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本田雅一のAVTrends

4K Pure Cinemaを見て感じる、フルHDの向こう側




 先日、公開が始まった「スパイダーマン 3」。もちろん、シリーズ最終作がどのようになるのか。その“収拾の付け方”が気になるところだが、そうした映画のストーリーとは別に、画質面での仕上がりがどうなっているかに興味をそそられ、ゴールデンウィークに自宅近くのシネマコンプレックスに出かけてきた。

4Kデジタルシネマ対応SXRDプロジェクタ「SRX-R220」

 スパイダーマン 3は、作品のオリジナルネガを直接、コマごとのスキャナで読み取ってDI(Digital Intermediate:中間編集用フィルムをデジタルで代用する制作手法)編集を行ない、その結果をフィルムに焼かず、直接デジタルシネマパッケージで流通させている(もちろん、デジタルシネマ対応映画館のみだが)。さらに、スキャン以降、すべての工程を4Kフォーマットで行なっている。

 つまり4Kデジタルシネマに対応した映画館に行けば、オリジナルネガから直接、コマごとにデジタル化した、本来の画質そのままの映像が楽しめるハズである。

 通常は編集用にフィルムにデュプリケートを繰り返し、最後にリリースプリントを作ったら、さらに流通先で複製を行なって各映画館に配布されるなんてこともあり、場合によっては、そうとう“甘い”映像になってしまうこともあるが、デジタルシネマならばそうしたコピーによる劣化を防ぐことができる。

 ということで、見てきたピュア4Kデジタルシネマは、なるほどそういうものかと説得力のある映像だった。その画質は、“フルHDディスプレイ”化がボトムレンジにまで広がるだろう将来、さらにその先の民生用ディスプレイが進化すべき方向の一つを示している。



■ 4Kになれば鋭利さが増す?

 まず「Digital Cinema」とはどんなものか。ごくごく簡単に紹介しておこう。

 Digital Cinemaは、デジタルデータでの映画流通を目的にした新しい映画の形。映画スタジオや映画館向け映像機器メーカーなどで構成するDigital Cinema Initiativesが規格を策定したため、頭文字をとってDCIフォーマットなどとも呼ばれることがある。

ソニーの「CineAlta 4K デジタルシネマ上映用トータルシステムパッケージ」

 解像度は2Kと呼ばれる2,048×1,080ピクセルと、4Kと呼ばれる4,096×2,160ピクセルの2種類があり、それぞれに対応するプロジェクタや映像処理プロセッサなどが商品化されている。2Kプロジェクタの代表的なものに3板DLPを採用するクリスティデジタルやNECの製品があるが、4Kプロジェクタは反射型液晶パネルSXRDを用いるソニー製のみ。ちなみに日本で導入されている4Kプロジェクタは7スクリーンのみとのことなので、まだまだ普及を語る段階ではない。

 DCIは単に解像度が高いだけでなく、階調性や色再現域が民生用フォーマットよりも遙かに優れている。たとえばDVD、HD DVD、BDのピクセルフォーマットは、いずれもYUVの4:2:0で輝度階調は8ビットしかない。これに対してDCIは16ビット階調の4:4:4フォーマットだ。またsRGBとよく似たHDTV規格の色再現域よりもはるかに広く、可視光の色をほぼカバーするDCI独自の色空間が定義されており、高彩度のオレンジや緑など、フィルムが得意とする色を完全に再現できる。

 さて、そんなDigital Cinema 4Kの世界。同行した家人に「どうだった? 」と尋ねてみたが、「きれい。きれいなんだけど、どう言えばいいのかわからない。見えなかったものがたくさん見えるけれど、でも“解像感”が高いというのとは違う感じ。どうもうまい言葉が見つからない」との答えが返ってきた。

 “きれい”といっても、いろいろな“きれい”がある。4Kが800万もの画素を持つというと、「切れるような輪郭のシャープさと、微細な部分まで見える感じ」と思う人が多いと思う。しかし、実際には「輪郭はソフトで滑らかな描写に感じるのに、質感を伝える情報量であふれている」という感じだ。いわゆる、カリカリにシャープな解像感の高い画質ではないのだ。

 もう少し掘り下げてみよう。

 たとえば普通のフルHDコンテンツで、ピクセルごとに細かなディテールをハッキリと描こうとすると、どうしてもギスギスとした余裕のない絵になってしまう。現実感が削がれ、強い刺激が違和感を感じさせる。200万の画素ですべてを表現しようというのだから、どうしても細かな部分を描き分ける余裕がなくなる。

 もし200万画素で、アナログフィルムのような、滑らかな輪郭を描こうとすると、その滑らかさを表現するために画素が必要になるため、ソフトになりすぎてボケたように見えてしまう。

 しかし、4Kであれば800万画素と画素数で4倍になるため、細かな情報を残した上で、さらに輪郭の描写を意図通りに描く余裕が出てくる。

 このため、デジタルだと言われなければ、ほとんどの人はその映像がフィルムだと思うだろう(実際にはゴミが少なく、情報量も増え、フリッカーも感じないのでフィルムではないことは明確なのだが)。見ていてとても自然で滑らかなのに、しかし、きちんと細かいディテール情報であふれている。

 解像度が2Kから4Kになる魅力は、こうしたフィルム映画が本来持っている、アナログならではの画質の良さを引き出せるようになるところにある。ブラウン管でハイビジョンを楽しんでいた人などは、フルHD化で解像感やシャープさは出たけれど、どこかちょっと違和感を感じていないだろうか。4Kの映画には、そんなギスギスとした雰囲気はなく、むしろホッとするような安心感がある。

 スパイダーマン 3の4K PURE CINEMAは、ワーナー・マイカル・シネマズ板橋とむさし野ミューで見ることができる。もし見るチャンスがあるなら、ストーリーと同時に画質面にも注目してみてはいかがだろう。



■ 2Kから4Kのアップコンバートでも4Kの良さは出る

 上記の映画館では、当然ながら自分の好きなコンテンツをかけたりはできないが、日本にも映像制作時に評価用として使う評価シアターに4Kプロジェクタが導入されているところがある。ソニー系列の映像制作会社、ソニーピーシーエル(ソニーPCL)だ。

ソニーPCLでは、4K/2K対応パッケージ制作サービスを行なっている

 ここでいくつかのデモを見せていただいたのだが、元々2Kで作られている映像でも、4Kにアップコンバートすることで、4Kの良さであるナチュラルな表現は可能だ。もちろん、それは業務用の最新プロセッサを使っているからというのもあるのだろうが、2K Digital Cinemaでは感じる、独特のエッジ感が緩和されて見やすくなっていた。2Kが持っている情報以上に、何らかの新しいディテールが浮かび上がるわけではないが、アナログっぽいナチュラルさは出る。

 おそらく、民生用の放送や映像パッケージソフトが4K化することは、将来もないだろう。つまり、ほぼ2Kと同じ解像度の映像が、民生用としては最高のフォーマットとなる。現在はそれを、ドットバイドットでそのまま表示することが“ゴール”と見なされているが、4Kシネマを見ていると、どうやらそうではないのでは? という気もしてくる。

 果たしてどれぐらいのタイムスパンで変化していくかは予想しがたいが、家庭用プロジェクタや大型テレビの解像度は、技術の進歩次第で画素が増加するのではないだろうか。もちろん、すべての製品がそうなるとは言わない。だが、ビジュアルクオリティにこだわる映画ファンの中には、“ギリギリ、フルHD映像を映せるデバイス”ではなく、“より視覚的に自然にフルHD映像を描くキャンバス”を求める声も、年数を重ねていけば出てくるだろう。

 スパイダーマン 3に限らず、今後も4K Digital Cinemaは数多く上映されることだろう。未来の夢を思い描かせるに相応しい素材だ。AVファンならば、是非とも体感しておきたいものだ。


□□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□ソニーPCLのホームページ
http://www.pcl.sony.co.jp/
□関連記事
【4月25日】ソニー、「CineAlta 4K」デジタルシネマシステム
-最高品質の4Kで「2010年に国内1,000スクリーン」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070425/sony.htm
【2月1日】ソニーPCL、4K/2Kデジタルシネマパッケージ製作開始
-4K SXRDプロジェクタなど設置の試写施設も構築
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070201/sonypcl.htm

(2007年5月15日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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