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西田宗千佳の
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カーボンを入れるだけでスピーカーの低音倍増?
新VIERA搭載の「ナノベースエキサイター」とは


 7月30日、松下はスピーカーに関する新技術「ナノベースエキサイター」を発表した。最初の応用製品は、8月9日に発表した「VIERA PZ750シリーズ」である。

 テレビ新製品において、「低音を重視した新スピーカー搭載」という言葉を耳にすることは少なくない。「ああ、いつものごとく改善されたんだ」くらいで、さらっとニュース記事を読んだ方も多いのではないだろうか?

 だが実は、今回はちょっと違うのである。「ナノベースエキサイター」という技術は、どうやらもう少し幅の広い、おもしろい技術であるようなのだ。同技術の開発陣に、狙いと特徴を聞いた。



■ 入れただけで低音が倍増
  低音改善技術「ナノベースエキサイター」

左がナノベースエキサイター搭載スピーカーの開発品。同じスピーカーユニットを使い、コーンのみ、パッシブウーファー付き、ナノベースエキサイター付きの三種で音をチェックした。ナノベースエキサイターありだと、低音から中音域が豊かになり、音質がはっきりと向上する

 小型スピーカーの欠点は、なんといっても低音が出ないこと。口径の問題から、高中音域も浅くなりがちではあるが、それ以上に、低音がばっさりと消えてしまう。低音不足を補うため、イコライザなどで低音部を持ち上げたり、バスレフ部を迷路のように複雑な構造として、反響に使う体積を増やしたり、といったことを行なう。逆にいえば、そういうことをしないと、まともに聴ける音にはならないわけだ。今回、比較用に用意された一般的な小型スピーカーも、まさにそういう音だった。

 これが、携帯電話に内蔵される小径なスピーカーとなると、さらにつらいものになる。昔のAMラジオのような郷愁をそそる音、といえば聞こえはいいが、要は音域の狭い、「鳴っているだけ」に近い音である。

 だが、同じスピーカーユニットに、ナノベースエキサイターを組み合わせると、音がとたんに変化した。いかにも「テレビのスピーカー」っぽい、薄い音であったものがぐっと厚みを増し、低音から高音まで豊かな響きとなった。さすがに「オーディオ機器並」とはいかないが、テレビから鳴る音としては、かなり上質でしっとりとした音といえる。


ナノベースエキサイター搭載のVIERA PZ750シリーズ PZ750シリーズのスピーカーは3ウェイ構成。ウーファにナノベースエキサイターを採用 PZ750シリーズのウーファユニット

ビンの中の黒い粉末が“ナノベースエキサイター”。多孔性の炭素の粉末であり、性質としては消臭剤などと同じようなものだが、“音質向上に最適な構造”になっているという

 より驚くのは、携帯電話での結果だ。直径1cm程度のスピーカーの出す、のっぺりとした薄い音が、突然「聴ける」レベルの音に変化した。

 どれも、実際のスピーカーユニットは同じものである。違いは、スピーカーのハウジング内に多孔性のカーボン素材を挿入しているだけ。スピーカーユニット全体のサイズを変えることも、スピーカーそのものも変えることもせず、低音部の音質を劇的に改善するのが、「ナノベースエキサイター」という技術なのだ。

 カーボンを使った低音強化技術は、他社のスピーカーでの採用例もあるが、「ナノベースエキサイター」の特徴は、低周波数だけでなく高い周波数においても、音量増加の効果が得られること。素材の形態を最適に加工し、ナノレベルの細孔の大きさを制御することで、ホームAV用のみでなく、携帯端末用の超小型スピーカーでも低音の音量を約2倍にする効果を得ているという。



■ 80Hz以下の低音をリッチに
  秘密は「空気の反発力」

AVコア技術開発センター 知覚AVグループ 高橋俊也 グループマネージャー

 ナノベースエキサイターとはなんなのか? 開発チームの一人である、同社・AVコア技術開発センター・知覚AVグループの高橋俊也氏は次のように語る。

 「中に入れている多孔性のカーボンは、別に特殊な素材ではないです。カーボンを入れることで、従来はできなかった、低音部の原音再生が忠実にできるようになります。より大きな容積のスピーカーと同じ音が出る、といってもいいでしょう。おおよそ、倍の容量のスピーカーと同じ音が出ます。逆に言えば、同じ音を実現するなら、半分の容積で十分、ということでもあります」


ナノベースエキサイターは、表面に微細な穴が開いている。これまでも、カーボンを音質向上に使う技術はあったが、より微細な穴のあるカーボンを使うことで、大幅に低音の出力が改善される テレビ向けでは80Hzから100Hzあたりで低音が出なくなり、携帯電話では800Hzあたりから出ない。ナノベースエキサイターは、これら全域で効果を発揮するという

AVコア技術開発センター 知覚AVグループ 知覚AV第二グループ 角張勲チームリーダー

 音質の劇的な変化は、この効果の現れでもある。これまでのスピーカーでは、「テレビ向けで80Hz以下、携帯向けでは800Hz以下のの低音がうまく出ていなかった」(開発チームの角張勲氏)ため、音が薄くなっていたのだが、ナノベースエキサイターの利用により、この部分がカバーされ、音質が大きく向上することとなった。

 音質の変化は、目でも確認できる。下の写真は、80Hzのサイン波を通常のスピーカーとナノベースエキサイター入りのスピーカーで出し、スピーカー・コーンの振幅をセンサーでとらえたものを、オシロスコープに表示したものだ。ナノベースエキサイターを使ったスピーカーでは、明らかに振幅が大きくなっているのがわかる。


コア技術開発センター・知覚AVグループの佐伯周二 主幹技師

 そもそも、なぜ低音部の音量が上がるのか? 主幹技師の佐伯周二氏は、「キャビネット内での空気の反発力の違いにある」と話す。

 スピーカーは、コーンの振動によって音を発するわけで、「いかに大きく振動させられるか」が音量につながる。大きなスピーカーの場合、そもそも出力が大きい上に、ハウジング部の容積にも余裕があるため、コーンの振動に、空気の反発力が影響することは少ない。しかし小さくて出力の小さなスピーカーでは、ハウジング内の空気の反発力の強さが、スピーカーの振動を妨げ、音の反響を妨げる原因となっていた。

「高音部では振動幅が小さいので問題にならないのですが、低音では、どうしても振動しないんです」と高橋氏も話す。

 この問題を解決するには、ハウジングを大きくすることが近道だ。高音質を謳う小型スピーカーで、低音用に大きなハウジングが用意されるのはそのためだ。しかし、スペースの限られた携帯電話の場合には、そういった解決策も難しい。

 そこで彼らが考えたのが、「ハウジング内の空気の反発力を減らす」ということである。ナノベースエキサイターを入れると、反発力は一気に小さくなる。結果、同じ容積であっても、低音発生時でもスピーカーが自然に振動できることになって、低音がしっかりと再現されるようになる。ナノベースエキサイターだけで1.4倍の大きさになり、さらに共振の効果を使えるようにすることで、2倍まで出力が大きくなる。

 今回のデモでは、厚さ1cmのボディにナノベースエキサイター入りのスピーカー、同じものに通常のスピーカー、そして、厚さを倍の2cmにしたハウジングに通常のスピーカーを仕込んだ携帯電話の模型で音を確認できたのだが、違いは明らかだった。ナノベースエキサイター入りと、2cmのモデルが、ほぼ同レベルの音を実現していたのだ。現在のニーズから言えば、「スピーカー部の厚みが2cmもある携帯」は製品化できないだろうから、ナノベースエキサイターは、「小径でも低音をふつうに出せる」技術として、きわめて有効、ということになる。

ナノベースエキサイターだけで1.4倍、パッシブラジエータを使って共振させることで、低音の出力が2倍になるという デモのために作られた、携帯電話を模したモックアップ。従来は、満足いく音を出すには2cmの厚みが必要となったが、ナノベースエキサイターを使うと、半分の厚みで同等以上の音質が実現できるという



■ 最初は「キムコ」を入れた?
  5年かけて最適なカーボンを発見

 そもそもこの技術は、どのようにして生まれたのだろうか? 高橋氏は、「根本的に、スピーカーの音質を上げるにはどうすべきか、を考えた結果」と語る。

 高橋氏のチームは、元々、スピーカーのコーン部を含めた、出力系の高画質化を目指した基礎研究を行なっていた。しかし、根本的な高音質化技術はなかなか見つからない。イコライザーなどで音を加工して聴かせる技術もあるが、「それでは音がゆがむので、本質的な解決ではない」と感じていたという。そこで目をつけたのが、コーン部ではなく、ハウジングの構造を含めた変更だった。

「元々、ハウジングにカーボンの防音材を入れて低音を強化する、という製品はありましたから、そこから、さらに改良できないか、と考えたのが最初」と佐伯氏は言う。ハウジング内部に多孔性のものを入れれば効果が高まるはず、との発想から、そもそも微細な穴をたくさん持つカーボン、すなわち活性炭を入れようということになった。

 だが問題は、「どんなカーボンを入れればいいか」ということだ。穴の形や数により、音は大きく変わってしまう。どんなものがいいか、開発陣も最初はまったくわからなかったようだ。

 そこで最初に行なったのは、「とにかくいろんなカーボンを入れて、特性を評価する」ことだったという「最初は、消臭剤“キムコ”に入っている活性炭を入れたんですよ。手近にあったもので」と角張氏は笑う。そこから、どのような穴のパラメータを持つカーボンがいいのかを見つけ出し、最終的な製品へと近づけていった。

 「カーボンそのものは、特別なものではないんです。でも、どんなパラメータのカーボンを使えばいいかは、すぐにはわからない筈です。評価の仕方を含め、我々独自のノウハウの固まりです」と高橋氏は話す。最初の発想から今回の発表まで、研究には5年もの歳月がかかっているのだという。



■ 大型スピーカーや密閉型ヘッドホンにも
 次の応用分野は「携帯電話」?

 高橋氏によれば、ナノベースエキサイターは、スピーカーのサイズによらず有効であることが確認されているという。もちろん、低音を強めるという特性上、低音の弱いスピーカー、すなわち小径スピーカーの方が有効に働くのは事実だが、「大型スピーカーの低音強化にも使えるはず」(高橋さん)と期待を見せる。

 原理上、インナーイヤーヘッドホンのような開放型のデバイスには使えないが、「密閉型のヘッドホンなどには有効だろう」(角張氏)というのだから、応用範囲の広さがうかがえる。

 音そのものに与える影響も、「ほとんど皆無。厳密には、高音の一部の帯域がほんの少し落ち込みやすくなるが、オーディオ機器で一般に行われるチューニングの範囲でカバーできるので、欠点、とまではいえない」(高橋氏)という。

 実際に聞いてみた印象では、なにより、音に濁りがないのが特徴であった。佐伯氏も、その点を強調する。「音を良くするため、家電機器に組み込むのスピーカーでは、どうしても音を作りがち。低音まですっきり出るので、素直な音になります」と話す。

 彼らの言う通り、すべてのスピーカーで効果があるかどうかは、実際に製品が出てくるまでわからない。だが、少なくとも、テレビ内蔵の小型スピーカーや、携帯電話向けの超小型スピーカーでは、しっかりとした効果が確認できている。

 近頃、「オーディオ」の再評価が著しい。だが、テレビや携帯電話に組み込まれるスピーカーは、コストや設計などの条件が厳しく、「高品質」なパーツが使われることは少ない。だが、そんな中で、ナノベースエキサイターのような技術が使われていけば、音質の「底上げ」が可能になるだろう。

 テレビに続く製品への投入計画はまだ未定だが、おそらくは、携帯電話などの「小型機器」になることだろう。どのような製品に仕上がるか、いまから楽しみだ。


□松下電器産業のホームページ
http://www.panasonic.co.jp/index3.html
□ニュースリリース
http://panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/jn070730-2/jn070730-2.html
□VIERAのホームページ
http://viera.jp/
□関連記事
【7月30日】松下、超小型スピーカーで豊かな低音再生を実現
-「ナノベースエキサイター」。従来比2倍の低域音量
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070730/pana.htm
【8月9日】松下、フルHDプラズマ/液晶「VIERA」7製品を発表
プラズマと倍速37型液晶で「フルHDビッグバン」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070809/pana1.htm
【8月9日】松下、“リビング高画質”フルHDプラズマ「VIERA PZ750」
暗所コントラスト1万:1。HD/H.264のVOD対応
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070809/pana2.htm

(2007年8月15日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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