■隠れた需要「ナマ録」 「趣味の録音」というジャンルは、とうに廃れていたと誰もが思っていたわけであるが、2004年にEDIROLが発売したリニアPCMのポータブルレコーダ「R-1」を契機に、実はまだ意外にニーズがあるということがわかってきた。 かつての録音マニアというのは、だいたいデンスケ担いで遠くSLなどを録りに行ったものだ。だが昨今の録音機器の使い方というのは、バンドの練習や趣味の演奏会などをワンポイントで録るという、音効さん的な集音というよりも、もう少し音楽的な使われ方になってきている。 もっともそれに気がついたのは、ソニーの「PCM-D1」の記事を書いたあたりからで、これだけデジタル機器が増えている中、ちゃんとしたマイクを装備した録音機器が意外に少ないということがわかったからだ。ビジネス用途のボイスレコーダとはまた違った市場が、そこにあったということだろう。 今回はすでに発売されてから少し時間が経っているが、EDIROLの新小型録音機「R-09」(実売38,000円)を取り上げる。また同社の開発責任者にもお話を伺ってきたので、R-1からの進化点なども同時に探ってみたい。 ありそうでなかったお手軽高音質録音機R-09の実力を、さっそく試してみよう。
■超小型とは言えないが、十分小型
ボイスレコーダやMP3プレーヤーは、もはやとんでもなく小さなものが登場している。それに比較すればR-09は、確かにR-1からは小さくなったとは言え、まだ若干大きいと感じるかもしれない。ただサイズ的にはちょうどタバコの箱ぐらいで、ポケットには入る。
厚みはR-1とほぼ同等。ただバッテリは汎用性を考えて単三電池を採用しており、それを考えると仕方のないところだろう。動作時間は同じ単三2本のR-1から倍に増えて約4時間となっており、長時間の収録にも余裕で対応できる。 使用メディアはSDカード。R-1のコンパクトフラッシュよりも、小型化に貢献していることは間違いないだろう。 注目のマイク部分は、R-1で評価が高かったコンデンサマイクユニットを引き続き採用。外部マイク入力も備えているが、ステレオミニジャックであることを考えると、本格的なマイクを接続するには辛い。むしろ本体でいい音が録れるという可搬性能を重視すべきだろう。
本体左側面には電源と入力レベルが、右側にはヘッドホン端子とモニタレベルがある。正面のボタン類はシンプルで、十字キー+センターボタン、そのほか3つの独立したボタンがある。再生だけにかかるリバーブが付けられているところが、楽器っぽいニュアンスを残している。
操作画面はそれほど大きくはないが、有機ELディスプレイ採用で、R-1のドットの粗い液晶画面より数段細かくステータスがチェックできる。特にレベルメーターの表示が精細化して認識しやすくなっただけでなく、ピークLEDも付けられている。 なにせR-1の時は、15セグメントの目盛りが増減するだけで、今何デシなんだよということも、あとピークまでどれぐらいかも何にもわからなかったんである。しかもRECスタンバイにして、さらにDISPLAYボタンを押さないとレベル表示にならないというのは、ライン収録ならともかく、どんな音量が来るかわかならいマイク収録では辛いものがあった。 背面にもスイッチ類が沢山ある。AGCはオート・ゲイン・コントロールで、カメラで言えばフルオートに相当する。LOW CUTはいわゆるウィンドカットとして使える。屋外でボソつく時に使うものだが、できれば内蔵マイクに被せるウィンドスクリーンは、オプションとしてあってしかるべきだろう。ただメニューに頼らず、確認が必要な部分はハードウェアスイッチにしたあたりは、好感が持てる。
オプション類も見てみよう。R-09には、スタンド用のネジ穴がない。従って三脚などに取り付けるためには、別途カバーとミニ三脚のオプションを購入する必要がある。カバーの底面に、三脚用のネジ穴があるという作りになっている。 ただこのオプションの出来は酷い。三脚を取り付けるためには、ベルトホールド部のスナップを外す必要があるのだが、この外したベルト部の始末がどうしようもない。単にべろんべろんしているだけである。
さらに悪いことに、このスナップ部がチャリチャリと音を発生する。構造上どうしてもこのスナップが三脚の足に当たってしまうので、多少振動のあるところでは、チャリチャリと音が入る。そもそもマイク一体型録音機のカバーに、多少なりとも音が出る可能性のある部材を使うべきではない。 また付属のミニ三脚もEDIROLのロゴが入っているものの、カメラ量販店に行けば500円ぐらいで売られている安っぽいもので、本体の角度によっては自重に耐えられず倒れてしまう。このセットは5,000円程度で売られているが、価格分の価値があるかは疑問だ。そもそも録音機で三脚が使えるものは少ないこともあり、早急なる改善を求めたい。
■ステレオ感が増した鮮明な音 では実際に録音してみよう。R-09のスペックとしては、最高音質でリニアPCM 48kHz/24bitでの記録が可能。R-1では最高が44.1kHz/24bitであったわけだから、若干スペックアップしている。またMP3での収録にも対応している。 パソコンではまだ48kHz/24bitで再生できる環境はそれほど多くないのだが、やはり最高でどれぐらい録れるのかは気になるところだろう。今回はR-1とR-09の最高音質の設定で録り比べてみた。なお比較しやすいように、双方とも44.1kHz/16bitに変換したものも掲載しておく。
双方レベルの違いが多分にあるが、水音などはR-1ではこれ以上録音レベルが上がらないため、R-09に比べて低くなっている。音楽的な素材がないため、音質面での比較は難しいとは思うが、全体的にステレオ感はR-09の方が上だ。また音の鮮明感も、R-09のほうに軍配が上がる。 録音レベルは上げ下げするたびに数値が表示されるため、量的な目安がわかりやすい。また電源OFFでも録音レベルがキープできるという意味でも、改善点と言えるだろう。ただクリック感のあるスイッチなので、録音中に上げ下げすると、その音が入ってしまう。特にモニタ音量は録音中に調整することも多いと思うが、こちらも同様のスイッチで増減するため、音が入る。このあたりは、ボリュームを使ったR-1のほうがよかった。 ただ今回は、ハンドグリップ音が大幅に軽減されている。ステレオ感も含めこのあたりは、マイクの実装の仕方に違いがありそうだ。
■小型レコーダの狙い R-09の狙いや内部構造について、開発責任者であるローランドDTMP開発部長の倉田政明氏と、営業企画部の蓑輪雅弘氏にお話を伺った。 -レコーダはR-1、業務用の4トラックレコーダがR-4と来て、急に型番が09まで飛びましたよね?
倉田:実は09というのが、ローランドの歴史上一番エントリーモデルなんです。昔SH-09とかRS-09とかキーボードで09シリーズというエントリーモデルがあったんです。この09が何十年ぶりかに復活しまして。 -ローランドでは、そもそもレコーダみたいなものを作ってたんでしょうか。 倉田:ローランドではVSシリーズ、BOSSではBRといった、音楽用のデジタルMTR(マルチトラックレコーダ)の経験がありまして、社内的にはノウハウはあるんです。ただそれを一般の人にレコーダとしてどういうふうにやるかが課題でした。エディロールでレコーダ作ったのは、R-1が初めてだったんです。 蓑輪:楽器メーカーということで、社内にもバンドをやっている人が多いんです。そこでMTRで録るかというと必ずしもそんなことはなくて、これまではMDで録ってたんですね。でもMDで録ったら、あとでPCでの処理へ持っていくのが大変だという意見もあって、マスストレージで認識するレコーダがいるなと。それで作ったのが、初代のR-1だったんです。 -R-1も相当評価が高かったわけですが、ボタン配置やUIなんかがエフェクターっぽかったですよね。 倉田:シンセを作ってきたメンバーばっかりでやったもんですから、レコーダというのはどういうUIなのか勉強不足のところがありました。それからいろいろ世の中の携帯電話も含め、レコーダのUIを研究しました。今回は中央にRECボタン、周囲にストップとかのボタン配置ですが、ローランドとしては珍しいUIなんです。今までだったら必ず別個のスイッチでSTOP、 PLAY、RECって横に並べてました。これをこういうふうにもってくるのにだいぶ覚悟がいって、かなり社内でもめたんです。やはり楽器を作ってきたメンバーの、独自の常識というか文化が身についちゃってるもんですから。 -UIということでは、今回はレベルメータもきちんと表示されて使いやすくなりました。 倉田:R-1ではレベルメータを表示するという処理が、一番後回しだったんです。まずレコーディングするというのがCPUの仕事からすると最優先。そこが忙しいと、表示は後回しになってました。楽器の場合は一番優先が音ですから、そういう結果になっていたんですが、R-09の場合はCPU自身が入ってきたデータを監視できるようになってるんです。普通はCPUと録音する部分が別のチップだったりすると、今レベルはどうなってるんだとCPUがいちいちデバイスに聞きに行って、それを表示に反映するという、通信が必要だったわけです。今回はそれが一体化されて、CPUが自分で常にレベルを参照できるんです。だから反応良くレベル表示ができるという構成になっています。
■マイクのマウントにも秘密あり
-今回はグリップノイズがずいぶん減りましたよね。 倉田:どうも部品というのはちゃんと止めないといけないという過去の常識があって、R-1ではマイクもキッチリ止めたんですよ。その結果、ボディを持ったときに振動がすぐ伝わって、ハンドリングノイズが増えてしまった。今回はマイクを中空に浮かせて、周りをゴムのようなもので緩衝しています。 -今回はステレオ感など、若干内部の構造が違うのではないかと思うんですが。 倉田:これもまたR-1の時はキッチリしようと思って、マイクを前に向かって平行に止めたんですね。それが音の広がりに乏しいという結果になってしまってました。今回は左右に120度開いて、上方向にも45度の角度を付けました。斜めに止めるという発想は、実際にR-1を作ってみて初めて気がつきましたね。 -R-1にはマイクのシミュレータがついてましたが、これは辞めたんですね? 蓑輪:ユーザーの方々にアンケートを取らせていただいたのですが、その結果を見ると、使っているという声はあまり聞こえてこなかったんですよ。MP3よりも24bitで、エフェクターはあまり使わないというお客様が圧倒的だったということで、まずはベーシックな音をピュアでクリーンなものにするというのが、R-09の企画でした。ただポッドキャスティングも始まったということで、最初からMP3でハンドリング良く行きたいというのも、絶対必要だろうと。エフェクトチップは取るけども、MP3は入れるという結論になりました。 -でも再生だけはリバーブが付いてますね。 倉田:リバーブだけ残したのは、楽器屋のクセが残ってますよね(笑)。再生だけにかかるというのは、一見不思議な機能に見えると思うんですよ。ですがR-1のお客様で合唱を録音する方がいて、リバーブがあると上手く聞こえていいね、いう話がありまして。再生だけですから、元のデータに付加するわけではありませんし、気軽にON/OFFできます。これは提案するという意味で残しておこうと。
-録音機も、御社がR-1で始めてから地道に盛り上がっている感じがありますけど。 蓑輪:我々もナマ録マーケット自体がこんなあるというのは、見えてなかったです。ビデオがこれだけ手軽になってますから、音だけでそんなニーズがあるのかなと。 倉田:今はなんでもかんでも、コンピュータでできるようになって来ちゃってます。だけどコンピュータでできないものは何かといったら、実際には音の入り口、出口だったり、手で触るものだったりというところが残っている。広い意味でのインターフェイスというのが、こういうハードウェアなんじゃないかと思います。 -ニーズがあるところにリーチできれば、確実に売れるジャンルですよね。 蓑輪:今後の課題なんですが、まず「ナマ録コーナー」がないんです。iPodの影響でリスニングのほうは広がっているんですが、MD売り場も減ってきてますし。まだ一部のニッチ市場という形ですが、このままある程度盛り上がってくれれば、売り場の片隅に置いていただけるかもしれませんね。
■ 総論 実は上記のインタビューも、R-09で録音した。これまではオリンパス製ボイスレコーダや三洋Xactiで録っていたのだが、それらに比べれば格段に音の解像度が高く、インタビューも起こしやすい。細かいニュアンスの音が、その場の記憶も呼び覚ましてくれるという効果もあるようだ。 ボイスレコーダやMP3プレーヤー、携帯電話など、ちょっと音が録れるデバイスには困らない。だが、人に聞かせる音で録れるデバイスというのは、実はそんなにないんじゃないかと思う。 R-09のポイントは、このサイズで高性能マイクまで込み、というところだろう。R-1やソニー「PCM-D1」もいいデバイスだが、取り出すと相手が萎縮するような威圧感を持っている。 R-09は、さりげないたたずまいで凄まじく高音質で録れるというところが、ほかにはないユニークさだ。 □ローランドのホームページ (2006年6月14日)
[Reported by 小寺信良]
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