「ゴースト」などの言葉にピンとこない人は、本編観賞前に観ておくと映画に入り込みやすいだろう。
なお、「観た後」を選ぶと、映画の中でわかりにくかったポイントを解説するコンテンツが楽しめる。「あとから解説が必要な映画なんて……」と思われるかもしれないが、何度も観て理解を深めて楽しむ押井監督の作風にとって、良き手助けになるはずだ。
■ 究極のプラトニックラブストーリー 時は、ネットワークやコンピュータなどが現代より発達した近未来。人間の脳とネットワークを接続し、コミュニケーションや情報検索機能などを大幅に強化する「電脳化」が日常的に行なわれている。また、身体を機械化する技術も発達しており、人体を遥かにこえる運動能力や端麗な容姿を持ったサイボーグが増加。脳以外のほとんどを機械化した者も少なくないという時代だ。 主役となるのは政府直属の公安9課。ハッキング技術などを駆使した「電脳戦」や、銃火器を操る技術などに長けたスペシャリスト集団だ。そのリーダーである“少佐”こと、草薙素子は、脳以外を機械化したサイボーグ。圧倒的な身体能力と戦闘能力、判断力、統率力で隊員の信頼を集める彼女だったが、脳だけしかオリジナルがない自分の存在に、漠然とした疑問を感じながら暮らしている。 そんな折、他人の電脳にハッキングし、他者を意のままに操り、暗殺などを行なう凄腕のハッカー「人形使い」が登場。9課が捜査を担当する。だが、人形使いの正体は人間ではなく、自我を持ったプログラムだった。ネットワークの海で生まれたという人形使いは「記憶(情報)が個人を個人たらしめている。生命を定義できない以上、人間と機械の違いは曖昧。私は生命体だ」と語り、素子へ近づいていく……。 以上が大まかな設定と、前作「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の内容。「イノセンス」は、草薙素子が9課から去ってしまった後の物語を描いている。今回主役となるのは、素子の相棒として活躍していたバトーという男。体格から連想したままの豪快な性格で、素子に密かに想いを寄せていた。 そのため、冒頭で登場するバトーは自暴自棄の一歩手前といった状態で、哀愁すら漂わせている。そんな折、愛玩用の少女型アンドロイドが原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺するという事件が発生。少佐のいない9課はいつものように捜査を開始する。 大きなテーマは「人間はなぜ人形を作るのか?」ということ。不可解な犯罪に迫る刑事物として映画を楽しむと同時に、「人間とは何か?」、「頭ばかりが発達し続けている現代の人間が抱える孤独、閉塞感、そして幸福とはどんなものか?」などのメッセージが投げかけられる。また、自分の肉体を捨てたバトーという男がどのような幸せを手に入れるのかを描くことで、肉体を捨てた者同士の新しい愛の形を描こうという狙いも見えてくるだろう。 また、劇場でも絶句したが、あらためてDVDで観ても、映像美と情報量に驚かされる。車のフロントガラスに車内の光がうっすら反射していたり、祭りの引きの絵で、画面隅のゴマ粒ほどの人間も細かく動いているなど、背景に至るまで手を抜かず、気が遠くなるほど精密に描写された映像は、圧倒的なリアリティで迫ってくる。間違いなく現代のアニメーションとしてトップクラスのクオリティだ。詳しくは後述するが、音響も秀逸な出来栄えである。 全編を通して目立つのは、登場人物の独特な台詞回し。孔子や斎藤緑雨、仏陀などの難解な言葉の引用が多く、その場の雰囲気でなんとなく意味はわかるのだが、深く考えていると次のシーンに移ってしまう。これらは押井監督の特徴とも言えるので、最初は雰囲気だけ吸収して、聞き流しながらストーリーを追っても構わないだろう。あとで調べてみて、「なるほど」と膝を打つ。それもまた楽しみ方の1つである。 とかく難解だと言われがちな押井作品だが、今回は「オーソドックスにまとまっているな」という感想を持った。私は前作を台詞を暗記するほど見ているが、続編と言うよりも、女と男という、違う視点から見た「GHOST IN THE SHELL」というイメージを受けた。 なお、余談だが「攻殻機動隊」という漫画を原作とした、まったく別のテレビアニメシリーズとして、現在「STAND ALONE COMPLEX」という作品がスカパー! や日本テレビ系で放送されている(現在は第2期シリーズ)。絵や音はもちろん、ストーリーのクオリティが非常に高く、平凡少年が、ある日空から降ってきた実在感の欠片もない美少女に惚れられるようないわゆる「萌えアニメ」が多いアニメ界で、異色の完成度を誇っている。 この作品で「攻殻機動隊」のファンになったという人も多いと聞く。しかし、イノセンスは、STAND ALONE COMPLEXのファンが期待するエンターテイメント性が薄く、代わりに叙情的、観念的な描写が目立つ。2つの作品は、同じ設定やキャラクターを使った別物として楽しむべきだろう。「躍動する近未来」というSTAND ALONE COMPLEXの雰囲気と、退廃的なイノセンスの雰囲気はあまりにも対象的で、それぞれを手掛ける監督の年齢が透けて見えるようで面白い。 結論として、イノセンスは「観る人を非常に選ぶ作品」と言えるだろう。投げかけられたメッセージは一生考えていられるほど深いものだが、それを考えたくない人には小難しい屁理屈に聞こえてしまう。ただ、何度も繰り返し観て味わう中で、イメージが変わってくる作品であることは確かだ。そういう意味で、DVDで購入し、手元に置く価値のある作品だろう。
■ 特典でも押井節が炸裂 DVD Bit Rate Viewer 1.4で見たスタンダード版の平均ビットレートは8.6Mbps、リミテッドエディションは8.9Mbpsと、どちらも高い。音声のビットレートは、スタンダード版のドルビーデジタルEXが448kbps、リミテッドエディションのドルビーデジタルEXも448kbpsと同じで、DTS-ESは768kbpsとなっている。 スタンダード版はドルビーデジタルEXで、リミテッドエディションはDTS-ESで主に聴いた。音質の違いは思いのほか小さいが、やはり音圧や残響音の豊かさなどはDTS-ESに軍配があがる。特に差がわかるのが後半にあるハッカー・キムの館に入るシーン。オルゴールの音が周囲の壁に反響し、最終的に天井から巨大な傘のように降り注ぐ。凄いを通り越して気味が悪いほどの音場が秀逸だ。 包囲感はドルビーデジタルEXとDTS-ESで大きな差はないが、DTSのほうが低音に厚みがあり、荘厳な雰囲気がより豊かになる。また、オルゴールの高音が残響に埋もれず、より自然な音が楽しめる。このDTS-ESを聴くためにリミテッドエディションを買っても損はしないクオリティだ。なお、この場面の音響は、特注したオルゴールの音をスタジオで収録し、それを栃木県の大谷採掘跡でスピーカーを使って再生、残響音を含めて再び録音しているという。
グラフを見てもわかるように、映像面の違いは少ない。まったく同じ映像だとは思うが、心理的なもので、音声データの少ないスタンダード版のほうがノイズが少ないような気がした。ともかく、両バージョンの画質の違いは考えなくて良いレベルだ。 フィルムの質感を出すため、意図的にザラザラしたノイズが薄くかかっているが、総じて発色は良く、階調も豊か。暗いシーンの多い作品なので、画質調節は慎重に行ないたい。なお、後述する特典ディスクのオーディオコメンタリーでは、押井監督が「民生用のモニタは人肌を良くしようと赤の彩度をあげているので、シネマモードなどに合わせて、トーンがよく出るように表示して欲しい。彩度を落として、暗いところが少しつぶれるくらいが良いと思う」とアドバイスしている。 特典ディスクはスタンダード版、リミテッドエディション共通で、押井監督と演出の西久保利彦氏のコメンタリーを収録する。音声だけでなく、本編映像もすべて収録しており、音声を切り替えると本編音声も聴くことができる。会話の内容は映画のテーマというよりも、制作時の苦労話や、技術面の話が中心。「こんな無茶なシーンお願いしたから作画スタッフが入院しちゃったんだよ」、「悪いことしたよなぁ」などと、製作現場の裏側が次々と暴露され、大笑いさせてもらった。 ただ、2人とも非常にリラックスした状態で語っているので、「沖浦君が……」など、スタッフを苗字で呼ぶことが多い。アニメに詳しい人なら「沖浦啓之のことか」とわかるかもしれないが、普通は誰のことだかわからないだろう。そんな時はメイキングが便利。プロダクションI.Gのスタッフが、自ら仕事内容を紹介してくれる。ここでメインスタッフの名前と仕事を見てから、コメンタリーを聴くと面白さが増すだろう。なお、大の犬好きとして知られる押井監督は終始ボソボソと語っているのだが、バトーの愛犬としてバセットハウンドが登場するシーンになると「可愛い尻尾だ」、「可愛い寝顔だ」と、声が弾むのがほほえましかった。 また、押井監督とスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの対談も見逃せない。非常に中身が濃く、特にイノセンスを作る理由、現代の人間関係の特徴など、「なるほど」と思わせる部分が多かった。ネタバレも若干含まれているが、観賞前に2人の話を聴いておくと、より深く映画を理解できそうだ。
■ 10年後に評価される作品? 前述したが、感想としては「非常に評価しにくい作品」だ。アンドロイド暴走の原因を探る刑事物、男と女の恋が成就する恋愛映画、過去の映画と照らし合わせ、こうしたカテゴリに押し込めて面白い/面白くないと判断するなら、低い評価になるかもしれない。 しかし、このままIT化が進み、携帯やPCやインターネットをそれと意識せずに使うようになり、知りたいと思った瞬間に検索でき、家から出ずに教育を受けたり仕事ができたり友達と話したり……、脳ばかりが人間のメインになった時、評価は変わってくるだろう。 常に10年、20年先に起こるような問題を先に取り上げてきたような押井監督である。この映画が本当に理解・評価されるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。ぜひとも新しい感性で自分なりの評価をしてみて欲しい。 なお、スタンダード版とリミテッドエディションのどちらを購入するかだが、DTS-ESの音声を体験してしまうと、AVファンにはリミテッドエディションをお勧めしたくなる。現時点で購入するのは難しいかもしれないが、探してみる価値はあるだろう。また、リミテッドエディションに付属する絵コンテと脚本、アフレコ台本も一読の価値がある資料だ。特に、映画では削除された台詞やシーンを読むことができる点が興味深い。さらに、脚本には「攻殻機動隊2」という、「イノセンス」に変更される前のタイトルが記載されているなど、マニアにはたまらない内容となっている。
□ブエナ・ビスタのホームページ (2004年9月21日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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