■ 巨大旅客機の中で行方不明
ボーイングとしのぎを削っている欧州の航空機メーカー、エアバスが2005年に超巨大旅客機「A380」を発表した。世界初となる総2階建て構造。800人以上の乗客を乗せられ、バー・ラウンジまで完備。全長73m、重量約280トンという巨体を4発のターボファン・エンジンで飛ばす、まさにモンスター飛行機だ。 日本でもニュースとして取り上げられたほか、日経スペシャル「ガイアの夜明け」で、A380の日本市場への売り込みに密着していたのを覚えている。内部の広さは絶句するほどで、豪華客船の事を「海の上のホテル」などと表現するが、A380は「空飛ぶホテル」と言えるだろう。なお、同旅客機は2006年末に商業運行が開始される予定だ。 今回紹介する映画「フライトプラン」も、架空ではあるが超巨大旅客機を舞台にした作品。劇中に登場するのはアルト航空の「E474」という飛行機だが、2階建て構造で乗客800人を乗せられたりと、エアバス「A380」を連想させる設定だ。 「飛行機を舞台にした映画」と言うと、「ハイジャック犯と戦う主人公」などの物語を連想するが、フライトプランは「飛行機の中で女の子が行方不明になる」という一風変わった設定。確かに、あまりにも巨大ならば、迷子が出る可能性もあるだろう。ある意味では、超大型旅客機が登場したからこそ作られた映画と言えるだろう。 主演はジョディ・フォスター。日本人には「羊たちの沈黙」のイメージが強いので、「美しくて聡明な女性」という印象があるが、今回は6歳の娘を探すため、孤軍奮闘する母親を熱演。実生活でも2人の男の子の母親であり、“母の強さ”を感じさせる素晴らしい演技を見せている。
DVDは1種類のみで価格は3,360円。特典映像は本編ディスクに収録しているが、ディスク自体は1枚のみで、昨今の洋画のDVD仕様を考えると物足りない。なお、同日にはUMD版も3,990円でリリースされている。
■ そもそも娘はいたのか? 航空機設計士のカイル(ジョディ・フォスター)は、事故で夫を亡くし、悲しみのどん底にいた。彼女の生きる望みは愛娘ジュリア(マーリーン・ローストン)のみ。2人はベルリンの家を引き払い、故郷のニューヨークへ帰国することに。夫の遺体を収めた棺とともに搭乗することになった飛行機は、偶然にも彼女自身が設計した最新鋭機「E-474」だった。 広々とした機内で、新しい生活に向けたフライト。しかし、眠りについたカイルが目を覚ますと、隣に座っていたはずの娘の姿が無い。トイレや客席、厨房など、どこを探しても見つからず、彼女は乗務員や機長に助けを求める。かくして、乗客の協力のもと、大捜索がスタート。しかし、ジュリアの行方はわからない。そんな折、乗客名簿ににジュリアの名前が無い事が発覚。さらに、地上から「娘さんは夫とともに6日前に死亡している」という情報が届けられるのだが……。 最大のポイントは、娘がそもそも本当に飛行機に乗っていたのかどうかが、観客にもわからないということ。カイルは夫を亡くしたショックで憔悴しており、睡眠薬も所持。さらに「娘の名前が名簿に無く、死亡している」という情報がもたらされることで、機長を初め、乗員乗客はカイルに疑いの目を向けるようになっていく。つまり「娘が迷子になった可愛そうな母親」から、「乗ってもいない娘を探しまわる、危ない女」という位置付けになってしまうのだ。 もちろん、映画の冒頭で観客は、カイルとジュリアが2人で家を出るシーンや、飛行機に乗り込むまでも目撃している。しかし、2人の悲しみを表現するためか、画面は青味の強い独特のトーン描かれており、乗り込む際も閑散とした機内に2人だけで入っていくなど、違和感を感じる描写が多い。それゆえ、「冒頭のシーンはカイルの妄想だったのでは?」と観客も思えてくるわけだ。 もちろん「全部彼女の妄想でした。おわり」では映画にならないので、「娘はどこかにいるはずだ」と信じながら観賞することになる。周囲の乗客のカイルに対する反応の変化や、9.11との関連で理由も無いのに疑われるアラブ系の乗客、カイルの心のケアにと、頼んでもいないのにやってくるセラピストの乗客など、飛行機という閉鎖空間で繰り広げられる心理描写は秀逸だ。 そして、最大の見せ場は“誰もカイルの味方をしてくれなくなってから”訪れる。娘の記録が無い以上、彼女は航空機の運航を妨害する犯罪者として拘束されてしまう。しかし、E-474は彼女が設計した飛行機。わからないことなど何も無い。その知識を利用し、たった1人で誰にも見つからないよう、娘と犯人を捜す孤独な戦いが幕を開けるのだ。 「どうやって娘をさらったのか」、「どこに隠したのか」、「そもそもなぜ飛行機内で娘を誘拐する必要があるのか?」など、謎が多く、終盤まで予想のつかない展開が続く。サスペンス映画としての期待は裏切らないだろう。銃を使ってハイジャック犯を制圧するような物語ではないのでアクション要素は弱めだが、飛行機内のさまざまなスペースに潜り込み、自由に移動するカイルを見ているだけで面白いだろう。
残念なのは、吹雪のベルリンから夜空に飛び立った後、ドラマは最後まで飛行機の内部で展開するため、せっかくの超巨大旅客機の勇姿がよく見えないこと。内容的に、南国の晴天の空を飛ぶような話でもないのだが、もう少し「飛行機が飛んでいる」ということを映像で表現して欲しかった。揺れるシーンなども少なく、墜落の危機に陥るような事もなく、飛行機を舞台にしたからこその魅力に乏しい。観賞しているうちにビルなどと同じ、単なる巨大な閉鎖空間にしか見えなくなってくるのは残念だ。
■ 適度に狭く、撮影しやすい機内 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは6.5Mbps。98分という収録時間の短さや、音声が2種類しか入っていないことを考えると低めだろう。映像は前述の通り、青みが強い個性的な絵作り。主人公の心の不安や寂しさを表すと同時に、他人の冷たも表しているように思える。暗部の階調や解像感はイマイチだが、暗闇に恐怖が潜むサスペンス映画としてはこのぐらいがちょうど良いだろう。 巨大旅客機とはいえ、飛行機内での撮影は難度が高いと思われるが、後述する大規模なセットで撮影を行なっているため、閉塞感のある映像ながら、カメラワークは縦横無尽という相反する要素を両立できている。まるで様々な席の乗客の目を通して描かれているようだ。 。 音声は英語と日本語のどちらもドルビーデジタル5.1ch。ビットレートは英語が448kbps、日本語が384kbps。サウンドデザインは非常に地味だ。ただ、つまらないというわけではなく、飛行機特有の「ゴー」っというノイズが常に薄く部屋を包み、登場人物達の声は狭い機内に反射してこもりがち、足音も飛行機やバス特有の軽めで詰まった音で再現されているなど、すこぶるリアル。サブウーファが轟音を出すようなシーンはほとんどないが、これはこれで鳴らし甲斐のあるソースと言えるだろう。 BGMも大人しめで、時折ピアノのソロがポロンポロンと聞こえるなど、ホラー映画のようなBGMが作品を静かに盛り上げている。
特典は、メイキングとアルト航空E474機の設計に迫るコンテンツの2つで、約47分。メイキングは脚本の狙いや、監督の役割、配役の理由、特殊効果などを中心に展開。脚本の部分では当然9.11にも触れられており「事件以降、空港や機内における警備が大幅に強化されたことは周知の事実だが、そこから生まれる緊張感や、過剰反応なども盛り込みたかった」という話が興味深い。 特殊効果では、外観撮影用に作られた10分の1の模型が主役。現場ではクレーンで模型を吊りあげて撮影を行なうのだが、その際「万が一、模型が落下しても受け止めようとするな! 自動車と同じくらいの重さがあるんだ!!」と話しているシーンが面白い。模型をいかに重厚に、ズッシリと見せるかというライティングや動きのテクニックなどが紹介される。 だが、最も面白いのはE474の実物大セットの舞台裏に迫る、もう一つのコンテンツだ。「タイタニック」の客船に迫る規模だという、実物大の旅客機内部セットを作成するだけでも大変だが、スタッフ達は空想の新世代超大型旅客機のデザインもしなければならない。ボーイング747から、ロシアの奇妙な貨物機まで、様々な機体を調べたという。 その結果、カメラを乗せる大型レールを備え、機外から簡単に撮影できるよう、壁が取り外しできる飛行機のセットが完成。機体(セット)の全長は76メートルと大型だが、通路を駆け抜けるジョディ・フォスターを横から併走して撮影しつづけたり、天井から乗客の頭のてっぺんを写しながら移動するなど、本物の機内では不可能なカメラワークが実現している。 それでいて、役者が「4日目くらいから、本当の飛行機に乗っている気がしていた」と語るようにリアリティに溢れている。おそらく、ほぼ全てが機内で展開する物語だからこそ、ここまで手の混んだセットが作れたのだろう。セットの開発責任者は「この映画は、ほぼ一カ所(同じセット内)で撮影している。いわばそこが全世界。でも、実に様々な用途に満ちた世界だったよ」と笑っていた。
■ 飛行機映画の新しい方向性 舞台設定もストーリーも魅力的。観賞しながら「どうなるんだろう」とハラハラできる作品だ。潜水艦など、閉鎖空間を舞台にしたサスペンス物が好きな人には、強くお勧めできる。 ただし、観賞後にそうした疑問が全て綺麗に解明されるかというと、「ちょっと無理があるんじゃないか」と言いたくなる。このあたりは人によって感想が違うと思うが、個人的には矛盾点が幾つか目につき、リアリティを感じなかった。先が気になるという点では優秀なシナリオだが、もう少し練り込んで欲しかった。 映画としては、飛行機内サスペンスとして、新しい方向性を示せたと感じている。テロリストが銃を機長に向けて指示するステレオタイプな映画とは異なる、独自の境地を開拓したと言えるだろう。 全編を通しては「現代社会の他者への関心の薄さ」が強調されている。確かに、人が多い都会の駅や空港などで、他人の子供の安全にまで気を配れる人は少ないだろう。我が身を振り返ってみても、出勤時の電車に「どんな子供がいたか?」、「そもそも子供は乗っていたか?」と聞かれても答えられる自信が無い。 子供が狙われる事件が多発している昨今は、大人や地域が一丸となって子供達を守ることが必要とされている。人通りの少ない田舎の町では「地元の人しか使わない道路だから、変な人がいたらすぐわかる」などということもあるだろうが、東京のど真ん中で子供がさらわれても、逆にその存在自体を意識している人は驚くほど少ないのかもしれない。ある意味、ゾッとする話だ。
http://club.buenavista.jp/ □タイトル情報のページ http://www.movies.co.jp/flight-p/ □関連記事 【3月10日】ブエナ、映画「フライトプラン」を5月にDVD/UMDビデオ化 -ジョディ・フォスター主演。旅客機解説コンテンツも http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060310/buena.htm (2006年6月20日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp Copyright (c)2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
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