■ マニアック? な衛星放送 ラジオ放送というビジネスは、衰退産業だとか言われつつも、なんだかんだで結構うまくやっている産業のひとつなのではないかという気がする。テレビ放送が娯楽の王様にのしあがるまで、多くの音楽、ニュース、物語りを人々に伝えてきたわけだが、現在はマスメディアでありながら、ミニコミ的強固さを併せ持った情報ツールであり、職業ドライバーなどの熱心な支持を集めていたりする。 しかし放送事業全体の中で見ると、衛星放送では難しいようだ。BSデジタルのラジオ局は結局なくなってしまったし、日本版XMと言われた「モバHO!」も終息することが決まっている。そんな中で頑張りを見せているのが、TOKYO FMグループの衛星音楽放送局「ミュージックバード」である。 専用衛星なので、専用アンテナと受信機が必要になるが、CMなし、DJもほとんどなしで、24時間音楽だけを放送している。いわゆる「ゆうせん」と同じようなスタイルと考えればイメージしやすいだろう。 さらに9月20日より、港北ネットワークサービスと言う会社から、このミュージックバード専用の録音パッケージが発売開始となった。今回はミュージックバードが抱える2タイプのサービスと、録音パッケージをお借りすることができた。 専用衛星を使った音楽専用放送とは一体どんなものだろうか。早速試してみよう。
■ 高音質がウリの「MUSIC BIRD」
ミュージックバードのサービスは、大きく2タイプに分かれている。一つはリニアPCM 48kHzの高音質チャンネルを含む、10チャンネルの「MUSIC BIRD」、もう一つは音質は落ちるが最高156チャンネルもの膨大な音楽チャンネルが受信できる「SPACE DiVA」だ。 どちらのサービスもアンテナは共通である。専用アンテナはCS用と似たようなものだが、衛星が違うので向ける方角が全然違う。BSデジタルのアンテナの方角から、だいたい90度ぐらい東側に向けたあたりだ。だいたい午前10時から11時頃の太陽の位置である。つまりこの時間に日が当たる場所にアンテナを設置するわけだ。 アンテナの設置は、基本的にはユーザー側で行なうが、代理店による有償の設置代行も可能だ。自分で取り付ける場合でも、金具まですべてキットになっているので、難しくはない。BS放送が始まったばかりのときは、自分でアンテナを立てる人も多かったが、そういう経験があれば簡単である。 方角の固定は、チューナのレベルメータを見ながらやればいい。おおざっぱな方角さえ間違っていなければ、すぐにキャッチできる。筆者が試したところ、晴れた日ならレベル80以上は振れるようである。
まず高音質放送がウリの、「MUSIC BIRD」のほうから見ていこう。このサービスは、超高音質のBモード放送2チャンネルと、通常音質のAモード8チャンネルで、合計10チャンネルとなっている。Bモード、Aモードの違いは、以下のようになっている。
Bモードの2チャンネルとは、クラシックとジャズの総合チャンネルだ。高音質がウリのソースとして、この2つは妥当であろう。ただしいくら放送が16bit/48kHzのリニアPCMとは言っても、元ソースのほとんどは音楽CDなので、16bit/41.1kHzからのアップサンプリングになる。しかしまあ、品質的には名実共にCDと同等と言って間違いではない。 チューナは大型ディスプレイを備えたタイプで、前面には電源と十字キーぐらいしかない。基本的にはチャンネルを合わせればそれで鳴るだけなので、リモコンもシンプルだ。ディスプレイには大きな文字で、現在放送中曲名とアーティスト名、レーベル名、CD番号などの情報がスクロール表示される。 背面にはアナログ出力1系統、光デジタル1系統があるのみ。データ放送出力用としてUSB、そしてビットストリーム検波出力があるが、一般ユーザー向けになにかツールが提供されるわけでもないので、あまり関係ない。
実際にBモードの放送を聴いてみると、ヘッドホンで真剣に聴いても違和感はない。弦のゾクゾクとしたボウイングなども、潰れることなく表現できている。まあCDと同じかそれ以上なので、当たり前と言えば当たり前だが、テレビ放送や従来のFM放送でもここまで高音質の放送はない。ソースによって時折解説や曲目紹介が入る程度で、CM抜きのノンストップ放送は、落ち着いて楽しめる。 一方Aモードの放送は、こちらを参照して欲しい。音質的には、さすがにヘッドホンで聴くと高音部のギスギスした感じが気になる。だがスピーカーに出してBGM的に流す分には、案外悪くない。 利用には初回加入料が1,260円必要で、全チャンネル契約は月額2,100円。この場合は機材レンタル料は無料となっている。
■ 多彩な音楽が楽しめる「SPACE DiVA」
MUSIC BIRDがチャンネルを絞って高音質に特化した、手軽な個人向けサービス的傾向が強いものだとすれば、SPACE DiVAは業務用多チャンネルパックを個人でも契約できるようにしたという感じのサービスである。 専用チューナもだいぶ仕様が違う。大きめのディスプレイがあることは変わらないが、ヘッドホン端子があったり、十字キーの他にメニューボタンなどがある。 背面には、CASの一種であろう「スマートカード」の挿入口がある。オーディオ出力は、アナログが2系統、光デジタルが1系統。アナログ入力も2系統備えるほか、アンプが内蔵されており、そのままスピーカーに直結できる。
機能的にも豊富で、ラウドネス、簡易EQを備えるほか、スリープタイマーや目覚まし、時間帯によってチャンネルを変えるプログラム設定などが可能だ。そのかわり、MUSIC BIRDのように曲名表示の機能はチャンネル次第で、単にチャンネル名が出るだけのところも多い。まあ業務用機そのままということである。
SPACE DiVA最大の魅力は、最大156チャンネルという豊富な音楽ソースが一気に楽しめるという点だ。一般的なJ-POP、ロック、クラシックといったジャンルだけでなく、メタル専門、ビートルズ専門といったチャンネルが面白い。 個人的にもっとも楽しめたのがインド・ポップスである。実はインドの現代音楽は、洋楽のオイシイ部分をパクりまくってその上にインド音楽のエッセンスを乗せているため、一種独特の混ぜ込みご飯的魅力に溢れている。普通こういうものをCDで探そうと思ったら、外した時にダメージが大きいのだが、放送なら安心して聴いていられる。 音質的には、サンプリング周波数48kHz、ビットレート64kbps~256kbpsのMP2で、MUSIC BIRDのAモードよりもさらに落ちる。ただ最初から高域がカットされているので、音は丸いがギスギスした感じはない。 音質的には聞き込むという感じではないが、新しい音楽がまさに湯水のごとく、いくらでも出てくるというのが魅力である。幅広い音楽ジャンルをどん欲に楽しめる人には、面白いサービスだろう。
■ 放送だから録音OK 同じような音楽サービスは、ネット上ではインターネットラジオという形で実現できている。音質的にも初期には96kbpsとかが普通であったが、現在は160kbpsぐらいで流すところも珍しくなくなってきた。 ただ放送と通信の決定的な違いは、私的録音が合法がどうかというところである。放送の場合、ラジオのエアチェックという文化は、テープレコーダが発明された瞬間からすでに半世紀以上存続してきた経緯があり、著作権法でも私的複製を行なっても良いことになっている。 港北ネットワークサービスが提供する録音パッケージは、MUSIC BIRDもしくはSPACE DiVAへ加入することで、市場価格よりも格安で録音デバイスが購入できるというプランだ。 方法としては大きく2種類に分けられる。PCで録音するタイプと、SONYのネットジュークで録音するタイプである。今回はPC用として提供される「roxio Record Now9」と、「ONKYO SE-U55SX」をお借りしてみた。 Record Now9は港北ネットワークサービス経由でMUSIC BIRDもしくはSPACE DiVAに加入すれば、無料で提供される。最新版のRecord Now10へも無料アップグレードできるので、アナログでもデジタルでも、PCへの録音手段を持っている人にはお得である。PCに録音機能がない場合は、ONKYO SE-U55SXを使用する。これはUSB接続のオーディオインターフェイスで、録音ツール「CarryOn Music 10」が付属する。 両方のソフトとも、ポイントになるのは曲の自動分割機能が搭載されていることと、gracenoteの音楽解析技術「MusicID」に対応していることである。つまり録音した音楽を解析して、メタデータを自動で付けてくれるというわけだ。
まずRecord Now9を試してみた。オーディオインターフェイスはAUDIOTRAKのDR.DAC2を使用し、チューナの光出力を録音してみる。MUSIC BIRDもしくはSPACE DiVAのチューナからは、元の放送のサンプリング周波数に関わらず、出力は16bit/48kHzで出てくるようだ。 Record Now9は複合ソフトなので、この目的に使えるツールはいくつかある。もっともシンプルなのは、「LP/テープを変換」を使うことで、分割ポイントを自分で決めたいという場合は、「Sound Editor」を使うことになる。もっとも「LP/テープを変換」でも、分割点の訂正などは作業途中で「Sound Editor」のほうに移ることができるので、最初にどちらか決心しなければならないわけではない。
「LP/テープを変換」では、録音レベルを自動で決めた後は、ただ「録音」をクリックするだけでレコーディングが始まる。終了後、ウィザード形式で次に進むと、トラックの分割を決める画面となる。一応自動分割機能で分けられてはいるが、詳細を決めたい場合は、ここで作業するか、次の画面で「Sound Editor」へ移行する。
最終的には音楽CDを作るか、ファイルとしてエクスポートする画面になる。だが曲にIDタグを付けてMP3などで利用したいというのが、今どきの使い方だろう。この場合は、「トラックをエクスポート」でウインドウを開き、gracenoteのMusicIDを使っていくわけだ。 トラック分割された音楽を順次データベースと照合して、曲データを引っ張ってくるわけだが、筆者が試したところ、10曲中1曲ぐらいしかちゃんと認識できなかった。しかもその認識した曲が間違っている。それ以外の曲はすべて、「The Japan Timesの日常英会話モノローグ」として認識されてしまう。
「ONKYO SE-U55SX」と「CarryOn Music 10」でも同様のテストを行なったが、結果はやはり同じであった。せっかくの録音パッケージだが、こうも認識精度が低いのでは、残念ながら使うメリットはほとんどない。まあミュージックバードを契約するなら、ついでにタダでRecord Now10が貰えるというキャンペーンと考えればいいということかもしれない。
■ 総論 今やすべてのコンテンツがネットに乗る時代となったが、放送には放送のメリットがあり、役割もまたあるように思う。特に高音質の音楽専門チャンネルの存在は、オーディオ的アプローチとしては親和性が高い。プッシュ型サービスではあるが、自分で調べてもたどり着けないような音楽に24時間アプローチできるというのは、そのCDが買える買えないといった事とは別の豊かさであろうと思う。 惜しいのは、せっかく48kHzリニアPCMというインフラがありながら、元ソースがほとんどCDしかないために、本来の特性を生かし切れていないというところである。クラシックやジャズを48kHzや96kHzでナマ録したオリジナルソースがもっと増えれば、より特性が生かせるようになるだろう。 録音パッケージは、MusicIDの認識率の低さで残念な結果となった。しかし私的録音も合法というサービスである点は、もっと表に出すべきだろう。そもそもデジタル放送なんだから、MusicIDのような解析手法に頼らず、チューナからUSBでデータを取り出すとか、シンクロしてネットから情報が取れるとかいった方法があれば、またその意味合いも大きく変わるだろう。 今やコンテンツを「使う」とは、単に視聴するだけを意味しない。保存できてタイムシフトやプレイスシフトができることも含めて、「使う」ということである。モバイル受信が難しい衛星放送では、私的複製をして家庭以外の場所で楽しめることが重要である。 曲名などわからなくても、ざっくり録音して楽しめればそれでいいという人もいるかもしれない。もちろんユーザー側にとってはそれで十分なのだが、誰のどの曲であるかという情報は、そのコンテンツが放送だけで消化されて終わりではなく、次のコンテンツ購入に繋がるプロモーションとなる。その辺を捨ててしまうというのは、なんとも勿体ない話である。 個人的には、こういうコマーシャルやDJを挟まない有料音楽放送こそ、ネットよりも先に「来る」べきだったと思う。
□ミュージックバードのホームページ (2008年9月24日)
[Reported by 小寺信良]
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