特別企画
VECLOS「SSB-380S」を麻倉怜士が聴く
サーモスにしかできない「真空」の音作りとは
100年以上の歴史を誇る魔法びんブランドのサーモスが、2015年にBluetoothスピーカー「SSA-40」を発表すると、オーディオ業界からは驚きをもって迎え入れられた。あれから3年、同社は魔法びん技術でさらなるオーディオの高みを目指し、新製品「SSB-380S」を発表した。「デスクトップで、ニアフィールドリスニングの理想を実現」すると意気込む同社VECLOS課の平松仁昌氏と池田裕昭氏を、麻倉怜士氏が直撃取材。サイズにも質感にもこだわった「気持ち良い音」の秘密を、徹底的に解き明かす。
VECLOSは魔法びんの真空二重構造の可能性を追及した結果。
箱鳴りを徹底して抑制する真空エンクロージャー
麻倉今回発表されたスピーカーシステム「SSB-380S」について、まずは概要からお話を聞かせてください。そもそも何故魔法びんメーカーであるサーモスがオーディオに参入したのでしょう?
平松新製品もそうですが、我々のオーディオ製品にはキーテクノロジーとして、エンクロージャー部分に“真空エンクロージャー”を使用しています。具体的に言うと内側と外側の間の部分が真空状態になった金属板の二重構造です。スピーカーに続いて、我々は今年中にヘッドフォン/イヤフォンの投入も予定していますが、こちらでも全く同じです。何故こんな技術を使っているか、どういう利点があるかと言うと、エンクロージャーの剛性を上げるためなんです。同じ構造のエンクロージャーで真空/非真空(空気封入)の2種類を用意した場合に、非真空の方はエンクロージャー部分で歪みが発生する。我々のシミュレーションでは、エンクロージャーの内筒側に一定荷重を加えた場合に、非真空のものはある一定の力に対して歪みが発生したのに対して、真空のものはこの歪みがかなり少なかった。
麻倉(二重構造の中に入っている)空気が振動して、エンクロージャーを歪ませる?
平松はい。スピーカーユニットが駆動することで、当然空気が動く。これがある一定の力でエンクロージャーを歪ませるのです。エンクロージャーはこの押される圧力に対してどこまで耐えられるか、ということが大切ですが、シミュレーションでは真空二重構造によって明らかな差異が出ました。金属板二重構造の真ん中が真空ということは、ここがほぼほぼ0気圧になります。外部は大気なので1気圧で押されるわけですが、この気圧差でエンクロージャーに張力が発生するんです。これがエンクロージャーの剛性増大につながる、というメカニズムです。
麻倉エンクロージャー板の内部を真空にする、これは従来のスピーカーメーカーからは出てこない発想ですね。やはり魔法びんとして長年、真空二重構造を扱っているサーモスだからこそのもので、発想からしてまさにワンアンドオンリーです。
平松「音・ドライバー・エンクロージャーはこうあるべき」という考え方とは真逆で、我々のオーディオ事業は“真空二重構造技術を持っている”というところから始まっています。真空ならば保温ができる、だから魔法びんや弁当箱などの価値を高められる、これが魔法びん事業のコアバリューです。そこからもう一歩踏み込み「ではこの真空二重構造、もっと特徴はないのか?」と自問自答をしました。ただの金属であれば、たたいた時にいわゆる金属的な音がするが、真空二重構造にすることでそうではなくて、不要な響きがない音がする、剛性が高まる。「これは何なのだ」「これには何かあるのではないか」オーディオ事業はこういったところからの逆転の発想によるものです。
麻倉自社が持っているコアテクノロジーを拡げよう、ということですね。コアテクノロジーとして今回はスピーカーへの応用ですが、この強度からすると、例えば自動車のパネルなど、なるべく薄くて強いという板材が要求されるシーンには、この技術が使えるのではないでしょうか。
平松可能性はありますね。我々としてもこの技術がさらに拡がることを願ってはいますが、今後の課題です。
麻倉まずはスピーカーから、ということですね。因みに実験はシミュレーションとのことですが、実際にモノを作った時も音に相当な違いが出るのでしょうか?
平松違いは確かに出ます。音の印象に関しては聴いていただくしかないのですが、我々としては真空/非真空を聴き比べて「うん、違う」と思っています。不思議なもので、F特を測ってもそう大きな違いは出ません。なのでデータとして「ほら、違いますよね?」とグラフをお見せする事は出来ないですが、聴感としては全く違うんです。
麻倉それがオーディオですね。数値計測で違いを示すのは、環境さえあれば誰でも出来る。
池田そうですね、良く言えば“ロマン”というところでしょうか。
平松おさらいをすると、真空エンクロージャーは「高い剛性によって明瞭な疎密波が生まれる」「明瞭な疎密波があるからこそ、音像・定位が優れている」。これらが我々のキーテクノロジーによって提供できるユーザー価値です。
麻倉徹底してエンクロージャーは鳴らさないぞ、と。いわゆる箱鳴りは殺して、鳴らすのはユニットだけ。実に明快です。
平松ここは我々の一点突破に近い部分です。他社がやろうとしてもなかなか出来ない。
池田減圧構造を使ったエンクロージャーというのは、実は他社から特許出願されているんです。有効性はもうとっくに切れており、かなり昔のものですが、「こうすれば非常に優れたエンクロージャーが出来るだろう」という発想自体は他社で昔に挙がっていました。
麻倉でも発想はあっても、テクノロジーは無いですよね? 実際に製造できるというのは、やっぱり魔法びんを作っているからこそ。普通のスピーカー屋さんと違って、これは他には真似が出来ません。
池田そうなんです。真空を作るためには相応の専門設備が必要なんです。魔法びんをやっている他社さんならば、もしかしたら実現できるかもしれないですが
麻倉でも(スピーカーに使うという)発想が出てこないですよね。
前モデルをポータブルモニターに使うクリエイターが居た
麻倉それにしても、変わったカタチをしていますよね。小さいのでデスクトップに置いても邪魔にならない。これにはどういった狙いがあるのでしょうか?
池田我々は昨年12月に「MSA-380S」というアナログバランス入力を備えたプロ用モデルを出しています。今回のSSB-380Sは外観のカタチは同じですが、入力系統とそれに応じた基盤は違うものになっております。
麻倉プロ用というのは、スタジオユース?
平松スタジオユース、あるいは個人で持たれているプライベートスタジオなどへのアプローチですね。フォームファクター中心ですが、これほど小さければ邪魔にならず置けるし、そのまま持ち運ぶことも可能。
池田そのMSA-380Sをベースに、USB-DAC回路/Bluetooth機能/ヘッドフォンアンプを搭載した、それが今回のSSB-380Sです。
ニアフィールド用途ということで、スピーカーの角度を数段階で変更できる
平松これは最初から2方向を睨んだ企画なんです。本当は同時が良かったんですが、機能を変更するにあたって大幅に手間がかかってしまいました。このフォームファクターに多様な機能を詰め込むというのは、実は相当大変でした。
麻倉確かに、このサイズだと専門メーカーでも大変ですよね。サーモスさんの製品では以前に「SSA-40」という小さなBluetoothスピーカーもありましたが、それに比べると大幅に大型化しています。これはやはり、低音をしっかり出そうという考えからですか?
平松ひとつは“量感”です。やはりSSA-40では足りない部分が沢山ありましたから。
麻倉以前に取材をさせていただいた時は「初めから捨てた」とおっしゃっていましたね。
平松そうでしたね。それに対して今回は「捨てた」とまでは申し上げません(笑い)。サイズなりに必要なものをしっかり入れる、少なくとも“見える”というレベルまでは達成できたかなと思っています。それでもどうしても「サイズなりの豊かな低域」ということではないのかもしれませんけれど、必要最低限のもの、あるいは感じられる部分に関してはしっかり全うできたかなと。
池田低域のファクターは距離で稼いでいるというところがあって、プロ用も含めて“デスクトップに最適な”ニアフィールドモニターという訴求となっております。
麻倉他社モデルを見回しても、こんなに小さいプロ用モニターって無いです。
平松・池田無いです。
池田同じスピーカーでもプロ用とコンシューマー用とではかなり違いますが、MSA-380SはDTMの専門店さんで取り扱っていただいています。でも我々が持っていった時、最初はかなり「えっ!?」という感じでしたね。
麻倉それはそうでしょう、こんな小さなモニターなんて見たこと無いですもの。
池田でも一方で音楽制作を考えると、ProToolsなんかをMacBookに入れれば一応の制作環境が出来上がってしまう。「ソフトは小さくなっているのに、スピーカーは小さくならないね」というのは販売店さんとの会話のなかでありました。
麻倉他は全部パソコン1台で出来るのに、どうしてスピーカーは持ち運べないのだと。
池田色々聞いてみると、やはり皆さん、スピーカーを置けない時はイヤフォンやヘッドフォンで簡単な作業をやっていて、本当に仕事をする時はスタジオを借りてしっかりやる、ということをしているみたいです。MSA-380Sはそういうユーザーに向けた、従来のスピーカーとヘッドフォン・イヤフォンの中間にあたる存在です。
麻倉今までは「大きなスピーカーか、ヘッドフォン・イヤフォンか」という両極端な二択しかなかったのが、これならPCと一緒に鞄に詰めて出張する、なんていうこともできますね。
池田実は以前より、一部のエンジニアさんから「コンパクトでしっかりしたものはないか」という声をいただいていました。話によると、前モデルのSSA-40はかなり素直な音だったので、モニターとして使っていただいていたそうです。
麻倉なるほど、実際に早く使っている人が居て「ならば本格的に作ろうか」となったんですね。
平松一言で言うとそうですね。「モニターライクな音だね」と言っていただける方がいくらかいらっしゃった、であればそこを追求していこう、と。
麻倉音楽制作に際して、前方定位しないヘッドフォンでは絶対わからない部分があります。ヘッドフォンは耳の真横から音が鳴るので、“音質”は判っても“音場”は判らない。やはり空気で聴かないと、というニーズは確かにあるでしょう。
池田音楽制作の中でも、特にミュージシャンの方や、プロデューサーの方でも時に作曲をしたりエンジニアリングをしたりという方に使っていただけます。プロデュースしたアーティストのツアーに帯同した際でも、宿泊先のホテルで使える、そんなニーズも聞いています。かなりニッチな市場の中でもさらにニッチなところですが、専門店さんでも少しずつご理解くださり、力を入れてくださっている販売店さんもございます。
「ミュージックラバー」「ネオオーディオマニア」に使ってもらいたいスタイリング
平松デザインに関しては、機能に即した最小限の要素分解による造形という意味の言葉「ミニマル・エレメント」を象徴的に置いています。つまり複雑化しないということ。とにかくゴタゴタしないということを目指しました。ディテールもノイズとなる要素を減らし、モダンでシンプルな造形です。これは我々が想定しているユーザーイメージに起因するところが大きいです。
我々が想定しているのは「ミュージックラバー」と「ネオオーディオマニア」、いずれも我々が思っているプロファイルで勝手に定義した言葉です。ネオオーディオマニアは“自分を満足させる音響を追求したい”という人のイメージです。音楽の入手方法、コンテンツ、聴き方において、新しいスタイルを自由に取り入れ、音を追求する。様式よりも先進性を好む人達。一言で言うと「コンサバではない」人達のことですね。「スピーカーと言えば……」とあーだこーだ言うのではなく、ポータブルを含めて、あらゆる新しいデバイス・システムをどんどん積極的に取り入れる。高品質な音のための高品位な機器を求める、自分のスタイルを叶える機器のあり方を求める、そんな人なのではないかと定義しています。
もうひとつはミュージックラバー、これは機器から入るのではなく「音楽と共にある生活を楽しみたい」「音楽と共に生活を豊かにしていきたい」という、どちらかと言うとライフスタイルで捉えています。音楽フリークということで様々なジャンルの音楽を好み、新しい音楽情報に詳しい。自宅や通勤中など、常に音楽のある生活を楽しむ。あるいは「趣味熱中型リスナー」ということで、音楽と親和性の高い趣味を持っていて、例えば自分でバンドをやっていたり、あるいは音楽制作をしていたりという方々のイメージです。音楽への関心が高く習慣的に音楽を聴いている、必然的に音質にもこだわる。“良い音”と同時に“生活を彩る楽しさ”を感じるアイテムを手に入れたい、我々としてはそんな方々を想定しています。
麻倉私の名刺の肩書はまさに「ミュージックラバー」ですよ。こんな肩書の人はそうそう居ないです。
平松偶然の一致ですね!!
池田カテゴリとして、今回のスピーカーは「デスクトップHi-Fi」とあえて言っていますが、そういう意味ではかなり身近なところで、出来ればスピーカーで音を出して、空気を揺らして聴いていただきたい。それが出来ない時にはヘッドフォンを使っていただく。外で楽しむ時にはイヤフォンを使っていただくという様に、かなりトータルな提案で考えています。
その中で「SSB-380S」は、デスクトップでハイレゾの臨場感を存分に愉しむ、プレミアムなデジタルオーディオシステムという提案です。ヘッドフォンアンプを内蔵しているので、音を出せない時にもヘッドフォンで聴いていただける。入力は有線のUSB、無線のBluetoothと、デジタル系のみに絞りました。一般的なRCAや3.5mmミニプラグ入力は、あえて排除しています。ドライバーはパイオニアさんの協力で製作いただいた、52mmの専用フルレンジユニットです。真空エンクロージャーの筒に合わせた専用開発品で、アンプ回路もオリジナルで組んでいただきました。
平松ただ、サイズ感・フォームファクターという点には大いに悩みました。小さくなればなるだけ設置性や持ち運びには良いですが、そうすると当然音が犠牲になる。
実はこれ、当初はロング/ミドル/ショートの3サイズあったんです。もっと言うと、3サイズの中でも密閉型とバスレフ型の2方式がありました。カタチもいくつか候補があった中で、実際に試作をして音を聴いてみて「うーん……」と唸りながらの開発でした。スピーカーユニットも他社製の候補があり、非常に沢山の選択肢からどれが最も適しているかを探りながら、最終的にはバスレフ型のミドルサイズにしました。
麻倉低音を稼ぐには大きくすれば良いですが、それでは当初の目的に合わないですし。ロングだったら、おそらくもっと低音が出ましたよね。
平松出ますね。その一方でフォームファクターという意味での間延び感が結構大きいです。
麻倉キレ味の良さや透明感、立ち上がり/立ち下がりといった特徴も、ちょっと鈍くなってしまうんですね。
平松モタると言うか鈍くなると言うか、スピード感が失われる方向に行くんです。そこのところは聴感に頼る部分が大きかった故に、外部でスタジオワークをされている方々、あるいはスタジオそのものをやっていらっしゃる何人かの方に聴いていただいて、ご意見を頂きながらの開発でした。段々とある一定方向に意見が見えてくる中で「やっぱりここだろう」となりました。
麻倉やっぱりロングは皆「ヘタる」「鈍い」と?
平松「余計な響きがある」という表現をされる方もいらっしゃいました。
麻倉なるほどねえ。やっぱり頑張ってもどこか共振しちゃうんでしょうね。
平松そうなんですよ、長くすればするほど、結局ある共振を起こしやすい環境にどんどん行ってしまうんです。
麻倉対して短いものは低音が無い、ということですか?
平松えーっと、“哀しい音”になりますね(笑い)。量感もさることながら、何だか非常に“ペラペラした”というような薄い音です。そういうワケで、まずフォームファクターを決めるというところに最も苦労しました。我々からしても「これが一番オススメなのかな」と思いながら、でもそれは我々の感覚なので、外部にも意見を求めました。
麻倉“哀しい”って凄いね(笑い)。やはり容積は必要だけど、ありすぎても困るなと。やっぱり開発側からしてもミドルが一番良くて、外部の意見もミドルが良い、と。“哀しい音”にならず結構厚みがあり、なおかつ共振したりボワンとしたりしない、と。
平松あとフォームファクターという意味だと、このカタチで仕上げてゆくという点では、邪魔にならない、コンパクトにまとまっているというところを表現できているので、これが一番良かったのかなと。
麻倉確かにこれより大きい事を考えると、机の上が結構圧迫されますね。
池田一番簡単なのはドライバーの口径を大きくする事なんですけれど、今回は“コンパクトさ”というところがかなりあったので、これ以上の大口径は選択肢にありませんでした。
麻倉エンクロージャー部分ですが、これは魔法びんのカタチですよね。例えば四角や三角など、エッジを付けてという事は考えなかったんですか?
平松理屈から言うとそれは弊社が苦手なところなんです。先程張力の話が出ましたが、平面が多くなればなるほど張力が大きくなるので、空洞構造の部分でくっついてしまう。張力の観点では円筒形が一番強いんですよ。
池田四角いスピーカーとの比較をすると、円筒形は音の回折が良く、点音源に近くなります。
麻倉専門メーカーでも、エンクロージャーのカタチはすごく大事にしているんです。他社の例を見ても、音響的にはやはり円筒形は究極でしょうね。四角は生産性が良いのでどうしても四角に行きがちですが、空気の回折現象の問題からは逃れられません。そういう意味で魔法びんから来たのは正解ですね、デザイン的なところの論理性もあります。
平松バスレフにしましたので、円筒形は結果としてすごく点音源に貢献しています。ですが逆にそれが苦労したところでもあって、試作の時点であちこちがビビったり鳴いたりしたんです。先程から「こんなカタチは見たことがない」とおっしゃっていただいていますが、過去に類のないこのデザイン・フォームファクター・構造を“採用してしまった”が故に、誰もどこから出ているのか、どこを押さえたら良いのか判らなかった。
麻倉おさらいをすると、ターゲットはネオオーディオマニアとミュージックラバーで、スタイルとしてはPCを音源に使う。プロ用がまさにそうですよね。PCにProToolsを入れて、そこから再生するわけですから。
平松そうですね、こういう聴き方ってあるよね、と。昔だと大きなスピーカー・アンプ・デッキがありましたが、時代を経て機器がコンパクト化している中で、パソコンという機器が出てくることで再生機としての姿は相当変わりました。しかもハイレゾという新しいメディアも出てきて、ネットの普及で簡単に入手できるようになっています。一方でこういった視聴環境にぴったりなスピーカーって無いよね、というのが我々のスタート地点です。それを作るとする時、モニターとプレミアムコンパクトなリスニングとしてやると上手くいくな、と考えたんです。
麻倉確かにPCをデスクトップで聴いた時に、高品位な音が出てくる専用スピーカーってなかなか無いです。しかもこれはDACとアンプが一体型になっているのが良いです。
平松他社製品でもいくつか該当しそうなものが無いではないですが、そうは言っても大きい。それをデスクに置く気になるかと言われると、私の感覚ではならないです。このサイズに全ての機能を詰め込む高密度実装の部分では、部品の選定も含めてエンジニア達が相当頑張ってくれました。
池田デジタル面でのスペックとしてはPCM 768kHz/32bitとDSD 11.2MHzまでのハイレゾにも対応していて、DACも旭化成のAK4490ENを使っています。再生ソフトもホームページからダウンロードできます。
麻倉スピーカー部分は剛性感がありますが、アンプが入っている台座部分も安定感がありますよね。回路の部分が重たいゼという感じがします。質感も見た目で明らかに高い。
平松そこは構造エンジニアが頑張ったところで、スピーカー部分はステンレス真空二重構造ですが、台座部分はマグネシウム合金なんです。スピーカーユニットはピュアアルミの振動板、エンクロージャーはステンレス、ベースはマグネシウムと、フルメタルなんです。この点はヘッドフォン/イヤフォンでも言えるのですが、同じデザイナーと長く仕事をする中で「ここはこういう質感でいこう、こういうやり方でいこう」という意思疎通が合っています。カラーやフィニッシュという要素も、テイストとしてマッチングが取れたかな、かつ我々のモノがしっかり表現できたかな、と感じています。
麻倉以前聴いたスピーカーはカラフル・ファンシーでファッショナブルだけど、この路線で行くとこの先はどうなるんだろうと思っていたんです。でも今回は全然違う、「音のために作った」如何にも「クル!」という、ハイテクな感じがあります。ちょっと男性的な印象ですね
平松以前のものがどうだったという訳ではなく、違う路線でしっかりいかないといけない、というところができたと自己評価しています。前回の「カワイイ」となると、「チープ」というイメージに割と近くなったりするところがありますが「今回は『カワイイ』にせず『カッコイイ』にしようぜ!」ということで。先に今回のものを出していたら、有り様や見え方も変わっていたかもしれませんね。
「おいしい温度」を届ける会社の「気持ち良い音」
麻倉音作りとしてはどうでしょうか? モニターとしては無色透明が良いわけですが、やはり音的なこだわりというのは何かありますか?
平松MSA-380Sではモニターユースを狙っていたので、とにかく音に色付けをしないという方針でした。ですが今回のSSB-380Sはコンシューマーモデルを想定していましたので、もう一度音を創り直す事を考えました。余談なんですが、サーモスには「おいしい温度」というキャッチコピーがあります。味覚に対して(触覚である)温度を“おいしい”と表現するのが、とても上手いと個人的に思うんです。食べる・吸うというのは命にかかわる危険がある。ですから視覚・聴覚に対して、嗅覚や味覚は幸せに貢献する度合いも大きいし、味覚には“おいしい”“まずい”、嗅覚には“芳しい(かぐわしい)”“臭い”という、気持ちに直結する言葉があるのだと思います。これに対して聴覚はそういった言葉がありませんよね。いつも“良い音”“悪い音”と言っていますが、それって何なのだろうとなってしまいます。なので一端“良い音”“悪い音”というところから距離を置き、我々が目指したい音に対して違う言葉で表現することを試みました。いろいろと悩んだ結果我々が導き出した言葉は「気持ち良い音」です。
麻倉「おいしい音」にはしなかったんですか?
平松それは流石に無理があるかなと(笑い)。「気持ち良い音」という言葉はピンとくるので、これを目標に設定したんです。具体的に要素を挙げると、音像がしっかり表現されていること、空間がしっかり再現されていることです。ギターはギターの音として、かつギターが鳴る位置で鳴っている、それが明瞭に再現されている。こういうものが「気持ちいい音」だろうと定義しました。この言葉を考えるのには苦労しましたよ。
麻倉良い定義ですね、元々このスピーカーが持っている特徴をそのまま出している感じがします。
平松音的な面でこのスピーカーの特徴は“点音源”です。プロでもコンシューマーでも、ニアフィールドとかなり親和性があるのかなと思い、両方の企画を進めていきました。
麻倉やはり“点音源”はこのスピーカーのポイントだと思います。小さくても量感を稼ごうとすると2Wayに分けたりしますが、これはフルレンジ1発で場所も取らずに音像も判りやすい。そういう意味では潔いですね。それ以上に共振が無いので、とてもスッキリしていて余計な響きがない。モニター的な点でも音に色付けしていません。音質というと、以前は音の質だけを言われていたけれど、今はサウンドフィールドがどう出てくるかという音場の要素が凄く重視されています。それもただあれば良いというのではない。音場と音質というのは結構相反する部分があり、音場ばかりを追求すると音質がどこかへ行ってしまうし、音質ばかりだとF特は伸びても音場が平面的になってしまう、そういうことが往々にしてあるんです。そういうことからすると、何をさておいても点音源。これが他にはない要素・コアコンピタンスで、それを中心に様々な要素が出ている感じがします。
麻倉氏音質インプレッション ――“空気で聴くヘッドフォン”という新体験
では最後に、麻倉氏による「SSB-380S」の音質インプレッションをお届けする。
「前のモデルを聴いた時は、新しいモデルではあるけれど、狙いとしてはファンシーさ・ファッション性というところを感じました。でも今回は全く違う、モニターではないけれどモニター性が高く、非常に本格的。コンテンツが持っている様々な情報性がかなりモニターライクに出ています。
まず感心したのは、音場感が透明だということ。濁っておらず透き通っていて、音像が凄くしっかり出る。これはやはり点音源の良さでしょう。それともうひとつ、キレ味がとても良いというか、モタれない。真空でエンクロージャーを作るという剛性感の高さが、そのままキチッと出ている、というのが第一印象です。
お化粧をしていない音楽の本当の良さというのが、やはり出ています。現状あるスピーカーは大なり小なりお化粧をしているのですが、これは足りない性能をカバーする、補うという意味合いが強い。本機はそれからすると、元々の情報量の多さや、立ち上がり/立ち下がりの角度の鋭さという要素を元々持っているので、変なお化粧を全くせずとも、音楽が持っている味わいや情報性が素直に出ています。」
「もうひとつ、本機は“空気で聴くヘッドフォン”みたいなところがあります。一般的なスピーカーだと空気の間を伝わってくる様な感じがするのが、これは耳の側に発音源があって直接的に音が入るヘッドフォン的な感じです。発音源が目の前にあるので、このエンクロージャーが持っている特性なのか、音の浸透力があります。近いところもあってグッとくるのでヘッドフォンライクな感覚で、音楽に密接になって聴いている。物理的に密接にはなっているだけでなく、感情的にもそう感じます。
ユーザー層の分析で「新しい音楽の聴き方」というのがありました。オーディオは機器の出てくる音によって聴き方が変わります。遠くにあってボケた音が聞こえるのではなく、本機は近くにあって凄く高解像度な、ピントが合った音が聞こえる、これは新しい音楽の聴き方です。今は8対2くらいの割合でヘッドフォンの勢いがありますが、頭内定位のヘッドフォンでは音場の良さという要素が絶対に出ません。それが本機で音楽を聴けば、音場の面白さがエンターテイメント的に出ます。試聴で聴いたレイ・チャールズもそうだし、アデルの声の立ち上がりや太さが、モタれないで出てくる。素晴らしい、新しい体験が得られると思いました。高域のナチュラルさをもっと追求すると、なおよいでしょう。
従来のオーディオの延長ではなく、これはニューオーディオ。こんな音聴いたことないぞ、こんな体験したことないぞという、以前のモデルでは感じなかったことが、ここまで突き詰めた今回は感じました。」