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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第55回:米国ブロードキャストに何が起こったか
~ NAB2002に現われた大きな変化を考える ~


■ 拍子抜けした感のNAB2002

 先週お送りしたNABリアルタイムレポートはいかがだっただろうか。昨年のNABはインプレス記者も同行して2人体制だったのだが、今年は担当が「いやーあのショーは素人が行ってもよくわかんないので、今度は小寺さん一人で行ってきてくださいえへえへ」とアンビリーバボーなことを言う。普段から旅行慣れしていない筆者はしょえーと体をエビ反らせながらも、しょうがないから1人で取材して写真撮って原稿書いてアップしていたので、めちゃめちゃ疲れたのであった。

 それでも今年のNAB2002では、去年にも増して数多くの情報を得ることができた。しかし当然ながらリアルタイムレポートでは、そのすべてをお伝えすることができない。情報は持っていても、書くのが全然間に合わないのである。筆者はどちらかといえば考え考え書くタイプなので、原稿書くのが遅いのだ。そこで今回のElectric Zooma! は、リアルタイムレポートでは書けなかったことを中心にお送りする。

South Hall1階の、エントランスを入ってすぐのAvidブース付近。お昼前だというのに閑散とした雰囲気
 まずNABショー4日間を終えての印象だが、今年はあきらかに来場者が少ないように感じた。例年に比べて6、7割程度ではなかっただろうか。特に米国人の数が少なかったようだ。新たにSouth Hallができたために人の密度が薄まったということも考えられるが、それにしても最終日の閑散とした様子などは、例年には有り得なかった光景。すでにテロの影響はほとんどないと思うが、やはりそれだけアメリカ経済が依然厳しい状況である現われなのかもしれない。

 余談ではあるが、ラスベガス名物の無料で楽しめるホテルのアトラクションには相変わらず大勢の人が群がっているものの、今年はホテルのカジノで遊んでいる人が少なかった。ホテルは大抵、カジノの中を通らないと表通りに出られない構造になっているのだが、こんなに通り抜けやすい年は初めてだった。


■ NABで見つけた興味深いもの達

 ではせっかくだから、リアルタイムレポートで触れられなかったいくつかのトピックをご紹介しておこう。

◆Panasonic、HDTVにも対応する放送用液晶モニタを展示

 Panasonicのブース正面に、今年6月に発売予定の放送用液晶モニタ「BT-LH1800」と「BT-LH1500」が展示されていた。両モデルともSDとHD入力に対応し、液晶モニタとしては放送用をうたった初めてのもので、AV Watchでもニュースとして取り上げている

ブース正面突き当たりに展示してある放送用液晶モニタ群 視野角は悪くないが、反射はかなり受けやすい

 筆者が見た感じでは、視野角や色の再現性はまず問題ないが、反射を抑えるノングレア加工がもう一息という感じがした。しかしノンリニア編集システム用ビデオモニタや、リニア用サブモニタとしては価格もそれほど高くないし、サイズも適当だし、便利に使えるだろう。従来のブラウン管式プロ用マスターモニタは、14インチの次がすぐ20インチになってしまうので、中小規模のシステムにはサイズ的に中途半端であった。両モデルともに、この間を埋める商品として受けそうだ。

◆Global Streams、CKTをデモ

 かつてTrinityで知られたコンピュータベースのスイッチャーシステム「GlobeCaster」を開発しているGlobal Streamsが、同社オリジナル技術であるCKT(Chroma Key Technology)を中心にデモンストレーションを行なっていた。

 CKTは、HoloRingと呼ばれるリング状にLEDが配置された装置をカメラに取り付け、グレーの特殊な反射布を使ってクロマキー背景を作り出す技術である。通常のクロマキーは、実際にブルーの背景を使うので、手前にある被写体もブルーの影響を受ける。また照明も、手前の被写体はかっこよくし、背景はフラットなブルーにしなければならないので、非常に難しいのである。しかしCKTは、このような技術的制限を受けず、簡単にクロマキーバックを得ることができる。

これがカメラに取り付けるHoloRing カメラにHoloRingを取り付けたところ

 HoloRingを外して見せてもらったが、このリングを通して布を見ると、綺麗にLED色に染まって見える。カメラだけではなく、肉眼で覗いてもそのように見えるので、電気的というよりも光学的な技術であるようだ。

HoloRingなしではただのグレーの布だが... HoloRingの中から覗くとビビッドなクロマキーバックとして見える
□Global Streamsのホームページ
http://www.globalstreams.com/

◆Abakus、HD用スタジアムレンズ

 ツァイスレンズの米国代理店であるbandブースでは、HD用の「Abakus 3.5mm Stadium Lens」も展示していた。これは垂直方向90度、水平方向170度、対角線で210度が一度に撮影できるレンズで、スタジアム中継などで会場を一度にとらえることができる。レンズが飛び出していて前面にフィルタを装着することが難しいため、前ダマの後ろにフィルタを入れるスロットがあるのが特徴。

水平方向170度の視野角を持つAbakus 3.5mm Stadium Lens 撮影するとこんな感じになる

◆珍しい製品が多いTHOMSON

 珍しい、というよりも日本ではほとんど見ることがないのがTHOMSONや旧Philipsなどのヨーロッパ製品群。特にTHOMSONブランドのカメラなどは、国内ではまず見ることができない。

180fpsでの撮影が可能なLDK 23HS mkII
 デザイン的に無骨なのかエレガントなのかよくわからない感じのこのカメラ、通常の3倍の180fpsで撮影ができる「LDK 23HS mkII」というモデル。

 撮影した映像は特殊ケーブルを通じてHDDレコーダへ送られ、そこで30fps(正確には29.97fps)に戻して3倍スローの送出を行なう。スポーツなどの中継で挟まれるスーパースロー映像は、このような特殊カメラを使って作り出されるのである。

 こないだのソルトレークオリンピックでも、このカメラが使用されたという。

2億円のテレシネ機「Spirit DataCine」。こんな物が割と無造作に展示されている
 またSpirit DataCineは旧Phillips製品であるが、フィルムからHDTVサイズから2Kのデジタルデータを取り出せるテレシネ装置。

 日本でもイマジカやオムニバス・ジャパンを始め数社に納入されている。1台なんと約2億円という高級機器。スタジオ費としては、1時間あたり15万円前後という。

□THOMSONのホームページ
http://www.thomson.com/


■ 突然とも言えるHDTVへの展開

 さて、今年のNABの傾向といえば、米国の興味がストリーミングから急旋回し、一斉にHD(High Definition)に向かって進んできたところであろう。去年までHD関係といえば、ライブスイッチャーやルータなどのリアルタイム系ハードウェア製品が主流であった。ところがここに来て、コンピュータソフトウエア関連企業がこぞってHD対応の合成アプリケーションをメインにひっぱり出してきた。Avidの「Avid|DS HD」、Appleの「Shake」、5Dの「CYBORG」、Eyeonの「DIGITAL FUSION HD」などだ。筆者が取材しきれないだけで、本当はもっとあったろう。またMedia100の「844/X」はSDベースではあるものの、そのクオリティから考えれば、HDへのアップコンバートを視野に入れてもおかしくない。

格段に規模が縮小したReal Networksブース。例年ならば「Real商店街」といえるほどソリューション展示が行なわれていた 具体的な質疑応答が熱心に繰り広げられるAvid|DS HDのデモ

 これにはおそらく、2つの理由がある。その1つは、コンピュータの速度がかなり上がってきたため、PCをチューンナップしていけばそろそろHDもいける、と踏んだということだろう。裏を返せば、HDだからといってビデオ合成や編集を今更リニアに戻すつもりはない、というはっきりした意志を感じる動きだ。

 もちろん現状のPCでは、SDの場合ように複数ストリームのリアルタイムレンダリングは不可能ではあるものの、少なくとも静止状態での合成処理のプレビューはそこそこストレスなく行なえるようになってきている。ノンリニアではキーフレームベースでパラメータを決めていくので、止めた状態で複数レイヤーの状態がわかればとりあえず合成作業はできる。時間はかかるが、少なくともレンダリングしたものを1ストリーム再生できる環境を確保すればいい。ほんの数年前まで、SDでもこのような状況で作業を行なっていたものである。

 現在HD用I/Oカードを作っているのは、Pinnacle、DPS、Digital Voodooといった一部のメーカーのみである。関係者の話によると、PCでHDレベルの映像を非圧縮で扱う上で一番ネックになっているのは、CPUやストレージの速度よりも、拡張スロットのバス幅だという。CPUやストレージは分散処理できるが、グラフィックス表示とI/Oはそういうわけにはいかないからだ。

 ソフトウェアによるHD映像加工で十分なパフォーマンスを得るには、少なくとも1920×1080ピクセルの画像がリフレッシュレート60Hzでばんばん流せるグラフィックス性能が必要になる。ビデオスロットで今のところ最も速いのはAGP 3.0で盛り込まれる予定のAGP8Xだろうが、このぐらいの速度が一般的になるころにはHDTVのノンリニア化も一気に進むと思われる。


■ 米国民も高画質に期待?

 急旋回のもう1つの理由として、ここに興味深い資料がある。2001年9月にNABが行なった(実際には代理のリサーチ会社が行なった)デジタルテレビジョンに関するアンケート報告だ。米国在住で25歳以上の1000人を対象に行なったというこの調査では、「デジタルテレビを知っているか」という問いに対して、55%の人が「よく知っている」か、あるいは「ある程度知っている」と答えている。

 またHDTVを知っているか、という問いに対しては、50%の人が「よく知っている」か、「ある程度知っている」と答えている。ここ1、2年程度で急速に映像のデジタル化に関して関心が高まっていることがわかる。ちなみに米国ではHDTVはデジタルしかなく、日本のようにアナログHDTVの時代はないため、日本に比べてHDTVの周知はかなり遅れている。

 そしてここが肝心なところだが、「デジタルテレビを一言で表わすと」という問いには、「高画質」という答えが41%で、2位の「高音質」の11%を大きく引き離している。米国でもデジタルテレビは画質がいいもの、と認知されていることがわかる。この調査からは、高画質=HDTVという図式は読みとれないが、少なくとも今の放送をそのままデジタル波に乗っけただけで「高画質」という期待に応えたとは言えないだろう。

 同じくNAB資料によると、米国では2002年5月1日には全地上波商業放送がデジタル放送を開始し、また翌2003年5月には全非営利放送局もデジタル放送を開始すると予測している。ところが実際には、商業放送局の2/3が今年5月までにデジタル化を完了できていない。

 アンケートでは「1~2年後にデジタルテレビを買うか」という問いに、「すでに買った」と答えた人はわずかに6%、44%が「買わないつもり」と答えている。米国におけるデジタルテレビの市場価格は、日本よりも高価である。また普通の箱形テレビよりもリアプロジェクション型の方が米国市場で受けがいいということも、高価に拍車をかける結果となっている。

 このような逆風に打ち勝ってデジタル放送を成功させるには、デジタル放送の特徴であると一般に思われている「高画質化」を推進していくことが急務となってきている。その「引き」がHDTVコンテンツであることは言うまでもない。最初からHDTV化を大前提に準備を進めてきた日本に比べて、より素早く、かつローコストにHDTV化を展開しなければならない。


■ 総論

 おそらく各メーカーや放送関係者ともに本音を言えば、HD化へ突っ走るにはあともう少しPCの成長を待ちたいところだろう。しかしすでに米国では地上波デジタル放送は幕を開けてしまった。計画では、現在のアナログ地上波帯域は2006年までに米連邦通信委員会(FCC)に返還されることになっている。現在のデジタルテレビ受像器普及率からすれば、日本よりもはるかに状況は厳しい。

 多くのアナリストは、米国は2006年までに完全デジタル化を完了できないだろうと見ている。また日本では2003年の11月頃にNHKと民放が一斉にデジタル放送を開始する予定だったが、ちらちらと足並みの乱れが業界関係者の間で囁かれてきている。

 好景気のときは夢多く鼻息も荒かったデジタル放送だが、逆に景気が悪くなってくるといったい誰のためにやっているのかわからなくなってきているのが正直なところ。事業者は設備投資でヒイヒイ言い、テレビマンは番組が増えてヒイヒイ言い、視聴者はテレビの買い換えでヒイヒイ言う。テレビ放送などというのは、所詮娯楽物に過ぎない。無ければ無いで、そのソースは今やDVDやインターネットに求めることもできる。ある意味勇気を持って仕切り直し、というわけにはいかないものか。こんなことを考えさせられた今回の取材であった。

謝辞
 今回の1人での取材をサポートしてくれたのは、毎年NABを訪れている筆者の先輩や友人達である。レンタカーでの送り迎えをはじめ、各専門分野の製品解説や、別会場での情報を電話で知らせてくれたりと、1人では到底不可能な取材がこなせたのも、すべて彼らのおかげである。この場を借りて厚くお礼申し上げる。


□NAB2002のホームページ
http://www.nab.org/conventions/nab2002/
□関連記事
【バックナンバー】NAB2002リアルタイムレポート インデックス
http://av.watch.impress.co.jp/docs/link/nab2002.htm

(2002年4月17日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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