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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
シャープの液晶テレビ事業は「弱気」なのか?
~ 世界需要の上方修正にも、シャープが計画を据え置いた理由 ~



 シャープの社長に就任した片山幹雄社長に対して、「慎重」あるいは「弱気」といった声が出ている。

 というのも、シャープは、年初に全世界における液晶テレビの市場規模を6,800万台と予想していたものを、先頃、7,200万台へと上方修正。それにも関わらず、同社の出荷計画は、年初に打ち出した900万台と据え置いたままだからだ。

シャープ 片山幹雄社長

 しかも、片山社長はこうも語る。

 「世界の液晶テレビ需要は、2008年度、2009年度も上ブレするだろう。年間1億台への到達時期も早まるはずだ。欧米の主要国だけでなく、東欧、ブラジル、東南アジアなどでも、予想以上に、店頭において、フラットパネルの展示が増加している。フラットテレビに対するシフトは、我々が想像する以上に勢いがついており、他社が打ち出す強気の見通しも決して間違ってはいない」

 実際、ソニーが年間1,000万台の液晶テレビの出荷計画を打ち出すなど、各社から強気の計画が相次いでいる。

 それにも関わらず、なぜ、シャープは慎重な姿勢を崩さないのか。



■ 最大の課題は海外戦略

 片山社長は、「確かに、出荷計画を上方修正しないことに関して、記者やアナリストから、弱気なのではという質問がある。だが、これは、弱気になったのではない。むしろ、戦うための準備である」と反論する。

 シャープにとって、最大の課題は海外戦略である。液晶テレビ事業の成長戦略は、海外における成長次第であることは、片山社長自身も認める。

 シャープの事業計画を見ても、2007年度の同社液晶テレビの年間出荷計画900万台のうち、海外の出荷計画は580万台と、約3分の2を占める。そのうち、北米は、前年度実績の160万台から75%増の280万台、欧州は前年度の140万台から、57%増となる220万台、海外その他地域は、前年度の30万台から2.6倍となる80万台と、海外全地域で大幅な成長を見込む。

 国内では270万台から320万台と、18%増の成長率であることに比べると、海外事業の成長が液晶テレビ事業全体を牽引することになるのは明らかだ。

 海外事業が成長基盤となることを前提として、片山社長は次のように話す。

 「日本で液晶テレビを生産し、それを海外に流通する仕組みでは、大変な物流コストがかかり、しかも在庫が発生しやすい。ビジネスとしては大変危険な構造といわざるを得ない。そのなかで海外拡大戦略を推進することは、リスクが大きく、とてもできるものではない」

 これが、直接的に「弱気」ということに捉えられてしまっているのだ。



■ 海外拠点の確立が鍵。「世界5極体制」は7月から稼動

 しかし、片山社長がこう語る背景には理由がある。

 大画面が主流となっている北米および欧州市場に、日本から液晶テレビを輸送すると、一台あたり1万円もの物流コストがかかる計算になる。しかも、船便で送るため、欧州では生産を含めて約2か月、米国では約1か月半もの日程がかかる。米国西海岸に船便で上陸し、そこから陸送で反対側のニューヨークに持っていくのには、さらに時間がかかることになる。

 「価格下落が激しく、競争が激しい液晶テレビの事業では、この構造ではとても無理。それぞれの地域での生産体制が確立しない段階では、むやみに事業を拡大するべきではないと判断した」

 シャープは、今年7月にメキシコ工場で、北米市場向けに液晶モジュールの組み立て、液晶テレビ生産を行なう体制を確立。さらに、同じ7月には、欧州市場向けに同様に液晶モジュールの組み立て、液晶テレビ生産を行なう体制をポーランド工場で稼働させる。

メキシコ ロサリト工場 ポーランド トルン工場(予定地)

 日本では、液晶パネルの新工場が堺市に建設される話題や、7月からの亀山第2工場の第3期生産ライン稼働といった話が先行しているが、むしろ、足下の事業としては、メキシコ、ポーランドの2つの工場の稼働のほうが重要だともいえる。

 実際、4月に大阪市内で行われた決算会見では、片山社長が、「メキシコ、ポーランドをどう立ち上げるかが、私にとっては、いまはとても大切なこと」と語るなど、欧米向けの生産体制の確立が、シャープの液晶テレビ事業に大きな意味を持つことを強調していた。

 「世界市場では、まずは生産体制がないと戦えない。戦う以上は、ちゃんと戦える体制を作ってから戦いたい。戦う体制がないのに、市場の成長にあわせて無理に挑んでいくのは、リスクが増えるだけ。そんな戦い方はしない。この経営姿勢を今後も貫きたい」と片山社長は語る。

 7月には、日本で液晶パネルを生産し、北米(メキシコ)、欧州(ポーランド、バルセロナ)、アジア(マレーシア)、中国(南京)という世界5極体制を敷き、世界的な液晶テレビのサプライチェーンを構築することになり、いよいよ世界で戦う体制が整うことになる。

 ここから、本来、片山社長が持っている強気な性格が表面化していくのかもしれない。

スペイン バルセロナ工場 中国 南京工場 マレーシア バトパハ工場



■ ターゲットは北米。宣伝広告費を拡大し認知度向上目指す

 一方で、海外におけるブランド構築、そして、販売体制の確立という点では、早くも片山社長の強気の姿勢が表れている。社長就任前から、液晶テレビ事業の責任者として全世界を飛び回り、まずは北米市場をターゲットとすることを決め、そこに対する投資が始まっているからだ。

 具体的には、2006年度には年間約200億円とされていた北米における宣伝広告費をさらに拡大。メジャーリーグやNASCARへのスポンサー契約を通じて、シャープおよびAQUOSの認知度を高めていく考えだ。

 「海外市場では、まだまだ力がないので、重点的にやっていく。まずは、米国市場がターゲット。米国においては、大画面モデルで3ラインを用意するなど、生産体制の確立にあわせて、製品ラインアップが揃ってきた」と語る。

 さらに、米国市場向けのチャネル戦略も、すでに手を打ち始めている。

 米国では、ベストバイやサーキットシティなどの量販店ルートのほか、AV専門店や地域専門店などの専門店ルート、安売りを行なうディスカウンターのルートなどがある。日本では大手量販店に集中する傾向があるが、米国では、地域専門店が市場全体の30~40%を構成するという違いもある。

 シャープでは、これらのルート別に製品を用意し、それぞれの販売ルート別のマーケティング戦略を推進している。

 「従来は46インチ液晶テレビといっても、1種類しか用意できなかったが、年明けからは、46インチでも4種類以上の製品をラインアップし、それぞれのチャネルに専用モデルとして展開している。一部のチャネルによっては重複する製品もあるが、このように製品を切り分けることで、各販売チャネルをきちっとサポートする体制を強化していくことが可能になる」と片山社長は語る。

 シャープは、2001年の液晶テレビの投入にあわせて、北米市場向けのチャネル販売を強化してきたが、その後、韓国勢に比べて大画面化で後れをとった影響もあり、販売店との関係が希薄化していた部分があった。

 「一時的に販売店におけるシャープの存在感がなくなっていたが、昨年後半から米国のチャネルに対して、大型の投資を行なっている。チャネルとの関係回復もできるようになってきた。これによって、店頭におけるシャープの存在感が急激にあがっていくはず」と、戦略に手応えを見せる。

 海外戦略の大きな課題となっている生産体制は、この7月から体制が整う。そして、北米を中心に、販売体制、ブランド戦略も加速しようとしている。

 海外戦略において、弱気とは言わせない体制が構築されようとしている。


□シャープのホームページ
http://www.sharp.co.jp/
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(2007年6月26日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島(宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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