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ダビング10でどう変わる?
- NECが考える「テレビパソコン」の今と未来


新「VALUESTAR W」と、NECパーソナルプロダクツ PC事業本部商品企画本部商品技術部マネージャー 樫本氏

 このところ、テレビ機能搭載パソコンが売れていない。地デジに代表される、デジタル放送の「コピーワンス」の影響ともいわれている。また、特にパソコンのヘビーユーザーを中心に、「そもそもパソコンにテレビ機能などいらない」との声も根強い。

 そんな事情を反映してか、国内のパソコンメーカーから発表される製品の中で、「テレビ機能」をウリとする機種の比率は下がりつづけている印象が強い。

 だが、これらの印象は正しいのだろうか? そうは思わないメーカーもある。NECは、テレビ関連機能を積極的に自社開発、テレビCMなどのマス広告で、商品の魅力としてのアピールを続けている。

 今回は、そんなNECでパソコンの商品企画を担当する、NECパーソナルプロダクツ・ PC事業本部商品企画本部商品技術部マネージャーの樫本欣久氏に、「テレビパソコンの今とこれから」を聞いた。



■ 「低価格化」の波にもまれるテレビパソコン。必要なのは「AV面での差別化」

 樫本氏は、「内部でコンセンサスがとれている話ではないですが……」と前置きした上で、テレビパソコンの現状を次のように語る。

 「売れ行きは下がっています。地上アナログ時代、デスクトップの80%、ノートでも20%にチューナが搭載されていたのに対し、現状ではデスクトップでも30%いきません。ノートパソコンは一握り、5%以下というところでしょう」。

 では、なぜこんなに状況が変わってしまったのか? 理由の一つとして樫本氏が挙げるのが「価格」だ。

 地アナの時代には、テレビ機能は未搭載PCに+1万円程度で搭載することが出来、コスト差はそれほど大きくなかった。だが、現在地デジチューナを搭載する場合には、「+2万円くらいになってしまう」と樫本氏は話す。

VALUESTAR VW790/LG」

 パソコンの値段が上がっている時期ならば、それでも大きな問題ではないだろう。しかし、この2年ほど、パソコンの平均価格は下落している。特に、主力商品であるシンプルなA4ノートは、厳しい価格競争にさらされている。いまや、A4ノートの主戦場は12万円から15万円までとなりつつあるからだ。

 「仮に地デジ搭載でのコスト追加が+1万円のレベルになったとしても、この現状では、昔ほどの搭載率になるのは難しいのでは、とは思っています」と樫本氏は話す。

 とはいうものの、「価格の問題だけで、テレビ搭載PCがなくなることはない」という見通しも語る。「20万円程度から上の、ある程度のクオリティを保ったPCの場合には、画質や音質、テレビ機能の性能などが、選択の大きなポイントとなります」。

 NECは、国内でもっとも最初にデジタル放送搭載PCを商品化したメーカーでもある。現行商品でも、独自の水冷機構を搭載、静音性を追求した「VALUESTAR W」などをラインナップしている。

 この製品は、パソコンとしては唯一、デジタル放送の録画時にMPEG-2 TSのトランスコーダを搭載を搭載。ハイビジョンのまま、通常のTS記録に比べ約2倍の長時間記録を実現する機能を搭載している。トランスコード用にViXSの「Xcode II」を使った、独自設計のテレビチューナを搭載した結果実現できたものだ。当然それだけコストがかかっている。

 「テレビ機能は、二極化とはいいませんが、重要な方には外せない機能だと思います。我々もコストダウンを進めていきますが、どのくらいのお客様が認めていただける価値をだせるか、ということを考えていきたい」と話す。


■ AVでは家電にかなわない?! カギは「個室での利用」にある

 問題なのは、高価なパソコンには「ライバル」も多い、という点である。AVだけで言っても、大型テレビやBDレコーダなど、同じような価格帯で、同じような価値を提供する機器が増えている。

 しかも、単純なAVクオリティの面では、パソコンは家電に対し不利である。この点については、樫本氏も認める。

 「絵だ音だ、という点だけで突き詰めていけば、パソコンがパソコンである限り、家電にはかなわない部分が多いです。構造上、ノイズ対策や画質追求が難しい点があります。じゃあ、その上でどうやって差別化すればいいか、という点は、一番、答えを出すのが難しいことでもあります」。とはいえ、パソコンならではの利点がない、とは考えていない。AV機器とは違うフィールドに、パソコンならではの良さがある、と考えているのだ。

 「リビングなら、42型の薄型テレビにレコーダをつないぐ、という形だろうと思います。しかし、書斎などの自分の部屋に、テレビにレコーダにパソコンに……と様々な機器を置きたいのか、と言われると違うと思います。単純な話として、テレビとレコーダとパソコン、3つバラバラに買うなら、パソコン1台にした方が安い。2台目のテレビなどに対するニーズは、大きいと思っています」。この発想の裏にあるのは、「すべての地デジ対応テレビを、大手家電メーカー製品では置き換えられない」という予想だ。

 現在、日本国内には約1億台のテレビがあると言われている。リビングに設置される大型のテレビは置き換えが進んでいるが、一人一人の部屋にある小型のテレビまでは、まだまだ置き換えが進んでいない。

 問題なのは、それらの小型テレビは、単価が安く利益率が低い、ということだ。大手家電メーカーは、現在の比較的高額なデジタルテレビですら、薄利にあえいでいる。より単価が低い小型の製品については、なかなか全力を出して商品展開をしてこない。そのため家電業界では、小型な製品でシェアを取るのは、低価格な製品でも利益を得られる、小さなメーカーになるのではないか、とも言われている。

 樫本氏が言うのは、そんな「小型テレビ」として、テレビパソコンのニーズがあるのではないか、ということである。多くの人にとって、パソコンは必須の機器である。とすれば、パソコンに地デジチューナを搭載し、「テレビ代わり」にすることで、個室向けテレビとしてのニーズを満たし、単体のテレビを購入する費用をカットすることができるのでは、という発想だ。

 「とはいえ、その時に求められる機能というのは、AV機器としてのテレビやレコーダと同じものです。とすれば、いくら安くできるからといって、クオリティを落とすことはできません」と樫本氏は話す。


■ 地デジ時代にも残る「地アナ」のニーズ

 では、そもそも「クオリティの高いテレビ機能」とはなんなのだろうか? アナログ時代に比べ、テレビ機能の善し悪しはわかりにくくなっている。アナログ時代は「エンコーダの画質」というわかりやすい指針があったが、デジタル放送ではTS直接記録となったため、画質面での差異がわかりづらくなった。そのため、「テレビパソコン」としての差別化点が見えづらくなったといえるだろう。

 「まず最初にいえるのは、チューナの受信感度です。これは我々の持論なのですが、テレビでは受信できる環境で、パソコンでは受信できない、というのはあり得ないと思っています」。樫本氏はそう話す。

 意外に思えるかも知れないが、テレビパソコンは一般的に、テレビに比べ放送波の受信感度が低い場合が少なくない。高周波ノイズの影響が大きいためだ。NECの場合には、テレビチューナカードを自社開発している関係もあり、出来るだけそれらの影響が出ないよう工夫がなされているという。

 またディスプレイ・パネルも、地デジの色域をフルにカバーできるクオリティのものを選んで採用している、という。20型以上のディプレイをセットにしたパソコンの場合、コストを優先して、色再現性の悪いパネルが使われることも少なくない。フルHDを超える解像度があっても、色再現性が悪ければ満足できるクオリティにはならない。VALUESTAR Wのディスプレイは、22型だがフルHDではなく、1,680×1,050ドットになっている。理由は、テレビとして満足行く色域再現性を持ったフルHDパネルがなかったからである。

 そしてもう一つ、大きな点がある。樫本氏は、「逆説的な話になりますが、地上アナログチューナを搭載していることが、テレビパソコンとしては重要だと考えています」と話す。

 地デジのカバー率も広くなり、テレビパソコンの多くでも、「デジタルチューナのみ」という製品が増えてきた。例えば、富士通やソニー、東芝の地デジ対応PCには、地アナチューナが搭載されていない。いまや、地アナチューナも搭載しているのは、NECだけとなってしまっている。

 「東京にいるとわかりにくいのですが、地方には、地デジが始まったといっても、NHK一局だけ、というところも多い。先々には“地デジだけでカバー率100%”という時期も来るのでしょうが、まだ早いと考えています。また、CATVへの対応を考えると、地アナチューナの価値はまだ大きい」。実際問題、地方においては、地デジは必ずしも福音とはなっていない。

 例えばこんな話がある。青森県や福井県、鳥取県といった、地元民放局が少ない地域では、県内をネットしていないキー局の放送を見るために、隣接する県の局の放送を受信し、CATVなどで再送信する行為が行なわれている。これを「区域外再送信」という。

 地域での要求が強いことから、アナログ放送の時代には許されていたのだが、デジタル放送の時代になり、日本民間放送連盟が「放送区域の厳格化」を打ち出した関係から、再送信が行なわれていない地域がほとんどだ。そうした地域の場合、「画質が良くなると思って地デジを導入したら、いきなり映るチャンネル数が減ってしまったので、せっかくのハイビジョンテレビだが、地アナを見ている」という人も少なくない。

 こういった地域では、地デジチューナのみのパソコンは使いづらい。伝統的に、NECは都市部以外にも大きなシェアを持つため、地アナチューナは必須、ということになるわけである。

 「地デジになったから2局しか映りません、では、そんなパソコンは売れませんよ。おそらく、2011年ギリギリまで、こういう状況が続くのではないか、と思っています」

 そして、樫本氏はさらに続ける。「それに、コピーワンスがないという地アナの特性は、持ち出しに非常に向きます。編集もやりやすいですしね」。


■ 「ダビング10」でテレビパソコンは化ける!

 地デジパソコンが売れない要因の一つとしてあげられるのが、「コピーワンス」の導入による、著作権保護の厳格化だ。iPodやPSP、携帯電話などに映像を持ち出して楽しむ、ということは、地アナ時代のテレビパソコンにとって、大きな魅力の一つであった。

 「地デジが始まったからといって、地アナがなくなったわけじゃない。地アナ搭載製品がなくなることで、一気にそういった用途が消えてしまったように見えるのはもったいないことです」。そう樫本氏は語る。実際NECのパソコンには、地アナで録画した映像をエンコードし、携帯電話などで観れるようにする機能が搭載されている。では、デジタル放送で同じようなニーズを満たすことはできるのだろうか?

 「そのあたりは、ダビング10になることで、大きく変わると思います」と樫本氏は説明する。例えば現在、録画した地デジ番組から必要な部分を抜き出してBDやDVDにダビングする場合には、「コピーワンス」の原則に基づき、録画した元の映像は消えてしまった。この原則はモバイル向けに持ち出す時も同じであり、解像度を低くしようがなにをしようが、「残しておける映像は一つだけ」だ。その後、運用規定をうまく解釈し、「事故対策用のバッファ」を生かして富士通がパソコンで「コピーワンスコンテンツのバックアップ」を実現したり、ソニーがレコーダで「PSP向けのお出かけ録画」を実現したりはしたが、どちらも限られたシーンでのみ有効なもので、万能とは言い難かった(図1)。

 ダビング10では、複製を9回まで作成可能になり、最後の1回がムーブとなる、という規定に変更されることで、放送コンテンツから、都合10個分の映像を残すことが可能になる。これだけあれば、単純なダビングだけでなく、モバイル向けの解像度変更も問題ない(図2)。

【図1】コピーワンスの場合、残しておけるコンテンツは1つだけ 【図2】ダビング10により、コピー可能なコンテンツが増えるため、活用シーンは拡大する

 だがどうやら、ダビング10はもう少し奥の深い制度であるようだ。樫本氏は次のように説明する。<「ダビング10では、10回分のダビングとは別に、モバイル用の解像度の低いデータや、AVCなどへトランスコードした映像、編集して一部をカットした映像などを、放送ストリームとは別に持つことができます。これらを用意し、うまく生かせるのはパソコンのはずです」。

 要はこういうことだ。

【図3】ダビング10により、HDDに蓄積したさまざま解像度や編集後の映像の扱いが容易に

 ダビング10の場合、録画した映像には、「おなじもの」と内部でひも付けた上で、解像度や記録形式が違ったり、一部を削除したりした映像を残しておくことができるようになっている。これらは、外からみるとまるで「内部でダビングしている」ように見えるが、ダビングとはみなされない。それらを別の機器や外部メディアに移した時のみ、「ダビング」と扱われることになる(図3)。

 このルールに沿って機能が実装されると、放送されたソースは残したまま、一部だけをダビングしたり、形式を変換して視聴したり、といったことが容易になる。当然それだけ、プロセッサパワーやHDDの容量が必要となるが、パソコンは家電に比べ、それらの点で恵まれている。

 「それに、編集という点では、家電よりパソコンの方が有利と考えています。リモコンよりも、マウスの方が操作性がいいですからね。どこまでできるか、検討課題ではありますが、チャレンジしたいと考えています」と樫本氏は話す。

 とはいうものの、現時点では、基礎的なダビング10の実装が終わったに過ぎない。図3で示したような複雑な運用は、まだまだこれからの開発が必要だという。ダビング10の第一段階では、レコーダとパソコンの差別化が成功しているとは言い難い。しかしそれでも、以前に比べれば、「テレビパソコンの価値」がスポイルされづらくなっているのは間違いないだろう。

 樫本氏は、「パソコンは、家電に負けている点がある」と話す。それはMPEG-4 AVC/H.264への対応だ。「家電の場合、BDに対応するという大きな課題がありましたから、AVCへの対応が進みました。パソコンの場合、残念ながらまだです。しかし、近いうちにAVCに対応したチップも登場することでしょう。それらを採用することで、パソコンでも対応が可能になると考えています」。

 そのためには、トランスコードに対する取り組みが必要だ。前出のように、現在販売されている「VALUESTAR W」には、MPEG-2でのトランスコード機能が組み込まれ、長時間記録が可能になっている。MPEG-2でのトランスコードというと画質が悪そうだ、という印象を受けるだろうが、デモ機を見た限りではそうでもない。地デジのドラマはこれでも十分ではないか、という印象を受ける。

「パソコンというと、すべてソフトで処理する、という考え方が主流に思えますが、AVのクオリティを考えると、それは得策ではないと考えます。例えば、トランスコーダ・チップなどのハードウエアをうまく組み合わせることで、クオリティを上げていけると思っています。そうでないと、家電と戦えるものにはなりません」。

 現在マイクロソフトでは、Windows VistaのMedia Center機能に、日本の地デジ機能を搭載する準備が進められている。だが、NECはこの機能を利用するつもりがない、という。「当面は、自社開発したアプリケーションを組み合わせる形で利用します。その方が、ハードとの連携も図れ、価値が高まると考えているからです」という。

 地アナ搭載パソコンが人気であった頃、レコーダとパソコンの間にはいくつもの「違い」があった。画質や安定性では、パソコンは家電にかなわないかも知れない。しかし一方、「操作性」や「用途の広さ」では、樫本氏の言うとおり、パソコンに勝ち目があるはずだ。コピーワンスと地デジの導入に際し、不幸にしてこれらの要素は薄くなっていたが、パソコンの性能アップとダビング10により、「パソコンならでは」の良さが再び生まれるはずだ。

 テレビパソコンが復活するのは、それが商品となって見えて来る頃になるだろう。まだ理想には遠いが、VALUESTAR Wは、その入り口にある商品、といえるのではないだろうか。


□NECのホームページ
http://www.nec.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.nec.co.jp/press/ja/0801/0801.html
□製品情報
http://121ware.com/catalog/
□関連記事
【1月8日】NEC、地デジ長時間録画対応PC「VALUESTAR」
-ダビング10にもアップデートで対応予定
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080108/nec.htm

(2008年2月8日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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