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第333回:“音楽のCGM”を目指す「Music Mashroom」
~ ソニーCSLが公開したリミックスツールを試す ~



宮島靖氏

 一年前の記事で紹介した株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下ソニーCSL)が開発中としていたリミックスエンジン。それがついに6月25日にサービス名「Music Mashroom」として一般に公開され、誰もが使えるようになった。

 商用サービスではなく、あくまでも公開実験という形であるためか、まだ荒削りな面も多いものの、これまでになかった新しい音楽の楽しみ方を味わえる。研究・開発者である宮島靖氏に話を伺うとともに、実際に試してみた。


■ MMGの目指す方向性

 ソニーCSLが開発したリミックスエンジン「MMG(Music Mosaic Generator)」はCDやWAVファイル、MP3ファイルなどの形で存在する既存の音楽を、ド素人でも手軽に、そして簡単にリミックスさせることができるという不思議なソフトだ。

 たとえば、ドリカムの「朝がまた来る」をベースにして、宇多田ヒカルの「Tippy Toe」と浜崎あゆみの「rainy day」を混ぜ合わせてしまうとか、The Beatlesの「Day Tripper」にMr.Childrenの「光の射す方へ」と、JUDY AND MARYの「POWER OF LOVE」をミックスしてしまったり、Michael Jacksonの「Billy Jean」に吉田兄弟の「じょんがら」をミックスするといったことができる。およそ関係なさそうな曲をミックスさせているのだが、あまりにもピッタリ、違和感なくミックスされているのは驚くほど。

 もっともPCでリミックスを行なうということ自体はそう珍しいことでもない。たとえばNative InstrumentsのTRAKTORのように2つの曲のテンポを自動的に合わせてつないでいくというソフトや、Sony Music SoftwareのACIDのように、MP3ファイルなどを自動解析してテンポやビートを抽出し、そこにループデータを貼り付けて自在にアレンジできるというものもある。

 しかし、MMGは従来のものとアプリケーションの性格も目指している方向も違いがあるようだ。この辺について、MMGの公開前に宮島氏と話してみた。


藤本:ついにMMGが公開されるのですね。

宮島:まだ公開実験という形ではありますが、ユーザーがどう評価してくれるかとても楽しみです。もともとMMGは音楽のCGM(コンシューマ・ジェネレーテッド・メディア)カルチャーを作り上げることをゴールにしています。つまり誰でもが作れる音楽の世界です。既存の曲をいろいろと組み合わせることでまったく新しい音楽を作っていくわけです。

藤本:ただ、著作権などでいろいろと問題はありそうですね。

宮島:そうですね。単純にリミックスして公開したとしたら、法律的にみてその時点でアウトとなるでしょう。でもメタデータとレシピというリミックスのさせ方のファイルだけを公開するのであれば、この問題を回避できるだろうと考えています。それでも原著作者が改変を拒否したとすれば、そこで問題が生じてしまいますが、これについては誰もが拒否するものではないと考えているので、問題が生じた時点で対処するように考えたいと思っています。

藤本:以前、実際ミックスした作品を聴かせてもらいましたが、非常にうまくマッチさせていて驚いた覚えがあります。既存ソフトにない、非常に面白いソフトだと思いますが、今回の公開実験、どのような形で展開するのですか?

Music Mashroom

宮島:まずサービス名として「Music Mashroom」としました。キノコのマッシュルームのスペルは「Mushroom」ですが、マッシュアップ(Mash Up)するという意味からこのスペルを採用しています。ここには、2つの部屋があり、ひとつはリミックスしたデータが置かれているレシピの共有サイト「Recipe Room」(レシピルーム)とリミックスの素材となる曲にタイムラインメタデータをみんなでつけて共有する「Timeline Metadata Room」があります。

藤本:まずは、スタート時点でメタデータがどのくらいあるかが気になります。

宮島:まずは4,000曲程度からのスタートとなります。過去10年のアルバムの売り上げベスト20に入る楽曲を中心に入力しています。アーティストに偏りはありますが、まずはメジャーなところから揃えてみました。あとは一般のユーザーの方にも、多くのメタデータをUPしてもらえるといいなと思っています。

藤本:4,000曲も宮島さんが入力したんですか?

宮島:ミュージシャンやレコーディングエンジニアの方、また彼らに習っている音楽学校の生徒さん、卒業生などにも協力してもらって揃えました。

藤本:例のMetaPong!というソフトを使って行なうわけですね。

宮島:そうです。まだ正式に公開していたわけではないのですが、このMetaPong!は楽曲の構造を可視化できることから教育用としてもいいと好評でした。またメタデータをつけること自体が面白いという人もいましたよ。Beatの位置設定でピッタリとメトロノームと合ったり、うまく合わなかったりでゲーム感覚的だといわれました。

藤本:一方のレシピのほうはいかがですか?

レシピのダウンロードランキング

宮島:レシピのほうはとりあえずサンプルとして私の作ったものや、セミプロのDJさんに作ってもらった作品など70種類程度入れています。ダウンロードランキングも表示するようにしているため、どんな組み合わせの曲が人気なのかも一目で分かります。これも、今後随時増やしていきます。また、ぜひ多くの人たちに作ってもらいたいですね。

藤本:実際、このレシピをダウンロードして、そのリミックス作品を聴くには、どうしたらいいのでしょうか?

宮島:オリジナルのコンテンツはまず、それぞれで買ってもらいます。手持ちのCDをリッピングするのが一般的でしょう。MoraやiTunes Storeで購入したデータには基本的にDRMがかかっているため扱うことができませんが、NTTコミュニケーションズが始めた「MUSICO」はDRMフリーのMP3を配信しているため、これも利用できます。USではAmazonがDRMフリーの配信をしているため、いずれ日本もそのように変わっていくのではないかと予想しています。その意味では、この公開実験も日本より海外を先にしたほうがよかったのかもしれませんが……。

藤本:同じ曲でもリッピングソフトなどによって、頭の空白の時間などが微妙に異なりますよね。この辺は問題にならないのですか?

宮島:大丈夫です。信号の波形を見て、原曲からどの程度ズレているかをチェックしますので。

藤本:MP3ファイルが扱えるということですが、これをイントロやサビ、メロディーなどと分割して貼り合わせていくわけですよね?処理が重くなりませんか?

宮島:確かに、圧縮されたままの状態では扱うのが難しいため、中にデコーダが入っており、いったんWAVに変換して使っています。この際、多少時間がかかりますが、WAV化したデータはキャッシュに入るため、次回以降、キャッシュに情報があれば、すぐに再生することが可能です。

藤本:ここで利用するツール類は無償で配布するわけですか?

宮島:そのとおりです。ツールとしては、楽曲にメタデータをつけていくMetaPongのほか、レシピを作ったり、人のレシピを聴いたりするためのHash'nMash、そして手元にある楽曲データ用のメタデータをサーバー上から探し出して関連付けることができるDB Builderの3本を自由にダウンロードして使うことができるようにしています。ぜひ、多くの人に使っていただけたら、と思っております。


■ リミックスの“お勧め”機能も

DB Builder

 というわけでさっそく、Music Mashroomにアクセスして3本のソフトをダウンロードしてインストールしてみた。一応、デモは見てきてはいたが、ソフトを起動すれば、すぐに簡単に使えるというわけにはいかなかった。

 まずはDB Builderというソフトを使って、MP3やWAVファイルと、メタデータを関連付けるための準備が必要。ヘルプファイルには、そのための手順が書かれているので、それにしたがって操作すれば、難しくはない。基本的には手持ちの楽曲ファイルをDB Buliderへとドラッグ&ドロップするだけ。すると、自動的にサーバーにあるメタデータを見つけ出してくれる。このメタデータの数がまだ4,000曲程度ということもあって、かなりポピュラーな曲でないと見つからないものの、時間的にはさほどかからない。

 その後、リミックスのためのアプリケーション、Hash'nMashを起動すると、画面上側には曲を作っていくためのMashupタイムラインが空の状態で、画面下側には登録されている楽曲リストが表示される。これを拡大表示させてみると、上にはイントロ、Aメロ、Bメロといった曲の構成が、下にはコードが表示されているのが分かる。ここからドラッグ&ドロップで、Mashupタイムラインの上のエリアへ持っていくことで、曲のベースとなる部分ができあがる。丸ごと1曲コピーしてもいいし、イントロを2回繰り返した次にBメロ、Cメロそしてサビ……のように構成を自分で変えてしまっても良い。さらには別の曲のパートをつなげてしまうことだってできる。再生してみると、きれいに曲の流れがつながるはずだ。


Hash'nMash 上にはイントロ、Aメロ、Bメロといった曲の構成が、下にはコードが表示 曲の構成を変えることも可能

 そして面白いのはここから。Mashupタイムラインの下の部分をクリックすると、リミックスするのにいいお勧めの曲がズラリと並ぶとともに、よさそうな部分がハイライトされる。これをドラッグ&ドロップで持っていき、再生させると、「本当に別の曲なんだろうか?」と思ってしまうほどピッタリと合う。この際、テンポもキーも自動的に合わせてくれるのだ。気に入らなければ別の曲、別のパートに入れ替えるのも自由自在。こうやって、適当に並べていくと、リミックスができてしまうのだ。その結果をレシピデータとして保存することもできるし、レンダリングしてWAVファイルとして書き出すことも可能だ。そして、保存したレシピデータはRecipe Roomにアップロードして、公開することが可能になっている。もちろん、すでに人がアップロードしているレシピをダウンロードして聴いてみるのも楽しいだろう。


リミックスにお勧めの楽曲が表示される WAV形式で書き出すことも可能

 多少慣れが必要な面はあるが、コツをつかめばどんどんリミックスしていくことができる。ロックとクラシックの組み合わせやラップとテクノの組み合わせなど、意外と思うものがスムーズにマッチしてくれるのも面白いところ。楽曲データが必要になるのは確かだが、誰でも簡単に楽しめるので、ぜひ使ってみてはいかがだろうか?


■ 細かな調整も可能。UIの改良に期待

 もうひとつ使ってみて非常に面白かったのが、メタデータを作成するためのMetaPong!だ。お世辞にも使いやすいユーザーインターフェイスとはいえず、最初はヘルプファイルをしっかり見ながらでないと使えなかったが、やりだすとハマってしまう面白さを持っている。

 まず楽曲を読み込むと、Beatizerという機能によって自動でビート抽出をしてくれる。とても正確にドラムフレーズを検出してくれるのだが、小節の頭がどこであるかはユーザーが音を聞きながらTAPを打って指定する。同様に、曲の始まりがどこにあるかもユーザーが指定する。また、曲によっては倍のテンポになったり、半分のテンポで検出されることがあるが、それは簡単に修正できるようになっている。打ち込み系の同期モノの曲はテンポの揺れがまったくなく、ドンピシャのデータとして検出される一方、そうでないロックなどは、やはり一発ではうまくいかない。ただし、TAP機能などを使うことで手動で合わせることが可能で、一度設定してしまえば、どんな曲ともピッタリ合わせた演奏が可能になる。


MetaPong! Beatizerにより自動でビートを抽出 TAPキーを使い、曲を聴きながら小節の頭を指定する

 ビートが決まったら、次にイントロやAメロ、Bメロ、サビ、エンディングといったメロディ構成ごとに区切り、それぞれにアイコンを使って、Intro、A、Bなどと構成の要素を指定していく。それが済んだら今度はコード設定。小節ごと、または拍ごとにコードを振っていくのだ。この際、Chord Inputというダイアログがあり、これでコードを細かく指定して入力する。これが結構すぐれもので、オリジナル曲をこの画面から再生しながら、MIDIでコードを鳴らして合うかどうかが確認できるようになっているのだ。


メロディ構成ごとにIntro、A、Bなどの要素を指定 Chord Inputでコードを入力

 このように設定した状態で再生させると、オリジナルの曲が鳴るのと同時に、検出したビートにあわせてメトロノームが鳴り、設定したコードに合わせてコード演奏がされる。もちろんオーディオインターフェイスによってはレイテンシーが発生して、ズレてしまうことがあるが、レイテンシーがどの程度かを設定して補正するための機能も用意されている。


再生時の画面 レイテンシーの補正も可能

 結構細かく地道な作業ではあるが、ピッタリ合うと、これが楽しい。完成すれば、その曲をHash'nMash上でほかの曲とリミックスできるようになるのだ。もちろん、Timeline Metadata Roomにアップロードすれば、ほかのユーザーも使えるようになるというわけだ。

 ただ使ってみて思うのは、ユーザーインターフェイスがこなれていないこと。やはり研究者が自ら作ったソフトだけに仕方がないとは思うが、ぜひ、デザイナーにも加わってもらって使い勝手を向上させてもらいたいと感じた。これは配色などについても同様に言えるところでもあり、より直感的に使える分かりやすさがほしいところだ。

 公開実験のソフトにユーザーインターフェイスの完成度を求めるのは酷なことかもしれないが、もう少し分かりやすくなれば、ユーザーが爆発的に増えそうな予感もする。もしかしたら、レシピの良さからオリジナルの楽曲が売れるようになるかもしれないし、いずれそのレシピによる完成リミックス曲がヒットするような日がくるかもしれない。

 遊びとして楽しみたいという人にはもちろん、真剣にリミックス作品制作を考えている人にとってもかなり有効なツールといえるだろう。


□ソニーCSLのホームページ
http://www.sonycsl.co.jp/index_j.shtml
□ニュースリリース
http://www.sonycsl.co.jp/topics/2008/06/music-mashroom.html
□Music Mashroomのページ
http://www.musicmashroom.com/
□関連記事
【6月25日】ソニーCSL、リミックス楽曲共有サイト「Music Mashroom」
-「MusicMosaic Generator」搭載ソフトを無償配布
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080625/sony3.htm
【2007年6月4日】【DAL】ソニーCSLで開発中のリミックスエンジン「MMG」とは?
~ 誰でもリミックスできる音楽の新しい形を提案 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070625/dal287.htm

(2008年7月7日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by 藤本健]


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