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西田宗千佳の
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「ワーナー」と「薄型」で踊るCES
- マーケット状況と新技術から見る2008年の動向


 CESが開幕して今日で2日目。発表会や会見が一段落し、ようやく会場を回れるようになってきた。

 このところCESは、毎年「驚きが少なくなってきている」と言われる。だが今年は、会期前に飛び出した「ワーナー・ショック」もあり、非常に活気があるように感じられる。特にプレスの数は例年よりかなり多く、例年以上の長い行列も発生している。

 まあそれはともかく、今年のCESが久々に注目されているのは間違いない。注目点は2つ。1つはもちろん「次世代DVD戦争」の動向。そしてもう1つは、「ディスプレイの薄型化競争」だ。

 この2点について、ちょっと俯瞰した視点からお伝えする。


■ 次世代DVDへの「消費者の評価」が会場・市場から見えてきた

 「硫黄島というかソロモンというか……」あるHD DVD関係者は、「ワーナー・ショック以後」の状況をそう話した。第二次大戦の趨勢を決めた地の名を挙げた真意は、もちろん置かれている状況の苦しさを指してのものである。ちなみにここでいう「ソロモン」には、ガンダムファンにはお馴染みの宇宙要塞、という意味もある。

 HD DVDプロモーション・グループの会見がキャンセルされたこともあり、CESでのHD DVDに関するプロモーションは、目立たないものへと変わってしまった。東芝としては対策を協議中であり、それまで動くことができない、というのが実情のようだ。

 ワーナーが動いたからといっても、厳密には勝負が決まったわけではない。7日のBlu-ray Disc Assosiationの会見で公表されたように、スタジオの種別による、各規格のマーケットシェアは7:3。圧倒的にBD有利ではあるが、BDAの会見に参加した人々の口から「勝利宣言」は出なかった。

 米国でソニー製品の販売を担当する、ソニーエレクトロニクスのコンシューマエレクトロニクス担当エグゼクティブバイスプレジデント・栗田伸樹氏も、「(ワーナーの選択は)追い風だとは思うが、確実な話は言えない」と慎重な姿勢を貫く。

 しかし、来場者の反応は残酷だ。Las Vegas Convention CenterのSouth Hallに、隣り合う形で作られたBDAと北米HD DVDプロモーション・グループのブースは、見事に明暗が分かれていた。映像デモなどに人だかりが出来、スペースに余裕がないBDAブースに比べ、HD DVD側は閑散とした印象である。

BDAブースの人だかりに比べ、HD DVDブースは元気がない。積極的なイベント展開や人の呼び込みなども少ない印象だ

 BDA側には大きな「海賊船」を含む派手なオブジェが多く、人目を惹いたこと、HD DVD側は説明をブースの奥で行なっていたことなど、人気のすべてが「フォーマット戦争への審判」であったわけではないだろうが、それでも、行き交う人々の視線や表情からは、「ワーナーの選択」の影響がはっきりと見て取れる。

 では、ワーナーはなぜBDを選択したのか? 松下電器・パナソニックハリウッド研究所(PHL)所長の露崎英介氏は次のように語る。「とにかく、各社ががむしゃらにがんばって、年末商戦でたくさんのプレーヤーとソフトを売った結果でしょう。通年、すべての月でHD DVDに対し2:1と勝利し続けたことが大きな要因です」。

 ソフトの販売数は、昨年8月から11月まで、BDが月平均50万枚。HD DVDは、おおよそ30万枚が販売された。ところが、この勢いは12月に入って一気に加速、BDは倍の月100万枚を超える結果となった。そしてさらに、こう続ける。「次世代ディスクについては、スタジオ側がとにかく熱心。DVDの時には、ハードメーカーのリードに『ならやってみれば』という感じでついてきた印象ですが、今回は、販売店やバイヤーに、スタジオ側も積極的な働きかけを行なっています。それだけ、DVDビジネスの収益性が鈍り、次を模索する流れが強かったということでしょう」。

 CEA会長のゲイリー・シャピロ氏のインタビューでも触れたように、米国でのHDTV世帯普及率は5割を超えた。米国は、2009年2月にテレビ放送の完全デジタル移行が迫っており、次世代ディスクがブレイクする素地ができあがりつつある。

ソニーエレクトロニクスのコンシューマエレクトロニクス担当エグゼクティブバイスプレジデント・栗田伸樹氏。「年末商戦はとにかく好調。特に47型から52型のテレビが売れた」と話す

 ソニーエレクトロニクス・栗田氏も次のように話す。「年末は、非常に良い勢いで我々のプレーヤーが売れた。(東芝製HD DVDプレーヤーとの)競争の中で、299ドルという価格をつけざるを得なかった部分はあるが、(DVD製品に対して)このくらいの価格差であるなら、手が届く感じがする、と受け止められた部分があります。まずは、HDTVでHDの美しい映像を楽しんでもらう、という点を訴求することに注力したいと思います」。

 こうなった以上、変な綱引きは止めて一刻も早く実ビジネスを始めたい。そんな意識がワーナーに「チェックメイト」をかけさせる理由になった、と考えるのが良さそうだ。BDAブースの賑わいを見ると、「決断によって消費者の目をBDに向けさせる」という作戦は成功しているように感じられる。

 そうなると気になるのが、「次」の展開である。このままHD DVD陣営は切り崩されてしまうのか? 中でも、残ったユニバーサルとパラマウント、そしてマイクロソフトはどうするのだろうか。

 マイクロソフトのOS担当マーケティング副社長・マイク シーバート氏は、次世代DVDサポートについて、次のように説明する。「マイクロソフトとしてはHD DVDが消費者の価値向上に寄与するフォーマットである、という認識に変化はない。しかし、OSはプラットフォームだ。現在も、BD/HD DVDともに機能面でのネイティブなサポートはなく、サードーパーティーに任せている。今後もニュートラルな形を貫くので、BD/HD DVDどちらも利用できる」

 内容的にいえば、現状の方針と変わりない、ということになる。しかし、ニュアンスとしてはより「不干渉」に近くなった、と感じるのは勘ぐり過ぎだろうか。


■ 大型化競争から「薄型競争」へ
  米国では3割の家庭で「壁掛け」

松下が基調講演で公開した、150型プラズマディスプレイ。サイズ競争にとどめを刺しただけでなく、クオリティの面でも、いままでの「最大モデル」を凌駕した

 さて、次に問題となるのは、映像を映す「テレビ」の方である。CESでフラットパネルというと、毎年韓国メーカーを中心に繰り広げられる「大型化競争」が話題だった。だが、大型化については、韓国メーカーがチャンピオン争いから降りて出展を行なわず、一方で松下が、他社を突き放す150型/4K×2K(4,096×2,160ドット)パネルを発表したことから、もう「極まった」と言って良さそうだ。

 昨年松下が発売した103型プラズマVIERAは、1台600万円という価格ながら、特に中東の富裕層を中心に、すでに3,000枚(!)以上を出荷している。その好調さを受けた、「究極の大画面」である。

 そんなこともあってか、今回のCESでは、FPDは完全に「薄型競争」にとって代わられた印象が強い。だが他方で、「薄いのは確かに凄いけれど、そんなに1mm、2mmを競う必要があるのだろうか?」と感じる方も多いのではないだろうか。

 薄型化競争は、昨年のCEATEC前後に始まったものであり、日本ではすでにお馴染みだ。他方で、CEATECで観客の目を惹いていたのは、薄さよりもむしろ、ソニーの有機ELテレビ「XEL-1」に代表される「いままでにない美しさ」の方であった。

Samsung Electoronicsが公開した薄型液晶テレビ。完全に壁掛けのイメージを指向したモデルで、米国人来場者からの人気が高かった

 実は、CESでここまで「薄さ」がフィーチャーされるには、米国ならではの事情があるのである。前出・ソニーエレクトロニクスの栗田氏は次のように説明する。「テレビを売る時には、まず100%、『壁掛けがしやすいかどうか』を聞かれます。実際に壁掛けで使われる率は3割くらいのものなのですが、特に、家庭で決裁権を持つ奥さんの意見が強い。彼女たちの希望は、『壁掛けにして、リビングをすっきりと仕上げること』。だから、壁掛け出来ないリアプロが選択から落とされてしまったんです」。

 薄型化と、それに伴う軽量化の最大のメリットが「壁掛け」にあるという指摘は、日本でも変わりない。しかし、米国の場合には、すでに現在の、比較的分厚く重い製品ですら「壁掛け」が商品の人気を左右するとすれば、各社がこぞって薄型化に力を入れるのも当然といえる。


■ 薄型化の裏で進む「次世代パネル開発」
  「次世代FPD」の開花は2009年から

 ただし、これだけ一斉に「薄型」に流れてしまうと、その差がわかりづらいのもまた事実である。特に液晶陣営は、デザイン的にも厚み的にも近い企業が多く、差がわかりづらい。

 これにもやはり理由がある。液晶はバックライトや制御回路など、「パネル以外」に必要とされるパーツが比較的多い。それらを薄型化するのも簡単ではないが、パーツ毎に取り組んでいけば、ある程度のレベルまで到達するのは難しくない。

 それに対しプラズマは、根本的な薄型化を行なうには、パネルも含めた改良を考えねばならず、液晶よりも長いスパンでの検討が必要となる。

 そういう視点で見ると、松下・日立・パイオニアのプラズマ陣営は、薄型パネルと同時に、パネルそのもののスペックを上げ、高画質化が可能な技術も同時に発表している、という点に気づく。特に、パイオニアの「超ハイコントラスト型KURO」と、松下の「高発光効率プラズマ」は注目だ。前者はプラズマにおけるコントラストの問題に、後者は消費電力の問題に根本的なメスを入れる、非常に画期的な技術といえる。

パイオニアが公開した、薄型プラズマのコンセプトモデル。「iPhoneより薄い!」と会見でもアピールされた 松下の「高発光効率プラズマ」。従来のものと同じ輝度ながら、半分の消費電力で済む。ここで「従来よりも2倍の輝度」としないあたりが松下らしい

ソニーの4K2K対応82型液晶。フルHDの映像を4面同時に表示できることからわかるように、従来なら40型4枚に分割していたパネルを1枚で使い、「リッチなホームシアター」向けに仕立てたものだ

 高画質化の面では、解像度の向上、特に4K2K(4,096×2,160ドット)のディスプレイがいくつか登場したことに注目したい。前出・松下の150型プラズマも4K2K対応だ。またソニーとサムスンも、82型の4K2Kクラス液晶を展示していた。ただし、松下がDCI(Digital Cinema Initiative)で規定された4K2K解像度にあわせて作っているのに対し、ソニー・サムスンのものは横が3,840ドットと少し小さく、厳密には4K2K“クラス”だ。おそらく、縦横比を16:9にあわせ、「フルHD×4」としたためであろう。

 ここから見えてくるのは、「薄型化」競争の後ろには、次世代向けパネルのクオリティ競争が隠れている、ということだ。元々薄型化競争は、昨年のCESで、ソニーが有機ELディスプレイを展示したことから始まっている。圧倒的な薄さが宣伝されることが多かったが、その本質はやはり「画質」。そこに刺激され、シャープが国内で「次世代液晶」を発表、今回CESで、各社がそれに続き次世代技術を公開しはじめた……と考えることができそうだ。

 商品化はどれも2009年以降であり、すぐに登場するものではない。また、多くがまだ「テレビ」として作られておらず、「モニター」として展示されているのも、製品化に向けた道のりの長さを感じさせる。それらの製品は、シャープの堺新工場、松下の第二尼崎工場といった、新たなプラントで生産されることになる。地デジへの完全移行を控えた2011年には、「FPD:ネクストジェネレーションズ」が見せる、素晴らしい画質の製品を体験できる可能性が高まってきたのは間違いない。こんな風に考えると、ワクワクしてこないだろうか?。


□2008 International CESのホームページ(英文)
http://www.cesweb.org/
□関連記事
【リンク集】2008 International CESレポートリンク集
http://av.watch.impress.co.jp/docs/link/2008ces.htm

(2008年1月9日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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