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第328回:仏Arturiaのハードシンセ「Origin」
~ 自由なパッチングなどの特徴をBrun社長が語る ~



 フランスのソフトシンセメーカー、Arturia(アートリア)。Moog ModularやMinimoog、Prophet-5、Jupiter-8など30年近く昔の名機といわれるアナログシンセを復刻しているメーカーで、ラインナップも少しずつ増えてきている。そのArturiaがこの夏にハードシンセをリリースするという。Originという機材なのだが、ちょっとこれまでのハードシンセとは異なる、凄そうな機材だ。

Origin

 Originの開発の最終的な詰めを行なっている中、先日都内でArturiaの代表取締役社長であるFrederic Brun(フレデリック・ブルン)氏にお会いすることができた。当初からArturiaで音色作りを行なったり、コンサルティングも行なっているということでBrun氏と親交の深い、ミュージシャンの氏家克典氏の案内でインタビューのセッティングしてもらった。

ArturiaのFrederic Brun社長 Brun社長と、音色作りに携わっているミュージシャンの氏家克典氏



■ パッチングが自由な「次世代モジュラーシンセ」

 実は私自身、Originを見たのは2度目。最初に見たのは2006年の年末に、やはり氏家氏の案内の元、Brun氏に説明してもらったのだが、そのときのものは、まだ動かないモックアップであったため、その音を聴いたのは今回が初めてだ。以前の説明では昨年中には発売されているはずだったと思うが、やはりかなりの時間がかかり、ようやく完成のメドがついたようだ。

 氏家氏自身は、開発途中のOriginの試作機を何度もチェックしながら、現在、その音色作りに携わっているという。実際どういう経緯でOriginを開発することになり、どんなハードウェアで、どんなことができるのか、Brun氏にいろいろと聞いてみた。

藤本:まず、Originの話に入る前に、Originを開発するに至った経緯を教えてください。

Brun::大学時代、オーケストラをしていたのですが、ミュージックソフトの可能性はありそうだと、同級生といっしょに会社を設立しました。ちょうどReBirthやACIDといったユニークなソフトがリリースされた時期で、これらに触発される形で最初に作ったのが2000年にリリースしたSTORMでした。その後、各社からさまざまなソフトシンセがリリースされ、アナログシンセの復刻版なども登場していましたが、モジュラーシンセを再現したものは登場していませんでした。

 個人的にもMOOG Modularに憧れを持っていましたが、ちょうど、Moog博士と会う機会もあり、Moog博士の承認を受ける形でMoog Modular Vを2003年にリリースしました。またMoog Modular Vの開発を行なうにあたり、アナログ機器をデジタルで再現するための新しい技術、TAE(True Analog Emulation)という技術を作り出し、これを中枢に搭載しました。

藤本:その後もいろいろなソフトシンセを出しましたよね。

Brun:ええ、そのTAEを使うことによってProphet5やProphetVSを復刻したProphet V、YAMAHAのCS-80を復刻したCS-80V、Minimoogを復刻したMinimoog V、さらにArp2600V、Jupiter-8Vといったものをリリースしてきましたが、いろいろな人から「ハードは作らないの?」といわれるようになったのです。われわれとしてもハードには興味があり、もしハードを開発できたら、いろいろなアピールができるだろうと考えていました。画面の制約なくすべてコントロールができ、ライブパフォーマンスにも有効に機能しそうです。そしてなによりレイテンシーの心配がなく、安定して使えるというのは楽器として非常に大きな要素です。

藤本:すぐに、Originをどんなハードにするかというコンセプトは頭にあったのですか?

Brun:そうですね、ある程度頭にあったものの、少しずつイメージを固めていきました。またコンセプトがある程度できあがったところで、多くのミュージシャンに意見してもらいました。その結果、コンセプトもはっきりと定まってきました。つまりサウンドが抜群にいいこと、たくさんのコントローラを装備していること、そしてアナログスタイルで再現できるハードであることです。

 そしてOriginを次世代のモジュラーシンセに位置づけようと考えました。ここが従来にないオリジナリティーとなる部分ですが、すでにあったシンセをベースに、それらをモジュールに分解し、モジュール同士をパッチングによって自由に組み合わせられるようにしました。つまりMOOG ModularのVCOとProphetのVCF、Jupiter-8のVCAを使って音を作り出すといった具合いです。これをGalaxyモジュールと呼んでいるのですが、これによって、従来にないような音を作り出すことを可能にしたのです。またGalaxyにおいてはX-Y軸でパラメータをコントロールさせるといった使い方も可能にしたのです。またMinimoogのすべてのモジュールを組み合わせればMinimoogになるというわけです。

シンセをモジュールに分解し、モジュール同士をパッチングによって自由に組み合わせられる X-Y軸でパラメータをコントロールさせることも可能



■ DSPにAnalogDevicesの「TigerSHARC」を2基搭載

藤本:パラメータのコントロールのほうはどのように行なうのですか?

操作ノブ部

Brun:ご覧のように、パネル上に複数のノブが用意されていますが、やはり数には限りがあるので、これで複雑なシンセのすべてをコントロールすることはできません。ここに並んでいるのはクラシカルなアナログのノブとなっており、1系列のVCO、1系列のフィルタ、ADSRの1系統のEG……となっています。これらを使えば、とりあえずは直感的にコントロールできるでしょう。

 しかし、それ以外のものを用いるときは、セレクターで画面にモジュールを呼び出してコントロールできます。さらに画面横の8つのパラメータを用いることもできます。この白いノブはすべてスイッチ+エンコーダーという形になっているため、回して値を調整し、押して決定といった操作ができます。


本体ノブ以外に、セレクターで画面にモジュールを呼び出して操作することも可能 画面横の8つのパラメータでも調整できる

藤本:先ほどパッチングも可能という話をされていましたが、これはどのように行なうのですか?

ラックビュー、パッチビューなどの画面表示モードを用意

Brun:画面の表示モードにはいろいろなものがありますが、ラックビュー、パッチビューといったものがあります。ラックビューでどのモジュールを使うかを設定し、パッチビューを使って、各モジュールを接続していくわけです。パッチング操作はとてもシンプルで、各モジュールのインプットとアウトプットをつなぐだけでいいのです。またシグナルの流れに応じてモジュールの色が変わる仕掛けにしているため、パッチングの状況を一目で確認できて便利です。このパッチングにおいてシンセサイザのモジュールの接続だけでなく、エフェクトも接続できるため、さらに自由度が広がっています。

藤本:確かに、何でもできすぎてしまうほど、自由にパッチングできるのですね。

Brun:中にはProphetVSにあるようなベクターをつかったものもあり、ここではX軸・Y軸を使う形で変調もできるようになっています。

藤本:いわゆるレイヤースプリットなどはどうなっていますか?

Brun:プログラムを4つまで使ってレイヤースプリットを行なうことができます。たとえばMinimoogとCS-80とOriginに入っているパッチを重ねて太い音を作るといったこともできます。この辺もいろいろと組み合わせるといい音が作れると思います。

藤本:いま、MinimoogやProphet、CS-80といった名前が出ましたが、これらのサウンドがプリセットとして用意されているのですか?

Brun:残念ながら初期出荷時に用意されるのはMinimoogのテンプレートのみとなります。それ以外については、後日ユーザーにフリーでダウンロードできるよう準備する予定です。具体的にはMOOG Modular、Prophet5、ProphetVS、CS-80、ARP2600、Jupiter-8のテンプレートを用意する予定です。

藤本:これらはすべて、すでにArturiaがソフトシンセとしてリリースされているものですよね。ここで気になるのがソフトシンセとOriginの関係についてです。まず、ハードについてですが、Originの中にはIntelチップが搭載されたPCが入っているという理解でいいのでしょうか?

Brun:いいえ違います。やはりPCにしてしまうと、ハードシンセとして提供する意味がなくなると考えています。ハードシンセとして提供したのは、レイテンシーや処理にかかる待ち時間を廃し、スムーズに使うためです。そのため、重たいOS上で動かすのはいい手段ではありません。そこでDSPを使って処理することにしました。具体的にはAnalogDevicesのTigerSHARCというDSPを2基搭載して処理しています。この種の機器でTigerSHARCを搭載した機材はほかにないと自負していますが、非常に高速な処理が実現でき、レイテンシーのない環境が構築できました。

藤本:CPUではなくDSPでの処理とのことですが、アルゴリズム的、ソフトウェア的にはPCで動いている既存のものとまったく同じものである、と考えていいのでしょうか? また、出音もまったく同じなのですか?

Brun:基本的な処理は同じですが、やはりDSPとなると処理のしかたがいろいろと違ってくるため、まったく同じというわけではありません。もちろん、同じ設定であれば、同じ音になるよう心がけていますが、そのまま移植できるというものではないため、音作りに関しては改めてオリジナルのアナログシンセと比較しながら調整を行なっています。

藤本:なるほど、基本的に同じであっても、単純な移植ではないわけですね。では、音色データの互換性というのはどうなのでしょうか? つまり、PCで作ったライブラリをそのままOriginへ流し込むことは可能ですか?

Brun:これについてはできる方向で開発していたのですが、やはりアルゴリズムの違いなどもあり、そのまま流し込むといったことはできませんでした。とはいえ、これまでソフトシンセで培ってきた技術、ノウハウはそのまま生かせています。もちろんTAEもそのひとつですね。


■ キーボード搭載モデルも予定

藤本:リアパネルを見ると、入出力端子もいろいろありますね。

入出力端子部

Brun:10個のオーディオのアウトプットを用意しています。マルチティンバーで演奏させる際、どのチャンネルをどのアウトプットへ出すか自由にアサインできるようになっています。また2つがマスター出力で、2つのオーディオインプットもあります。ここにはたとえばギターを入力させ、エフェクトを通してシンセといっしょに出力するといった使い方も可能です。そのほかはPCと接続するためのUSB、S/PDIF出力、そしてMIDI端子といったものがあります。

藤本:本体の下のほうにはステップシーケンサ風のものがありますが、これは何でしょう?

Brun:おっしゃるとおり、これはTB-303のような16ステップのステップシーケンサです。3つのシーケンスを同時に使うことができるため、GrooveBox的な使い方も可能となっています。

藤本:とはいえ、Originはこのステップシーケンサで鳴らすだけでなく、外部のMIDIからのコントロールやPCからのコントロールなども可能なのですよね?

Brun:その通りです。ここには2つのステージがあり、まずステージ1はステップシーケンサを含めてMIDIコネクションによるコントロールです。MIDIキーボードからリアルタイムに演奏しても、シーケンサでコントロールしてもOKです。ステージ2はCubaseなどのプラグインとしてOriginが立ち上がるようにします。まだ準備は整っていないので、後からのサポートとなりますが、プラグイン感覚でOriginを使うことができますが、実際に動くのはDSPを搭載したOriginであって、PC側に負荷がかからないシステムを構築することができます。

藤本:気になるのは発売時期と価格ですが、どのように考えているのでしょうか?

Brun:結局開発にトータル3年半と非常に時間がかかり、当初の予定からはずいぶん遅れてしまいました。価格的には日本円で40万円を超えない範囲に抑えたいと思っています。それなりに高価な製品になってしまいますが、十分満足いただける製品が完成したと考えております。なお、Originの発表からしばらくして、機能・性能的にはまったく同じながらキーボードを搭載したOrigin Keyboardも発表する予定でおりますので、楽しみに待っていてください。

価格は40万円以内を目指すという キーボードを搭載したOrigin Keyboardも発表予定


□Arturiaのホームページ(英文)
http://www.arturia.com/evolution/
□製品情報(英文)
http://www.arturia.com/evolution/en/products/origin/intro.html

(2008年6月2日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by 藤本健]


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