“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語” |
第36回:塗り替えられる業界縮図 Inter BEE 2001レポート
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■ デジタル化狂想曲の幕開け
去る11月14日から16日までの3日間、千葉幕張メッセにて、毎年恒例の国際放送機器展「Inter BEE 2001」が開催された。いわゆるギョーカイ人(といってもエンジニア系だが)にとって、この11月のInter BEEに行ってから年末・年始特番に突入するというのが毎年の慣わしのようなものである。今回のElectric Zooma!は、このInter BEE 2001を特集してお送りしよう。
放送業界にとって、今年はどういう年なのだろうか? 近年のエポックメイキングな出来事としては、やはりBSデジタル放送のスタートが記憶に新しいところだ。これによってまず、各キー局のHDTV(High Difinision TV)に対してのスタンスが決定した。
デジタル放送の特徴としては、ほかにも多チャンネル化やデータ放送などのソリューションがあるが、まず一番の注目点はやはりHDTV化であり、それをどのように放送してゆくか、というところなのである。現在まだHDTV化はBSだけの問題であるので、それがらみの話はキー局のある首都圏近郊に限られる。なぜならばBSは衛星から各家庭に直接電波が飛んでくるので、いわゆる普通の地上波放送に必要なネット局、つまり地方局にはなんにも関係ないのである。
ところが地上波も、いよいよ2003年にデジタル放送開始とされている。キー局は先行するBSデジタルを通してさまざまなノウハウを集積しているため、助走は十分だ。しかし地方局は、もういきなりキー局が有無を言わさずデジタル化してしまうのである。
もちろんキー局がデジタル化されるタイミングにあわせて、日本中の地方局がいっせいにデジタル化するわけではない。数年の間はアナログ放送も平行して行なわれる。どの時点でデジタル化するかは各地方局の判断に任されるわけであるが、ぶっちゃけた話、この波に一人だけ乗り遅れる局は、かなり信用を失うであろう。隣のチャンネルはもうデジタルでバンバン放送されてるのに、おたくのチャンネルだけアナログだけなんだよなぁということになれば、これはもう地方局の営業さんはたまったものではない。なんせ現在の放送運営を支えている収支モデルは、広告収入がメインなのである。抜け駆けのないように県内の局で足並みをそろえましょうなんて生臭い話も飛び出す。
2003年からといってもすでにもう2001年も暮れようとしているわけで、設備選定から設置、テスト運用まで考えて逆算していくと、もう今の時期に腹を決めていかないと間に合わない。放送機器はネット通販でパソコン買うのとはわけが違う。今日発注したものが明日届くなんて世界ではないのである。またHDTV化は、単に放送局だけの設備投資の問題ではない。その周辺にある撮影会社やポストプロダクション、まあ平たく言えば貸し編集スタジオ屋さんにも大きな負担となる。
現在BS対応として一部のスタジオのみHDTV対応という形で運用しているところが多いが、今後は少なくともキー局で放送するコンテンツはほとんどHDTVが絡んでくることになる。当然早急な設備投資が求められるし、またそれを行なったところに仕事が集中するという図式となる。つまりこのような意味で今年のInter BEEは、うわデジタル化マジどうすんの、MPEG-2で編集すんのやっぱり、ファイバーチャンネルでビデオサーバー送出どゆことそれ、みたいな焦燥と緊迫感漂う中の開催であったのだ。
とまあ最初にこんな小難しい話をしたわけはというと、今回のInter BEEは一般向けの展示会と違い、普通の人が理解できるようなものがほとんどないのである。その辺を覚悟して、まあギョーカイではこんなことで大変なのヨ、ぐらいのことがご理解いただければ幸いである。
■ 中心は局内システム
放送フォーマットの大きな変革でもっとも大きなマーケットとなるのは、やはり放送局相手のシステムである。送出システムの変更は、ビル全体を含めたプランニングになるため、商売としては少なくて数億、デカければ数千億の商売になる。
といってもそんな話は一般の方にはなかなかわかりにくいと思うので、まずはおなじみの有名メーカーが放送業界でどんな仕事をしているのかを覗いていこう。
◆SONY
国内メーカーで放送業界に最も深く組み入っているのは、やはりSONYである。特にビデオカメラやVTR、リニア編集機では、独占的な地位といっても過言ではない。その反面、ノンリニア編集システムではかなり出遅れているのが実情だ。
そんな中、今年のNABでお目見えした期待のノンリニア編集システム「Xpri」の実態がようやく姿を現した。通常放送であるSDTVとHDTVに対応するのは当初からわかっていたが、今回MPEG-2の編集に対応した点は大きい。すなわちデジタル放送と直結するからである。
SDとHDの編集に対応したノンリニア機「Xpri」。最小システムで2,000万円から | パネルレイアウトが自由に選べるプロダクション/ライブスイッチャー「MVS8000」 |
またスイッチャーでは「MVS-8000」の実働デモンストレーションが行なわれ、好評であった。まだすべての機能が完成しているわけではないが、すでに国内で9社に納品が決まっている。
一般の方には信じられないかもしれないが、このようなウン千万の機材でしかも未完成でも信用して買ってしまわなければならないのが、設備投資産業の構造なのである。
◆パナソニック
以前のパナソニックはどちらかというと設備屋さんというイメージであったが、DVCProフォーマットの成功により、一躍SONYと肩を並べるスター企業となった。今回の展示も新しいDVCProフォーマット、DVCPro HD EXを発表。従来のDVCPro HDフォーマットと同等の画質を維持しながらも、2倍の長時間録画が可能という。
まだ試作段階ではあるものの、従来と同じテープを使っての2倍録画は、HDでの番組製作の本格化を予感させる。
新方式DVCPro HD EX。デッキはまだ試作機だという | バリアブルフレーム撮影可能な「AJ-HDC27F」。方式は720p |
ビデオカメラでは、レンズアダプタを介してフィルム用レンズを使用できるHD仕様のカメラ「AJ-HDC27F」が展示されていた。このカメラの面白いのは、撮影時にフレームレートを可変できる点。4fpsから60fpsまで対応できる。かなりフィルムっぽい製作を意識した作りである。
◆HITACHI
家電レベルでみると日立は若干地味なメーカーという印象だが、放送ではシステム全体の構築において実績あるメーカーである。
放送システムの根幹部を支える日立のブース | 新トランスミッターの前は、常に放送局技術者でいっぱい |
展示機材としても、システムの根幹を支えるバックヤード的なものが中心だ。上の写真のデジタルトランスミッターは、大がかりな水冷システムを採用。こういうものを作らせたら、日立は天下一品である。このことだけでも、放送局全体をデジタル化することがいかに大掛かりな話かがわかる。
◆Victor
Victorは、DVカメラと組み合わせるタイプのMPEG-4ストリーミング用リアルタイムエンコーダを参考出展した。カメラ自体も新モデルであるためほとんどの人はカメラ本体にこの機能が組み込まれると勘違いしていたが、カメラ自体はただのDVカメラである。
業務に強いVictorは展示をストリーム方面へ集中 | 薄型のエンコーダユニット。カメラも含め、まだモックアップ |
肝心なのはカメラと三脚の船の間に挟まれたユニットなのだ。そこでカメラからの映像をMPEG-4にエンコードして映像をネットワーク転送する。
◆TOSHIBA
東芝も日立と同じく、放送のバックヤードに強い企業。もちろん放送システム全体のインテグレーションの展示が中心であるが、以前の堅いイメージから徐々に方向転換し、デザイン性の高い機材が増え始めている。その中にぽつんと展示されていたのが「バーチャルアナウンサー 川本 愛」。
東芝も放送バックヤードに強い企業。ユニット設計がカッコイイ | バーチャルアナウンサー、川本 愛。これからは原稿だけで放送可能? |
入力されるテキストに対して、自動的にCGキャラクターが口を動かしながら、合成音声でナレーションを読み上げる。まるで人間がしゃべってるよう、とまではいかないが、少なくともデモを見た限りでは、まあまあおかしくない程度にまとまっており、インパクトは十分だ。
ちなみに川本 愛のプロフールでは、
■ ここでしか見られないもの達
一般的におなじみとは言えないが、放送業界ではおなじみのメーカーもなかなか面白いものを作っている。また意外なメーカーが意外なものを作っているのもこの業界の面白いところ。ここではそういった製品を覗いてみよう。
◆SONY/Tektronix
前面のUSBやCD-ROMドライブから全体の大きさがわかるだろうか |
波形モニタなどの測定器でおなじみのSONY/Tektronixでは、波形モニタとまったく同サイズ、同スタイルのMPEG-2レコーダ「MTX100」を展示していた。中継車などのモニタ棚にすっぽり収まり、かつ持ち出しての使用も可能とあって、注目度は高い。
録画できるのは放送で使われるマルチチャンネルのMPEG-2トランスポートストリームだが、このサイズでありながら内部的にはWindows 2000マシンである。もちろん小さなモニタは画像も表示するし、メニューなども表示する。日本で企画・設計を行なった製品とのこと。
◆GRASS VALLEY GROUP
一般の人にはほとんど関係ないが、報道専用のノンリニアシステムは珍しい |
高級放送機器メーカーとして多くのファンを持つのがGRASS VALLEY GROUP、通称GVG。昔はGVG製品を入れたいが高くてなかなか手が届かない、というプロダクションが多かったものだ。最近では方向転換を図り、安価な製品も多く手がけるようになった。
ニュース編集用に特化したノンリニア編集システム「News Edit」は、テープからHDDにキャプチャするときに編集まで行なうというユニークな方式で、編集時間を大幅に短縮できる製品。
◆カノープス
既存の編集コントローラがそのまま使えるノンリニアシステム |
パソコンユーザーには高級ブランドとしておなじみのカノープスだが、放送業界ではまだまだコンシューマ向けの会社という見方が強く、苦戦を強いられてきた。しかし今年は従来製品の展示と趣が異なり、新開発の放送用ノンリニアシステム「CWS-100」を展示し、好評を博していた。
普通のDVノンリニアシステムをベースにしながらも、SONYやPanasonicのVTR編集コントローラがそのまま使えるのがミソ。プロ用のデジタル信号規格SDI入出力にもオプションで対応する。
現状のテープtoテープによる編集の現場からシームレスにノンリニアに移行するために、使い慣れた編集コントローラが使用できるのはかなりポイント高い。
◆D-Storm
ライブスイッチャをベースにした統合型ノンリニア編集ツール |
“ビデオトースター”といえば、ちょっとビデオに詳しい人ならご記憶だろう。Amigaを使ったライブスイッチャーシステムである。D-Stormのブースでは米Newtek社が開発を続けているWindowsベースの「VideoToaster NTバージョン2.0」がお目見えした。
まだファイナルバージョンではないが、スイッチャー部を始めビデオ編集、オーディオミックスなど一通りの機能はだいたい動いており、完成が楽しみだ。
まだファイナルでないにもかかわらず、GUIはスキンで変更可能といった妙なところが先に完成しているあたり、さすがAmiga出身。こういった企業がどんどん躍進すると業界は面白くなるのだが。
◆ミランダ
DVとSDIの双方向コンバータ「DV-Bridge+」 |
国内ではほとんど無名と言っていいと思うが、ユニークなフォーマット変換器を作っており、筆者が個人的に注目しているのがミランダだ。
写真はDVフォーマットを業界標準のSDIに変換するコンバータ「DV-Bridge+」。こういうものは今までありそうでなかったものであり、実際にニーズもあるのに、大メーカーが気がつかない部分である。
◆OTARI
100枚程度の小規模なDVDの複製に対応する「VDP-100」 |
オタリといえばプロオーディオの老舗だが、そのブースで珍しいものを見つけた。小規模用途のDVD-R(for General)デュプリケーター「VDP-100」である。
パソコンベースではなくスタンドアローンのハードウエアで、100枚のDVD-Rを内蔵のDVD-Rドライブ5台で連続コピーする。もともとオタリはプロオーディオメーカーとして、カセットテープやCDのデュプリケートシステムを製品化しており、デュープに対するノウハウは古くから持っていたとのこと。
◆BOSE
屋外使用には欠かせない耐久性を強烈にアピール |
最近ではサラウンドスピーカなどでコンシューマにも進出し、人気を得ているBOSEであるが、もともとは野外などでのサウンドレインフォースメントに強いメーカーである。
新モデルの「Panaray802-III」では、水槽にスピーカーを沈めてデモ。このままでは音が出ないが、乾かせば出るとのこと。いや乾かせば、って……。
◆Kowa
小規模なシステムには欠かせない製品が多いKowa |
業界でコーワと言えば、古くはFSS(文字専用カメラ)の「OS-33C」という名機で知られるところ。意外と知られていないが、実は薬局でおなじみの「コルゲンコーワ」、あのコーワなのである。
最近はラジオ放送用システムや、小規模マトリックススイッチャなどの分野で活躍している。
■ 総論
筆者はInter BEEをもう10年以上見ているが、来場者数は'97年頃の低迷期から復活して年々増えているようだ。
ただ今年はやはり、米国人の姿が少ない。米国と日本は放送方式として同じNTSCを採用しているため、放送機材がコンパチブルなので、出展企業が多いのである。米国製品のエンジニアやインストラクターが毎年大勢会場にいるのだが、今年は会場で英語の話し声を聞く機会が本当に少なかった。そのかわり、と言うわけではないだろうが、以前は珍しかった韓国人の来場者は年々増えてきている。韓国も同じNTSC圏であり、景気も悪いと言われているが日本ほどではない。しかも近いということで、多くのツアー客の姿を見かけた。
国内からの来場者の興味は、第1が送出システム、第2がHD編集システムといった感じであった。放送システムの方は、一度導入したら10年以上使い続けるものなので、ブームのようなものはほとんどないのが普通である。それだけに今回のInter BEEは、かなり特殊な状態であったと言える。おそらくこの状態は、2003年ぐらいまで続くのではないだろうか。
現在地上波デジタル放送の開始は2003年ということが決まっているのみで、スタート時期は各キー局ごとにまちまちになるのではないかと見られている。2003年10月の番組改編時期からスタートできれば、非常にキリもいいしイベントとして盛り上げやすいが、そこから開始できるところは早い方だろう。
というのも送出システムは一度入れればあとは機械的に動くだけだが、内容を作る側、つまりHDTVの制作システムとなると、やはり圧倒的に製品数が足りない。リニア編集システムはどうしても大がかりになってしまって、今の景気ではボンボン買えるものでもない。一方安上がりと言われているコンピュータベースのノンリニアシステムは、そりゃあ標準フォーマットではかなり安価なものがあり、技術的バックボーンと腕さえあれば6,800円のIEEE 1394カードだって使えないことはないわけだが、これがHDTVとなるとまず数千万用意してからお越し下さい、というのが現状である。
例えば報道など、同じ編集セットが何十台もいるような現場からは、難しいことはできなくてもいいからとにかく安価なHDTVシステムはないだろうか、という期待が切実なものとなっている。そしてこれが実現できるのは、ほとんど日本企業だけである。というのもすでに米国ではHDTV放送に対する関心がなくなっており、今後画期的なHDTV制作システムが早期に米国から現われることが期待薄になっているからだ。
米国の興味は早くから、ストリーミングを始めとする、放送とWEBとの連携にあった。国内キー局も試験的にそれに追随する形を取っているが、具体的な収支モデルが構築できないため、やればやるほど赤字という負のスパイラルに巻き込まれている。今まで日本の放送は、米国のあとを追いかけていたので楽だったわけだが、ここに来て大きく袂を分かつ形となったわけである。
一般的にはデジタル放送は絵が綺麗、などと宣伝されているが、現実にはそう甘くない。確かにプロの制作レベルでは非常にクリアな映像だが、皆さんがテレビで見るときにはかなり圧縮された状態で見ることになる。標準放送であれば、ヘタすると現状のアナログ放送のほうが綺麗ということもあり得ない話ではない。
HDTV放送を諦めればコトは簡単なのだが、すでに多くの人がHDTV対応テレビを買ってしまっているという現実がここにあり、やはり多くの人が「デジタル放送=綺麗なHDTV放送」であると思っている。そのイメージを裏切らないために、多くの業界人が苦悩しているのである。
□Inter BEE 2001のホームページ
http://bee.jesa.or.jp/
□関連記事
【11月14日】業務用放送・オーディオ機器展「Inter BEE 2001」が開幕
―ビクターがリアルタイムMPEG-4出力DVカメラを参考出品
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011114/interbee.htm
(2001年11月21日)
= 小寺信良 = | 無類のハードウエア好きにしてスイッチ・ボタン・キーボードの類を見たら必ず押してみないと気が済まない男。こいつを軍の自動報復システムの前に座らせると世界中がかなりマズいことに。普段はAVソースを制作する側のビデオクリエーター。今日もまた究極のタッチレスポンスを求めて西へ東へ。 |
[Reported by 小寺信良]
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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp