■ 他人の評価が気になる時代
インターネットの普及で、様々な情報が容易に入手できるようになった。中でも「他人の評価」がこれほど手軽に、大量に得られる時代は今まで無かっただろう。映画に関して言えば、今まで作品の評判を知る手段は、テレビや新聞、映画情報誌などのマスメディアが中心。生の声としては、家族や友人の「観に行ったけど面白かったよ」という感想が関の山だったろう。 しかし、現在ではBBSや映画批評サイトなどにアクセスすれば、膨大な量の他人の評価が読める。また、その手のサイトにアクセスしなくとも、DVDを通販サイトで買おうとするだけで他人の評価が表示されているし、誰かのブログ日記を読んでいても、映画の感想はよく目にする。便利と言えば便利だが、他人の評価に左右されがちになったり、妙な予備知識を持って映画と接してしまう状況とも言えるだろう。 そんな中、ネットを中心に“不評”で話題となってしまったのが、4月21日にDVD化された映画「デビルマン」だ。原作はもちろん、永井豪氏の同名コミック。「CASSHERN(キャシャーン)」に引き続き公開され、30~40代男性の郷愁を誘うリメイクとして話題となったのも記憶に新しい。 ここで1つ重要な点は、実写化されたデビルマンは漫画を原作としたもので、広く知られているアニメ版のストーリーとは異なるということ。ちょっと複雑なのだが、デビルマンはもともアニメの企画が先行しており、漫画版はテレビアニメのタイアップとして‘72年に少年マガジンで連載が開始された。しかし、テレビと同じストーリーでは比較的高い読者年齢層に合わないと判断し、漫画版は独自のストーリーとなった。 大まかな違いは、物語の図式が「悪魔 VS 悪魔」であるアニメと比べ、漫画版は「人間 VS 悪魔」という要素が強いこと。内容も非常にショッキングで、残虐描写もてんこ盛り。人間の醜さも真正面から描いており、「ヒーローは必ず勝つんだ!」と信じる純真な小学生が読んだら間違いなくトラウマを負う作品となっている。 人間の中にある残虐性や、善と悪とは何か? という普遍的なメッセージは、今でさえ映画や漫画やアニメで見慣れている。しかし、当時の、しかも少年漫画誌上ではさぞかし斬新なものだったろう。その結果、30年以上経った今でも国内外の様々なクリエイターから、熱烈に支持されている。 だが、「伝説のコミックの完全実写化」を謳って完成した映画版は、原作ファン達にはあまり受け入れられなかったようだ。制作費10億円といわれているが、興行収入は5億円程度と見られ、もちろん2004年度のランキング20位にも入っていない。ちなみに、CASSHERN(15.3億円)、スチームボーイ(11.6億円)、イノセンス(10億円)らにも大きく水を開けられている。 感想も酷評の嵐といった状態で、検索すると酷評をまとめたリンク集まで出てくる。どれも辛辣で、「映画と言えない」とまで言い切る人もいるしまつ。ただ、酷評も行き過ぎると気になってしまうもの。発売日から若干日が経過したが、思い立って購入に出かけた。通常版はどの店でも見かけるのだが、2枚組みのプレミアム版は売り切ればかり。中古ショップを含めて探したが新宿は全滅。中野のリバティーで確保できた。鑑賞にあたっては、前評判をできるだけ頭の隅に追いやって、深呼吸。ニュートラルな気持ちで再生ボタンを押した。
■ 逆の意味で最高の映画 主人公の不動明は、気弱で、運動もイマイチで、優しいだけがとりえの高校生。両親を亡くした彼は、牧村家に引き取られ、心惹かれている長女の美樹と共に家族同然の暮らしをしていた。そんな明には、正反対と言うべき性格の飛鳥了という親友がいる。了は笑顔を忘れたような男で、謎めいた存在。何故か気の合う2人だったが、飛鳥は明が傷つけられると激怒し、傷つけた相手を殺しかねない危険な面も持っていた。 ある日、明は了から「父親が死んだ」と聞かされる。原因は南極調査中に発見した、地球の先住生命体「デーモン(悪魔)」に寄生されたからだという。かくして、人間に寄生する能力を使ってデーモンは復活。明も寄生されてしまうが、彼は人間の心を残したまま半分人間、半分悪魔の「デビルマン」となる。 地球を支配するため、世界中で殺戮を繰り返すデーモン達。だが、人の心を持ったデビルマンは美樹や家族を守るため、人間を救うことを決意。デーモンとの死闘を繰り広げる。だが、彼が守るべき人間達は、恐怖と猜疑心から「悪魔狩り」と称した人間同士の殺戮をはじめてしまう……。 前述の通り、物語は漫画をベースにしており、大きな違いはないと思っていたのだが、開始10分とたたずに違和感を感じる。大筋では同じなのだが、全5巻の漫画を2時間の映画に詰め込むことができなかったようで、所々大事なシーンや説明が抜け落ちている。まるで漫画の代表的なシーンをとりあえず映像化して、無理やりそれらを繋げたような構成だ。 序盤で最も驚いたのは、明がデビルマンになる過程だ。原作では了がデーモン達の歴史や力を明に説明し、人間が生き残る唯一の方法としてデビルマンへの変身を提案。熱い友情により明は自ら決意してデビルマンになる。だが、映画では了の家を訪れた明が、フヨフヨと飛んできた光が当たったことでいきなりデビルマンに変身するという、言わば「事故」として描かれている。 デーモンの説明も、人間への寄生の説明もほとんど無い状態でデビルマン化したにも関わらず、明は異形の姿を驚くこともなく、「俺デーモンになっちゃったよ」と平然。明を演じた伊崎央登君のお世辞にも上手いとは言えない演技と合わさって、まるで「俺ニキビできちゃったよ」と言っているような自然さだ。また、何の説明もなく、了も光り輝く天使に変身。明に向かって「ハッピーバースデー、デビルマン」と祝福。あまりの破壊力に、思わず椅子からズリ落ちた。漫画版を知らない人は、まったく展開について行けないだろう。もちろん漫画を読んでいても置いてけぼりだ。 その後も万事説明不足が続き、大筋は理解できるのだが、細かい突っ込みを入れるとキリが無い状態が続く。映像もチープで、テレビドラマの特撮ヒーロー物以下と感じる部分すらある。原作では、近代兵器をもろともしないデーモンが銃でバタバタと殺され、「デビルマンいらないじゃん」と唖然としていると、KONISHIKI演じるデーモンが登場し「デーモンバンザーイ」とたどたどしく叫んで蜂の巣に。冨永愛演じる美しきデーモン「シレーヌ」も登場するが、デビルマンを意味もなく半殺しにした後、二度とスクリーンには現れない。 「全世界がパニックに」、「世界戦争が勃発した」というのだが、それらの事実はショッピングモールに表示されるニュース番組で、ボブ・サップ演じるアナウンサーが「そう言っている」だけで映像的描写はほとんど無し。左前に置かれているのであろう台本をチラチラと確認しながら「みなさん、戦争が始まりました」とボブ・サップに言われてもまるでリアリティがない。このあたりで、登場した主な舞台が学校・牧村家・ショッピングモールの繰り返しばかりなことに気がつき、背筋が寒くなってくる。 意味がわからず、鑑賞中に「はぁ?」と叫ぶこと数分に1回。DVDの価格を思い出すと腹も立つが、不思議なことに、鳥肌実演じる善良な市民がデーモンの疑いをかけられ、田んぼの真ん中で捕獲されるシーンあたりで、俄然面白くなってくる。つまり、腹をくくって「このわけのわからなさを楽しもうじゃないか」というポジティブな思考に切り替わるのだ。それから後は非常に楽しめる。小林幸子が「通行人A」レベルの役で登場し、一瞬でフェードアウトして、涙が出るほど大笑いしてしまった。 この映画は凄い。逆の意味で、これほどまでに根本的に何かがズレた映画というのはそうそうあるものではない。デビルマンの物語がこれからどうなるかなんてどうでもいい。この映画がこれからどうなってしまうのかが気になって胸が高鳴る。何か凄まじいものを目撃しているような、歴史的な瞬間に立ち会っているかのような気分にさせてくれる映画だ。
もちろん、悪い点ばかりではない。CGを使ったアクションシーンは、素直に評価できるものだ。詳しくは後述するが、「T-Visual」を使った新しい映像表現は非常に魅力的で、迫力のあるものだった。なにより、主演の伊崎兄弟の演技が拙いので、キャラクターがフル3DCGに切り替わってくれるとホッとする。ただ、格闘中、伊崎兄弟は「はっ」、「ほっ」、「ふっ」というような、なんとも気の抜けた掛け声のアフレコを入れてくれるため、迫力のある映像に一気に脱力感が漂う。ここまで来ると、全編に漂うチープさは、ある意味芸術的ですらある。
■ 操作性がイマイチな特典
DVD Bit Rate Viewer Ver.1.4で見た平均ビットレートは7.38Mbps。特典映像として約13分の初日舞台挨拶の模様や予告編などを収めていることを考えると妥当な数値だろう。映像は彩度が低く、映画の雰囲気を象徴したのか、暗めの色調。 色のりは悪くないのだが、個人的にはもう少し抜けが欲しい。ただ、CGパートとの色調の整合性はとれているので、映画全体としての違和感は少ない。ブロックノイズやモスキートノイズは上手く抑えられており、最終決戦でおびただしい数のデーモンが登場するシーンなどでも、解像度や階調が甘くなる部分もあるが、なんとか踏みとどまっている。 音響はクリアで包囲感も良い。デビルマンが飛翔する際、部屋全体に吹き荒れる風切り音が心地よい。だが、気になるのは低音。かなりおとなしめで、ビルが壊れるような派手なシーンでも地鳴りのようにサブウーファが響くシーンは少ない。格闘がメインで大爆発がないので仕方が無いのかもしれないが、もう少し派手なサウンドデザインでも良かったように思う。
主に解説されているのは「T-Visual」と呼ばれるデビルマン用に作られた映像表現。T-Visualの「T」は東映と東映アニメの頭文字をとったもので、具体的には「デジタルとアナログの融合」をテーマに、実写の中にCGを取り入れ、CGの中にアニメ的な映像や誇張表現を取り入れるというもの。流れとしては、実写の明がシームレスにCGで描かれたデビルマンに変身。フル3DCGでの格闘シーンが展開し、最後の一撃など、ド派手なシーンでは2Dのアニメ的な映像に切り替わる。 非常に面白いアイデアだが、CGプロデューサーの氷見武士氏によれば、「1つのシーンを撮るにもアニメ部隊、CG部隊、実写部隊がワイワイと入り乱れて大変だった」という。確かに、違和感無く各パートをつなぐだけでも苦労しそうである。 代表的なメイキングやインタビューは特番の中に含まれているのだが、DVDならではの特典にも期待したいところ。だが、内容はともかくとして、構成に疑問を感じた。まず、「実写」メニューに入ると、項目の多さに驚かされる。制作発表会と書かれた項目だけで6個。撮影時のインタビューを含めると、実に40個ものコンテンツが収められている。各コンテンツのタイトルは「大泉 冨永 愛 “疲れたー けど楽しい”」というように、撮影場所・人物・コメントで記載されている。 問題なのは、中にはある程度の長さのインタビューもあるのだが、多くはタイトル名になっているコメントしか収録されていないことだ。つまり、先ほどのコンテンツは、休憩している冨永愛が写され、彼女が「疲れたぁ~……けど楽しい」と笑い、もう一言二言つぶやいて終わりという、時間にして20秒程度映像しかない映像なのだ。わざわざ別項目にする必要があるのだろうか? チャプタ切りではいけないのか? ともかく、タイトルが内容のすべてなのだ。 さらに、恐ろしいことに、全てのコンテンツを最初から最後まで連続して再生する「ALL PLAY」機能がない。つまり、20秒程度のコンテンツを再生するために、いちいちリモコンで選択・再生を何十回も繰り返さなければならないのだ。画面の切り替わりの遅いDVDでは多大なストレスが溜まる作業だ。イライラしながら選択すると、伊崎央登君が「アクション? 余裕っすよ」と笑って再生終了、メニューに戻される。リモコンを叩きつけたい衝動を抑えるのに苦労した。こんな構成で、果たして全てのコンテンツを根気良く再生してくれる人がいるのだろうか? インタビューの中で面白かったのは、牧村美樹を演じた酒井彩名のもの。「オーディションを受けるにあたり、原作を漫画喫茶で全巻読んだのだが、ハマッてしまい、結局本屋さんで全巻購入した」と笑う。その思い入れが生きたのか、彼女の熱演には拍手を贈りたい。また、伊崎央登&右典のインタビューでは、「双子は兄弟という意識が少なくて、親友や仲間の感覚に違い。それは、幼馴染としてずっと一緒にすごして来た了と明の関係に近いものがある」という話が興味深かった。ただ、映画の中で、双子という要素を上手に使えなかったのかという疑問は残る。 CGコーナーでも構成は同じで、製作過程の映像がいくつか並んでおり、ナレーションも説明表示もなく、レイヤーが重ねられていく映像や、ワイヤーフレームで筋肉を作っていく様子などが淡々と表示されるだけ。悪くはないのだが、はっきりいってつまらない。どうせならばCG担当のスタッフが映像と交えて苦労した点や見所を解説して欲しい。特番はテレビ番組なのでそつなくまとまっているのは当たり前。DVDのプレミア版ならではの特典として、もう少し丁寧に作って欲しかったというのが正直な感想だ。
■ 逆の意味でお勧めの1本 鑑賞後の感想としては、「世間の評判通りか、それを上回る問題作」と感じた。デビルマンのファンにとっては原作の冒涜と感じるかもしれないが、「ただCGで再現されたデビルマンが見たい」という人や、原作を片手に「このシーンが実写化されるとこうなるのか」という映像集として楽しむスタンスもあるだろう。 また、チープで完成度の低い作品をあえて好むような、特殊な趣味を持つ人にはたまらない映画だろう。「噂は聞いているけど観ていない」という人は多いと思われるので、来客用のネタとして常備しておくと、話が弾むかもしれない。ただ、このチープ感を楽しんでくれるような相手を選ばないと、「時間を無駄にした!」と怒り出す可能性はある。 DVDのプレミアムセットは2枚組みだが、本編と特典ディスクは別々のトールケースに収められており、2本をまとめるカバーケースが付属する。本編ディスクはケースを含めて通常版と同じものなので、「とりあえず観てみよう」という人には通常版をお勧めしたい。特典ディスクも操作性を除けば、収録内容は豊富な部類に入るだろう。ただ、通常版(3,990円)とプレミアムセット(6,300円)の2,310円の価格差分かと言われると微妙なところだ。 普遍的な重いテーマと、ハルマゲドンを含む壮大な物語を実写化しようというチャレンジ精神は評価できる。T-Visualの映像表現も、デビルマンの世界を描写する技術として十分通用するものだ。しかし、やる気と手段があったとしても、その試みが成功するとは限らない。 シナリオがもう少ししっかりしていれば……という素人の不満はあるが、恐らく問題はそれだけではないだろう。だが、失敗は成功の母とも言う。この作品は様々な教訓を含んでいるだろう。映像製作に携わるクリエイターには必見の1本と言えるかもしれない。
なお、劇中、友情出演で永井豪先生が度々登場する。セリフは無く、神父の格好でたたずむだけなのだが、先生の表情は少し悲しそうで、すべてを達観したような穏やかなものだった。永井先生は舞台挨拶やインタビューなどで実写化の感想を答えているのだが、何を聞いても深読みしてしまう自分が情けなかった。
□東映ビデオのホームページ (2005年5月24日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
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