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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
松下の中国・北京ブラウン管工場「BMCC」訪問記
~ 縮小傾向にあるブラウン管市場でどう生きるのか ~



 松下は、中国・北京に、ブラウン管の生産拠点である北京・松下彩色顕像管有限公司(BMCC=Beijing・Matsushita Color CRT)を持つ。

北京・松下彩色顕像管有限公司(BMCC)

 '87年に設立、'89年に稼動した同生産拠点は、今年9月に設立20周年を迎え、北京市と結んだ20年間の契約を満了したところだ。

 そして、新たに10年間の契約を結び、今年度は約900万台のブラウン管生産を目指す。

 このほど、同拠点を訪問する機会を得た。プラズマ、液晶に注目が集まってはいるが、全世界のテレビ出荷のうち、依然として6割はブラウン管が占めている。すでに日本には、ブラウン管の生産拠点がないことからも、貴重な機会だった。



■ 松下幸之助氏と鄧小平氏の会談が設立の発端

 生産ラインを紹介する前に、BMCCの概要を紹介しよう。

 BMCCの生い立ちは'78年にまで遡る。同年、中国の最高実力者であった鄧小平氏が来日し、ブラウン管テレビを生産していた松下電器の茨木工場を訪問。そこで中国での合弁事業を模索。'79年、'80年には、創業者である松下幸之助氏が2回に渡り訪中し、鄧小平氏と会談。'85年には、山下俊彦社長(当時)が中国各地を視察後、北京市に合弁会社設立を決断。'87年に工場を建設した。

BMCC財務部・浜田敏行部長

 資本金は、12.4億人民元(日本円で284億円)。出資比率は、日本側からは松下電器の子会社であるMT映像ディスプレイが50%、一方、北京側では、液晶テレビの生産などを行なっている北東方科技集団が30%、投資会社である中国電子進出口北京公司が10%、銀行である中国工商銀行北京亜運村支行が10%を出資。まさに日中合弁という体制が取られている。

 「社名の北京と松下の間に、・が入っている。これが無ければ、北京にある松下電器の会社という意味だが、・が入ることで、北京市と松下電器が合弁で設立した会社という意味になる。この・に大きな意味がある」(BMCC財務部・浜田敏行部長)という。



■ モノを作る前に、人を作る精神

 BMCCは、北京市の中心部と、北京首都国際空港とのちょうど中間地点にある。空港高速道路を利用することで、市内にも空港にも、約20分で到着することができる距離だ。

 高速道路に隣接する形で立地するBMCCは、甲子園球場5個分にあたる20万7300m2の敷地面積を持ち、4,300人の従業員が働く。敷地内には、社員寮のほか、託児施設も完備されているという。

BMCCの全景を表した模型 正面玄関入口 BMCCで生産しているブラウン管。14~34インチまである

BMCCの范文強董事長

 ほとんどの従業員が、山東省や河南省などの地方出身の「外地工」と呼ばれる18~22歳の若者。3年から5年勤務し、その後、BMCCを退社するという仕組みだ。毎月200人の従業員が退社し、200人が新たに入社する。

 BMCCの范文強董事長は、「ブラウン管の生産には体力が必要であり、ある年齢に達すると勤務するのが難しくなる。そのため、入社の段階で、勤務する3~5年の間に技能を身に付けて欲しいということを明確に提示する。PCの操作技術や、溶接技術、または床屋の技術など、業務時間外に技能を習得し、BMCCを退社した後も仕事ができるようにすることを徹底している」と語る。

 現在、3年以下の従業員が50%、4年以下が20%、5年以下が20%。優秀な従業員の場合は、最大10年までの延長が可能だという。

 BMCCを語る上で欠かすことができないのが、設立当初に、採用した250人の中国人労働者を、平均で5.5か月間、日本国内でブラウン管製造を行なっていた宇都宮工場に派遣し、ライン実習させたという逸話だ。

 当時としては、まさに画期的ともいえる仕組みを導入することで、日本のものづくりの考え方などを修得させ、それをBMCCに持ち込んだ。

 「松下電器の精神は、モノを作る前に、人を作る。BMCCの稼働では、ラインで作業をする人を、日本に派遣して技術を修得させることで、これを実践した」(浜田部長)というわけだ。



■ 年間900万台のブラウン管を生産

 同工場での生産台数は、2006年度実績で991万4,000台。売上高は、32億元。中国のブラウン管製造では、第3位の規模。2006年度実績で、シェアは13.3%となっている。

 部品調達の約90%を中国国内から行なっており、「ガラスの調達が中国国内だけでは追いつかず、輸入に頼っている部分はある。金額ベースでも85%を中国の企業から調達している」(浜田部長)という。

BMCCの売上高推移

 製造したブラウン管は、中国国内のほか、メキシコ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ブラジルなどに輸出され、ブラウン管テレビとして製品化される。最近では、BRICs諸国からの需要が旺盛だという。

 日本には、直接、ブラウン管の輸出を行なっていないが、これらの国のメーカーが製品化したテレビとして、BMCCで生産されたブラウン管が間接的に日本に輸入されることはあるという。中国国内では、TTE、長虹、康佳などがBMCCのブラウン管を採用したテレビを製品化している。

 BMCCの2007年度の生産計画は約900万台。依然としてフル生産体制を維持しているという。

 東芝や三菱、LGにブラウン管を供給していた上海永新、日立の賽格日立が、プラウン管工場の操業を停止し、さらに生産数量を大幅に減少させる工場もあるなど、徐々に残存者利益としてのビジネスチャンスも増えている。

 だが、数社が撤退していることからも明らかなように、台数は一定数量を維持できても、ブラウン管の値下げが激しく、売上高は減少傾向にある。今後、生産数量の維持とともに、価格下落に対応したコストダウンなどが課題だといえよう。

 北京市との新たな10年間の契約内容は、ブラウン管の専業生産拠点としてのものだ。ただし、期間中の契約内容の見直しは可能だともいう。BRICsにおけるブラウン管テレビの旺盛な需要はまだまだ続きそうではある。しかし、ブラウン管専業生産拠点としてのBMCCは、あと何年間続くのかも気になるところだ。



■ 14~34インチまでのブラウン管を生産

 では、BMCCの生産ラインを見てみよう。

 現在、BMCCには、第1期、第2期、第3期の3つの製造棟を持つ。それぞれの製造棟に2本ずつの生産ラインを持ち、'89年に稼働した第1期棟では、14、19、21、25インチを生産、93年稼働の第2期棟では、21、29インチを生産、'99年稼働の第3期棟では29、34インチの生産のほか、32および36インチのワイド画面の生産も可能になっている。

 そのほか、7インチのプロジェクションテレビ用ブラウン管(PRT)の製造も専用棟を2002年から稼働させている。

 今回、取材したのは、第2期棟。日本のプラズマパネルや液晶パネルの生産拠点では、写真撮影がほとんど許されないが、ここでは、多くの部分を公開してくれた。

第2期棟の外観。長さ240m、幅90m。2階建てとなっている。第1、第3期棟も同じ大きさ 大量の水やエネルギーを使用するブラウン管生産。パイプが何本も生産棟を取り囲む 原動棟の内部。年間20万7,232MWhの電力を消費する

第2期棟の内部。電子銃の生産工程は2階にある 細かい部品はピンセットを使用 作業中の様子

ここで組み立てられる部品の数々。一番右が完成したもの 完成した電子銃は検査工程へ。目視で行なう検査もある

1階は、チューブの生産工程。蛍光体を使用するため一部照明を黄色にしてある 蛍光体をG、B、Rの順番に塗布していく。一色塗布しては、感光させた後に洗浄し、次の色を塗布するという工程を繰り返す

フリット溶接を行なう炉。前面のガラスと後面ガラスを張り合わせる 前面ガラスと後面ガラスを溶接したものを検査 検査が終わったブラウン管は、すべて機械で運ばれる(動画)

ブラウン管を真空封止するための準備を行なう工程 加熱炉を使い、真空状態にする 真空状態となり完成したブラウン管

最終検査工程に入る。目視と検査機器で行なう。検査場所の照明は落としてある 梱包・出荷工程。ブラウン管のホコリを落とす 梱包して、出荷口に向かう

出荷口は大きなスペースが用意されているが、SCMの導入によって、ここが一杯になることはないという 出荷口からトラックに運び込まれて港へ パレットごとに行き先が表示されている

 一方、BMCCの取り組みにおいて見逃せないのが、環境への取り組みである。

 ブラウン管の生産には、多くの電力、水、蒸気などのエネルギーを必要とする。電力の年間消費量は2億kWhに達し、中国の比較的裕福な家庭に換算すると100万戸分に匹敵する。エネルギーに関わる費用は、年間1.3億元で、日本円にすると20億円に達する。その7割以上を占めているのが電力となっている。

 そこで、BMCCでは、電力削減のために、冷熱源インバータ制御を導入。圧送水量や温度を自動制御することで年間100万元の電力削減を達成。さらに、冷凍機フリークーリング装置や蒸気圧縮温水再利用システム、加熱炉保温・省エネ炉の導入や、省エネ照明の採用などにも取り組んでいる。

 「1万元のGDPを得るために必要な総エネルギーを、2010年に石炭換算で0.79トンにするという目標が中国政府から提示されている。だが、BMCCは、すでに0.11トンであり、その目標を達成している。北京大学など調査した企業における環境保護への取り組みのなかでも、BMCCは最も高い評価を受けている企業のひとつとなっている」(范董事長)という。

 なかでも、特筆できるのが廃水排水処理および純水再生への取り組みだ。

BMCC生産技術部・熊井寛副部長

 もともと北京市は、慢性的な水不足の状態にあり、年間降雨水量の13%を人工雨に依存しているという状況にあり、製造工場に対しては、使用量圧縮の指標が提示されている。また、水の購入価格も上昇傾向にあり、2006年の1トンあたりの水購入価格は、前年比17%増の4.8元となっている。

 「年間300万トン強を使用する企業の社会的責任として、廃水を純水にリサイクルする仕組みの導入は、不可欠と判断し、2005年から、1,500万元(=約3億円)を投じて、廃水回収純水生成システムの導入に取り組んだ」(BMCC生産技術部・熊井寛副部長)。

 各生産施設から排出される水を、フッ素系、クロム系などに分離排出。これを凝縮剤や中和剤などの薬品を利用し、沈殿分化する。その後、活性炭濾過をはじめとするマルチ濾過や、電解分離処理などを行ない、純水に再生成。純水は、再度生産ラインを供給される仕組みだ。

排水回収純水生成棟 排水水質をリアルタイムに表示。基準値をクリアしているのがわかる 排水回収純水生成棟にある排水処理施設の表示

 これにより、廃水処理場で処理される年間285万トンの廃水のうち、142万トンを廃水再生。そのうち、82万トンを純水として生成。購入水に換算すると年間100万トンの節水効果を達成している。

 これらの環境への取り組みによって、2006年度には、省エネ・環境保護の外部表彰を多数受賞。2007年度には、清潔生産工場の認証を、また、2008年には、国家環境友好企業の認証取得を目指しているという。

 「今後は、ブラウン管のリサイクル、排水処理技術を生かした社会貢献、純水生成技術を進化させることでの飲料水への展開などのほか、保温材技術や廃気処理技術、省エネ技術といったBMCCで蓄積したノウハウの外部工場施設への提案などを進めていきたい」(熊井副部長)という。

排水所の施設の内部の様子 六価クロムも蛍光体のなかで使用されており、これも重要な廃水処理の対象になる

廃水処理された水のなかで魚が飼育されている 排水は、農水と純水に分類されタンクに入れられる 処理された水の一部は、さらに純水化をすすめる

 BMCCは、ブラウン管の専門製造拠点であると同時に、長年に渡る日中交流を橋渡し役も担っている。そして、環境という観点から見ると、最先端の取り組みを行なっている製造拠点であるともいえよう。

 依然として大きな需要があるブラウン管生産の一大生産拠点として、松下電器の環境対応をリードする拠点として、その役割は重要だ。

7インチのプロジェクションテレビ用ブラウン管(PRT) '89年6月3日に完成したBMCCの第1号ブラウン管。実は、この翌日、天安門事件が勃発。社員の約9割が歩いて出社し、量産を開始した


□松下電器産業のホームページ
http://panasonic.co.jp/index3.html
□関連記事
【3月30日】松下、松下東芝映像ディスプレイを完全子会社化
-ブラウン管テレビの低コスト化を徹底
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070330/mt.htm

(2007年10月16日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島(宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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