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第45回:720p相当のチップで1080p表示する新DLP方式が登場!
-3DLPを民生向けに展開する予定は全くない


■ Smooth Picture技術の正体

Texas Instrumentsブース

 強まる「フルHD化 = 1,920×1,080ピクセルリアル対応」の流れに、Texas Instruments(TI)が誇るDLP(Digital Light Processing)陣営は2005年、大きな技術のブレイクスルーを持って対応する。それが「Smooth Picture」だ。

 これは、技術発表自体は昨年行なわれたが、2004年内には結局実装製品はリリースされず、長らく謎とされてきた技術だ。発表当初は、「もともと少ないDLP方式の各画素の画素間ギャップをさらに低減するもの」としてアナウンスされたが、今年は「DMDチップ上の物理画素数の倍の画素数を映し出す」という意味合いが強調されるようになった。

 DLPの動作原理は、前回説明したとおりだが、微細な鏡で構成された映像チップは特に「DMD」(Digital Micromirror Device)と呼ばれ、TIが独占的に製造している。これまで、この画素サイズの微細鏡の数こそが、映像解像度そのものであった。だからフルHD対応を実現させるためには、縦1,920個、横1,080個の鏡を形成したDMDチップでなければならなかった。

 1,920×1,080個は約200万個ということであり、やっと価格がこなれてきた720pリアル対応1,280×720ドットの約100万個の2倍の微細鏡画素を、DMDチップ上に形成しなければならない。液晶(LCD)でもDMDチップでも、映像素子の製造コストは、チップサイズと画素数に大きく影響される。

 画素数が多ければ、不良率も高くなるわけで、高解像度映像素子は高価になる。チップサイズを小さくできれば製造コストを低減できるとはいうものの、画素数が多ければ、その画素を形成することが難しくなる。


■ 100万個の画素鏡から200万ピクセルを描画する方法

「SMOOTH PICTURE」の動作概念(TI提供)

 そこで、考え出されたのが、1つの微細鏡画素から2ドット分の描画画素を作り出す技術だ。これが実現できれば100万画素のDMDチップで200万画素の描画ができるわけで、1,280×720ドットのDMDチップで、1,920×1,080ドット解像度の映像を作り出せることになる。価格のこなれた100万画素DMDチップを一段階上のフルHD/200万画素解像度を持つDMDチップとして、価値を高めて売ることができ、他方式と比べて圧倒的に安い価格でフルHD/200万画素解像度を実現できることになる。

 その実現方法は、意外に単純だが、それでいてかなりクレバー。DMDチップからの出力映像を反復的に横方向に半ピクセル分ずらすことを繰り返して出力する仕組みを考案したのだ。

 DLPでは、DMDチップ上の微細な画素サイズの鏡を投射方向に光を「反射させる」、「させない」を繰り返して時分割的に各画素の明暗を作り出しているが、この時間積分的の概念をさらに推し進め、単位時間あたりに、水平方向の偶数座標位置の画素分の明暗と、奇数座標位置の画素分の明暗を作り出す。

【画素鏡の配列イメージ】
従来のDMDチップSmooth Picture

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 この水平方向に投射映像をずらす仕組み自体は、ジッタリングする(反復振動する)光学系で行なうという。よってDMDチップ自体は振動しないで固定されている。単板式(1チップ)DLPでは、回転するロータリーカラーフィルターを組み合わせてフルカラー化を時分割で行なっているわけだが、Smooth Pictureでは、光学系までが反復振動し、画素描画そのものまでを時間積分で行なうことになる。

 この方法を使えば、1,920×1,080ドット解像度の映像を960×1,080ドット解像度のDMDチップで作り出せることになる。960×1,080ドットは約100万画素。縦横比は異なるが、1,280×720ドットのDMDチップとほぼ同数の画素数であり、DMDチップ単価はほとんど変わらないことが期待できる。

 さらに、今後は、このSMOOTH PICTUREの仕組みを採用した1,280×720ドット対応システムも出荷されることが明らかにされた。この場合は640×720ドット解像度、すなわち約46万画素のDMDチップで1,280×720ドット解像度が実現できることになる。これは800×600ドット解像度のDMDチップとほぼ同等の画素数だ。つまり、Smooth Picture技術の適用で、720p解像度のプロジェクションシステムのコストダウンも期待される。

TIが試作したSmooth Pictureベースの1080pリアル対応リアプロTV


■ Smooth Pictureへの疑問とは?

 しかし、Smooth Pictureへの疑問点もいくつか浮上する。まず一つは、1個の微細画素鏡で2画素分を描画することによる、1画素あたりの階調力不足、ダイナミックレンジの低下だ。もともと1画素分の表現能力しかない微細画素鏡で2画素分を時分割で描くのだから、普通に考えればダイナミックレンジは1/2となってしまうはずである。

 この疑問に、TI DLP事業部 事業部長Adam Kunzman氏は「1画素あたりの振動スピードが2倍に高められたため、ダイナミックレンジは従来方式と全く同等である」と回答する。

 二つ目は、Smooth Pictureで出力された映像が従来の「田」の字構造の垂直水平格子画素系ではなく、45度回転して傾かせたようなハニカム(蜂巣)画素となる点だ。これについては明確な回答が得られなかったが、光学系の水平ジッタリング動作をジャスト1画素分の精度で駆動するのが簡単ではないからだろう。

 経年劣化などでジャスト1画素分のずらし幅に狂いが来ると、画素間のギャップが出始めたりする可能性が出てくる。ハニカム画素系を採用し、各画素がもともとオーバーラップして描画されるようにしておけば、そうした精度問題は視覚効果として認知されにくくでき、なおかつSmooth Pictureの名前の由来にもなっているように、画素エッジをほとんど覆い隠すことにも繋がる。

Smooth PictureベースのDLPシステムによって作り出された1080p解像度の映像を実際に接写した。ハニカム構造の画素系で描画されていることがわかる

 3つ目は、従来の「画素鏡数 = 描画画素数」のDMDチップ(以降、従来DMDチップ)はどうなっていくのか、という疑問だ。この方針決定についてTIでは、念入りな議論が重ねられているとのことだが、今後も、従来DMDチップは今まで通り製造され続けられる。

 基本的にSmooth Pictureという技術自体がコスト重視のマーケットレンジの製品向けであるために、3板式(3チップ)DLPシステムでは採用されない見込みだという。また、ハニカム系の画素は、PCを接続してのデータプロジェクタ用途では、あまり歓迎されないという見方があり、データプロジェクタに採用されるケースは少ないだろうとのこと。

 「画素エッジがほとんどみえないことがメリットとなる用途」と「画素形状が映像の本質に影響しない用途」に向いているということで、結局、Smooth Pictureはビデオプロジェクタ向けということになる。

 ハニカム画素は、もともと映像を構成していた画素とは異なる配列形状となるために、これを嫌うユーザーもきっと出てくるはずだ。こればっかりは「ユーザーの好き嫌い」に依存した問題なわけだが、民生向けの製品では、まずコストパフォーマンスが優先されて製品が投入されるため、少なくともフルHD/1,920×1,080ドットリアル対応をうたった民生向けシステムは、ほとんどがこのSmooth Pictureベースになることだろう。


■ Smooth Pictureベースの1080pの画質は?

 今回のInternational CESでは、各メーカーから、数多くのSmooth PictureベースのフルHD/1,920×1,080ドットリアル対応システムが展示されたが、そのどれもがリアプロジェクション方式の、いわゆるリアプロTVであった。

 Smooth PictureのDMDチップではフロントプロジェクタは実現できないのだろうか? これについてTI DLP事業部ASIC開発マネージャPeter F.van Kessel氏は「フロントプロジェクタを実現する上で、Smooth Pictureに技術的な問題は全くない。現時点で製品ラインナップがリアプロTVのみになってしまっているのは、マーケティングな戦略でしかない」と回答する。

 実際、北米市場ではプラズマTVや液晶TVよりも、画面サイズ単価の安いリアプロTVが売れ筋だ。3LCDの動向もアグレッシブであるため、売れ筋のリアプロTV製品の早期投入で、フルHD/1,920×1,080ドットリアル対応の市場でスタートダッシュを成功させたいと言うことなのだろう。

 なお、Smooth PictureベースのフルHD/1,920×1,080ドットリアル対応システムの実際の製品発売は夏頃、Samsung、LG電子から行なわれる見込みだ。

Samsungが6月から7月にかけて発売を予定しているSmooth Pictureベースの1080pリアル対応リアプロTV。コントラスト性能は業界最高レベルの10,000:1を達成。目の覚めるようなハイコントラストな画作りが特徴。画面サイズも70インチと最大級。価格は未定だが7,000ドル前後の見込み。

 今回TIブースで展示された、TI製のSmooth PictureベースのフルHD対応リアプロTVを視聴させてもらったが、これを見る限りでは、ビデオソースに限って言えば、各ピクセルがオーバーラップして描画されるハニカム画素系の特殊性を実感することはなかった。それよりも、フルHDならではの高解像感の手応えがすごい。これが1,280×720ドット解像度システムとほぼ同価格で提供されるのであれば、業界に与える衝撃は相当なものになる。家電メーカーとしても、かなり戦略的に位置づけてくるだろう。

 1画素ミラーが2画素描画することによる、色再現性の低下やダイナミックレンジ不足、階調感不足はほぼ問題ないという実感。DLP特有のパリっとした、立体感溢れるハイコントラスト重視の画作りは健在だ。なお、意外なことに、画面が上下左右、縦横無尽に動く映像でも、色破壊やレインボーが目立ちにくかった。これは、Smooth Picture適用による各画素のオーバーラップ描画が効果をもたらしているのかもしれない。

 その一方で、気になる点もあった。まず一つは、単板式DLPの原理的な特性なのでしかたがない部分もあるが、単板式DLP特有の暗部の階調力不足が、相変わらずあるという点。また、前述と相反することなのだが、画素エッジが消失しハニカム配列になったことで、色境界の描写力の鋭さが若干鈍くなっている感覚があった。

 よく言えば「しっとり」、悪く言えば「シャープさがもうちょっと欲しい」。確かにこれは、PC映像とは相性が余りよくないかもしれない。とにかく、この特徴的な映像が実際に市場にどういう反応を示すかはかなり興味深い。

画素エッジがほとんど目立たないため、面としての色表現が美しく感じられたのも印象的だった


■ TIはDMDチップのブランディングを一新する

取材協力して頂いた、TI DLP事業部ASIC開発マネージャPeter F.van Kessel氏

 またTIが2005年より、DLP(DMDチップ)のプランディングを方針転換することも明らかとなった。まず、これまでDLPシステムの映像エンジンであるDMDチップの世代名称として使われてきた「HD2」、「HD3、「xHD3」を基本的に取りやめにするという。つまり、今後は、DLP製品のスペック表から、チップ世代名称は記載しない方針を指導する。

 「Smooth Pictureの登場により、“HDn”の呼び名方では解像度とそのDMDチップのもつ高画質フィーチャーの対応がわかりにくくなってきたため」(Kunzman氏)だと説明する。これからは、「チップサイズ + 解像度 + 高画質機能名」のフォーマットで表記する。

 チップサイズは対角長。解像度は480p、720p、1080pというビデオ解像度や1,280×720ドットのようなピクセル解像度になる。高画質機能名は「Smooth Picture」、「Dynamic Black」、「Dark Chip2」といったものだ。(各機能の詳細は、第30回の大画面マニアを参照して欲しい)

 これまで、“HDn”で呼ばれてきた各チップを、新しいフォォーマットに従っ記述すると以下のようになる。

  1. 「HD2+」 → 0.85インチ、720p、DarkChip2
  2. 「HD3」 → 0.55インチ、720p、Smooth Picture、DarkChip2
  3. 「xHD3」 → 0.85インチ、1080p、Smooth Picture、DarkChip2
 なお、Smooth Pictureでは画素鏡の解像度は表示解像度の半分となるので、スペック重視で製品を選ぶ人にとっては、注意しなければならない。おそらく、メーカーは、Smooth Picture採用製品のスペック表で、DMDチップのリアル解像度を示すことはないと思われる。


■ 3LCDグループ陣営にはどう対処していくのか

「1は3よりいいものだ」というメッセージ。これには「1DLPは3LCDよりいい」という意味が込められている

 3LCDグループのアグレッシブなDLPネガティヴキャンペーンに対抗して、かどうかはわからないが、TIはTIで、同社ブースにて、3LCDのネガティヴキャンペーンをさりげなく行なっていた。

 ステージ上ではDLP方式の優位性を「1 IS BETTER THAN 3」というキーワード共にアピール。これは3LCDグループの「3LCD beats 1DLP」と対極にあるメッセージになる。

 3LCDに対しての1DLPの優位性、1DLPではなく3DLPの将来性について、前出のKunzman氏やKessel氏に聞いてみた。

 まず、「3LCDでは別空間に配置された3基の映像素子を合成する際のズレ(= コンバージェンス・ギャップ)を生じることがあるが、1DLPは1基の映像素子を時分割でフルカラー化しているため物理的にも理論的にもコンバージェンス・ギャップが起こりえない」ことを、3LCDに対する1DLPの第一のアドバンテージとして挙げた。

 確かにその通りなのだが、投射式の場合コンバージェンス・ギャップがゼロでも投射レンズの色収差性能によってはどうしても色ズレは起こり、3LCDにいてもパネルの配置精度は以前と比べれば格段に向上。3LCDグループ陣営に聞くと「今ではほとんど無視できる要素である」という見解だ。そもそもDLP方式でも3板式(3チップ)DLP方式では同様の問題を抱えることになるわけで、DLP方式全体のアドバンテージとして強調できないという矛盾がある。

 第二は信頼性だという。画素サイズの鏡をパラレルに投射方向に向けるか向けないかの二値的な表現を行なっているために、アナログ的な液晶素子駆動に比べて経年劣化が起こりにくいというのだ。液晶の場合、強烈な光源からの光にさらされて液晶素子自体の寿命よりも配向膜の方が先に劣化してしまう。このため液晶TVではほとんど無視できるはずの焼き付きが、液晶プロジェクタ/液晶リアプロTVでは時折問題にされることがある。DLPでは、DMDチップ上の微細画素鏡は電磁駆動されているため、光源に長時間されてもダメージはほとんど無視できる。

「3LCDだと、こんなにコンバージェンスギャップがひどくなる。1DLPならその心配もない」。しかし、左はいくらなんでもひどすぎる気も…… 「DLPならば経年劣化による劣化がない」というデモ

 第三として挙げられたのは、圧倒的なコントラスト性能。LCDの場合、光源からの光を液晶素子が完全に旋光できないために、どうしても投射方向に漏れてきてしまう。DLPでは、黒画素は投射方向に光源からの光を反射させないことで表現するために自ずと黒が黒らしくなる。ダイナミックランプコントロールを行なわなくても、数千対1、使えば1万:1すらも実現できる。DLPは確かにこの点で圧倒的な優位性がある。

 四点目として、色再現性についてもDLPの方が優位だという。液晶ではどうしても黒表現で完全な遮光が行なえないために、階調精度として死んでいるレンジがでてしまう。例えばRGB8ビット階調でも1,677万色ではなく、実質的にはRGB7ビット階調と同程度の200万色程度しか表現できていないという。その点DLPの場合は画素鏡の明滅周波数(明滅速度)を上げれば上げるほど階調精度は上げられると主張する。ただし実際には、DLPでも似たような問題を抱えている。DLPでは、黒の沈み込みは確かに優秀だが、人間の視覚特性とDLPの時間積分的階調表現の関係性から暗い階調がリニアに得られにくいという弱点がある。このため、暗部の階調精度は、DLPでもやはり死んでしまうレンジがあるのだ。

 第五の利点はコスト。1DLPは映像素子を1枚しか使わないので映像エンジンを小型化でき、製造コストも安くなる。実際、このコストパフォーマンスが受けて、北米におけるフロントプロジェクタのシェアはDLP方式が現在、約40%を確保している。Kessel氏によれば、北米では40インチ以上の大画面テレビ市場では、1DLPのリアプロTVが約60%のシェア確保を達成したという。Kunzman氏もKessel氏もDLPのシェア拡大は、2005年度も一層拡大していくだろうとしており、3LCDの動向はあまり気にしていないとのことだ。

三菱が試作したLED光源を採用した1DLP方式のプロジェクタ(型番未定)。まさにハンドトップ・プロジェクタあるいは、ポケット・プロジェクタ。ここまで小さくできるのはDLPならでは。2時間のバッテリ駆動も可能。価格は599ドルを予定。発売時期は2005年6月の見込み。パネル解像度は800×600ドット

 さて、気になる3板式(3チップ)DLPの将来について両氏に聞いてみたところ、Kunzman氏もKessel氏も共に「ここ数年のスパンでは、3DLPシステムを民生向けに展開する予定は全くない」と明言した。3DLPシステムは業務用、劇場用として今後も製品開発は行なうが、民生向けは当面は1DLPが最適であるという判断があるためだという。

 3DLP製品が民生向けに安く降りてくる未来を信じていた筆者を含む大画面マニアにとっては少々残念な方針ではある。しかし、フルHD対応化が絶対条件と叫ばれる2005年、勝者となるのは3LCD、1DLPのどちらか? その戦いが激化することは間違いない。


□2005 International CESのホームページ
http://www.cesweb.org/
□関連記事
【2005 International CES レポートリンク集】
http://av.watch.impress.co.jp/docs/link/ces2005.htm
【2004年1月11日】大画面☆マニア in CES 2004 その1
~ 攻勢に出るDLP、反撃に出るD-ILA ~
新映像エンジン技術が火花を散らす!
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040111/dg30.htm

(2005年1月10日)

[Reported by トライゼット西川善司]


= 西川善司 =  遊びに行った先の友人宅のテレビですら調整し始めるほどの真性の大画面マニア。映画DVDのタイトル所持数は500を超えるほどの映画マニアでもある。現在愛用のプロジェクタはビクターDLA-G10と東芝TDP-MT8J。夢は三板式DLPの導入。
 本誌ではInternational CES 2004をレポート。渡米のたびに米国盤DVDを大量に買い込むことが習慣化している。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。

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