■ 変質するデスクトップPC 「デスクトップ機」という言葉は、極端に言えば秋葉原と新宿では指すものが違うという現象が起こり始めているのではないかと思う。 かつての自作ブーム、そして秋葉原の'90年代を支えたのは、いわゆるタワー型筐体のデスクトップ機であった。今となっては自作系ショップはだんだん姿を消しつつあるが、ハードウェアがいじれる人にとっては、拡張性という意味でこれからもなくなることはないだろう。 その一方でメーカー製PCで人気があるのが、モニタ一体型のデスクトップ機である。おそらく一般に浸透し始めたのは、ソニーのバイオWこと「PCV-W101」あたりでだったろうと思うが、テレビチューナが地デジ化していく中で、モニタ一体型のデスクトップPCが受けた。富士通、NECの主力機も、次第に一体型が主流となってきている。 ソニーのVAIOもハイエンドモデルのtype Rはタワー型を始め、モニタ分離型だったわけだが、この11月に発売される新type Rでついにモニタ一体型の筐体となった。この6月に新モデルが出たばかりの「type R master」シリーズはまだしばらく併売されるだろうが、VAIOもこれでハイエンドまでモニタ一体型のみとなった。 また今回のtype Rは、性能で上中下に分けるのではなく、ビデオエディション、フォトエディションといった用途で分かれているのも特徴の一つだ。今回はこのうちビデオエディションである「VGC-RT70D」(以下RT70D)をお借りしてみた。その実力をさっそく試してみよう。
■ 大型モニタ? 実はPC
今回のRT70Dは、一見するとPC用の大型モニタである。中央にSONYロゴが入っているので、手前にキーボードなどがなければ小型の液晶テレビに見えるかもしれない。それぐらい正面からは何もないデザインだ。 横から見ればそれなりの厚みがあるが、ボテッとした感じはない。また正面から見たときに、奥行き部分が見えないように若干テーパーが付けられている。
もちろんこれ全部にPCのパーツが入っているので、重さは18.8kgとそれなりにある。だいたい5歳の子供並みだ。見た目にだまされて、type Lなどのように気軽に持ち上げたり移動できると勘違いしないように注意して欲しい。 モニタは25.5型ワイドのアンチグレアで、解像度は1,920×1,200ドット。ハイビジョン解像度がそのまま入るサイズである。デスクトップPCのテレビ兼用モデルはモニタがツルピカしたものが多いが、クリエイター向けを意識してアンチグレアとなっているのはいい選択である。
モニタ一体型PCは、キャリブレーションコントロールがしやすいのがメリットである。RT70Dでも「VAIOの設定」で、使用するアプリケーションに応じて自動的に「色モード」が変更される。パネルそのものも、NTSCのカバー率103%で、x.v.Colorにも対応している。従来パネルよりも青の発色が深いという特徴がある。 CPUはIntel Core 2 Quadの2.66GHz、グラフィックスカードはNVIDIA GeForce 9600M GTで、ビデオメモリは512MB。メインメモリは標準で4GBである。 デスクトップPCのメリットはその拡張性にあるわけだが、RT70Dはそのあたりも工夫が多い。もっともニーズが高いのはHDDの増設だと思うが、本体に2カ所のHDDベイがあり、増設や交換が可能。またeSATAコネクタもあるので、高速な外付けHDDも取り付け可能だ。 USBは右側に2つ、左側に1つだが、背面のカバーを外すとさらに2つある。またHDMIのIN、OUTも備えている。テレビチューナのRF端子はわかりにくいが、背面のスタンド部で隠された本体の裏側にある。端子が後ろ向きなので、L字型のコネクタで繋いだ方が、ケーブルが折れなくていいだろう。
メインパワーは左側、その下にはDISPLAY OFFボタンがある。映像系のクリエイティブ仕事では、レンダリング待ちなどの時間が長いので、ユーザーの判断でモニタをOFFにできる機能は重要だ。 光学ドライブはBD/DVD両対応で、BD-R 1層が4倍速記録、BD-R 2層とBD-REは2倍速。無線LANも標準で搭載しており、従来機のようにテレビのアンテナ線とLANケーブルが届く範囲という設置場所の制限を考える必要がない。 今回のtype Rには「フォトエディション」もあるわけだが、主な違いは地デジチューナの有無とストレージ容量、そして付属品の差である。ビデオエディションの場合は、テレビ操作などに使うVAIOリモコンと、ビデオ編集などに使うUSBジョグコントローラが付属する。 ジョグコントローラは、アプリケーションごとに機能を割り当てる専用ユーティリティが付いている。最近はこの手のプロダクトが激減しているので、汎用品としても売って欲しいところだ。
■ ハードウェア構成にもう一工夫 ビデオエディションには、地デジ録画機能がある。ダブルチューナ搭載で、「VAIO AVC トランスコーダー」によりハードウェア処理によるAVCエンコード記録も可能だ。ただし2系統のうち、AVC記録ができるのは1系統のみで、同時録画のもう一系統の強制的にDR録画となる。このあたりは最近のレコーダの構成と同じだ。
新しくなった録画機能は、以前「VGX-TP1DQ/B」のレビューで取り上げているが、PC用GUIと10フィートGUIの二本立てになっている点、おまかせまる録対応、コンテンツ解析機能などは、そのまま搭載されている。 「VAIO AVC トランスコーダー」も、地デジをAVC録画するときには大活躍だが、クリエイティブ用途であまり使い道がないのが残念だ。例えばHDV記録したものをカット編集もせずに丸ごとAVCにエンコードするといった用途では使えるが、クリエイティブな使い方をすれば、そもそも「編集をしない」という作業はほとんどない。こういう用途は、「完パケをいじらない」というレイヤーの作業であって、実際の映像制作プロセスでは、最終のごく一部にしか過ぎない。
映像専用機でハードウェア的に搭載すべき機能は、手っ取り早いトランスコーダではなく、快適な編集作業のためのエンコーダ/デコーダである。またI/Oに関しては、業務用機で採用の少ないHDMIだけではなく、オプションでHD-SDIの入出力ボードをサポートして欲しかった。 操作性という面では、キーボードの作りに若干問題があった。RT70Dのキーボードは、右側のエッジ部分にショートカットキーがある。付属のジョグコントローラは、だいたいキーボードの右側に並べて置くことになるだろう。角度的にもピッタリなのである。だがジョグを触っていると無意識のうちにその角がキーボードのショートカットキーを押してしまって、突然フェリカリーダーが立ち上がってきたりして辟易とした。 これはマウス操作時も同じで、マウスがキーボードの角に当たった場合は、何かが起こることになる。このボタン配置はないだろう。 USBコントローラを、付属のPremiere Pro CS3で使用してみた。機能によっては若干反応が鈍いところもあるが、動作タイミングさえ掴めば、おおむね良好である。ただこのタイムラグへの慣れというのは、いやというほど編集機を触ってきた経験がモノを言うので、慣れない人は全然慣れないだろう。 またUSBコントローラを使うには、キーボードのNum Lockを外しておく必要があった。そうしないと、ジョグを回すたびに4とか6とかの数字が入力されることになってしまう。キーアサインが10キー部のアローキーに割り当てられているので、そうなってしまうわけである。 しかし編集時は時間を数字入力するケースも多いので、10キーは有用だ。USBコントロールと両立できるような改善が必要であろう。
■ HDVがメインなら快適 映像クリエイターとして、編集ソフトの存在は重要である。RT70Dには、AdobeのPremiere Pro CS3がプリインストールされている。ただし米国ではすでにCS4のアナウンスが始まっており、タイミングとしては若干惜しい感じだ。
以前からVAIOのPremiereバンドルは定番であり、VAIO Edit Componentと組み合わせることでプロキシ編集を可能にしてきた。コンシューマの中ではかなり先進的なシステムをいち早く構築したのが、VAIOだった。 今回のRT70Dでも、プロキシ編集を行なうには十分すぎるパフォーマンスを持っている。だが今、これだけマシンパワーが上がった現在、いつまでもプロキシ編集が妥当なのか、という問題がある。確かにAVCHDが出てきた'06年頃は、AVCHDをネイティブで扱うにはまだまだマシンパワーが足りず、あと2~3年はかかるだろうと言われていた。だが今、その2~3年目に到達しつつある。 AVCHDの編集環境として現在2TOPを走るのが、AppleのFinal Cut Proとトムソン・カノープスのEDIUS Proであることは間違いない。両ソフトウェアに共通しているのが、編集用の中間コーデックを使ってHD解像度のままで編集を可能にするシステムであるということだ。 この方式の最大のメリットは、HD解像度のプレビュー出力が得られるということである。外部モニタを接続すれば、フル解像度で合成のバレや画質などがチェックできるというのは、クリエイティブな作業では欠かすことのできない条件である。
RT70DとPremiereの組み合わせでは、HDMI出力をプロジェクトの出力にアサインすることができる。安心して見られるハイエンドのテレビを接続しておけば、HD解像度のモニタリングも可能だ。だがプロキシ編集をしてしまうと、せっかくのプレビュー出力もプロキシの解像度になってしまうので、HD画質で確認することができなくなる。 一方メインカメラがHDVであるなら、すでにネイティブでも編集が可能なだけに、かなり理想的な環境になる。現在業務ユースの主流はHDVであり、そのユーザー層ならRT70Dは合致するだろう。
実際にHDVネイティブで編集してみたところ、バックグラウンドでテレビ録画が始まっても、プレビューの再生にはまだ余裕がある。ただ映像の自動解析が始まると、これがCPU負荷を50%ぐらい平気で使ってしまうので、作業中は処理を待機するよう設定を変更したほうがいい。 一方AVCHDのネイティブ編集も試してみたが、カットによってそのまま再生できるもの、若干ひっかかるものと分かれる。常駐している負荷を落とせば、そこそこリアルタイムでの編集は行けそうなパフォーマンスである。 しかし編集してライムラインに並べると、レンダリング待ちファイルとなって、全部がコマ落ちした映像になってしまう。レンダリングすればスムーズにプレビューできるので、やはりAVCHDに関しては、なんからのハードウェアアクセラレータが欲しいところだ。
■ 総論 まあ「ビデオエディション」と銘打ったからには、テレビ録画ぐらいできないと、という思いはあったかもしれないが、普通に考えればただテレビを見たり録画したりするだけで、4コアも必要ない。「フォトエディション」のスペックから考えても、今回のtype Rはプロ向けとまでは言わないが、少なくともクリエイティブな作業をする人向けのプロシューマ機であろう。 だがそもそもテレビ録画にはクリエイティブな要素はなく、単なる娯楽である。テレビ番組を元に二次創作が許されるのであれば話は別だが、現在はそのような行為は許されていない。テレビ録画なら価格帯的にも、type Lの仕事だろう。「フォトエディション」のストイックさに比べて、かなり「普通のパソコン」という感じがする。 もっともこれは今のPCのテクノロジーが、テレビに対して非常に接近しているからであろう。特に何を目指すというわけでもなくスペックを上げていくと、地デジを録画する十分なスペックに落ち着いていくし、ここまでできるんなら「テレビぐらい見られないの?」という話になりがちである。だがそこは敢えて搭載しないで欲しかった。ビデオのプロというのは、テレビ録画機能など必要としないのである。 だがこのあたりの製品のありようというのは、やはり写真とビデオの文化の厚みの差を端的に表わしていると思う。写真はアマチュアの方もかなり深い知識があり、芸術的なこだわりも強い。一方ビデオ編集となると、孫の運動会をさくさく編集したいとか、そういうレベルが重心点になってしまう。 今ビデオ編集という作業は、どんどんインビジブルになってきている。「VAIO Movie Story」を使えば、編集作業の必要もなく見栄えのする映像作品ができる。これはすごいことだ。 しかしそれはあくまでも、材料を入れて自動で結果が出てくるブラックボックスであり、こう繋いだらこうなるとか、うーんケツが2フレ長いかーといった、人間が学習・成長していくプロセスはない。多くの人には必要のないスキルかもしれないが、「ビデオエディション」を買う人は、そのプロセスを必要としている人ではないだろうか。 「フォトエディション」に対する落としどころとしては妥当なのかもしれないが、本業の人間から見れば、もう少し「ビデオ編集」というものに深くコミットして欲しかったなぁというのが、偽らざる思いである。
□ソニーのホームページ (2008年10月15日)
[Reported by 小寺信良]
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