■ 環境DVDのヒットシリーズがHD DVDに?
DVDが普及するにつれ、店頭で徐々に存在感を増しているのが「環境映像系」の作品だ。VHS・LD時代にも存在したジャンルだが、同じくストーリーのない鉄道ものなどに比べると、比較的に入手しにくいマニアックなジャンルだったはず。それが大型店では、1コーナーを設けるほどの盛り上がりを見せている。 そうした環境映像の中で、最も有名なのはポニーキャニオンの「virtual trip」シリーズだろう。ヒットした「virtual trip さくら」を皮切りに、現在「JAPAN」、「WORLD」、「ISLAND」、「OCEAN VIEW」、「BIRD'S VIEW」、「SPECIAL」とシリーズで展開、ラインナップを拡充し続けている。最初に話題をさらった「virtual trip さくら」も、現在はトールケースで再販されている。店頭の販促物を見る限り、いまだにシリーズのリーダー的役割を担っているようだ。 このシリーズのユニークなところは、初期のころからスクイーズ、5.1ch収録にこだわっているところ(一部タイトルはスタンダード、ステレオのみ)。虫の声や波の音など、5.1ch収録の身近な環境音を延々と聴くことができるなど、映画などストーリーのあるタイトルとは異なった体験ができる。映像もほとんどがハイビジョン撮影。ビデオ収録らしい抜けの良い画質が楽しめる。 それだけに、次世代光ディスク規格の1つと目される「HD DVD」への参入発表は、「なるほど」とうなずけるものだった。「virtual tirp HD」というシリーズ名で、再生機器が登場すると見られる2005年に発売予定。価格は「従来のDVDとほぼ同等くらい。特典の充実などで若干高くなる程度」というから楽しみだ。 現行シリーズでは、空撮中心のBIRD'S VIEWシリーズが個人的に好み。なかでもクリスマスシーズンの東京を撮影したという「空撮 TOKYO VOL.2」の夜景は、かなりショッキングだった。画面全域に広がるイルミネーションの美しさもさることながら、世の中、クリスマスでこんなにも盛り上がっているとは……。 また、ハイビジョンカメラを固定した自動車で、正月休みの首都高と一般道を走行する「TOKYO ドライビング・ビュー」もユニーク。常に画面が動いていることもあり画質は荒いが、スピード感と5.1ch音声は、「virtual trip」を名乗るだけの没入感を得られる。 新作の「virtual trip FULL MOON ON TOKYO」は、同じく東京でロケした作品。テーマを「東京上空に昇る満月」に据え、ビル群の合間に昇る中秋の名月を収録している。今回もスクイーズ収録、5.1ch録音ということで、高画質と臨場感を期待して購入してみた。なお、この作品もHD DVDでリリースされる予定という。
■ 汐留、六本木ヒルズなど新名所を一巡り
ディスクは1枚組みで、リージョンALL。「中秋の名月 September」と「如月の満月 February」、「特典映像」に分かれているが、ディスクを再生すると自動的に「中秋の名月」がスタートする。撮影は2003年9月11日。 夕闇迫る新宿副都心を遠景から狙うカメラ。日が落ちると共に、ビル群が無数の電飾をつけたシルエットへと変貌する。同時に、5.1chで鳴っていた蝉しぐれもいつの間にか鈴虫の音色に。そのとき、ビルの陰から、ゆっくりと赤い月が現われる。その姿は粋を呑むほど不吉で禍々しく、それなりにきれいだと感じていたビルの明かりがみすぼらしく感じるほど。赤い月の上を通るヘリだか飛行機だかの小さい影が、今にも月に飲みこまれそうで怖い。 「世にも珍しい光景だ」と一瞬思ったが、月齢や天気による違いはあれど、似たようなシーンが日々繰り返されているのだろう。こんなすごい光景を意識することなく生きていたとは、もったいない生き方をしていたと思う。月見の記憶は子供のころしかないし、夜に出歩いても空を見上げることはない。せいぜいマクドナルドの月見バーガーを食べて「もうそんな季節か」と思う程度だ。 その後、月は昇るにつれ青みを増し、白色に落ち着く。この頃になると月も明るさを増し、まぶしいくらいの輝度になる。カメラが月に露出をあわせていると模様が確認できるが、露出を町の明かりにあわせると完全に白とびする。町を歩いているとイルミネーションに目を奪われがちだが、月の方がずっと明るいことを再認識した。 新宿を後にしたカメラは、パークハイアット東京、汐留、愛宕グリーンヒルズ、日比谷公園、和田倉門、東京タワーをめぐる。 もちろん、どこに行っても主役は月。基本的には「月と建物」を固定カメラで延々と写しこむという内容だ。これに、虫の声を主体にした5.1chの環境音が加わり、たまにピアノ曲が流れる。とにかく地味だが、「この次はどんな場所でどんな月が現われるのか」と、ついつい最後まで観てしまった。画が動かないのに見続けるということは、プロならではのしっかりした構図によるところも大きいが、やはり、月そのものにも耐え難い魅力があるのだろう。画面からはみ出すくらいに大きく月を写した映像も表示されるが、月の表面の模様を見ていると、何となく不吉なものを感じながらも、引き込まれてしまうから不思議だ。 もう1つの「如月の満月 February」は、どこか高いビルの屋上と思われる場所にカメラを据え、日没まで東京をぐるりと眺め、東京タワーの横に出る月をしばらく鑑賞すると終了。「中秋の名月 September」に比べると、おまけといった印象。あくまでも「中秋の名月 September」が本編という位置付けなのだろう。 「特典映像」には、佃島、浅草、六本木ヒルズ、東京タワーからみた月を収録。とりわけライトアップされた浅草寺が印象的だ。佃島も下町情緒を全開で狙わず、ベイエリアの高層ビルに囲まれた民家を中心に据え、大都会の中のつつましい暮らしをうかがわせる構成としている。六本木ヒルズの森タワーのみ、力強いリズムのBGMになるのも面白い。 そのほか、メインメニューからは「MAP MENU」が選択できる。これは、本編と映像特典で使われた映像を地図から選んで再生するもの。「TOKYO ドライビング・ビュー」にもあった趣向だ。一見、カーソルキーで選択するポイントを移動できそうだが、実際には本編で再生される順にしか選択できない。そのため、一度本編を通して見ていないと使いづらい。
■ 予想以上に高画質。バイクの排気音は無粋かも
はっきりいって暗い部分が多いだけに、きれいに再生するのは難しい内容だ。私も何度か調整しなおしてやっと納得できる設定にできた。ノイズ自体は内容に比して少なく、目立つのは夕暮れから完全に日が落ちるまの空にゾワッとでる程度。夜になってしまえばほとんど気にならない。建物の陰などの暗部でもノイズは目立たず、黒側の階調もそれなりに残っている。暗部の階調表現が優秀な機材であれば、普段見慣れた夜景を十分再現できるだろう。DVD BitRate Viewerで見たビットレートは8.72Mbpsと高い。 画面平均揮度が低い代わりに、動く絵が極端に少ないことも画質に貢献している。ただし、ゆっくりパンする場面がいくつかあるので、プログレッシブモードをビデオモードに変更したほうが良い。 今回はDVD-A11とLP-Z2をデジタル接続にして100インチで視聴したが、ノイズよりも遠景でのフォーカスの甘さと、輝度差のある部分の偽色が気になった。特に月の周りに黄緑やマゼンタの輪が出るのは残念。MPEGに起因するノイズというよりは、撮影レンズの問題だろうか。フォーカスについても、かなり焦点距離の長い望遠レンズで狙っているため、解像力が追いついていない印象だ。ただし、28型ワイドのCRTで鑑賞する限りは、ほとんど気にならなかった。 本シリーズはハイビジョン撮影を謳うことが多いが、コントラスト感と階調性のバランスや、フォーカス感については、最近の洋画系DVDに匹敵するクオリティとはいえない。ライティングなど撮影条件の整った映画作品と比べるのは間違いだと思いつつも、テーマはすばらしいので、さらなる高画質化を期待したい。 そういう意味ではHD DVD化の意義は大きいと思うし、国内コンテンツメーカーの優良コンテンツとして、HD DVD市場を先導して欲しいところだ。
音声はドルビーデジタル5.1chとドルビーデジタル2ch。環境音が主体で、虫の声、車やバイクの走行音、噴水の水の音などが収録されている。臨場感は高く、特にバイクが走り去る音の方向感や、虫の声の包囲感は面白い。ただ、ゴーッという暗騒音が耳障り。普段意識していないだけに、気になると多少嫌気が差すかもしれない。 途中、何度か環境音にかぶせる形でピアノ曲が静かに流れる。雰囲気自体は良いのだが、できれば環境音と分離して出音できるようトラックを分けて欲しかった。音声を完全にOFFにして、CDプレーヤーなどで好きな曲をかけるのも面白そうだ。音声ビットレートは5.1chが384kbps、2chが192kbps。
■ 大画面でいつでもお月見を
100インチで見る東京の月夜はなかなかリアルで、普段考えることすらない月の魅力も味わえる。特に、画面いっぱいに大写しになる月はとても魅惑的だ。すべてを見ていないので断言できないが、virtual trip全シリーズ中、質の高さと企画の面白さには見るべきものがある。すくなくとも私の持っている4本の中ではトップクラスのクオリティだった。暗部階調のリファレンスとしても面白いかもしれない。 もちろん、環境ビデオに興味がない人にはまったく勧められない。代わりに「virtual trip Moon Directed by Yasuyuki Yamaguchi」という、月シリーズの総集編が一緒に発売されており、こちらの方が編集がドラマチックで、価格も2,940円と若干安いので、検討するのも良いだろう。しかし、東京ではなく海外ロケが主体なので、Full MOON TOKYOとはコンセプトが若干異なる。しかも片面1層、4:3収録なので、画質はかなり良くないことに留意した方が良いだろう。
□ポニーキャニオンのホームページ (2004年9月14日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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